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第12話 「悪夢」


朝の光が、木製の屋根の隙間から差し込んでいた。

鳥のさえずりと、微かに漂う土の匂い。

透は、薄い毛布をどけるとのそのそと起き上がった。


「……ふぁぁ、ねみぃ……」


軽く伸びをしてから、腰を軽く鳴らす。

隅に置かれた木桶の水で顔を洗い、タオルで拭く。

支給されている少量の歯磨き粉と枝で歯を磨きながら、窓の外をぼんやり眺めた。


「今日も変な夢は見なかったな……」


軽く朝食をとったあと、透はいつも通り、村の広場へ出た。

ちょうど通りかかった獣人の女性――顔の下半分が白い犬のような特徴を持つ人物が、声をかけてきた。


「おお、ちょうどいいところにいた。悪いけど今日キノコ採ってきてくれないかしら」


「ん? 別にいいけど。どんなキノコ?」


「傘が平べったくて、白い斑点がついてるやつよ」


透は頷き、籠を受け取る。

森の場所は何度か通った道だ。

危険性も低いはず――だった。


木々が生い茂る中、足音を立てないように歩く。

静けさに包まれた森は、どこか神秘的ですらあった。


「あ、これか……?」


枯れ葉をどけると土から顔を出しているキノコがいくつも見えた。

透はそれを丁寧に籠へ入れていく。


小一時間ほどで、籠の中は白いキノコでいっぱいになった。


「よし、こんだけありゃ──」


その時だった。


(……人の声?)


森の奥、風に乗って届いたのは、複数の“人間”の声。

この森に村人以外の亜人や人間はほとんどいない。


透は足音を殺し、木陰に身を潜める。


「……で、村はどのくらいの規模だ?」


「ちっせぇもんだよ。見張りもいねぇ。夜になれば木戸も閉めねぇらしい。しかもいい亜人らの集まりだぜ」


「それなら明日の夜あたりが頃合いだな。森に火でもつけりゃ、混乱するだろうよ」


透の背中に冷たい汗が流れた。


(……盗賊……!?)


あまりにも直球な襲撃計画。

しかも明日だと……?


透は震える息を押し殺すと、森を離れた。


木々の間を駆け抜ける。

キノコの籠など、すでに腕の中で揺れても気にならなかった。


(急がなきゃ……村が……)


枝が顔をかすめ、足が何度か地面の凹みに取られそうになる。

だが、透は一瞬たりとも減速しなかった。


胸がざわつく。

かすかに魔力が脈打つ。


(……間に合ってくれよ……!)



◇ ◇ ◇



一方その頃───。


村の外れ、川が流れる岩場の先。

普段は亜人たちも近づかない、自然の裂け目に似た小さな谷間。

その静寂を打ち破るように笑い声が響いた。


「なぁなぁなぁ、ホントにいんのかよォ? この村にさァ……あの“器”のガキがよぉ」


ひときわ甲高い声。

木の根元に腰掛け、枯れ枝をパキパキと砕いているのは、青白い髪の男だった。

その目は笑っているが、心はどこにもなかった。


「可能性はある……この周辺の魔素濃度。急に変動したのは数日前からだ」


静かな口調で応じたのは、髪も服も真っ黒な者。

その手には古びた書物があり、指先で文字をなぞっていた。


「……それにしても……平和だな。つまらないし興味もない」


最後に呟いたのは、だらしなく寝転んでいる青年。

草を噛みながら、退屈そうに空を見ていた。

その男の目はどこにも焦点がなく、まるでこの世界に興味がないかのようだった。


──狂気。沈黙。無関心。

国家転覆を単独で行えることも可能な“囚人”と呼ばれた九人の中でも、とりわけ不気味な三つの気配。


ギルメザは村の周囲を回っていた時に偶然この会話を耳にした。


(……誰だコイツら。旅人でもねぇ……でも、なんか、やべぇ……)


ギルメザは背を低くし、岩の陰に身を潜める。

耳をそばだてると、聞こえてくる単語の中に、ハッキリと聞き覚えのある名前があった。


「……トオル。あの青年は本当にここに居るのか……」


「いたらどうすんだよ?殺す?捕まえる?なぁ?」


「まだその時ではない。俺たちの目的は“確認”だ。……あくまで、な」


その瞬間、ギルメザの背中を冷たい何かがなぞった。

それは本能的な──「バレた」という感覚。


ギギ……という音がした。

目の前の一人が急にこちらへ顔を向ける。

笑ったままの顔。だが、その目だけが異様に静かだった。


「……なァ。隠れてんの、見えてっから」


(やべ──)


次の瞬間だった。


風が唸ったかと思えば、地面が跳ね上がるほどの衝撃が走った。


「がっ……!!」


ギルメザの身体が岩に叩きつけられる。

彼は反射的に身を守ろうとしたが、それすら叶わない。


目の前がグルグルと回る。

視界が霞み、吐き気が込み上げた。

ただ一つだけ理解できた。


(……なんで、動きが見えねぇ……?)


それきりだった。

ギルメザの意識は、真っ黒な闇に呑まれていった。


森の奥。

三人の囚人たちは、そのまま立ち去ろうともせず、また元の話に戻っていた。


「……なぁ、焼いていい? 村ごと。なぁ、焼いていいかァ?」


「まだだ……もう少し遊ぼう」


「だる…」


風が止んだ。

だが、そこには確かに、厄災の前兆があった




◇ ◇ ◇


「……開け」


息を整え、静かに透が言葉を放つ。

その手が、空を掴むように前へと伸びた。


──ギギ……ッ、カァンッ!


空間が裂けた。

“それ”は音もなく現れ、黒い縁の向こう側に、別の景色が覗く。


「よっし……できた……!」


ネクサスゲート──透の固有魔法。

これまで勝手に現れていたこの“扉”を、透自身の手で“意図的に”出現させることに成功したのだ。


しかも、今回は「亜人の村」と「今いる場所」を一時的に繋ぐ、双方向の通路。

転移とは違い、空間の穴を繋ぐような仕組み。

持久力と魔力量の成長が、この“応用”を可能にした。


「よし……このまま戻れば──」


だが次の瞬間。


「うわっ!? って、たっか……!」


扉の出口が地面から2メートルほど浮いていた。

そのまま空中から落下し、盛大に尻もちをつく。


「いってて……! 座標ちょっとズレたな……」


泥まみれのズボンを払いながら、苦笑い。

けれど、どこか満足げだ。

初めて、“自分で”開いた。初めて、コントロールできた。


それが、嬉しかった。


◇ ◇ ◇


それからすぐ、透は村長・ガルドのもとを訪れる。


木造の小屋の中、すすけた柱にもたれながら、ガルドが湯を啜っていた。


「ふぅ……どうした、トオル?」


「森で……盗賊を見た。姿ははっきり見えた。村を狙ってるのは間違いないと思う」


ガルドの手が止まる。


「………」


わずかに目を細め、深く息を吐いた。


「それは勘違いではないんじゃな?」


「……俺の勘違いとかじゃない。マジでいた。声も聞いた。多分、来るのは……」


「…話を遮るようで悪いが、儂からも言っとかなきゃならんことがある」


ガルドの口調が、急に重くなった。


「……ギルメザの姿が見当たらない」


「……え?」


「寝床も空っぽ、誰にも声かけず、出てった形跡も見えないんじゃ。ただ…最後に『見回り』をしてた、それしか情報がない」


透は言葉を失う。


あのうるさいガキみたいな亜人が──

無言で姿を消すなんて。


「……だけどあいつの足で遠くまでは逃げれるはずがない、何かが起きたと思ってる。……俺が言えることじゃねぇけど、あいつはそう簡単に“逃げる”やつじゃないってことだけは分かる」


「……」


ガルドは、しばらく黙ったまま湯を啜ると、懐からふかふかの団子のような菓子を取り出し、透に差し出した。


「まぁ座るといい、食いながら考えれば頭も回るじゃろ」


透は団子を受け取った。

かすかに甘い匂いがした。

それでも、胸の奥はざわついたまま、静かに火を灯していた。


(ギルメザ……無事でいろよ)


その胸の奥で、また小さく、何かが“軋んだ”気がした。

それが未来の警鐘であると、このときの透はまだ知らない──。


◇ ◇ ◇


「全員、列を崩すな! 道の端に寄って、順番にだ!」


ガルドの重たい声が村の外の獣道に響く。

木々を縫うようにして作られたこの道は、馬車一台がようやく通れるほどの幅しかない。

その狭い道を十数台の馬車が連なり、次々と亜人たちを安全圏へと運び出していた。


透もその手伝いに回り、村の子供たちを抱きかかえたり、荷物を乗せたりしていた。

ギルメザの姿は、まだ見つかっていない。


「……」


空は茜色に染まり、風が冷たくなってくる。

日が暮れ始めていた。


(もう少しだ……あと少しで、みんな逃がせる……)


誰かが言っていた。“自分にできることをやれ”と。

透にできるのは、今はまだ“剣を振るう”ことじゃない。

だからせめて、手伝う。


だが──


バンッ!


轟音。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。


「──う、ぐあっ!?」


前を歩いていたガルドの体が、大きくよろめいた。

その太い脚に、真紅の魔力が渦巻く何かが食い込み、骨を粉砕する音が響いた。


「ガルドッ!」


透が駆け寄るよりも早く、ガルドは片膝をつき、呻きながらも亜人たちに背を向ける形で腕を広げた。

後ろにいる者たちを、かばうように。


「ようよう、オッサン粋な真似するじゃねぇの」


声が落ちた。

木々の間から、五つの影が現れる。


男たち。

体格はまばら、だが全員が濃い魔力のオーラを纏っていた。


「ちょっと遊びに来てやったのによぉ、逃げんのか? おお?」


「おいおいおい、村ごと燃やすのが俺らの礼儀だろーが…!」


「チッ……ガキとジジイばっかじゃねーかよ。やる気萎えるぜ…お、でも女もいるじゃねぇか」


透の足が、止まった。

体が、震えていた。


それは寒さでも、恐怖だけでもなかった。


「っ……」


蹴り飛ばされる少女。

押し倒され、押さえつけられる老人。

叫ぶ声と、乾いた笑い。


透は動けなかった。

剣は腰にある。けど、手が届かない。

脳が、止まっていた。


──《俺の剣を持っていけ、トオル。お前が振るうならその刃は“正しく”なる。だから……》


ルクスの声が、頭の奥で反響する。


《選べ。震えたまま目を背けるか、それとも、剣を抜くかだ──》


(……!)


透の目が開かれる。


震える手が、腰の剣を掴む。

ルクスからもらったあの剣──漆黒の鞘に包まれた、重みと温もりのある刃。


カチン。


鞘が外れた瞬間、冷たい風が肌を撫でた。

それでも透は立ち上がる。

脚は震えていた。

だがその一歩は、確かに──“前へ”と踏み出していた。


「……やめろよ」


掠れた声が漏れる。

誰にも聞こえていない。

でも、それでも構わない。


「……これ以上、踏み込むなら──」


剣が、微かに光を帯びる。


「俺が相手になる」


亜人たちが、振り返った。

盗賊たちが、笑った。


そして──その中のひとりが言った。


「へえ、面白ぇじゃねぇか。じゃあ……潰してみっか、“自称ヒーロー”さんよ…!」


刹那、魔弾が再び放たれる。


風が逆流する。

魔素が渦巻く。


そして──透の剣が、初めて煌めいた。


剣を握る手が、震えていた。 冷たいわけじゃない。単純な恐怖だった。


 人を殺すかもしれない。血を見るかもしれない。  それでも──透は一歩、前に出た。


 盗賊たちが笑っている。亜人たちは震え、背後でうずくまる。

ガルドは倒れたまま、片膝をついていた。足の傷から赤黒い血が流れている。


(……足、重いな)

(なんだよこれ……たかが歩くだけなのに)


 一歩ごとに、脛が軋む。

腕は、汗でべったりと濡れていた。


 それでも──彼は、剣を下ろさなかった。


 ルクスから託された、黒鉄の剣。

鍔も刃も美しいが、妙にずっしりとしている。

それでも、不思議と手に馴染んだ。握っているだけで、落ち着く。


まるで──未熟な自分を、肯定してくれるかのように。


 この剣は、ただの武器じゃない。  "前に進む"ための、意思の形だ。


「おいおい、振るう前に腰が砕けそうだぞ。なにアレ、本当に人か?」


 盗賊のひとりが、鼻で笑った。侮蔑すら通り越した、冷笑だった。


 それでも透は進む。


 一歩。  また一歩。


 誰も止めない。  誰も助けない。


 ──だけど、誰も逃げない。


 それはきっと、透の“背中”が、まだ折れていないからだ。


 盗賊の一人が、爪を鳴らす。  紫色の魔力が掌に集まり、火球が生まれる。


「じゃあ──威嚇ついでに、燃やすか」


 放たれた火球が、空気を裂いた。

亜人の子どもたちが叫び、目を塞ぐ。


 透の足が滑る。  剣を盾のように構えた。


 瞬間、剣が蒼く輝いた。


 火球がぶつかる。爆風。

けれど、その一撃は逸れて、地面を抉るに留まった。


「……守った……? 俺の……剣が……」


 透は息を呑んだ。

目の前の盗賊たちが、表情を変える。 "少しだけ"、興味を持ったような顔。


(やるなら……今しかない)


 足を、無理矢理前へ出す。  筋肉が悲鳴を上げる。  けれど、剣の重みが逆に支点となり、姿勢を支えてくれる。


 呼吸を整える暇などない。  踏み込み。  腕が、剣を振り上げる。


「うぉああああああああッ!!」


 ぎこちない。  踏み込みも遅い。  振りも浅い。


 だが──確かに、剣は振るわれた。


 金属音。火花。  盗賊のガントレットが受け止める。


「おお……っと?」


 男が片眉を上げる。


「おいおい、マジで来やがったぞ。……なんだその顔、死にそうじゃん?」


透は、肩で息をしていた。

顔は青ざめ、汗が目に入って痛む。

心臓は壊れそうなほど打ち鳴らされている。


 それでも、剣は下がらない。


「……どけ」


 震える声だった。  けれど、確かな意志があった。


 盗賊たちが顔を見合わせる。  哄笑が起こる。


「どけ、だってよ」

「はは、やべぇ、超ウケる」

「やってみろよ、坊や」


 それでも、透は動かない。


 刹那、剣が淡く再び光った。

"意志"に反応したように、蒼い燐光が纏う。


 盗賊たちの一人が、顔をしかめる。


「……あの剣、ちょっとヤバくね?」

「ただのオモチャじゃなさそうだな」


ほんのわずか、警戒心が生まれる。

けれど、戦力差は歴然だ。


透は知っている。

今の自分ではこいつら全員を倒すなんて無理だ。

倒すどころか、一撃でも受けたら死ぬかもしれない。


 だけど、それでも──


(…逃げたら負けだ…!)


 ただそれだけの理由。


 盗賊の一人が剣を抜いた。  こちらへ歩き出す。


「いいぜ、遊んでやるよ。てめぇみたいなガキがどこまでやれるか──」


 そのとき、透の目の前に風が吹いた。  剣がそれに反応するかのように、振動する。


(……これは……)


 次の瞬間、透の身体が剣に引かれるように動いた。  踏み込み、斬撃。


 ぎこちないが、刃筋は通っていた。


 盗賊の男が、笑みを引き攣らせる。


「っ、この……」


 腕で受けた衝撃に、軽く後退する。


 その瞬間──空気が変わった。


亜人たちの誰かが、息を飲む音がした。

子どもが、泣きながら立ち上がる。

誰かが勇気をもらったように、手を伸ばした。


 トオルはそれに気づかない。


 ただひたすら剣を握っていた。


 歯を食いしばり、怖くて震える足を前へ出し続けた。

自分の小ささも、無力さも、全部知ってる。


 だけど、あの日の自分にだけは、もう戻らない。


 剣を振る。


 たとえ、未熟でも。未完成でも。


 たとえこの一歩が、無意味でも。


 それでも今、トオルは──


 "誰かを守るために、剣を振るっていた"。





──それは、終わったわけじゃなかった。


夜の森に、重く湿った風が吹いていた。

亜人の村を襲撃した盗賊たちは、撃退された。

トオルが剣を振るい続け、何時間も何度も倒されながら立ち上がったその姿は

確かに村人たちの目に焼きついていた。


だが、敵は倒れなかった。

一人も命を落としてはいなかった。

それでも彼らは──引いた。


(あれが“勇気”というものか……)


村の獣人たちが静かに噂する。

『戦士』ではない。『英雄』でもない。

ただの人間。ただの異物。


だが、今──

この村の誰もが、あの男を“仲間”と認め始めていた。


「……やれやれ、限界だったな」


深夜、ガルドは木に背を預けて肩で息をしていた。

治療を受けたとはいえ、足に穿たれた魔弾の傷は、村の薬では完全には癒えなかった。

だがそれ以上に、ガルドの顔に浮かぶのは疲労よりも焦燥。


「ギルメザ……」


静かに、重く、呟かれた。




◇ ◇ ◇ 




一方その頃──


闇に沈んだ森の頂上。

その中でも、最も高い位置にある巨木の上に、三つの影が佇んでいた。


「……やっぱ居たなァ?あのガキ」


一人は、あの狂気じみた笑みを浮かべた男。

木の上でも落ち着きなく、枝を足で蹴っては揺らしながら、笑う。


「ザコのくせに命賭けてんのかァ?面白すぎんだろあのガキ…いっそ俺があいつの元に…!!」


「行くな、命令を聞かぬならここで殺す」


黒い服を纏った者が古びた書物のようなものを取り出す。

開くと中は黒いページしか存在しなかった


「…………」


最後の一人は眠っているのか、それとも息を殺しているのか。一言も発しない。

森の風が、その存在を避けるように枝を揺らしていた。

ただ、静かに──地上にいる透を見つめている。


「……やっと帰れる?長居はしたくないし、早く寝たいんだけど」


「……次は“監視”ではなく“介入”だ」


三人は何の合図もなく、木から消えた。

音も、気配も、何も残さず──

まるで最初から、そこにいなかったかのように。




◇ ◇ ◇




「ギルメザの気配、まだ見つからねぇか?」


「……無理だ。森が広すぎる。灯りも足りねぇ」


「絶対に、あの子だけは……!」


村人たちは、松明を手に森を歩いていた。

亜人の子供たち、年老いた者たちは既に安全な場所へ避難させている。

残された者は、皆「幼い子供」のため、そして「大事な“仲間”」であるギルメザのために走っていた。


(ギルメザ……どこに……)


透は村から西側の斜面を単独で捜索していた。

胸の奥が、焼けるように痛んでいた。


まさか……自分が戦っている間に、なにか──


否。


考えるな。動け。


「……っ!」


木々の隙間に、奇妙な靴跡を見つけた。

人間のものでも、獣のものでもない。

不規則に転がるような、それでいて何者かに引きずられたような痕。


「……っ、ギルメザ……!」


森を駆ける。

もう足は痛かった。腕も震えていた。

けど、やっと出来た「仲間」だった。


逃げたくなかった。


そのとき──視界が開けた。


「…………いた……!」


草木をなぎ倒したような小さな広場。

そこに、ぐったりと倒れている銀色の身体があった。


「ギルメザッ!!!」


転ぶように駆け寄り、その体を抱き起こす。


「……あ、ぁ…………」


薄く開いた目が震えながらトオルを捉えた。


「遅ぇんだよ……オレが何回呼んだと…思って…」


その声には泣き声も怒りも入り混じっていた。


微かに魔力が残っていた。


(───あいつらだ)


アヴィアを襲撃した9人と同じ魔力を感じた。

ギルメザの顔にはアザがあり、鼻血がこびりつき、尾びれも千切れかけていた。


(とにかく間に合った……!)


安堵と共に、トオルの腕から力が抜ける。


ギルメザはうつむいたまま小さく呟く。


「……子供ってつったら許さねぇからな」


「……言わねぇよ」


夜の森に、静かな風が吹いた。

痛みと、疲れと戦いの爪痕の中に、確かな“絆”が芽生えていた。




──だが、その上空。誰も気づかぬ高空で、一羽の鳥が旋回していた。


否。それは鳥ではない。

異形の“何か”──


その中心に空白が浮かんでいた。


「……随分とまぁ…さすがと言うべきかな」


聞こえぬはずの言葉が微かに空を震わせた。



──透の中の黒い何かが“より強く”脈を打つ。


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