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第15話 「例外の方法」


 「……は?入れない?」


 透は門番の前で腕を組み、あくまで冷静を装いながらも内心はバクバクしていた。


 「なんで入れねぇんだよ!?オレ様を誰だと思ってやがんだクソがァァア!!」


 ──装いはどこ吹く風。

 ギルメザ・ザッハーク、身長110センチの暴走機関車は、隣で爆走中だった。


 「テメェらのそのカッコつけた鎧! 威圧する気マンマンのクソみてぇなトゲトゲ! しかもそっちのヤロー、オレと目ぇ合わせねぇじゃねぇかコラァ!!! ナメてんのか!? ナメんじゃねぇぞコラァ!!!」


 槍を持つ門番の一人は無言。

 もう一人も微動だにせず、何百年とこの仕事だけをしてきたかのような風格でギルメザの怒声をスルーしていた。


 「ギルメザ、黙れ……いったん」


 堪えきれず睨み返した透に、ギルメザは「チッ」と舌打ちをしてトライデントの門番から一歩下がる。

 その間も門番たちは微動だにせず、まるで石像のように門を守り続けていた。


 「……入れません」


 ようやく片方の門番が口を開いた。仮面の奥から聞こえる声は冷たく、機械のように正確だった。


 「ノーディアは現在、緊急警戒中です。周辺の魔獣の凶暴化により、外部からの入国者は原則として遮断しています」


 「魔獣の……凶暴化?」


 透の脳裏を、あの“扉”の中から出てきた異型の魔物がよぎる。


 だが、門番の言い方はそれとは違う気配を含んでいた。

 そしてステラの支配下にある魔物ならば、ノーディアにまで及ぶ理由がないはずだ。


 (つまり……全部が全部ステラの管理下じゃないってことか?)


 この世界には“魔”の系譜に連なる存在が溢れている。

 魔族、魔獣、魔物──似て非なる存在たち。

 その一部が、今ノーディアを脅かしているということ。


 「なあ……何か方法はないのか?」


 透は一歩前へ出る。ギルメザが「おいバカ何言ってんだ」と小声で突っ込んでくるが、無視した。


 「中にどうしても行かなきゃならない理由があるんだ。無理にとは言わない、でもなにか方法があるなら教えてほしい」


 しばしの沈黙。門番たちは顔を見合わせることもなく、一定の距離を保ったまま無言を貫いていた。

 それが逆に、彼らが簡単に情に流される存在ではないと告げている。


 ──しかし。


 「……一つだけ、例外があります」


 再び門番の声が響いた。わずかに間があったが、それは“迷い”ではなく“判断の余白”だった。


 「ノーディアには“試練の水路”があります。そこを越えられるならば、入国は許可されるかもしれません」


 「試練……?」


 「詳細は言えません。ただ一つ言えるのは、無謀に挑んで命を落とす者が少なくないということ。

 生半可な覚悟では、お勧めはしません」


 透の喉がごくりと鳴る。


 「──場所を教えてくれ」


 その声音に、門番は小さく頷いた。

 そして槍の先端がわずかに傾き、山の反対側を示す。


 「この門の裏手。海へ続く小道を進めば“水路”へ出る。

 どうするかは、そちらで決めてください」


 「……ありがとう」



 ──水中都市ノーディア。

 死者の街と呼ばれる、その理由。

 そして自分の“中”にある厄災との関係。


 全てを確かめるには、行くしかない。


 次の舞台は、青き試練の水底だ。




 門番から「試練の水路」の話を聞き終えた後、透とギルメザは長い坂道を逆戻りするように登り、山の反対側を目指していた。

 ギルメザは登り坂のたびに


「クソがッ、こんな道作ったヤツぶっ飛ばすッ!」


などと息巻いていたが、透の返事は生返事で頭の中は別のことでいっぱいだった。


 太陽が沈みきる頃、ようやく二人は木立の下にたどり着いた。風を防げるだけでもありがたい場所だ。

 透は手持ちの火打ち石で火花を散らし、落ち枝や枯葉を集めて焚き火を作る。

 火が灯ると、ぱちぱちと心地よい音が周囲に広がり、夜の冷気をかき消していく。


 「はぁ……」


 焚き火の前で、透は寝袋を敷き、横たわりながら考え込んでいた。

 瞼は重いのに、頭は妙に冴えている。


 (ネクサスゲート……今まで逃げることにしか使ってこなかったけど……)


 焚き火の炎が揺れるたびに、透の顔には複雑な陰影が落ちた。

 (攻撃とかトラップに応用できないものなのか……敵の背後に繋ぐとか……落とし穴に繋ぐとか……)


 思考は次々に展開するが、どれも今ひとつ現実味に欠ける。

 扉は空間を繋ぐだけだ。敵に直接ダメージを与える力はない。

 それでも透は、可能性を模索するように、じっと焚き火を見つめ続けた。


 ──ふと。


 透の顔に、ぽかんとした表情が浮かぶ。


 (……待てよ。そもそも……扉で反対側に繋げば歩かなくてよくね?)


 目を瞬かせた。

 あれだけ崖を越えて、坂道を登って下って、ヘトヘトになっていた自分。

 その自分を思い返して、透は盛大に額を押さえた。


 「俺……バカじゃねぇのか……?」


 吐息が、夜気に白く消えていった。


 (徒歩で行くのが当たり前みたいに思ってた……)


 頭を抱えたまま、透は転がるように寝袋へ潜り込む。

 炎が揺らめく音だけが、しばし静かな夜を埋めた。


 「はぁ……もういい、明日試す……」


 やがて瞼が落ちる。

 透は疲労に抗えず、そのまま眠りへ落ちていった。


 ──そして、夜が明けた。


 透はまだ薄暗い空の下、焚き火の残り火を弄びながら立ち上がった。

 昨夜思いついた計画を実行に移すときが来たのだ。


 「よし……やってみるか」


 深呼吸ひとつ。

 透はゆっくりと両手を前へ伸ばした。

 その指先を結ぶように、空間がきぃ、とガラスをひっかくような音を立てる。


 淡い光が走り、やがてそこに“扉”が現れた。

 ──山の反対側へ、試練の水路の入口付近へ繋がるはずの扉だ。


 「繋がってくれよ……!」


 恐る恐る扉を押す。

 ドアがゆっくり開いた先に広がったのは、確かに昨日門番が示した道──海の潮風が香る崖の向こう側だ。


 「……マジか……成功した……!」


 透は思わず、拳を握りしめた。

 しかし安心したのも束の間、扉の向こうの座標がズレていたのか、少し高かった。


 「うわっ──!」


 どすん、と尻もちをつく透の悲鳴が朝の静寂に響いた。


 それでも、反対側へ無事繋がったという事実は、彼にとって大きな前進だった。


 「……ギルメザ!」


 透は崖上に残してきた相棒を思い出す。

 慌てて扉を再度開き直すと、寝袋でいびきをかいていたギルメザを容赦なく揺さぶった。


 「ギルメザ、起きろ! ……扉、繋がったぞ!」


 ギルメザが目を覚まし、ぼんやりした顔で扉を見つめる。


 「はァ? なんだこりゃ……扉ァ…?」


 透はハッと気づいた。

 これまで勝手に現れていた扉──異型の魔物が出てくる扉、どこかへ繋がる扉は自分以外には見えない現象だった。

 だが、今自分の意志で繋いだこの扉は、ギルメザの目にもちゃんと映り、干渉もできるようだ。


 「……やっぱ違うんだ。自分で繋いだやつは、他の人にも見える……」


 新たに得た発見を胸に、透は息を整えた。


 試練の水路──そしてノーディアの謎。

 歩くよりずっと早い道が、いま目の前に拓かれた。




崖を降りきり、透とギルメザは「試練の水路」と呼ばれる場所の目の前に立っていた。


 透は思わず息を呑んだ。目の前に広がるのは、巨大な門を備えた建造物。全体が青い光を帯びていて、壁面には複雑な紋様が刻まれ、まるで宝石のように輝いている。こんなに青を使った建築物は初めて見た。


 「すげぇ……」


 しかし、感嘆も束の間。透は周りに目をやり、言葉を失った。


 建造物の周囲に、無数の墓が並んでいた。大小さまざまな石碑に名前が刻まれ、その下には「○○年、魔物により戦死」「○○年、溺死」など、死因が事細かに書かれている。中には「仲間二十一名と挑むも全滅」とまで刻まれた碑もあり、その文字の深い彫り跡からは絶望の色すら滲んでいた。


 透は唾を飲み込む。


 (……二十一人でも全滅……?)


 さすがに二人で挑むのは無謀だ、と透は頭の奥が冷たくなる感覚を覚えた。


 「バッカじゃねぇのか!?二人で突っ込めばよゆーだろ!墓なんかビビらすための飾りだっつーの!」


 隣でギルメザがいばり散らかしていたが、透はもはや相手にする気力もなかった。


 (……早めに仲間作っときゃよかった〜……)


後悔と共に脳内にステラやヴァルム達が出てくる。


目の前の現実を突きつけられた透は、己の無計画さを悔やむばかりだった。


 「はぁ……戻るか」


 透はそう呟くと、手を前に出し、ネクサスゲートを再び開こうと集中した。

 森の入口まで、一気に戻れればそれに越したことはない。


 だが。


 「──ッ」


 扉は、淡く光りかけてはすぐに霧散した。空間が割れかけたところで、透の魔力がぷつりと尽きた感触が伝わる。


 「……遠けりゃ遠いほど魔力食うんだな」


 透は歯噛みした。徒歩なら何時間もかかる距離。だが扉を維持するには、今の自分では到底足りない魔力量だった。


 「はぁーッ!?てめぇ何ひとりでぶつぶつ言ってんだ!どっか行くなら先に言えや!」


 ギルメザが相変わらずの口調だが透はそっぽを向いたまま顔をしかめた。


 (……仕方ねぇ。歩くしかないか…)


 面倒くささが全身を覆う。だが立ち止まっていても始まらない。


 「行くぞ、ギルメザ」


 透は肩を落としつつ、試練の水路から離れ、近くの平原へと歩を進めた。

 どこかで道が別の街へ繋がっていることを祈りながら、透はただ、なんとなくで道なりを進んでいった。



歩き続けてどれくらい経っただろうか。

試練の水路を離れて平原を抜け、透とギルメザはふいに目の前に広がった景色に足を止めた。


 透の瞳が、ぱっと輝く。


 「……うわ、綺麗すぎだろ…この辺、こういうの多いんだな」


 目の前に現れたのは、木々に囲まれた大きな湖だった。

 水面は陽光を反射してきらきらと揺らめき、淡い青と緑が混ざり合うその色は宝石のようだ。そよ風に乗った冷たいしぶきが頬を打ち、透は思わず息を飲んだ。


 「なぁギルメザ、ちょっと見てみろって。これ──」


 「ハァ!? 水なんざ見飽きてんだよ!バッカじゃねぇのっ!?」


 暴言を撒き散らすギルメザを軽く流しながら、透は湖の景色に見入っていた。

 ──そのときだった。


 「おい、そこのお二人さんよォ……」


 低い声が響く。

 振り返った先に立っていたのは、見るからに柄の悪い連中だった。女が一人、男が二人。全員軽装で剣やナイフを腰に下げている。


 女は髪を短く刈り込み、頬に小さな古傷が走っている。

 片眉を上げて透を見据え、その声はまるで男のように荒々しい。


 「あァ? こちとら金欠でよォ。悪いけど金目のもん置いてけや」


 「え、またかよ……」透がうんざりした声を漏らすと、ギルメザがギラッと目を光らせた。


 「オォ?ケンカ売ってんのか!?買うぞテメェら!!」


 言うが早いか、ギルメザは湖に駆け寄った。

 彼の掌の周囲で水面がぶわりと盛り上がる。


 「──《水鎖縛環》ッ!!」


 ギルメザの固有魔法だ。

 湖の水がまるで生き物のようにうねり、女と男たちへ襲いかかった。細く鋭い水の鎖がいくつも巻きつき、あっという間に三人をがんじがらめにする。


 「ッぐ、ぅ、は……ッ!」


 女が歯を食いしばり、無理やり腕を動かそうとするが、鎖はさらに強く締まり込んだ。解こうとすればするほど、水がぬるりと絡みついて逃れられない。


 「チッ……殺すなら殺せよッ!」


 女が威勢よく吠えたその瞬間だった。


 「オラァッ! じゃあ殺すッ!!」


 ギルメザが水の鎖を鋭く振り上げた。透は慌てて叫ぶ。


 「やめろって!!殺す必要ねぇだろ!!」


 ギルメザの手をバシィッと掴む透。


 だが次の瞬間──女の瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。


 「う、ひっく……ひぐぅ……ッ! う゛わああああああああん!!」


 突然のギャン泣き。

 透もギルメザも、一瞬ぽかんと女を見つめた。


 「ご、ごめ゛んなざいッ!! わだし本当は怖がりでェ!! でも生きるためにやるしかなくてェッ!! なまえ、なまえはミナミ!!23歳!!ごめんざいごめんざいごめんざいごめんざいごめんざいッ!!」


 しゃくりあげながら涙と鼻水を撒き散らし、泣きながら必死で名乗る女。


 後ろで拘束されていた男二人は、口をぽかんと開けたまま絶句していた。


 「……はぁ……?」


 透は頭を抱えた。

 湖の美しいきらめきが、全力で台無しになった気がした。


 ギャン泣きが止まらない女、ミナミを前に、透はげっそりと溜息をついた。


 「だァァーッ! 泣き声が耳に障んだよッ!!」


 ギルメザが苛立ち混じりに怒鳴るや、ミナミが「ひいっ!」と肩を竦めた。

 ギルメザはそのまま、水の鞭をひゅっと伸ばし、ミナミの腰の短剣を乱暴に絡め取る。がしゃりと音を立てて剣が抜け落ちると、男二人も慌てて自分たちの短剣やナイフを投げ出した。


 「最初っからそーやって差し出しとけやッ!! 殺されてぇのかッ!!」


 ギルメザの叫びに、ミナミは顔を真っ赤にして、涙も鼻水も垂らしながら言葉を連ねる。


 「わ、わだし……ミナミ・ソルディエン!! 23歳!! 固有魔法は《旋風穿刃》ッ!! 風の刃を作り出して斬りつけるのッ!!」


 しゃくり上げつつ、必死に説明するミナミの声が上ずる。

 その後ろで男二人は顔を伏せるようにして、重たい溜息をついていた。


 「はァ〜……」


 「泣き喚いてねぇで黙れッ!!耳がキーンってすんだよッ!!」


 ギルメザがまた怒鳴ると、ミナミは「ひいィィっ!!」と叫んで頭を抱えた。

 さらにギルメザはミナミを指さしてわめく。


 「子供みてぇにギャン泣きしてんじゃねーぞッ!! しかもテメェ、このオレ様を子供って言いやがったなァ!?」


 「ご、ごめんなざいィィィ!!!」


 ミナミが地面にぺたんと座り込み、両手をついて土下座する勢いで謝罪を連呼する。

 透は慌ててギルメザの口を抑えた。


 「うるせーっつーの! 落ち着けって!!」


 ギルメザは「ンむ゛ッ!!」と不満げに声を詰まらせたが、暴れるのをやめた。

 その隙に透は深く息を吐きながら二人を見回す。


 「……とりあえず、オレは透。こっちはギルメザ。お前らの名前も教えてくれよ」


 透がそう言うと、ミナミはしゃくりあげながらも、ようやく泣き声を少し落ち着かせた。

 すると背後の男たちが、やれやれという顔をしながら名乗り出る。


 「俺はラグ・ソルディエン……姉貴がこんなんだとは思わなかった……」


 「お、俺はキールだ。……ま、まぁ姉貴のコレは演技かもしんねーけどよ……正直、演技ってレベル超えてるよな……」


 二人が肩を落とす中、ミナミはまたしゃくり上げながら「ごめんなざいィィィ!」を繰り返していた。



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