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第17話「いざ原点へ」


 荒れ果てた平原に、風の音だけが流れていた。

 透たち五人は、先ほどの凶戦で心身ともに疲れ果て、無言で座り込んでいた。

 雲の切れ間から太陽が少し覗き、湖面が遠くで煌めいている。けれど、その美しさを感じる余裕は誰の表情にもなかった。


 ギルメザがばたんと仰向けになり、両手両足を大の字に広げた。

 「……しんどすぎんだろ、オイ……」

 その口調は弱々しいが、すぐに眉間に皺を寄せて叫ぶ。

 「てめェ、トオル!! これからどーすんだよ!! 試練だか何だか知らねェが、あんな化けモンにまた会いたくねーんだよオレは!!」


 透は手の甲で額の汗をぬぐい、少し思案した表情になった。

 そしてぽつりと呟いた。

 「……アヴィアに戻ろうと思ってる」


 「はァ? 戻る? なんでだよ」

 ギルメザは寝転んだまま、こちらをじろりと睨みつけた。髪の先が砂にまみれ、頬にも砂埃がついている。


 透は静かに周囲を見回す。ラグは腕を組んだまま遠くを見つめ、キールはミナミの包帯を巻き直していた。ミナミは目の縁を赤くして、鼻をすすっている。


 「……俺たち五人だけじゃ、さすがに試練に挑む勇気が出ない。さっきの男にボコボコにされたばかりだし、どんな敵が出てくるか分からない場所に行くなんて無謀すぎる」


 その言葉に、ギルメザが「クソが!」と吐き捨てた。


「そもそも試練なんざ行くなってんだ!!」


 「うるさい」

 透が短く返すと、ギルメザは「チィッ」と舌打ちしてまた仰向けに倒れた。


 そんな中、ミナミが弱々しく声を上げた。

 「……だったらさぁ、どっかの村とか街とかで人を探す方が早くない? アヴィアに戻るなんて時間かかるし……」


 透はミナミの方をゆっくり振り返った。

 「違うんだ。俺、アヴィアに戻りたいのには理由がある。あそこには知り合いがいるから」


 「知り合い……?」

 ミナミが涙で潤んだ瞳をぱちぱちと瞬かせる。


 ギルメザもすっと顔を起こし、両肘で上半身を支える格好になった。

 「なんだよ、それ。知り合いって誰だよ」


 透は一度、小さく息を吐いて言った。

 「──魔王と天王、それに魂賭王、異淵王」


 「はァ?」

 ギルメザとミナミが、同時に声を上げた。完全にハモっていた。


 ミナミが肩を震わせながら叫ぶ。

 「え、えっ……!? ま、魔王って、あの……あの魔王!? ステラ!? え、えぇぇええええ!!??」


 ギルメザは口を開いたまま固まり、じわじわと顔が赤くなっていく。

 「テ、テメェ……!! ふ、ふざけんなよ!! そ、そんな連中と知り合いなわけねぇだろ!!あの女二人もたまたま出会ったってだけで…!」


 透は肩をすくめる。

 「本当だ。だって俺、他の魔王軍幹部たちとも会ったし……ステラとも直接話したことがある」


 「マジかよォ!!」

 ギルメザはガシッと透の腰の布を掴み、ギリギリと引き寄せた。

 「おい! オレに黙ってんなよ! テメェ、まさかそいつらのコネ使って偉そうにしてたんじゃねェだろうな!!」


 「いや、全然偉そうになんてしてないけど」

 透は引っ張られながらも冷静に答える。


 ミナミは小刻みに震えながら、透を指差した。

 「ト、トオルさん……本当に……? あの魔王たちって、普通に世界を滅ぼせるとかいう噂の……」


 「まぁ、強いのは確かだけど……俺にとっては知り合いってだけだ」


 ラグが深く溜息をつき、目を細めた。

 「──で、その魔王たちに何してもらう気だよ」


 透は少し言い淀んでから答えた。

 「俺たちの強さを少しでも底上げしてもらえたらって思ってる」


 「はあああああ!?」

 ギルメザとミナミが再び声を揃える。


 「てめェ!! 魔王に強くしてもらうとか、どの口が言うんだよ!!」

 ギルメザが透の肩をバシバシ叩きながら怒鳴る。

 「そんな簡単に行くわけねェだろ!! オレたちのことなんか、あいつら興味も持たねェだろうが!!」


 透は額に手を当て、少し疲れた様子で言った。

 「それは分かってるよ。でも……あの人たちは、俺が困ってるときに何度か手を貸してくれた。きっと今回も……何か助けてくれるんじゃないかって、思うんだ」


 ミナミが首を小刻みに横に振る。

 「ムリだよぉ……!! そんなすごい人たちに頼むなんて……。あたしたち、ただの冒険者崩れと盗賊だよ!?」


 「おい、トオル!!」

 ギルメザが透の顔を引き寄せ、鼻先がぶつかりそうな距離で叫ぶ。

 「オレは絶対そいつらの前に行きたくねェからな!? 」


 透はギルメザを乱暴に引き剥がした。

 「このまま試練に行ったら、全員死ぬかもしれないんだぞ」


 ラグが目を伏せ、地面に目をやりながら呟く。

 「──まぁ、確かに、このままじゃ勝てる気はしねぇな……」


 キールが腕を組み直し、静かに言った。

 「もし本当に魔王や王様たちが協力してくれるなら、行く価値はある……かもな」


 ミナミは泣きそうな顔で透を見た。

 「で、でも……あたし達なんか、会わせてもらえるの……?」


 「それは俺がなんとかする」

 透はきっぱり言い切った。

 「ステラは少なくとも俺の話くらいは聞いてくれる」


 ギルメザが頭をがしがし掻きむしり、地面に寝転がった。

 「はぁあぁ~~~っ!! クソがよォ!! 行くしかねェってんなら行くけどよォ!! でもオレ、あいつらの前でヘタれたらブッ殺すからな!!」


 「それ、殺す相手間違えてるぞ」

 透がため息を吐くと、ギルメザは「うるせェ!!」と叫んで顔を背けた。


 ラグがポケットから金貨を一枚取り出して眺めた。

 「で、どうやってアヴィアまで戻るつもりだ? また徒歩か?」


 透は苦笑いを浮かべた。

 「さすがに歩きたくない。さすがに馬車を探す」


 透は金貨の袋を取り出し、中を覗き込む。チャリンと乾いた金属音が響く。

 「──大丈夫。まだ少しだけ残ってる。馬車ぐらいは雇えると思う」


 「ったく、また金かよ」

 ギルメザが舌打ちしながらも、ゆっくり起き上がる。

 「さっさと行くぞ。こんなとこでダラダラしてたらまた変な奴が来るかもしんねーだろが」


 ラグが透の肩を叩き、軽く顎をしゃくった。

 「行こうぜ、トオル。さすがにもう歩きたくねぇ」


 透は小さく笑い、立ち上がった。

 五人は荷物をまとめ、馬車を探すために平原の道を進み始める。


 歩き出したギルメザが、背後を振り返りながらボソッと呟いた。

 「魔王だの天王だの……マジでめんどくせェ……」


 それは本音であり、五人全員の正直な気持ちでもあった。

 けれど同時に、全員の胸にかすかに灯る希望でもあった。



馬車の車輪がごとん、ごとんと揺れる中、透とミナミ、そしてキールは、まるで糸が切れた人形のように爆睡していた。


揺れにあわせて透の頭が小さくカクンと倒れかける。ギルメザが「ケッ、寝やがって…」と鼻を鳴らしつつも、隣に座るラグをじろりと睨む。


そのギルメザに、ラグが小声でそっと話しかける。


「…あんたも、疲れただろ? ずっと怒鳴ってたしよ」


「はァ!? 誰が疲れたってェんだッ!」


「ハイハイ。さすがだな」


面倒そうに睨むギルメザだったが、ラグが笑って軽口を叩きはじめると、ギルメザの眉間の皺が少し緩む。


「いきなり出てきやがったあの変な男、次会ったらコテンパンにしてやれんだぜ、俺はよォ!!」


「だよな、お前なら出来そうだ」


「ッだろォがッ!!」


大声を出しながらも、ギルメザはラグの肩を小突き、そのまま上機嫌そうにニタリと笑う。案外ラグのご機嫌取りは上手いらしく、ギルメザが珍しく楽しげに話し込んでいた。


そのうち、車窓の外に城壁と無数の塔が見え始める。


「おいッ! アヴィアだ!!着いたぞッ!!!」


ギルメザが絶叫し、車内で寝ていた透たちを片っ端から叩き起こす。透は寝ぼけた顔で目をこすり、キールも「う…うるせぇ…」と唸りながら起き上がった。


「ふわぁ…あ、着いたんだ…」とミナミも半目で呟く。


馬車が揺れを止め、城門へと向かう。入国の手続きは拍子抜けするほどスムーズだった。透の名前はすっかり顔パスのようになっているらしい。


アヴィアの街は以前と変わらず賑やかだった。街路を埋め尽くす人の波、空を行き交う運搬用の小型飛行艇、煌びやかに光る魔導ランタン。


「…すっげぇ。さすが中央国」


ミナミが小さく呟くと、街角からひときわ鋭い視線を感じる。


「…トオルか…戻ってきたのか。どうした?」


現れたのはルザリオだった。相変わらず無口で鋭い眼光。透は「ああ、ちょっと事情があってな」と事情をかくかくしかじか説明する。


ルザリオはしばし無言で聞いていたが、最後に小さくため息をつき、「…ついてこい」と顎をしゃくる。


その後ろでミナミが小声で独り言を漏らす。


「こっわ…でも意外と優しい…」


ルザリオに連れられて進む廊下の先、久々の魔王ステラが待っていた。黒髪に金の瞳。その立ち姿だけで場の空気が冷たく引き締まる。


ギルメザとミナミはガチガチに固まり、ラグとキールも肩で息を整えながら深呼吸を繰り返していた。


透だけが、ごく普通にステラへと話しかける。


「ステラ。強くなる手伝いを頼みたい」


「…今は忙しいがたまになら構わない。ただし、私が手を貸すのは一度きりだ。それ以上は私の幹部たちが相手をする」


その声に、ギルメザとミナミが「は…?」と揃って呆けた声をあげた。


さらに奥の扉が開き、ヴァルムが優雅に現れる。銀髪を後ろで束ねたイケおじ風の男は、紳士的に一礼すると「やあ、トオル殿。久しぶりでございますね」と微笑んだ。


だが次の瞬間、ヴァルムは懐から何やら小さな玉を取り出す。コロコロ…と転がした玉が、ぱんっ! と煙をあげ、ミナミの顔に黒いヒゲがクルクルと描かれる。


「いやあ、こういうのが好きでしてね」


「ギャアアアアアアアアア!!!」


ミナミは大発狂。ルザリオが頭を抱え、ギルメザは「ハァァ!? なんだこのオッサン!!」と絶叫し、ラグとキールは「やっぱうるせぇ…」と顔を覆ったのだった

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