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第4話  異世界はRPGの香り




「どっどど どどうど どどうど どどう」



 まずい、まったく心の準備ができていなかった。「どうもこんにちは」と言おうとしたのに死ぬほど どもってしまった!


「どうした? こんなところでなにしてる?」


 不審そうに話しかけてくる猟師。


「どどどうもこんにちは」


 俺は普通にあいさつをするのがやっとだった。


 猟師は見た目30歳後半といった感じの、ブラウンの髪と無精ヒゲがワイルドなナイスミドル。

 弓を肩に掛け、腰には大振りなマチェット。マタギよろしく毛皮の服を着て、こちらを見つめるライトブラウンの双眸は目力めぢから強すぎてちょっと怖い。

 質問に挨拶で返してしまったが仕方がない……! なんとかファーストコンタクトを成功させねば……! と、とにかく言葉を紡いだ。


「え~、あっと、それがですね、なんというか、自分もどうして自分がここにいるのかわからなくてですね。なんというか……、気付いたらあっちの森の中にいたっていうか……、自分の過去が思い出せないっていうか……、ハッキリ言うと記憶喪失っていうか!」


 記憶喪失設定でいくことにしてみた。


 まあ、これは最初から決めてたことだが、他に良いアイデアが思いつかなかったからな。しかし、猟師のポカンとした表情を見ると、どうも失敗したかな? という気もしてくるけど仕方がない。押し通すしかないぜ。



「記憶喪失か……。見たとこかなり若いみたいだが……。おい、名前くらいは覚えているのか?」


「……名前と歳は覚えています。ジロー・アヤセ。21歳です」


 そう答えると、アゴに手をやってなにやら思案していたようだが、彼の中でなにかを把握したらしく、ウムと頷いて言った。


「そうか。なぜ記憶を失ったのかはわからんが、……おそらく内陸からの脱出組だろう。ベストの刺繍もドレスシャツもこの辺りには無い物だ。……憲兵から逃げてきたにしては身奇麗過ぎるが……」


「……えっと、憲兵に追われる要素があるんですか?」


 聞き捨てならない単語を聞いて焦る。

 え? ガチで憲兵とか存在してたんですか……? のん気に村で「こにゃにゃちわ」してたら、ガチでタイーホの可能性もあったってこと?


「ああ、内陸からの脱出者は憲兵に捕らえられ本国送還になるか、依願して労働奴隷になるかのどちらかになる。まあ、だいたいの脱出者はこっちに協力者を持っていて上手く溶け込んでいるようだがな。……お前みたいに脱出者丸出しの格好してるやつは稀だよ。ち な み に、脱出者を憲兵に引き渡すと報奨金として銀貨3枚が貰える」


 そう言ってニヤリと笑う猟師。ち な み にじゃないよ、ち な み にじゃ。


 良かれと思って着た異世界服で、マジで奴隷になる5秒前とか洒落になんねー!! こんなことなら大人しく自前の服着てればよかったんや……。このガチムチ猟師が俺を憲兵に引き渡したら、異世界で楽しい奴隷生活がはじまってしまうんや……。


 俺はよほど絶望的な顔をしていたらしい。猟師はそんな俺をみて楽しそうにワッハッハと豪快に笑い、ブンブンと手を振りながら言った。


「悪い悪い。冗談だ。いや、銀貨3枚の話は本当だが、別にお前を憲兵に渡したりはせんよ。ここでの出会いもル・バラカのお導きだろう」


「……ありがとうございます。……いやぁ、心臓に悪いですよ……」


「さて、俺はコイツをさっさと解体せにゃならんから家へ帰る。どうする? 来るなら運ぶのを手伝え」


 と言って、イノシシを引きずって村とは反対方向へ歩き出す猟師。どうするもこうするも、今のところは猟師を頼る他になさそうなので、イノシシを運ぶのを手伝うしかなかった。






 ◇◆◆◆◇







 猟師の家は、村からは大体1kmほど離れた小高い丘の上にあった。村にあった石の家とだいたい同じような家で、周りには小さい畑があり質素ながらも、なんていうか、幸せの気配がする、そんな家だ。


 俺はイノシシを一緒に運びながら、「このガチムチ猟師がアッチの趣味の方だったら、どう考えてもオッスオッス」などと考えていたが、素朴な生活の気配のする家が見え、そこに猟師の奥さんと思しき女性がいるのを見て、ひとまず安心した。ノンケだコレ。


 奥さんと思しき女性は――どうも2人暮らしのようだし――やはり奥さんだったようだ。猟師よりだいぶ年下と思われる肉感的な赤毛美人で、猟師ほどではないけど背が高く、なんとも肉弾戦な夫婦である。


 猟師がイノシシを解体している間、奥さんがこの世界のことをいろいろと教えてくれた。


 まず、「内陸からの脱出組」とやらが、見つかるとアレな理由なんだけど。


 今いるここは、ハノーク帝国領の第2自由都市エリシェの街の近郊にあたる場所らしい。自由都市は帝国の都市でも特別なもので、エリシェのほかに2箇所だけ定められ、その都市でだけ他国との貿易が許されているんだそうだ。それ故、他の帝国都市と比べて活気があり、また物資も豊富なため、制限を掛けないといくらでも他の帝国都市から人が押し寄せてきてしまう。それで、例の本国帰還か奴隷化かって話になるわけで、実際マジで俺もヤバいところだったわけだ。猟師さまさまだ。


 猟師は名前をシェロー・ロートといい、この辺りで猟をしながら、モンスターが森から出てくるのを監視したり退治したりする仕事をしているそうだ。

 猟師になる前は傭兵として、それなりにブイブイ言わせてたそうで、奥さんことレベッカさんも同じ傭兵団出身となればまさに異世界クオリティ。奥さん身長180cmくらいあるんだよ……。猟師にいたっては190近くありそうだし……。


 モンスターは基本的にはこの辺りにはいないんだそうだ。ただそれでも自然発生的に”湧いてしまう”らしく、その場合人のいる場所へ真っ直ぐ向かってくるため、村と森との直線状にあるこの場所で監視するのが最も適している。……という説明だったんだけど、なんともわかりづらい。湧いてしまうって? 


「モンスターってのは、血肉を持った生物じゃあないからねー。森みたいに魔素が溜まりやすい場所では、ときどき湧くのよ。それで、一直線に強い魔力を持つ人間を襲いにやってくる。それを私たちがやっつけてるってわけ。ま、このへんでは大した奴は湧かないし、心配はいらないわよ」


「あ、いえ、心配、というわけではないんですけどね。しかし、それではモンスターは通常はどんな場所に『湧く』んですか?」


「普通はダンジョンに湧くわね。あとは竜が住んでいるような場所も魔素が濃くてモンスターが湧きやすいかな。ま、ダンジョンは出入り口に結界を施してるから、中からモンスターが出てくることはないし、竜がいるような場所も人里から離れた場所だからね。一般人がモンスターを目にする機会は少なくなるわ」


 ダンジョンktkr。


 なんとも正統派なRPGワールドである。モンスターの定義は予想の斜め上だったけど、それほど出ないみたいだし、そこらで襲われることはなさそうだ。

 ――と、思っていたら、魔獣やら亜人族やらの『野生動物』が、人里から離れたところにはいるので十分危険だそうで……。特に亜人族は人間を痛めつけて連れ帰ってアレしちゃうようなナニなんで、いやー貞操の危機の多い異世界で参っちゃいますね!






 ◇◆◆◆◇






 イノシシ解体中のシェローさんが戻ってきて、手伝いのためにレベッカさんを連れて行った(皮を剥ぐ為に一旦イノシシを吊る必要があるそうだ)為、部屋を検分して生活様式をこっそりチェックすることにした。文明は進んでないみたいだけど、どういう道具使ってるのか凄く興味あるしな。


 基本的には、木製の道具が多いが、壁に飾られている飾り皿は磁器のようだし、カトラリーも銀製のようだ。まあ、普段使いの皿は磁器ではなく陶器と木の器のようだし、磁器は高級品ということだろう。そのわりにカトラリーはすべて銀(だと思う)だ。ステンレス鋼がないんだろうな、おそらく。

 キッチンはかまど式で当然ガスなんかはなし。燃料は木炭で、今は火を落としている。


 壁にシェローさんの武器と思しき使い込まれた大剣クレイモアが立てかけられていた。

 さすがに勝手に触るのはルール違反のような気がしたので触らなかったが、その横の壁に、装飾の施された短剣ダガーが飾られているのを見つけて、目が釘付けになってしまった。



 鞘に入っているので刀身は見えないが、絶妙な捻れもくの入った黒檀エボニーの鞘に幾何学文様の螺鈿らでん細工が入り、鞘の石突と口金、つば柄頭つかがしらは青白く輝く金属製で美しい彫金が施されている。柄はらせん状に削られた鞘と同材料の黒檀で、こちらももくの入りが美しい。

 一見しただけでわかる、素晴らしい品だ。黒を主体とした落ち着いた一品であるのに、魔力とでも言うようなオーラが立ち昇り、その存在を主張している。


 これはどうあっても刀身も見たい。


 シェローさんとレベッカさんはまだイノシシと格闘中のようだったので、ちょっとだけちょっとだけよ……と呟きながらコッソリ短剣を手に取って、鞘を引き抜いた。


 鈍く輝く刀身はダマスカス製らしい多層鋼の文様入りの両刃で、鎬の部分にはルーン文字のようなもの(とにかく読めない文字のような記号)が打ち込んである。



 ……うん。文句なしにカッコいい。

 ――――ヤバイ、ハッキリ言ってめっちゃ欲しい。

 こんなに物欲が刺激されるアイテムは久しぶりだわぁ。これくらいのブツだとオクに出さずに殿堂入りにするんだけどなー。

 つか、こんなのが普通にあるってことは、上手くやればこういうのこっちで手に入れられるってことなんじゃね? これは短剣だけど長剣ロングソードでもこれくらい素晴らしいやつもあるんじゃね?

 ヤバイ、異世界深入りするつもりなかったけど、こんなお宝が手に入るならもうちょっと無理してもいいかもしれないとか思いはじめちゃった! 思いはじめちゃった! 

 ハッキリ言って日本だったら重要文化財クラスなんじゃね? うおー! どうしよどうしよ! 

 うおォン!




「……それが気に入ったの?」


「っっ!」


 突然声を掛けられて飛び上がる。つい熱中しすぎてしまい、レベッカさんが戻ってきたのにぜんぜん気がつかなかった。



「……えっと、はい、すみません、勝手に触ってしまって……。こんなにカッコいい剣は見たことがなかったので」


「ふふふ、記憶喪失なのに、そういうのはわかるの?」


「……(あちゃー)」


 やっべ、失敗した! と思っていると、あまり気にした様子もなくレベッカさんが続ける。



「それね、傭兵やってたころに団長が皇帝から賜った品でね。団長が亡くなったときに形見として貰ってきたものなのよ。実際に使うようなものじゃないから飾ってるんだけどね。なかなかステキでしょう?」


「はい、……記憶が戻ったとかではないんですが、この剣にはなんだか引き寄せられてしまって……。こういうものを扱うような仕事でもしていたのかもしれません」


「仕事? ――そういえばジローくん天職は?」


「……テンショク? ですか?」


「祝福は受けているんでしょう? その天職よ」



 …………かれこれ2年くらいニートなんですけお……。

 それに祝福ってなんだろか。そもそもなんで職業聞いてくるの? 誤魔化しきれないニート臭が……?



「……すみません、ちょっと天職? のことは記憶を喪失しているようで……。あと祝福ってのもよくわからなくて……」


「天職は、祝福を受けているなら、念じれば見られるわよー。こう『天職、天職、天職……』とね」


 なんというフワッとした説明……。さっぱり意味がわからねぇ。

 そもそも、祝福なんてものは受けてないんだから、見られるわけがないんだし、念じたフリして「無理でした。祝福とやらは受けていない模様です」と誤魔化した。



「うーん? ジローくんは商人見習いだったりしたのかしらねー。狙った天職を得るための修行するのはたまーにあることだし……。ま、とにかく明日、祝福を受けに行ってみましょうか、試しに。これからエリシェで暮らすなら結局なんらかの天職が必要になるしねー」


「祝福ってのがイマイチよくわからないんですけど、どういうものなんですか?」


「”祝福を受けて天職を得る”。大精霊ル・バラカが祝福を授けてくださるのよ。そして、天職に目覚めるというわけ」


 祝福を受けて天職を得る……か。わかるようなわからないような話だ。しかし明日ってことは、今日どうすんの俺。家になんにも言ってきてないんですけお……。



「とにかく今日は泊まってきなさいな」


「は、はい! ありがとうございます。お世話になりまっす!」



 某RPGの「てめえみてえなガキは一晩泊まっていきやがれ」を思い出しながらやけくそで返事をする俺だった。








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