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第5話  異世界都市は地中海の香り

 どこか深いところからゆっくりと浮かび上がるように、俺は意識を取り戻しかけていた。



 ……まあ、普通に朝になって目が覚めたってだけだけれどもな。慣れない人んちのベッドだけれど、思いのほか良く眠れてしまった。なんだかんだいって疲れてたんだなぁ。昨日はあのあと、夕飯をご馳走になってから、すぐ寝たんだけど。

 しかし昨日の夕飯はなかなかにワイルドだったなぁ……。


 シェローさんが「今日はご馳走だぞ、ラッキーだったな」と持って来たのはイノシシの肝臓レバーで、主食は芋、副菜は豆、さらにシェローさんが手ずから焼いたイノシシステーキ。


 当然レバーは生のまま、味付けは岩塩だけで頂きました。まあ、ワイルドだけど思いの他美味しかったよ。新鮮で。

 しかし、イノシシステーキはちょっと野趣強すぎて都会育ちのおいらにゃ辛いものがあっただよ……。味は濃いけど、臭いもわりと濃い……。食べられないほどではないんだが、せめて香辛料かなんかで誤魔化せれば……、と思ったけど、香辛料は高級品なんだとかで。

 じゃあ香草とかでもよかったんだけど、人んちでご馳走になっといて文句も言えないしなー。けっこう要領いい末っ子の俺としては「とっても美味しいです!」とか言って食べましたよ。かなり胃がもたれたがな!


 とは言え、初の異世界での食事。味覚に大きな差があったらどうしようかと、少し心配もあったが、多少ワイルドさがあるとはいえ、基本的なところに差はなさそうで安心したものだ。

 今度は味噌でも差し入れしてやろう。異世界人の口に合うかはわからんが。



 ――――さて、考えてたのとちょっと違う展開に巻き込まれるようにして、一晩異世界で過ごしてしまったわけだけれども、これからどうしようか……。昨日、寝る前に多少は考えたが――――



 まず、一つ目として。

 当初の予定としては、こっちの情報をある程度得たら「異世界へ渡航できる権利」を売ろうと思ってたけれど、この国の情勢だと正直……かなり無理くさいことが判明してしまったこと。

 なんせ、内陸から来たと思われたら憲兵にタイーホだ。さすがにそんな異世界ライフを売りつけるわけにもいかんだろう。



 二つ目として。

 例の短剣ダガーのこと。

 あれだけの品は、普通に俺が日本でネットオークション遊びをしていても絶対に手に入れることはできないと断言できる。まあ、こちらの世界でも簡単に手に入るようなものでもないだろうが(皇帝から賜ったと言っていたしな)、だが傭兵へ褒美として渡すくらいだ、絶対に入手できないほどの品でもないだろう。

 滅多に見られないようなお宝だとはいえ、ちょっと驚くくらい夢中になっていて、我ながら引くわぁ……(昨日もあのあと小一時間くらい見させてもらってしまった)。



 三つ目として。

 日本に異世界の品を持ち込んでネットオークションに掛けても儲かりそうだが、日本からこっちに物を持ち込んだら、もっとずっと儲かりそうだっていうこと。昨日の夕飯での香辛料の例を出すまでもなく、売れそうなものは数限りなくあるし。

 それと昨日それとなくシェローさんに聞いたんだけど、こっちの通貨って、銅貨、銀貨、そして金貨なんだよね。金貨ですよ金貨。日本に持ち帰ればそのまま換金できるかも! グラム4000円ぐらいだっけ、今。 

 正直、フリーマーケットでお宝探すのが馬鹿らしいほどの効率を叩き出すのが明白だもんだから、かなり商売っ気が出てきてしまっているんだよね。



 四つ目として。

 まあ、これは三つ目からの派生なんだが、効率よく儲かるってことは、お金持ちになってアレとかコレとか買えたり、店とか始められたり、もっと言うと、会社とか立ち上げちゃって社長になれちゃったりとか! とかとか! ってことなんだよね。

 でも厳密になんの仕事したいとかは全然ないんだ……。働いたら負けかなと思っている。

 ああ、それか思い切って趣味全開の店のオーナーとかなら、いいかもなぁ……。儲け度外視で商売できるくらい異世界との交易で儲かったらやれるかもしれないな。デュフッ。



 五つ目として。

 やっぱ異世界で彼女作ったりとか、胸が熱くなるよな……。

 なんてったって異世界、こっちの価値観ではニートの俺でもモテたりとかもありえるかもしれないしな! かと言って、向こうからアプローチ掛けてくるような慎みのない女はごめんだよ! 彼女いない暦=年齢の童帝なめんな!

 ……ちょっと脱線したかな。でもわりと切実な問題なんだよコレ。



 六つ目として。

 気になるよね、祝福。

 単純に自分がなんの天職があるのか、すっげー気になる。だって現実にはネオニートなんだもん!! 

 受けさせて貰おうか! 異世界の祝福とやらを!


「受けさせて貰おうか! 異世界の祝福とやらを!」

「ん? ジローなんか言ったか?」



 うわぁああ、口に出してた。





 ◇◆◆◆◇





 これから「記憶喪失」の俺としては、どうしたらいいだろうかとシェローさんに相談してみた。

 やりたいことはいろいろ思いついたけれど、記憶喪失のはずの俺がいきなり精力的に活動しはじめちゃうのも不自然だものな。


 その際、「どうやら自分は商人みたいなことをしていたらしい。していたんじゃないかな? 多分?」

などと遠まわし且つ曖昧に言ってみたら、まず神殿で祝福を受け、そこでの天職次第で、対応したギルドに上手く紹介してくれるとのこと。


 なんだかずいぶん良い人すぎて恐縮しちゃうんだけど、シェローさん曰く、困っている人に出会うということ自体が、ル・バラカのお導きであって、祝福を受けているものは、その導きに遵っているだけだとかなんとか。


 要するにそういう宗教観だということなんだろうけれど、シェローさんが特別いい人なだけなんじゃないかという気もしないでもない。

 パッと見、山賊みたいなオッサンなんだけどなー、人は見かけじゃ判断できないものだね!



 そんなわけで、エリシェの街に向かってシェローさんとレベッカさんと俺の3人と、昨日のイノシシの肉と皮を積んだ荷馬1頭で歩いてる。村の手前で街道に出て、シェローさんの家からおよそ2時間くらいでエリシェの街に到着した。


 エリシェは、2メートル程度の(その気になれば簡単に登れる程度の)城郭に囲まれた都市で、石作りの家以外にも煉瓦作りの家も散見でき、赤い屋根の連なりが美しい。

 入り口には門番はあれど、普通に開けっぴろげで入り放題出放題。


 想像してたのよりずいぶんユルかった。





 ◇◆◆◆◇





 確かに活気のあふれる街だ。


 異世界の街というより、イタリアかどこかの外国へ来てしまったかのような感覚に襲われる。が、街行く人をよく見ると、ローブを着た魔法使い風の男やら、猫耳に尻尾の獣人少女やら(ちょっと毛深かめ)、槍を担いだフルプレートメイルやら、背の低いガチムチヒゲもじゃ親父(ドワーフ?)の集団やら、とにかく種々雑多で、ああ、やはり異世界なんだなといちいち再認識させられた。 数でいえば、人間が一番多いようだったけど、亜人というか異世界種族というか、人間以外の種族の方もけっこういるんだよ。


 神殿に行く前に肉と毛皮を卸しに行くというので、まずはそれに同行する。シェローさんが肉と毛皮を担いで、買取所らしき建物に入っていくのを見守りながら僕といっしょに残ったレベッカさんに気になったことを質問してみた。



「あの肉と毛皮でどれくらいのお金になるんですか?」


「んー、せいぜい銀貨3枚になればいいところかしらね。それでもうちの食費の半月分くらいにはなるから悪くない額ではあるのよ。最近は猟師が減ったから、少しだけ買取価格が上がったってのもあるし」


 ……銀貨3枚で半月の食費というと、銀貨1枚=1万円くらいの価値なんだろうか? いや、それは日本の貨幣価値に照らし合わせすぎているか……。



「金貨は銀貨10枚分なんでしたっけ? 銅貨は10枚では銀貨1枚分?」


「金貨はそのとおりだけど、銅貨はちょっと違うわね。10枚で銀貨1枚になるのは白銅貨よ。そして青銅貨、これね、これが10枚で白銅貨1枚分」


 と言って、白銅貨と青銅貨を見せてくれるレベッカさん。白銅貨は厳つくした500円玉の使い古したもののようなコインで、青銅貨は、1セント硬貨に似た小さいコインだった。

 うーん、とりあえず10進法で安心した。けど、まだいまいちわからない。

 レベッカさんには悪いが、いろいろ質問させてもらおう。



「そういえばお金の単位を知りませんでした。銀貨1枚と白銅貨4枚と青銅貨7枚みたいな場合は、147なんとかって数えるんですよね?」


「おー、ジローくんお金の計算ができるんだね。やっぱり商人見習いでもやってたのかしら、一般的にはあんまりそういう計算使わないから」


「え、じゃあどうやってるんですか?」


「だからそのまま。銀貨1枚と白銅4枚と青銅7枚、って数えるんだよ?」


 うーん? そんな難しい計算でもなくね? お金の単位は「エル」だと教えてもらったけど、1銀貨=100エルとか教えれば幼稚園児でもわかることじゃね?

 あんまりっていうかぜんぜん算数が発達してないのかな。大丈夫か異世界人。詐欺に簡単に引っ掛かっちゃうぞ!



「でもレベッカさんはわかるんですよね、計算」


「私は傭兵団で団員への報奨金の計算とか少しやってたからね。簡単なものしかできないけど、お金の計算は得意よー?」


 なるほど、納得。


 ま、俺も最終学歴高卒様であるからして、算数は苦手だからな。しかも「読み書きそろばん」のうち、読み書きが完全アウトな異世界人チキュウジン



 そうこうしていると、銀貨3枚を握り締めたシェローさんが、買取所から戻ってきた。あとでこの金で必要な物の買出しをするそうだが、その前に神殿に連れて行ってくれるようだ。


「じゃあ、神殿行ってパッと祝福うけちゃおうぜ!」とシェローさん。


 ずいぶん軽いな。





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