「こゆうしょく? ですか? そういうのはアリマセンネ」
誤魔化すことにした。
可愛いエルフちゃんに嘘を付きたくはなかったが、「異界の賢者です!」とか不審すぎるだろう。異界てのもストレートすぎるしな。
そうですか……と、なぜかちょっと残念そうなエルフをギュッと抱きしめてお持ち帰りしたいのをグッと我慢して、逆に質問した。
「固有職って、天職とは別にそういうのがあるんでしょうか?」
我ながらわざとらしい質問だが、訝しがることもなく答えてくれたことによると、4つ以上の天職を得た人の中には、天職の他に「固有職」というその人だけの職を得た人がいたらしい。エルフちゃんが知ってるのは、『
悪意の沼だの影だのという、なんとなくヒールの気配がする連中は、昔話に出てくるような大昔の人で、伝説だけが残っているんだとかなんとか。
「固有職を得ると、1つだけその人だけが使える特別なスキルを得られるようになるらしいんです。『夢幻の大魔導師』はそのスキルを使って、たった一人で千の軍勢を止めたと聞いたことがあります。スキルの名前は伝わっていないのでわからないのですけれども……」
俺……、1つどころか、3つあるんですけど……。スキル……。
やっぱ内緒にしておいてよかったな。千の軍勢を止める力はなさそうだけど、変な注目を集めるのは間違いなさそうだし。いや、エルフちゃんの注目を浴びるのはやぶさかでもないんだけれどね、一般人の熱視線はいらないや。商品仕入れに行く時以外は家に引きこもってたから、視線とかちょっと苦手なんですよね。
固有職の件は「なるほどすごいものなんですネー」とわざとらしくかわし、気になっていた件を聞いてみることにする。
「ところでですね、祝福を受けても、特になにが変わったという感じもないんですが、天職を得るとどういった違いがあるんですか? 僕、全然体感できないから不安で……」
「それは天職に対応した職業に実際に就くか、修行するかしなければ、なかなか体感はできませんよ。天職は要するに『その職の才能がある』ということですから」
「才能ですか。あ、普通はもっと若く祝福を受けるって言ってましたね。つまり天職があっても、それを若いうちから磨かないと大したアドバンテージにはならないって意味だったんですか……」
「ええ、普通は10歳で祝福を受けますから……、そういう部分があるのは確かに否定できません。けれど、悲観的になる必要はありません。天職持ちはおよそ5倍は速く物事を吸収して成長ができますからね。まだこれから良い経験をいくらでも積めますし、成長したいという気持ちがあるのなら、苦難もまた楽しく感じられるはずですよ」
「ご……、5倍ですか。それはすごいですね……」
なるほど。
5倍の効率があるなら、そりゃあ天職以外の職は仕事にしないよなぁ。でも逆に言うと、天職が出た職にしか就けないということなんじゃないか? 俺の天職に詐欺師ってあったけど、詐欺師オンリーの天職の人って相当微妙じゃね? 地元じゃ「あいつ詐欺師だぜ」と囁かれ下手すりゃ村八分だ。なにをしても信じてもらえず、誰も自分のことを知らない町から町へ詐欺を働きながら世界を旅する根無し草。この詐欺師の才能が憎い! どうしてこんなに簡単に騙せちゃうんだよぉぉぉおぉお! とか言いながら日々を過ごすのか。人事ながら可哀想になってきたわ。天職システム酷すぎるだろ。
「5倍って言っても、伸び代は人それぞれだわよジロー。効率の良い修行してなきゃ、天職なしでも努力してる子にはかなわなかったりするものよ? 傭兵団の中には戦闘系の天職持ちじゃない人もいたけど、けっこう努力や経験でカバーしてたしねー。まあそれでも努力してて経験も積んでる天職持ちにはなかなかかなわないんだけどさ……」
まあ、確かにそうかもしれない。毎日1時間修行する天職持ちと毎日5時間修行する天職なしが同列であるなら、絶対に覆せない差ではなさそうではあるな。毎日1時間の勉強すらできずに高卒ニートになった俺だからわかる。
――しかし天職8つか。どの天職もまあ、いちおう心当たりがあるというか、長いニート暦のなかで齧ったことがあるようなものがほとんどだったりするのがアレだけど、そんな簡単なことでいいんだろうか。
あ、魔術師だけは心当たりないな。
いや……待てよ、ひょっとしてあれか? 20歳過ぎて童貞だから魔術師の才能があるとか出たのか? え? マジで? そういう基準で魔術師になっちゃうわけ? 10歳で祝福受けて魔術師の才能あったら絶望するんじゃね? ヤラハタ(ヤラずにハタチの略)確定じゃね?
さっき魔術師の天職もあるって言っちゃったけど、あれって「自分童貞です」(キリッ) て宣言したもの同然だったんじゃね? 天職システム酷すぎるだろ。
うわぁあああ
◇◆◆◆◇
エルフ神官ちゃんに「僕のことは内緒にしてください。天職が8つあるとかで注目を浴びたくないんです」とお願いして、神殿を後にした。本当はお布施をするものらしいんだけど、今のところは一文無しだからと免除してもらった。ま、稼いだらエルフちゃんが惚れるくらいお布施しちゃるわい。
「さあ、ジロー。次はギルドに行くんだが……、どこのギルドにするんだ? それだけ天職があるとどこでも選べるが」
とシェローさんに神殿を出たところで聞かれる。
「商人の関係のやつでお願いします。……えっと、そのギルドではなにをするんでしたっけ? すみません無知で」
「よそから来た人間はギルドで登録して住人登録をするんだよ。そうすれば、この街で商売をしたり就職したりできる。本当は他の都市から来た人間は紹介状がなければ登録できないがな、まあ、そこは上手く紹介してやるよ」
「なにからなにまで本当にありがとうございます。本当に助かります」
俺がお礼をすると、突然『天職板』(俺命名)が目の前に現れる。
天職板は淡く光っており、良く見ると「バラカのお導き」の「猟師にお礼をしよう0/2」が点滅しており、「猟師にお礼の品を贈ろう1/2」にヌルッと変化した。猟師にお礼をしたことによりクエストが進行したらしい。次はお礼の品を贈ればコンプリートか。
「じゃあ、商工会議所に行くとするか。中では俺がジローを紹介するからな。適当に合わせてくれ」
「は、はい。よろしくおねがいします」
◇◆◆◆◇
商工会議所は思いのほか大きな建物だった。レンガ作りのちょっと洒落た建物で2階建て、無骨な石作りの建物が多いエリシェの街の中ではなかなか存在感がある。
入ってすぐの受付でシェローさんが「トビーはいるかい?」と受付嬢に声を掛けると、奥のほうからシェローさんより少し年下くらいか、30歳前半くらいの眼鏡の男を呼んで戻ってきた。
「仕事場ではトバイアスと呼んでくれよ、シェロー。こっちに顔を出すなんて珍しいじゃないか。しかもレベッカさんも同伴で……。レベッカさんもお久しぶりです」
「久しぶりねー、トビー君。今日はちょっとお願いがあってきたのよ」
「お願い? また魔結晶の買取りですか? それならこっちも得にはなれど、損はしないからいくらでも受けさせてもらいますよ」
「ああ、違う違う、今日は全く別件なんだが……。おい、ジロー」
シェローさんに呼ばれてトビーと呼ばれた男の前に出る。シェローさんともレベッカさんとも親しげに話をしているから、旧知の仲なのだろうか。眼鏡の奥の目は鋭く、一筋縄ではいかない気配を漂わせていて隙がない。
「このジローはレベッカの姉の子、つまり甥なんだがね、エリシェで商人をやる為に帝都から出てきたんだが、途中で強盗に襲われて斡旋状を奪われてしまってな、いや参った参った」
「……つまり斡旋状なしで登録してほしいってわけかい? シェロー?」
うわぁ、なんかこの嘘わざとらしくね? しかもレベッカさんの甥設定て無理あるだろ。似てないを通り越して人種が違うレベルなのに……。せめて俺にも一言言っておいて欲しかった……。
シェローさんが頷くと、胡散臭そうに俺をジロジロ見てくるトビー氏。どう見ても嘘が見破られてます。本当にありがとうございました。
シェローさんに任せるのは無理くさいと判断。脳筋キャラに交渉を任せた結果がこれだよ! 俺がなんとか補足して、トビー氏を納得してもらうしかねぇ。
「……トバイアスさん。実は僕は記憶を失っておりまして、このシェローさんやレベッカさんの甥……らしいのですが、その記憶がないんです。斡旋状という物も持っておりませんから、状況証拠から考えると強盗に襲われた際に頭を強く殴られたかして記憶を喪失したと考えるのが妥当なのですが……」
「つまり、君がレベッカさんの甥だというのは、シェローとレベッカさんの証言しかないというわけだね?」
「……証拠はなにもありませんから。」
俺がそういうと、トビー氏は瞳を閉じて少しだけ思案し、言った。
「……レベッカさん、彼は確かにあなたの甥で間違いありませんか?」
「そうよー? ジローは間違いなく私の甥だわ。目元なんかジェシカ姉さんにソックリ」
あっけらかんとした調子で肯定するレベッカさん。
「…………そうですか……。確かに着ている服は帝都の物だな……。君、ジロー君と言ったかな。商人に関係する天職はなにか持っているのかい?」
「あ、はい。
と、とりあえず二つだけ言っておくことにする。またツラツラ8つも言っても逆に不審だしな……。
商人と宝石学者を選んだのは、まあ、単純に仕事になりやすそうな天職だなと思ったからに過ぎない。細工師や鍛冶師でも良かったけど、そうすると商売ってより職人仕事になっちゃうしな。
「ほう、ダブルジョブでしかも宝石学者とはね……」
ジッと僕の目を見つめるトビー氏。ジッと見つめ返す俺。
緊迫した雰囲気が続いていたが、フゥと息を吐きシェローさんを見て観念したように肩をすくめてトビー氏は言った。
「……ま、そういう事情なら仕方がないなシェロー。ここはお前の顔を立てて俺の権限でその子を登録してやるよ。……今度なんか奢れよ?」
どうやら、なんとか上手くいったらしい。
記憶喪失というところを明かさないと、善良なシェローさん夫妻を騙している不審者にしか見えないからな……。
トビー氏はシェローさんの嘘には気付いていただろうが、シェローさんとレベッカさんが俺を保護しようとしているという意図を汲み取ってくれたというわけだ。良い人でよかった。
登録方法は青白い金属板に血を垂らして、それを職員が奥に持っていき、暫くして戻ってきた職員の手には二つに割られた先ほどの金属板があり、「これがギルドカードとなります」と言われ片方を渡され、あとは羊皮紙のような紙に名前と天職を記入し、それだけで終わってしまった。
ギルドカードはいわばエリシェでの住民票に近いものらしく、これがあれば店も立ち上げられるし、就職もできるし、家を買ったりもできるんだそうだ。俺始まったな。
さぁて! 祝福も受けた。ギルド登録もした。
しかし、そろそろ一回家に帰らないとなぁ。昨日は無断外泊だったしな……。