「お2人のおかげで祝福も受けれましたし、ギルド登録もできましたし、この街で活動する資金もできました。……お礼といってもこんなものしか持っていないんですが、よかったらこれを使ってください」
と言って、店で売らなかったボウイナイフをシェローさんに渡す。これをシェローさんが受け取れば、「猟師にお礼の品を贈ろう 1/2」の”
◇◆◆◆◇
話は少しさかのぼる。
商工会議所を出てから、3人でお昼を食べに行くことになった。
無一文の俺としては、これ以上の借りを作るのもあれだったので、断ろうとしたのだが、「若いもんが遠慮してんじゃないよ」とレベッカさんに押し切られてしまい、異世界外食初体験と相成ったのだった。
シェローさん御用達の店は、商工会議所から10分ほど歩いた場所にあった。
パッと見の印象は屋台村。石畳の上に置かれたテーブルやら長イスに、客が思い思いに陣取って飲食している。
料理は道沿いの店舗で買うか、注文してから運ばれてくる方式のようだ。道幅せいぜい5mあるかどうかというところにテーブルやらイスやら置かれ雑多な客達が飲食しているせいで、かなり窮屈な印象がある。
なんだこれ、今日は祭か?
レベッカさんが食べ物を注文に行くのについていくことにした。半分は食事の値段のリサーチの為。半分は興味本位で。
レベッカさんが慣れた調子で注文していく。
ギョーム(鶏みたいな肉)の串焼き5本で20エル。パエリア(のような米料理。具沢山で美味そう。なんか赤い)大盛り2杯で40エル。豆のスープ3杯で15エル、ナンみたいなパン3枚で15エル。リリアラム(赤い果物)3個で10エル。
しめて、100エルなり。
つまり銀貨1枚だ。あれ? 銀貨3枚で半月分の食費とか言ってなかったけか。買いすぎなのか、それともここが高いのか? シェローさんちの家計が心配です……。
つか、1食で半月分の食費の3分の1使っちゃってるんですけど……。
テーブルではシェローさんがセルフサービスらしい茶を用意してくれていた。飲んでみると香ばしくて美味いが飲んだことのない味の茶だった。茶葉を見たら猫ジャラシに似ていたので、とりあえず猫ジャラシ茶と命名しておこう。
鏡の屋敷がガチ西洋風だったから、西洋的な文化の世界のイメージがどうしても拭えないんだけど、実際はどうも猥雑だ。
茶碗で茶を飲むし、普通に米があるしな。……まあ、こういうほうが好みだからいいんだけども。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきて、みんなでいただいた。
――どれもこれも予想以上に美味しい!
ギョームの串焼きは硬めの鶏肉という感じだろうか、ウイキョウに似た香草と塩で味付けされていて、風味がいい。
パエリアは赤い見た目に反してマイルドな味わいで、やわらかく煮えた香味野菜とかたまり肉も味が染みている。米は日本米よりタイ米に近いようだ。
スープには豆のほかに小さい卵 (ウズラの卵みたいな)も入っていて健康に良さそうだ。
ナンのようなパンは、ナンというよりは、ピザの耳の部分という感じだった。うっすらと油が垂らしてあり、オヤツ代わりにこれだけで食べても良さそうなくらい。
やばい、異世界やばい。食い物超美味い。
銀貨1枚だから高いかとも思ったけどこの味なら納得だわ。それに量も半端ねえ。
パエリアの大盛りって米5合分くらいあるんだもの。それが2つ、つまり1升分くらいあるんだぜ。まったくシェローさんもレベッカさんも大変な健啖家だよ。
3人でガッツ食いして完食。
最後にデザートとしてリリアラムというフルーツをいただいた。
見た目はマンゴーに似ているが、マンゴーより酸味の強い少し硬めフルーツで、この辺では食後に良く食べるものなのだそうだ。サイズも大きめ(リンゴより一回り大きいくらい)のこれが1個4エル、3個でまけてもらって10エルだった。
しかし、1エルの価値が日本円に換算してどれくらいなのかいまいち掴めない。日本だったらあのパエリアなんて1杯3000円以上すると思うけど(なにせ量が量だ)、それで試算すると1エル=150円だ。
最小単位が150円ってありえないだろ……。いや……ありえるのか? 異世界に地球の常識を持ってきても詮無きことなのかな??
まあ、ひとまずこの件は保留としよう。日本のものを売却すればその額で判断できるだろうしな。
◇◆◆◆◇
「ジロー。行くとこないんだろうし、しばらくはうちに居候していてもいいわよ。ベッドもあるし……。街からはちょっと遠いけれどね」
食後の茶を飲んでるときにレベッカさんが唐突に切り出した。シェローさんもウムウムと頷いている。
提案としては非常に嬉しい。見ず知らずの、記憶喪失で、内陸の服を着てて、天職が8つもある、正体不明の小僧に対しての待遇としては、なんというか良すぎる。良い人すぎて不安になるレベルだよ。
でも、さすがにそんなに甘えるわけにもいかないし、なんと言っても一回家に帰らないといかん。親になんにも言ってないし、ネットオークションに出品中のものもそのままだし。
折角の厚意に心苦しい限りではあるが……。
「僕みたいなものにそうまで言ってもらえるのは、非常に嬉しいんですが、さすがにそこまで甘えるのは心苦しいので、なんとか自分でがんばってみようかと思っているんです。この手持ちの品を売れば少しはお金になると思いますので……」
そう言って自衛の為と思って数本持ち込んでいた自作のナイフをテーブルに広げた。
――ナイフ作りとの出会いは中学1年生のころだった。
中学の時の部活の顧問が技術教師で(数学も教えていたが)、その彼が副業でカスタムナイフビルダーをやっていて、放課後にナイフを作っているのを見ていたらいつの間にか自分もハマってしまい、今でも半年に1本くらいのペースで作り続けている。
まあ、その技術教師と今だに付き合いがあるから材料を安く譲ってもらったり、工具を貸してもらったりして、ニートになっても続けられているんだけどな。鋼材はともかく電動工具なんかは自分じゃなかなか買えないし。
シェローさんが興味深そうに大振りな一本を手に取り、品定めするように見始める。
武器になりそうなもの……、と思って、手持ちで一番刃渡りの長いボウイナイフを持ち込んだ物だ。
全長で35cm、刃渡り20cmの分厚いナイフで、個人でこのサイズを作る人はあまりいないかもしれない。日本で持ち歩いたら発見次第即御用だが、自分で愛でる用に作ったから問題はない。
鋼材はATS-34。ナイフ用ステンレスの定番だ。
「良いナイフだな。仕事柄刃物はいろいろと見てきたが、こんな顔が映るほど磨かれた刀身は初めてだ。作りも丁寧だし、かなり
と、ある意味刃物のプロとでもいうべきシェローさんにも好評なようだ。
「かなり高価」がどれくらいの金額を指すかはわからないが、無名の素人の自作品なので、たとえネットオークションに出しても1万円にもなれば良いほうだろう。まあ、ネットでなんか売る気もないけど。
「記憶がないもので、どういう謂れの品かはわからないのですが、僕も良い品だと感じます。何本か売って、しばらくの活動資金になれば……、と思うのですが」
「そうだな。これならばかなりの金額になるだろう。知り合いの道具屋のところで頼んでみよう」
「あ、ありがとうございます!」
◇◆◆◆◇
こっちの世界に持って来ていたのは、例のボウイナイフの他には、小ぶりのドロップポイントのシースナイフを2本、中サイズのハンターナイフが1本である。ボウイナイフは特別手が掛かっている品なので売るつもりはないが、シースナイフとハンターナイフは売ってしまうつもりだ。
全部で金貨1枚にでもなればしめたものだが……。
シェローさんの知り合いの道具屋は、予想に反して大店だった。
どうしてもRPGの印象で物事を考えるからか、例の大作RPGの道具屋的なものを連想してしまっていていかん。「いらっしゃいませ。ここは道具屋だ。なににするかね。ここで装備するかね。120Gだがいいかね」みたいな、オッサン1人でやってる5坪くらいでやってるちっちゃな店をね。
道具屋は「ミーカー商会」と言い、このへんでは一番大きい店なのだそうだ。中に入ってみると、道具屋というよりは武器防具の店といった感じだった。
店内は5坪どころか30坪くらいはありそうだ。売っている品物は…………、RPGだコレ。
「ここは武器防具の店だ。なににするかね。ここで装備するかね」っていうアレだコレ。
剣、ナイフ、槍にメイスにワンドに斧に鎧に盾に篭手にスネ当て。外套も服も靴も売っているし、旅に使うであろう道具、寝袋やロープや鍋とか食器とか、照明に使う松明やらランタンやらもある。
……楽しい!!
俺こういう店大好きなんだよ! まさに冒険野郎のホームセンターやぁー。
ここでなら半日は時間つぶせるわぁ。
夢中になって武器や防具なんかを見ていると、シェローさんが呆れたように呼びに来た。
……すみません、つい夢中になっちゃって……。ほんとこういうのに目がないんですよ……。
シェローさんが店主に渉りを付けてくれ、ナイフは買い取ってくれるから、とにかく見せてみてくれとのこと。
ボウイナイフ以外のナイフを取り出して、カウンターに並べる。
店主は40がらみの筋骨隆々のハゲ親父だ。強そうな見た目に反して、目つきは優しげだ。
「……このへんでは見ない品だな……。とすると内陸産か、あるいは山岳のほうの作か……? いったいどうなっとるんだコレは」
などとブツブツ言いながら検品を行っている。
すみません、それ地球産なんですよ。厳密には俺作なんです。――――とも言えないので、黙って検品するのを見守った。
どうやら事前にシェローさんが俺が記憶喪失だと言ってくれてあったようで、必要以上の詮索をされることもなく査定が終了した。
「待たせたな。――――結論から言うと、こいつを売ってくれるなら全部で金貨10枚出そう」
「えっ!?」
軽く絶句してしまった。10枚!?
金貨10枚って日本円に換算して……、さっきの暫定的な試算の1エル=150円で計算するとあんた、金貨10枚はつまり10000エル……。
……150万円やで。
「――ああ、勘違いするなよ。ナイフとしての価値で言うなら金貨1枚くらいのものだぞ。……ただな、このナイフの製法は今のところまだこの国には伝わっていない、俺でも初めて見るものだ。さらに鋼材もわからん。比重から考えると鉄のようなんだが……。ハンドル材も見たことがないものだ。要するに、なにからなにまで謎だってことだ」
そりゃあそうだろうな。鋼材は日本製のステンレスだし、ハンドル材はマイカルタ(米製の人工合成素材)なんだから。
「……つまり謎を買い取ってくれるというわけですか?」
「謎、というよりは信用だな。記憶喪失ということだが……、例えばだな、お前がこいつを『帝都』か『山岳』あたりからサンプルとして持って来る途中で記憶を失ったものとする。それで、無一文だからとうちに持ちこまれたとして、新しい技術の粋を凝らして作られたものと解っているのに買い叩くわけにはいかんだろう。店の信用と、なによりプライドの問題としてな。だから金貨10枚だ。ま、そのかわり、このナイフの製法については研究させてもらうがね」
なるほどな。確かに俺が商人でよその国から新しい品を売るためのサンプルを持って来た使者とするなら、記憶喪失なのをいいことにカモネギよろしく買い叩くってわけにもいかないんだな。
しかし、サンプルとか言うってことは、俺が商人に見えるってことなのかな?
「商人でなけりゃ、あれだけ熱心に店の商品をチェックしたりはしないさ。記憶を失ってもそういうところは変わらないものなんだな!」
と、ワハハと笑う店主。
なるほどねー。ただの
ま、高く買い取ってくれるのだから、素直に甘えさせてもらうことにしよう。これで当面の活動資金には困らなそうだから、素直に嬉しい。
しかも金貨だったら、ひょっとして向こうに戻ったら換金できるかもだし……な!
「じゃあ商談成立だな。ちょっと待っててくれ」
そう言って金貨を10枚取り出し、青い巾着袋に入れてくれる。
それを受け取りズッシリとした重みを感じながら、シェローさんとレベッカさんに向き直って言った。
「シェローさん、レベッカさん、本当に何から何までありがとうございました。お2人のおかげで祝福も受けれましたし、ギルド登録もできましたし、この街で活動する資金もできました。お礼といってもこんなものしか持っていないんですが、よかったらこれを使ってください」
そしてバッグからボウイナイフを取り出しシェローさんに渡した。