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第9話  異世界クエストは現実の香り




「いいのか? いや、嬉しいが、これはお前の記憶を取り戻す鍵になる品なのかもしれないんだぞ?」


「あ、はい」


 あ、はい。じゃねえええええ。

 記憶喪失設定なのに持ち物簡単に手放しちゃオカシイってことに、全く考えが回らなかった……。



 でもまあ……、実際には記憶喪失ではないのだし、いいか!

 もう、そういう人ってことで理解してもらおう!



「そうですね。今のところはそれを持っていてもなにも感じるところもありませんし、構いません。記憶のことは少しずつ取り戻せば良いかと思っていますしね」



 シェローさんは一応それで納得したのか、それとも意外とナイフが欲しかったのか、それ以上の追求はせずナイフを受け取ってくれた。


 受け取ってくれたことによって「これでクエストクリアとなるんかなー」と考えていると。


 突然輝きだす俺とシェローさん。

 そして浮かび上がる俺の天職板。


 そして……。



 ポンッ。


 と小気味良い音を立てて、天職板が手のひらサイズの可愛い妖精さんになった。マジか。おちつけ。


「よおよお、はじめましてだな。アホみたいなツラしやがって。ハイこれオメデトウの品物。大事にしなくてもいいけど”ハジメテの精霊石”は記念に取っておく奴が多いらしいぜ。じゃあな。これからも世のため精霊様のためにガンバッテくれよ」


 ポンッ。



 …………え? 

 なにいまの? 白昼夢とかの類かな?

 手のひらに青い石みたいのが乗ってるから夢じゃないのかな?


 助けを求めるようにシェローさんのほうを見ると。シェローさんの手にも俺のと同じような石が乗っていた。……どゆこと?



「シェローさん、今のは?」


 と聞くと、俺の手に石があるのを認め、肩を抱くようにして言った。



「おお、ジローもお導きを達成したんだな、おめでとう! 俺のほうも今達成となったよ!」


「えっと? つまりどういうことです?」



 興奮しているシェローさんを横目にレベッカさんが詳しく説明してくれた。

 お導きを達成すると、天職板が精霊の形を宿し、その精霊が達成の記念として「精霊石」という石をくれるのだそうだ。この精霊石は大精霊の加護そのものと考えられていて、見た目がまるっきり宝石ということを抜きにしても、非常に高額で取引されるものなのだそうだ。


 なので人々はお導きがあれば、みな積極的にそのお導きを「達成」しようとがんばるものなのだそうで。


 シェローさんの手にも精霊石があったのは、彼もまたお導きを達成したからで、そのお導きってのはつまるところ……、俺との出会いのところから発生したクエスト……ってことだよなぁ。確かにお導きに遵っているだけとかなんとか言ってたけれどもなぁ……。



「……そうだったんですかぁ……。ふふふ」



 俺を助けてくれたのが彼の無償の善意だったわけではないことに微妙な落胆を覚えているらしい自分のピュアさになんだか笑えてきてしまっていた。


 そんな事気にするようなタイプじゃないと思ってたんだけどな、自分のこと。


 それに……、実際結果オーライなのだし、俺なんて記憶喪失という嘘をついているんだしな。固有職のことだって隠しているし。

 だからなんか言えたような義理でもないんだけどな。


 やっぱなんだかんだ言っても慣れない異世界で心が弱ってたのかな。

 急にどうでもよくなってきちゃったな。……もうとにかくすぐに日本に帰りたくなったなぁ。

 そう思ってしまったら、もうどうにも駄目で。



「……それでは、本当にありがとうございました。また、落ち着いたら伺わせていただきますね。それではっ」


 そう言って身を翻し、2人から逃げるように店を出た。


 いや、実際に店を出てから全速力で走って逃げた。


 後ろでレベッカさんが「ちょ、ちょっと待ちなさい」とか言っているのが聞こえていたけれど、呼び止められるほどに、もう止まれなくなってしまった。


 自分でもよくわからない気持ちに支配されていた。

 走って走って走って走って、一気に街道に出て、そこからも休まず走って鏡の屋敷に辿り着いた。



 そうして1日ぶりに自分の部屋への帰還を果たしたのだった。





 ◇◆◆◆◇





 部屋に帰ってきて、母親に無断外泊の件を適当に弁明して、コーヒーを飲んだらもう普通に落ち着いてしまった。

 我ながらいったいなんなのかと思う。心が弱すぎるから、あんなことで逃げ出したりするんだと理解はできるけれど、だからといってなにをするつもりもありはしなかった。


 今は金貨と精霊石とギルドカードを机に並べている。


 シェローさんとレベッカさんから、事実上逃げてきてしまった件については、ひとまず自分の中で保留とすることにした。バイトばっくれ経験多数の俺にすれば余裕でした。

 ……もう少し落ち着いて、自分のなかであの感情を噛み砕くことができたらまた挨拶に行くことにしよう。



 いよいよ、これからの異世界での商売について考える。


 今、手元にある資金は、異世界の金は金貨が10枚。あと一応換金できるらしい精霊石がひとつ。日本円はコツコツ貯めた虎の子の87万円。

 この資金でうまいこと商売をはじめたいわけだが……。


 しかし、実際に商売を始めるとなると、まずは誰かしらか事情を知る協力者がいないと辛いものがあるんだよな。いちいち記憶喪失だからとか言い訳しながら情報収集するのに疲れたってのもあるし、なにかあったときのためにボディガードも欲しい。

 剣士の天職があるから向こうで修行するって手もあるけど、生兵法は大怪我の元ともいうしな。やめておいたほうがいいだろう。

 剣は欲しいが。


 身を守るにはやっぱ傭兵でも雇うのがいいのかな? でも傭兵ってのもなぁ……。なんか裏切られて後からバッサリ! みたいなイメージがあるしなぁ。

 傭兵なんかより、神官ちゃんとかがアルバイトでやってくれないかなぁ。「ここここれも仕事のうちだよ。だよ」とか、いろいろ楽しそうだけどなぁ。


 ――そうだ。エルフだ。

 商売もいいけど、エルフのこと調べないといかん。神官ちゃんしかまだエルフ見てないから、どれくらいの割合で街にエルフ住んでるのかわからないけど、エルフ見つけてお友達にならないといかん。なんなら金貨の1、2枚もちらつかせてでも……。


 ハッ! いかんいかん。


 まあとにかく一度神官ちゃんのところに行って、エルフ情報を聞いたり、記念写真撮ったりしてこよう。そんでブロマイド作ってこっちで売ろう。隠し撮り写真集とかでもいいかもしれんな。1万部くらい売れるんじゃないかな。


 ハッ! いかんいかん。



 あと活動拠点をどうするかも考えないといかん。とりあえずは鏡の屋敷でいいのかもしれないけど、屋敷の権利とかどうなってんだ。異世界のそういうのってよくわからんぜ……。いずれトビー氏にでも聞いてみよう。

 そんで俺、エルフと新婚生活するんだ……。


 とにかく、最初は異世界での足場固めをすることにしよう。お金稼ぎ自体は向こうのほうが容易ではあろうし、軍資金も多い。


 こっちでの活動は後回しだな。



 ……いや待てよ。

 こっちの世界ではまず種まきからやっておくか……。



 俺はPCを立ち上げると、いきつけの巨大匿名掲示板群にスレ建てするのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――

 【速報】俺んちの鏡が異世界と繋がった


  1 :名も無き妖精

    今朝起きると部屋にある鏡が異世界へ繋がってたんだけど

    なんかアドバイスある?








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