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第11話  異世界生活への始動の香り




 次の日、朝5時に起きた俺は、昨日のうちに洗って乾かしておいた異世界服を身にまとい、向こうに持っていくものをバッグに詰め込んだ。


 まずは、ナイフ。ボウイナイフはシェローさんにあげてしまったので、あとは中型か小型のナイフしか手元にない。昔、冗談で作ったククリナイフもあるが、あれはまだ未完成のまま放置してあるし……。

 なので、中型のなんの変哲もないシースナイフを1本だけ持つことにした。


 次に金貨を1枚だけこっちに残して、残りの8枚をバッグにIN。

 あとは、精霊石にギルドカード、デジカメ、救急キットにチリ紙、ハンカチ、タオル、お泊りセット(歯ブラシとか下着の替え)、非常食に、手持ちの宝石の中から数点。


 まあ、こんなもんか。

 お泊りセットを用意したのはアレだ。宿泊代がどれくらいかによるけど、向こうの宿に泊まってみるつもりだからだ。


 手持ちの宝石は、安いものからイミテーション(模造品)、ちょっと高いものまで、全部で20数点。ジュエリーケースに入れて持っていく。



 この宝石は例のブラック企業で働いていたころに手に入れたものだ。ああ、そういえば俺がどんな職種の仕事をしていたかまだ話していなかったな。


 ハローワークの楽しげな求人募集に釣られて入ったその会社は、一口で言えば宝飾貿易業とでもいうもので、やってることはけっこう幅広く、宝石や絵画、毛皮やらの輸入輸出。絵画や宝石の営業販売、各種イベントの企画運営なんかが主な業務だった。


 俺はそんな中、宝石の販売員として割り当てられたのだが、ノルマは月200万円、残業代なし、休日出勤手当てなし、朝礼が長い、飲み会の強要、怒号に叱咤、さらに社長の顔がクドい、などなどブラック丸出しなその体質にすぐに辟易してしまった。

 仕事内容も催眠商法まがいの演出で宝石を売ったり、ホームパーティ商法まがいの演出で売ったり……。ともすれば詐欺で引っ張られるような販売方法ばかり。


 極めつけに、ボーナスが現物支給。

「宝石か毛皮か美術品か好きなのから選んでいいぞ!」などと言われた時は、マジで辞めると誓ったもんだっけ……。やっぱボーナス年4回とかいう会社にホイホイ入っちゃダメってことだったんだな……。


 まあ、でもあんな会社にでも入ってたから宝石学者なんて天職があるんだろうとは思うけど……。もう、2度とあんなところでは働きたくないものだ……。俺が辞めてから暫くして脱税で摘発されたって噂だけど、どうなったのかなぁ……。



 それはさておき、異世界だ。さっさと出かけちゃおう!


 そしてやってきました異世界。

 これからエリシェの街に向かうわけだが、距離がけっこうしんどいんだよな。移動手段つーと、馬くらいしか思い浮かばないけど、馬なんて乗ったことないしなぁ。自転車ってわけにもいかないだろうし……。

 剣士だの詐欺師だのなんて天職いらないから、騎手の天職でもあれば良かったのに。むしろこれから増えないかしら天職。神官ちゃんにそういうこともあるか聞いてみるかな。


 なんてことをウダウダ考えつつも、シェローさんと出くわさないように気を配り歩き、エリシェに到着した。


 鏡の屋敷から歩いたり小走りしたりして、およそ1時間半。歩く速度がだいたい時速6kmだとして9kmくらいか? 実際はもう少し短いだろうが、なんにせよ5km以上か。なんらかの移動手段を確保したいものだな。



 エリシェの街は、昨日と同じように活気に満ちていた。


 俺は一直線に神殿に向かった。目指すは神官ちゃん! エルフの神官ちゃんですぞ! (そういえば名前聞いてなかったな)






 ◇◆◆◆◇







「今日は神官様はお休みだよ」



 デジカメ握りしめて勢い勇んで神殿に飛び込んだ俺に無慈悲な言葉を投げ捨てるカボッチャさん(仮名 推定58歳人間女。髪型がカボチャぽい)。


「では、神官さまをお願いします」


「だから今日は神官様はアレの日だからお休みなんだよ。また明日来るんだね」


 ガーンだな。出鼻をくじかれた。


 …………つか、今アレの日って言った? あのオバサン、アレの日って言ったよね。アレの日ってつまりアレの日ってことなのかな。エルフでも月に1回あるのかな。いや、まてよ……、エルフはあんまり性的欲求が強くない種族と聞くからな……、その反動で半年とか1年に1回、その……強烈な発情期的なものが来るって昔なんかのノベルで読んだ! それだ! このフラグ逃せない!



「……どうしても火急の用事でしてね……。取り次ぐことはできませんかね?」


「そう言われてもねぇ。アレの日のエルフ族がどこに行ってるかなんて、よほど近しい人間じゃないと知らないと思うよ。当然ここにはいないし」


 よし! 探そう! 年に1度の発情期で苦しんでいる神官ちゃんを助けられるのは俺しかいない! フラグ回収するしかない!!



 ……しかし、考えてみるまでもなく探す手立てはなかった。なんの取っ掛かりもないのに、ほぼ完全に他人のエルフちゃんを探すってのは無理がある。さてどうすっかと思ったが、ふと、例のスキルのどれかが使えるのではないかと思い当たった。


 ダメ元でやってみるか!



 天職板を出す。


 異界の賢者のところにあるスキル「異世界旅行」「世界の理」そして「真実の鏡」。

 真実の鏡は使えば即クエストクリアになるから、これはどちらにせよ早めに使おうと思っていたが。


 さーて、ところでこのスキルってどうやって使うの? 試しに板を指でクリックしてみたが抵抗なくすり抜けちゃうばかり。

 やっぱ天職板出すのと同じようにやるのかな。



 まず、異世界旅行を試してみる。試すといってもなんだか全然意味が解らん。「異世界旅行異世界旅行異世界旅行……」と念じるのみよ。



 ……はい。なにもおこりません。



 さ、次々。「世界の理世界の理世界の理……」と念じるのみよ。



 ……はい。なにもおこりません。




 大丈夫かこれ。なんか前提からして間違ってるのかな。説明書が欲しいにゃー。



 気をとりなおして、次。「真実の鏡真実の鏡真実の鏡……」とダメ元で念じてみた。


 念じてすぐに、天職板の内容が一瞬で切り替わった。ページをめくるように。


 切り替わった天職板にはこう刻まれていた。




 ――――――――――――――――――――――


 【種別】

 ?


 【名称】

 ?


 【解説】

 ?


 【魔術特性】

 なし


 【精霊加護】

 なし


 【所有者】

 ジロー・アヤセ



 ――――――――――――――――――――――




「なんぞこれ……」


 などとボンヤリングしてる暇もなく輝きだす俺。

 ああそうだ、真実の鏡使ったからクエストクリアなんだな。



 ポンッ

 とまた、天職板が可愛い手乗りサイズの妖精になる。



「よおよお! なんだよその謎の機械はよ。鑑定するのはいいけどもうちょっとワタシ好みの奴にしてくれよな。あ、コレお祝いの品な。今回は簡単だったからショボイやつだぜ。売ってもいいぞ。じゃあな。また世のため精霊様のためにガンバッテくれよ」


 ポンッ



 そしてまた手に石が乗っている。相変わらず言うことだけバッと言って帰るやつだ。


 さて、順を追って考えてみよう……。

 まず真実の鏡は、どうやら鑑定スキルのようだ。妖精がそういっていたし、そもそも妖精が鑑定をしてくれているようだし。


 今回鑑定したのは、俺が手に持っていたデジカメだろう。あの妖精が鑑定しているみたいだから、異世界のハイテク機器のデジカメは鑑定しきらなかったんだろうな。

 しかし、これは妖精の性能によるが、ものすごく有用なスキルだ。異世界の商品を扱うともなれば無二のものだと言ってもいい。これからどんどん使っていこう。ラッキーだぜ……グフフ。



 精霊石はコブシ大の透明でシャープな両剣結晶体だった。


水晶クォーツだなこれは。ハズレか。せめて色付きならよかったんだけどなぁ……」




「ちょ、ちょっとあなた! それお導き? 今達成したの?」


 突然興奮して食いついてくるカボッチャさん(仮名)。まあ、確かに外から見ればなんかボンヤリしてるな、と思ったらクエストクリアしてた、みたいな状態だろうからな。



「あ、はいそうですけど、なにか?」


「なにがもらえたんだい?」


「えっと、コレですね」


 そう言って、水晶を見せる。



「ほー。いいのに当たったね。これ、真実の鏡だよ」


「真実の鏡ですか?」


「占いで使うからね。そう呼ばれてるんだよ、この石は」


 ……なるほどね、精霊さんもエスプリが利いてらぁ。






 ◇◆◆◆◇






 水晶はタオルに包んでバッグにしまい、神殿を出た。


 結局のところ神官ちゃんを探す方法はなさそうなので、神官探しはスルッと諦めた。

 人間諦めが肝心だよな。気持ちの切り替えの速さで仕事に差が出るってばっちゃも言ってた。


 さて、神官ちゃんがいないとなると、あと事情を知っててアテになりそうなのは商工会議所のトビー氏か武器屋のオヤジだが……。

 トビー氏には俺レベッカさんの甥ってことにしてあるんだよなぁ。嘘だと見破られてそうではあるんだが……。

 でも、ま、トビー氏にはそれ以外にも聞きたいこともあるし、商工会議所に行ってみるか。



 商工会議所に辿り着いて今更ながら気付いたが、もうギルドカード持ってるんだし、無理にトビー氏に取り次いでもらわなくても一般職員(できれば女性希望)でも全く問題ないんだよな。

 よかった。あんな眼光鋭い男とマンツーとか無駄に寿命縮めるわ。


 というわけで受付でギルドカードを出して、これから商売を始めるにあたっての相談に乗ってもらいたい云々を伝える。

 そういうことでしたら、と受付嬢(セミロングの気の良いオカチメンコといったとこか。推定年齢26歳)がそのまま相談に乗ってくれるそうだ。商談席のようなところに案内され、そこで話をすることになった。



「……というわけで、この街に来る途中で暴漢に襲われましてね、ちょっと記憶が飛んでる部分があって、いろいろ曖昧になってるんですよ。なので、基本的なところも聞くかもしれませんがよろしくお願いします」


「まぁ……、大変でしたのね。私にわかることでしたらなんでも答えさせていただきますわ」


 この記憶喪失設定を話すのも、もう手馴れたものだ。つか流れるように嘘が出てくるのは、俺の素養ではなくあくまで詐欺師の天職のせいだと思いたいね。

 本当の俺は素直な良い子です。ブラック企業で同期の奴が良心の呵責に堪えかねてどんどん辞めて、1年続いたの俺以外に2人だけだったけれど無害です。



「まず、この街か郊外で家を持ちたい場合はどこに問い合わせれば良いのでしょうか? この街で商売をやるのは良いのですが、やはり拠点がないと、いつまでも宿暮らしというわけにはいきませんのでね」


「家ですか。街でならば、ギルド所有のものもありますし、個人所有のもので店子<たなこ>を募集しているものもございます。郊外では土地所有権が曖昧な土地が多いですから、建てた者勝ちなところがあるというのが実情ですわ。それと郊外でも、村に住むのはあまりお奨めできません。村のルールに縛られてしまいますし、はっきりと言いますと商人にとっては足枷になりますから」


「なるほど……。たとえば、村からは離れている、誰も住んでいない屋敷なんかの場合はどうなりますか?」


「それは廃屋ということでしょうか? 場所によりますが、廃屋となって長そうならば、そこに住んでしまっても構わないと思いますよ。修繕にはそれなりにかかると思いますが……。すでに目星を付けた屋敷が?」


「ええ、まあ。……えっと、では僕がそこに住むと決めた場合、そこが僕の家だということを保証する書類のようなものをギルドで発行してくれたりなんかはしてもらえないでしょうか。廃屋とはいえ勝手にすむというと不安ですし、なにより高いお金を掛けて修繕してから、ここは俺の家だから返せということになっても困りますし」


 と言うと、さすがにそれだとわからないからと、上司のところに聞きに言ってしまった。ハッキリ言ってあの屋敷が一番の懸案なのだ。あの家をまず自分の家にしてしまわないと、枕を高くして眠れない感じがある。

 こう見えても俺ってば、アットホームな異世界生活夢見ちゃってんだよね。俺がいて……、エルフがいて……、暖炉なんか灯しちゃって、シチューなんか食べちゃって……。ベッドはクィーンサイズを買おう……。

 だから大事。家大事。


 でも書類ってのはあまりに現代的な考え方だったかな? ファンタジー世界なんだからテキトーでもよかったのかもな。



 受付嬢が向かった方向を見ると……、わぁお、上司はトビー氏だわ。そんでトビー氏連れてきちゃったよ。俺だと確認して微妙にしかめっ面だよトビー氏。


 挨拶もそこそこに席について、おもむろに地図を広げるトビー氏。



「話はだいたい聞いたよジロー君。で、その屋敷とやらはどこにあるんだい?」


 地図はエリシェ近郊の地図らしく、南の海に面したエリシェの街と、北と西に続く街道なんかが描かれている。



「えっと、この地図だとシェローさんの家は……、ここですか? とすると村がここで、街道がこうだとすると……、このへんですね」


「うむ……? そんなところに廃屋敷などあったかな……? ミサキちゃん、ちょっとオルセルを呼んで来てくれ。やつはヤーツト村出身だ」


 はいと返事をして席を外す受付嬢。どうやらミサキさんと言うらしい。ずいぶん日本的な名前だな。

 オルセルさん(推定年齢32歳のオジサンオニイサン。人良さげ)はすぐに来た。



「オルセル。ここに何年も放置された屋敷があってな、この青年がそこに住みたいそうなんだが、こんな場所に屋敷などあったか?」


 トビー氏が聞くと、しげしげと地図を眺めるオルセル氏。



「んん? ここですか? ……冗談よしてくださいや。そんな場所にゃなンにもありゃしませんよ。ガキのころよくそこらで遊んだもンですがね。廃屋なんかあったら格好のガキの遊び場になってますよ。それに村からも目と鼻の先じゃあないですか。よほど最近建てた屋敷ならば、俺が知らないってこともあるかもしれませんがね」


「……だ、そうだ。ジロー君。そもそもこの辺は『森』から近いからな。郊外に住む者はシェローのような物好きを除いては、ほとんどいない。」


「だとすると僕が見たあの屋敷は?」


「なにかを見間違えたかしたんじゃないのか? まあ、もしもそこに本当に屋敷があった場合は……そうだな……、住んでしまっても構わないよ。証明書を発行してもいい。どうせ君にしか見えない屋敷なんだからね」


 と言って笑顔になるトビー氏。

 これ絶対馬鹿にしてるよね。ミサキさんもオルセル氏も苦い表情してるし。

 クソッ、どうしてこうなった。



 でもまあ、冷静に考えれば、証明書も発行してもらえるし、あの屋敷の存在もいまいち誰にも知られていないようだ。

 結果だけを見れば最高じゃん。気にしたら負けかなと思っている。



「ありがとうございます、トバイアスさん。では、その証明書はいただいておきますよ。今度ぜひ遊びにきてください」


「ああ、そうさせてもらうよ。証明書はすぐにできる。ちょっと待っていてくれるかい?」


 お互いにニヤリとし合う俺とトビー氏。茶番だわぁ。



 トビー氏とオルセル氏が持ち場に戻っていき、また受付嬢と2人になる。

 とりあえず家の件は、これでよしとして、まだ聞かなきゃならないことが沢山あるのだった。

 店の持ち方。店のだいたいの値段。お奨めの宿。宿の値段。買取所のこと、この街のこと、それにこの世界のこと……。


 でも、それはさておいて。



「護衛を雇いたいと思っているのですが、どこで雇えますかね?」


「護衛ですか? ハンターズギルドなどで冒険者を護衛として雇うこともできますが割高ですわよ?」


「やはりそうですよねぇ。普通、商人の方はどうしてるんでしょうか。冒険者を雇うのが一般的なんですか?」


「普通は奴隷が多いんじゃあないでしょうか。商隊を組むような場合は護衛を雇う場合も多いですけれど」


「奴隷……ですか。しかしイザというときに奴隷が命を掛けて働きますかね?」


「奴隷の契約は、正式な精霊契約ですから大丈夫ですわよ」


「精霊契約?」


「精霊との間に交わした契約ですわ。これを反故すれば、即ち精霊の祝福を失うことを意味しますから。まして、護衛奴隷は他国で戦士をしていた者が多いのですよ。彼らは敵に背を向けて逃げ出したりはしませんわ」


 なるほど。案外良いもののようだぞ奴隷。

 買ってみてもいいかもしれないぞ奴隷。

 そう思ったらだんだんその気になってきたぞ奴隷。

 でも一生面倒見るとか無理くさくね奴隷。

 だいたい値段どれくらいするんだ奴隷。

 出来れば女の子がいいな奴隷。

 もっと言うと若い子じゃなきゃな奴隷。

 正直に言うとエルフだったら最高だ奴隷。



「奴隷っていくらくらいするんスか?」


 あ、喋りが雑になってしまった。スか? じゃないよ、スか? じゃ。


「私はあまり詳しくありませんが、ピンキリだと聞いております。安くとも金貨10枚程度はするはずですが……」


「なるほど……」



 安っす。

 どんな人だったとしても金貨10枚て、多く見積もって150万円じゃん。

 人生安っす。



 さてはて、詳しく知るためには実際に奴隷を売ってるところに行ってリサーチするしかなかろう。




 奴隷商とか俺の人生はじまって最大の冒険になるで……。





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