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第12話  エルフ奴隷は金額的に無理な香り






 俺があの屋敷(鏡の屋敷ね)の正式な住人であるという証明書は、かなりガチな感じにトビー氏が作成してくれ、ニヤニヤしながら渡してきた。

 羊皮紙のような分厚い紙に異世界言語でなんらか書いてある書類である。当然読めないのだが、あの男のことだ仕様に問題があったりはしないだろう。

 慇懃な感じに「お手数かけましてありがとうございます」と言っておいた。「いえいえこれもギルドの仕事ですから」と笑顔でトビー氏も応対していたし、何の問題もないぜ。


 ……いずれガチで屋敷に招待してやろう。どんな顔するのか見物だな。



 その後、その他の聞きたかったことを一通りミサキさんに聞いてから、俺は商工会議所を後にした。次の目的地は、奴隷商館だ。


 もちろん奴隷を買えるほどの金はないんだが、奴隷商行って、どんなもんだかリサーチしなければならんのだ。……が、実際には腰が引けるなぁ。どういう風に売ってるものかもわからないし、現代日本人にとって奴隷とか……、なんつーか真っ直ぐ向き合える気がしないっつーか……。


 でもこっちで活動するなら、護衛、できれば、こっちの世界のことを教えてくれるアドバイザーにもなってくれる人が必要なんだよな。文字も読めないし……。



 奴隷商館の場所はミサキさんから聞いていたので迷わず辿り着いたんだが……が……。これは入りにくいぞ……。


 商館は白壁の窓のない2階建てのきれいな建物で、入り口は閉ざされ、看板らしきものはあるものの中の様子は伺えないという、ひっじょーに入りにくいものだった。


 非常に入りにくいっていうか……、これに1人で入るの? 1人で廻る寿司屋にすら入れない俺が? 「1人焼肉」以上に高難易度なんですけど。

 それに、どう見ても会員制っつーか、一見さんお断りって感じのオーラが剥き出されちゃってるし……。上級者向けすぎる……。


 でもなぁ……。

 異世界で商売するなら、乗り越えなければならないハードルなんだよねこれ。貿易とは戦争なのだよ!


 でもしかし、素直に扉を開けて入っていく勇気はどうしても出なかったので、誰かが出てきたらお見送りに店のもんが出てくるだろうから、それを捕まえる作戦を採ることにした。さすが俺小賢しい。


 店の前を不審者よろしくうろつく俺。

 入ろう! と決めた勇気が時間をおくごとに萎えていくのを感じながら、しかしそのときが来たら飛び出して、ああ言ってこう言って……とシミュレーションしていた。


 15分もうろついたころだろうか、はたしてついに店の扉が開いた。





 ◇◆◆◆◇





 扉から出てきたのは、20代中程くらいかの銀髪が印象的な貴族風の男だった。店員の見送りもなく普通に店から出て歩いてくる。丁度俺がいる方向に。

 店員の見送りがないとはアテが外れてしまったな。次を待つという手もあるけれど、奴隷商館なんて、そんなに客が多いわけでもないだろうし……。

 よし。このお兄ちゃんに話かけてみるか。ひょっとするとこの人が店員の可能性もあるしな。



 俺は思い切って話しかけてみることにした。いずれにせよ、奴隷のことが少しでも聞ければいいのだし、あの店に入るよりはハードルが低かろう。



「あの……、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」


「はい? どうかなさいましたか?」


 にこやかに返事をしてくれる貴族風の男。お供もなしで単独で歩いているし、貴族風の一般人なのかな。でも顔付きというか、オーラというか、正直あんまり一般人ぽくないけどもな。



「いえ、今そちらの商館から出てくるのが見えたものですから、ちょっと教えていただけたらな、と思いまして……。あ、僕はジロー・アヤセという者で、商人をやっております」


「商館に御用で? 今は営業中のはずですから行ってみては?」


「いや、実は、恥ずかしい話なのですが、僕は奴隷を買ったことがなくてですね、あの門構えに怯んでしまいまして……。ですから、よかったら少しで良いので奴隷について教えていただけたらな……と」


「そういうことでしたか」


 一応納得したらしい貴族風の男。どうやら店員ではなかったようだ。勢いに近い形でこの男に声を掛けちゃったが、やっぱ素直に店に行っとけばよかったかなぁ。でもまあ今更だな。



「それでどういったことが聞きたいので?」


「護衛のための者が欲しいのですが、相場としてはどれくらいなのかなと。種族や性別でどの程度変わるのかなんかも教えていただけたら……」


「相場という話ですが、まず、奴隷に相場というものはありません。種族、年齢、性別、容姿に経歴、天職によって大きく変わりますから。あなたがどのラインの人員を求めているかによりますが、奴隷として最低の部類『人間の60歳の男性、醜男の元山賊の下っ端で天職なし』という条件ならば金貨1枚でも買えますよ」


 淀みねぇなこの人。詳しいし。スラスラ教えてくれるし。この人に聞いたのは正解だったようだな。もっといろいろ聞いておこう、そうしよう。


 ――そして調子に乗ってしまった。



「希望を言うなら、エルフの若い女性で剣と魔法が使える子が欲しいんです」


「……正気か貴様」



 あっれー?






 ◇◆◆◆◇







「なにかおかしかったでしょうか。……すみません。実は僕、記憶を一部失っていましてね。なにか気に障ったのであれば謝ります」


「ああ、そういうわけでしたか……。いえ、エルフの奴隷が欲しいとはなかなか度胸がおありになるな、と思いましてね」



 貴族風の男氏によると、エルフの女性というのは奴隷の中でも最上位に君臨するものらしく、買えるのは王侯貴族か大商人くらいのものらしい。当然値段は天文学的な数字。

 しかも予約制。


 そうでなくとも、奴隷になるエルフ自体が少ない。 

 普通は、莫大な「借金」をしたか「犯罪」を犯したか「敗戦国」から連れてこられたのどれかで奴隷に身をやつすらしいのだが、借金で奴隷になったり、犯罪で奴隷になったりするエルフはほぼいない為、自ずと敗戦国奴隷のみとなるそうだ。

 しかし今は戦争は膠着状態。当然新規の敗戦国奴隷は入ってこない。だからエルフの奴隷は余計に少ないという寸法。


 次に、エルフは他の種族と比べても寿命が長い。

 いや、大事なところは見た目の若い期間が長いところなのだ。性的な意味で。貴族なんて自分の息子に引き継いだりするらしいんだよ。性的な意味で。もうやだこの国。


 次に、エルフは精霊魔法が使える。

 精霊と共にあるこの国では、精霊魔法を使えるものが近くにいるってのは、特別な意味があることなのだそうだ。精霊魔法は精霊と感応して起こす奇跡なんだってさ。これは魔術師の使う魔術とは全く別の概念なんだそうで……。


 最後に、エルフを奴隷にするって事が、すごいステータスなんだとか。

 民草にはちょっと嫌われるらしいけどね。エルフ尊敬されてるから。でも値段とか凄いし、商人でエルフの奴隷持ってるっていうと一流の証明になるんだと。



 ――――というわけで、俺みたいな若いぺーぺーが気楽に「エルフの奴隷」とか言っていいもんじゃなかったらしい。



 ……だが……



「そうだったんですか……。でも買えることは買えるんですね。そこの商館でも予約ってできるんでしょうか」


「今の話を聞いていて、それでも買う気なんですか? 正気を疑いますよ……。それとも、大商人の息子かなにかなんですか?」


「いえ、純粋たる一個人ですけども。でも夢が金で買えるなら、目指してみたいですね。……それに、僕はいずれにせよ大商人になりますから。エルフを買うのが先になるか後になるかの違いだけですよ。ま、今はしがない駆け出しですが」



「…………夢、ですか」




 難しい顔をして沈黙する貴族風の男。


 そうさ、夢さ。叶うはずのなかった夢さ。地球に3億人くらいいるはずのエルフファン全員の夢さ。


 それにエルフちゃんも俺のところに来たほうが幸せに決まっているね。なぜならおそらく俺が世界で一番エルフを愛しているからだ! たとえそれが俺の独りよがりであったとしてもだ!



 沈黙していた貴族風の男が俺に向き直って言った。



「では1つ勝負をしましょうか」


「勝負ですか?」


「勝負です。あなたが勝ったらエルフをお譲りしましょう」


「ハァ……、て、え? マジで?」



 いきなりよくわからない話の流れに。


 つい素でマジで? とか言ってしまう俺です。








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