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第101話  ルクリィオンは反省会の香り


 今回の俺たちの仕事はシャマシュさんが来るまでの時間稼ぎだった。

 だから、シャマシュさんが来て坑道を封じに行ってくれた以上、もう特にやることはない。


 被害状況は、地元の戦士がゴブリンに軽い傷を負わされた程度。

 突発的な大量湧きだったことを考えると、軽微で済んだと言えるだろう。まあ、モンスターが湧くのが日常の世界だ、最低限の危険意識は住民全員がちゃんと持っていた結果だろう。

 マルコ少年の妹さんは、俺たちが間に合わなかったらひょっとするとヤバかったかもしれないが(岩投げるオーク出たし)、結果としては助けられた。


 だから次にやるのは――


「では、第一回アルテミス騎士隊反省会をはじめまーす。ぱちぱちぱちー」


 というわけだ。

 反省を踏まえ、今後に活かしていきたい。


 現在は、坑道を封じて来てくれるシャマシュさん待ちということで、入口付近で全員集まっており、メンバーは俺、ディアナ、マリナ、レベッカさん、エレピピ、エトワ、大親方、現親方、そしてイオンさんだ。


「ご主人さま! それよりさっきの馴れ馴れしい感じの女はなんだったのです!?」

「魔族さんであります。上位互換であります」

「ジロー、どういうことなの?」


 ディアナ、マリナ、レベッカさんが詰め寄ってくる。

 反省会なんかより、シャマシュさんのインパクトが勝ったようだ。


 どうやら説明せねばならないようだな! 俺は悪くない!


「ええと、どこから話したもんかな……」


 とりあえず、シャマシュさんとイオンさんの関係から話さなきゃだけど、話の中身的にどうだろうか。

イオンさんが帝国の元姫君だとか元帝位継承権三位だとか、ペラペラ話していいとも思えないが、今いるメンバーは信用しても大丈夫だろうとも思う。お漏らししちゃうようなことはないはず。

 どっちにしろ……イオンさんを匿うのであれば、情報は共有しておかなきゃだしな。


「大親方、その……イオンさんのこと、僕らが坑道入ってる間に軽く説明なんかしてくれたりは……?」


 いちおう訊いてみる。

 坑道前で、ディアナ、エトワといっしょに待ってた間に、ある程度ザックリとでも説明してくれてたかもだし。


「してねぇ。ワシには手に余る話だ、お前さんに任せる」

「ですよねー」


 やっぱ俺が説明するしかないか。

 イオンさんは、フードを目深に被り両手をすりあわせ居心地が悪そうにしている。

 ちらりと獄紋が覗くが、うちの子たちは誰もそれを指摘しない。

 チラチラと気にはしているようだが、誰もイオンさんに声を掛けず、なんとも言えない居たたまれなさが漂っている。


 人に聞かれるとマズいってことで、全員で人目に付かないところへ移動。

 大親方が気を利かせて、現親方を坑道の見張りに残してくれた。

 事情を知る人は少なければ少ないほどいい。現親方を信用しないわけじゃないが。


 しかし、さて……。

 ほんと、なにから説明したもんかな。

 いや……細部はいいか。ストレートにいこう。


「イオンさん、フード取ってもらっていいですか。チラッと見せる感じでいいんで」


 今回の話のキモはイオンさんの獄紋だ。それを見せずには始まらない。

 イオンさんは俺の要請に少しの逡巡を見せたが、しかしゆっくりとフードをとり、顔を見せてくれた。


「ひっ……」


 誰かが息を飲む。

 イオンさんの透き通るような水色の髪、そして、マダラにのたうつ獄紋が露わになる。

 真っ赤な瞳は伏せられ、唇を引き絞り、居心地が悪そうに腕を抱いている。


 まあ、そうだな。

 なんだかんだ言っても信用していいかもよくわからん集団だし、頼みの綱のシャマシュさんもいないし。

 ここで「わー獄紋! エンガチョー!」とか言って全員でコテンパンなんて展開も、本人にすりゃ、可能性としてありえるとか思う所なんだろうし……。

 俺や大親方を信用してくれているんだろうが、所詮はついさっき会ったばかりの他人なんだからな。


「イオンさん、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。悪いようにはしませんから」


 イオンさんの震える肩に手を置く。

 おっと、ガチお姫さま相手には気安すぎたかな?


 しかし、シャマシュさんといる時は強気なのに、今は借りられてきた猫そのものだ。

 内弁慶ってやつだな。


「えっとまあ、簡単にいいますと、この獄紋もちのイオンさんと、さっきの魔族さんがいっしょに暮らしてまして。僕がこのイオンさんの獄紋を祓う為の精霊石5個を出す代わりに、あの魔族さんが僕の奴隷になってくれるっていう話になりました! さらにイオンさんも諸事情あって、獄紋とってからうちで匿うことになるかもです! まる!」


 よっしゃ、言い切った!


「……………………」


 一同、それぞれ複雑な表情で押し黙る。

 うん……。

 そうだね、魔族さんに剣を直してもらいに行っただけのはずなのに、こんなことになってるなんてね……。

 人生って不思議だなぁ。


 でも、ぶっちゃけた話、もう「やっぱなしで」とするつもりはもうない。

 心情的にもうとっくに同情してしまってるってのもあるけど、それより、シャマシュさんの戦力があまりにもガチだからだ。

 俺の護衛をがんばってくれてるマリナには悪いけど、シャマシュさんが居れば危ない橋がかなり渡りやすくなるし、商売が楽になるのは明白。

 いままでは、石橋を叩いて渡るような商売しかしてこなかったんだから。


「……ご主人さま。一ついいですか?」


 最初に口を開いたのはディアナだった。


「はい、どうぞ」

「さっきの鳥に乗ってきた魔族を奴隷として迎える……ということですよね? では、私たちの屋敷でいっしょに住む――ということになるのです? こちらのイオンさん? も?」


 やっぱ焦点はそこになるか。

 奴隷になるってことは、ようするに身内になるってことなんだからな。


「…………私は、魔族とはいっしょに住めません。私はくさってもエルフなのです」


 わりとはっきりとして拒絶。

 やっぱ相性悪いのか。


「ま、種族的な相性あるし、いいよ。別に無理にでもいっしょに住もうってわけじゃなかったし。シャマシュさんが俺の奴隷になるってこと自体が反対ってわけじゃないんだろう?」

「それは、私がとやかく言えるような問題でもありませんし……」


 歯切れ悪くモニョモニョ言うディアナ。

 本当は、とやかく言いたいのかもしれない。

 さっきは「あの馴れ馴れしい女」とまで言ってたしな。


「怒らないのです? ご主人さま」


 上目遣いでそんなことを言う。

 差し出がましいことを言ったとでも思っているのかもしれないが、俺はそこまでワンマンじゃない。

 ずっといっしょにやってきたみんなのほうが大事だ。


「怒るわけないよ、ディアナ。もっと大反対されるかと思った」

「反対なんて……。でも」


 声音を一つ落とす。


「……いいのです? ご主人さま。獄紋は犯罪者の証、そう簡単に祓ってしまってよいものではないのではないですか?」


 イオンさんに聞こえないように小声で耳打ち。

 確かに事情を知らなければそう思うのは当然。

 よく考えると、獄紋者に魔族のセットって絵的にも強烈だ。


「……まあ、そのへんの事情はまた後でな」

「わかりました」


 とりあえずディアナはOKらしい。

 いずれにせよ、あの精霊力が濃いらしい屋敷では、魔族であるシャマシュさんは一緒に住むの無理だろう。

 それに、下手に一緒に住むより近くに家を作って通ったほうが、人目を気にせずエロエロできそう! とかね……。

 そんなゲスなことは考えてないでゲス……。


「マリナはなんかあるか?」


 マリナはさっきから目をつぶってなにかを考えている。

 俺が促すと、カッと目を見開いた。


「主どの! 新人はマリナが教育するのであります!」

「えっ?」

「マリナは先輩奴隷なのであります。騎士隊でも先輩であります。規範を示さねばならないのであります」


 さっきからなんか考えてんなとは思ったけど、そんなこと考えてたのか?


「それは構わないけど。規範ってなに」

「先輩より先にアレコレしてはいかんのであります。アレコレ」

「アレコレって?」

「いろんなことであります。いろいろ……、いろんな……初めてのこととか……」


 なるほど、わからん。

 よくわからんが、中学校の部活の序列的ななにかのことだろう。

 マリナが「一年は球拾い! ラケットはカーボン禁止。ウッド使え!」とか理不尽なことを言うんだろう。もしくは「ナイキのバッシュなんて100年早ぇんだよ、1年は布バッシュか体育館シューズな」みたいな……。違うか。


 まあ、魔族ってだけで萎縮しちゃいそうなところなんで、規範というルールを設けるのは悪くないのかもしれない。シャマシュさんの性格にもよるだろうが、パワーバランスの乱れであっというまに秩序が崩れるなんてのはよくあることだ。

 戦闘力という点では、シャマシュさんはたぶん俺たち全員で戦っても負けるくらいの強さなんだから。


「……えっと、じゃあレベッカさんはなんかあります?」


 レベッカさんは、別に俺の奴隷ってわけじゃないし、関係ないっちゃないんだけど、アドバイスは貰いたいところ。

 レベッカさんは、イオンさんがフードを取ってからずっと、訝しそうにイオンさんを見つめており、イオンさんはだいぶ居心地が悪そうだ。


「え、私? うん、そうねー……この子とちょっと話をさせてもらってもいいかしら?」

「それは構いませんけど。イオンさんもいいですよね」

「えっ、はい」


 そして、レベッカさんは、イオンさんの正面に立ちニコリと微笑み、


「……お久しぶりです。まさかこんな形で再会するとは……。私はあなたもとうに死んだと思っておりました」


 そんなことを言った。


「前にお会いしたことが……?」

「覚えておられませんか。まあ、私は直接お目通りのかなう立場ではありませんでしたから仕方ないかもしれませんね」


 礼儀正しい言葉使い。

 普段の砕けた口調とはまるで違う、まるで目上の人間に対するかのような態度。

 レベッカさんはイオンさんの正体を知っている……?


「私は元『緋色の楔スカーレット・ウェッジ』のレベッカ・ロート。副団長シェロー・ロートは覚えておいででしょう? あれの娘です。

 ……私は――あなたのこと、今でも許してはおりませんよ。――ルクリィオン姫」


 作り物のように乾いた笑顔で、そう告げた。



 ◇◆◆◆◇



「シェロー・ロートの……娘……? あの方、あなたのような娘がいるような歳だったかしら……」


 ひとつ息を吐き、少しだけ困惑した様子のイオンさん。まさかこんなところ(帝都から遠く離れた貧民窟だ)で、自分を知っている人間と会うとは思いもよらなかっただろう。

 レベッカさんが、感情のうかがい知れない笑顔を頬に貼り付けたまま答える。


「父は石を十以上は若返りに使っていますから。それより……驚かないのですね」


 レベッカさんが言うとおり、イオンさんは自分を知っている人間に会ったというのにほとんど驚いた様子がない。

 達観しているというか、すべてを受け入れているように見える。


「いまさら……こんなことを言っても信じて貰えないかもしれませんが、私はあなた方には許されなくても仕方がないことをしました。……許されたいとも思っておりません。……いえ、私を断罪するのは『緋色の楔』の関係者であるべきなんでしょう。あなたが私を許せないのは当然です。これも……めぐり合わせでしょう。――ふふっ、祝福を失った私に、まだこんなにも運命のめぐり合わせがあるなんてね」


 投げやりな態度のイオンさん。

 かつては一国の姫として、蝶よ花よと育てられていただろうに、そんな姿はとても連想できない捨て鉢さだ。

 シャマシュさんが初対面の俺に託したいと願う程度には、もう精神的にボロボロなのかもしれない。


「断罪なんて……私はッ」


 レベッカさんが言葉を詰まらせる。

 自分の記憶にあるイオンさん――つまりルクリィオン姫とのギャップによるものだろう。


 どうやら直接の知り合いというわけではないようだが、強烈な因縁がある相手ではある模様。

 しかし、まさか……こういう事態は予想していなかったな……。


「レベッカさん、つまりどういうことなんですか? ……いや……まず、最初にイオンさんの紹介からしちゃいましょうか。みんなチンプンカンプンでしょうし」


 イオンさんのことを、知っている範囲で軽く紹介する。

 帝国のお姫さまで、元帝位継承権第3位。

 対立派閥の政治抗争だかなんだかで、どっかの将軍だか聖騎士だかと駆け落ちした――という設定で、追われたお姫さま。


「このルクリィオン姫のせいで、アイザックは死んで『緋色の楔スカーレット・ウェッジ』は解散となったのよ」


 説明の途中でレベッカさんが口を挟む。

 て、『緋色の楔スカーレット・ウェッジ』ってシェローさんとかレベッカさんがいた傭兵団じゃないですか。


「そうだったんですか。ん? じゃあ、イオンさんが駆け落ちしたとされている相手ってのがまさか」

「……そうよ」


 そうか、ああ、なるほど。

 イオンさんは帝国の将軍だか聖騎士だかと駆け落ちしたって話。あれって天職の話だったんだな。いや、この世界では職業=天職なのか、もともと。

 レベッカさんがいた傭兵団の団長であるアイザック氏はレア天職『将軍ジェネラル』と『聖騎士パラディン』を持つスーパーイケメンだったって話だったから、その人がお相手だったってわけだ。

 レベッカさんはその人に片想いをしてたって話だから、まさにイオンさんは恋敵だったというわけか。

 ……いや、イオンさんはレベッカさんを知らなかったから、どちらかというと横恋慕……いや、やめておこう。

 まあ、しかしレベッカさんが怒ってんだか、なんだかわからん感じになってるのも無理ない。それでも敬語で話してるのは、やはり騎士天職のなせる業だろうか。


「ルクリィオン姫。……私はアイザックが死んでから、事の真相を自分なりに調べたんです。あなたのその獄紋の理由も知っています。だから……同情するところもありますが……でも」


 レベッカさんはそこで一度言葉を区切った。

 なにか、よほど言いにくい事なのか、唇を噛み真っ直ぐにイオンさんを睨む。


「姫はアイザックがどのようにして殺されたかはご存知ないでしょう。あの人は――」


 レベッカさんの口から紡がれる、凄惨な記憶。

 アイザック氏は、傭兵の分際で姫をかどわかした罪として、処刑。

 その処刑方法は、緋色の楔にちなんでか壁に20の楔で磔にするというもので、アイザックの血で濡れ楔が緋色に染まる趣向の下衆なものだったという。

 処刑の理由は、姫と駆け落ちを計ったというものだが、真実は、一介の傭兵団長としては例外的なほどのカリスマと実力を備えたアイザックを恐れた現皇帝、つまりイオンさんの兄の謀略だったらしい。

 だとしても、イオンさんは利用され、アイザック氏は死んだ。

 傭兵団も団長を失い解散。

 当初、シェローさんも危険視されていたらしいが、比較的常識的で従順そうなアイザックと違い、なにをやらかすかわからないシェローさんは恐怖され、見張りが付く程度で済んだのだとか。


 シェローさんがかつて、オリカの誕生日の時に酒の席で語ってくれた。

 レベッカさんは俺が来る前までは、心を閉ざして暮らしていたのだと。このまま朽ちるように死んでいきたいと、そうでなければ尼になるとまで言っていたらしい。


「……私もザックが殺されたのは……風の噂に聞いておりました。緋色の楔のメンバーも何人か追われたと。あなたも……例外ではなかったのでしょう?」

「……そうですね」

「本当に……申し訳ありませんでした。……謝って済むことではありませんが、今の私にはそれぐらいしか……」


 震えて深く頭を下げるイオンさん。


 想像を絶する重さ。

 俺ってやつは、こういう時、空気に耐え切れなくてついオチャラけた事を言いたくなってしまう。

 だいたい、イオンさんの罪とやらがよくわからんし。

 悪いのはイオンさんをハメた奴らなんじゃないの? 

 イオンさんがなんぼお姫さまで、継承権を持ってたとしても、二年くらい前じゃあせいぜい高校生くらいの歳だったはずなんだし。

 アイザック氏だってハメられた側だ。

 こういう時、大抵犯人は「一番得したやつ」なのだ。この場合はつまりイオンさんの兄か。


「えっと、ちょっと口を挟んでもいいですか?」


 レベッカさんも、ちょっと頭に血が上り始めてるように見える。

 仕方がないことだとは思う。

 傭兵団の解散と、アイザック氏の死とイオンさんは両方に関与してるんだから、頭ではイオンさんが悪くないと思っていたとしても、そう簡単に割り切れるものではないだろう。


「お二人の関係も、なんとなくは理解できるんですが、とりあえず話し合いましょう。……いやまず、レベッカさんはどうしたいんですか? イオンさんは見ての通りの獄紋ですから、罪を償わせる為に役所に連れてきたいって言うなら、それはそれで考えますケド」

「……私は、別にそういうつもりじゃないけど……でも、だって……」


 目を泳がせるレベッカさん。

 しきりに手を握ったり開いたりして、落ち着きがない。自分の感情をうまくコントロールできていないのかもしれない。

 エリシェなんて、帝都からすればド田舎の街に来て、それこそ過去と決別するかのような生活を送っていたのだ。

 心の準備なしに、いきなり過去がやってきたようなものだ。

 落ち着いているように見えても、内心では動揺してるのだろう。いつもと違いすぎる。


 レベッカさんは優しい人だ。

 絶対に許せない! 殺す! というところまでは考えてないだろう。

 ただ、それでも本人に言う機会があるなら、言ってやりたいってだけなんだろう。

 そういう気持ちはすごくわかる。


 気持ちの整理を付けて、前に進む為の儀式みたいなもんだ。

 意味のあるなしじゃない。理屈の問題でもない。


 いってみればケジメだ。

 そして、なによりそれはイオンさんにとっても必要なことのように思う。

 今のまま、ただ獄紋を祓えば幸せになれるとは到底思えない。

 イオンさんにとっても、レベッカさんは「過去からやってきた」相手なんだろう。

 お互いに過去と向き合うチャンスに思う。

 できるかどうかはわからない。

 ……けど、そうでなければ前には進めないんじゃないか。


「イオンさん、話してくれますか? 事の顛末を。僕があなたの獄紋を祓うにしても、やはりちゃんと詳しい話は聞いておきたいですし」



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