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第103話  住人増加は大家族の香り

 イオンさんの話のことはひとまず置いておこう。

 まず近々のことからだ。


「それで、えっと……シャマシュさん。モンスターの湧きは、もうこれでOKなんですか?」


 シャマシュさんがひとっ飛びして、すべての生きている坑道を封鎖(というか壁役の召喚魔獣を配置)してきたわけだし、いちおうはこれで、モンスター共の数がどれほど多かろうが出てこれない……はず。


 俺の質問に、シャマシュさんは力強く頷いた。


 今回のモンスターの湧きっぷりは、ヒトツヅキ並という話だ。

 というわりに、なんというか、話に聞いてたヒトツヅキの大災害っぷりとはかけ離れたイージーさに思える。

 こんな突発的な事態にも関わらず、1時間ちょっとで収束してしまったということになる。本来、ヒトツヅキだのアワセヅキだのは、数十人の戦士を雇い入れ、数日掛りでの対応になるとレベッカさんから聞いたことがあるのだから、この簡単さは異常だ。

 まあ、チート能力持ちなシャマシュさんあっての作戦なのかもしれないが。


「ヒトツヅキの時も、ルクラエラではこんな感じで?」


「いや、今回は突発だったから、すべての坑道を閉じたけどね。普段はちゃんと準備をして、なるべくモンスターを倒すようにしているんだよ。稼ぎ時でもあるから」


 そっか。出る時期と場所がわかってるモンスターだもんな。

 倒せば、もれなく魔結晶が出るんだし放っておくのは勿体無いってわけだ。

 ラストには強いのが出るって話だったけど、リスクとリターンを秤にかければリターンのほうが大きいのだろう。


 前にクマを倒した時、でかい魔結晶が出た。人間の頭部ほどもあるやつ。

 シェローさんが言うには、ヒトツヅキのラストモンスター級のサイズ。あれ一つで3000万円ほどの価値だという話だった。もちろん、ヒトツヅキのラストモンスターはかなり強力で、何人もの戦士であたるのが通例。


 モンスターそのものの強さにも振れ幅があり、シェローさんの家の近くでも、『守護騎士の鎧』という強力なのが出た時には、戦士ハンターが16人も殺されたとかなんとか……。


 まあ……。だとしても3000万円。

 命を危険に晒すだけの価値があるということだ。


「なるほど。……なんか、あんまり大災害って感じ、しないですね」


「うん。確かにルクラエラに限ってはそうかもしれないな。ここはもともと古くからの鉱山があってね、ヒトツヅキへの対応もいろいろ熟成されているのさ」


 コントロールできる災害は、大災害にはならない。いくらでも準備ができるんだからな。 

 とすると、なおさらシャマシュさんあってのルクラエラなんじゃなかろうか。

 ヒトツヅキになった場合の、シャマシュさんの仕事のウェイトがデカすぎる。

 俺の奴隷になってくれるって話だけど、ここ離れるのマズいんじゃないの?


「……うーむ」


「ん? いやさすがにヒトツヅキの最後のころには、全部の坑道を閉めるよ」


 あれ、そうなの?

 てか、俺が難しい顔をしてたから、そっち――つまり、ヒトツヅキの最後にはかなり強力なモンスターが出ることへの心配をしてるように勘違いしたのかな。

 モンスターのことなんかより、シャマシュさんが奴隷としてうちに来る案は無理があるかも……などと考えていたとは、言い出せないな……。


「さすがに、ヒトツヅキのラストモンスターは稼ぎ目的で戦うにはリスキーすぎるからね。まあ、ルクラエラはこの世界でもかなり恵まれた環境にあると言えるだろう。だからこそ、こういう風に発展したとも言えるのかもしれないが」


「じゃ、今回のもこれでホントに終了なんですか。なんか強いのが湧いたってのはどうなったんです? まだそのへん彷徨さまよってるんですか?」


「うん。どうやら私の魔力を追いかけているようだ。こっちに近づいてきているよ。動きは速くないが、かなり強力なモンスターだな。まあ、問題はないだろうが――」


 そこで、シャマシュさんは一度言葉を切った。

 そして、照れくさそうに上目遣いで、


「……それとも、私がルクラエラから離れても平気かどうか……考えていてくれたのかな? だとしたら嬉しいが、さすがにこれは自惚れだろうな」


 なんてことを言いなさる。

 俺の背中に突き刺さる、ディアナやらマリナやらレベッカさんやらの視線が痛い! ような気がする!

 シャマシュさんはマイペースというか、けっこう気にしない性質なのか、グイグイ来るな。


「ご主人さま、そうなのです。実際問題、その方がいなくなったらルクラエラは壊滅するのではないのですか? 今回の話は難しそうに思うのです」


 ディアナが真顔で口を挟んでくる。

 確かにそんなような気もするが、ちょっと大げさな感じもある。

 そもそも、シャマシュさんはいつから、ルクラエラに住んでるんだろう?

 ルクラエラサイドとしても、シャマシュさんにここまで頼っているわりには、やけに扱いがぞんざいなように感じる。本来なら、一等地の豪邸に住んでてもいいくらいの活躍だと思うんだが……。なんであんな洞穴で暮らしてるんだ……。


 ディアナのほうへ向き直り、対峙する魔族とエルフ。

 ああ、なるほど。これが本物の黒いの白いのだな。


「君は反対なのか? エンシェント・エルフ。いや、ハイエルフと言ったほうがいいのかな」


「変な呼び方をしないで欲しいのです。私はディアナ・ルナアーベラ。エルフの姫なのですよ」


 姫という自覚あるんだな、ディアナって。

 本当にお姫様なのか、最近じゃいまいち疑わしいとすら思ってんだけど……。いや、これこそ本人には言えないことだな。

 お姫さまってより、騎士サーの姫って感じだからなぁ、現状……。


 ディアナの名乗りに、シャマシュさんは微笑んで見せた。大人の余裕というやつだ。エルフといっても、実年齢はまだ21歳なディアナでは太刀打ちできそうもない。


「これは済まなかった、ディアナ姫。私はこれから奴隷として、あなたの後輩になるのだからな。あまり虐めず仲良くしてくれると嬉しい」


 シャマシュさんはすっかりその気だ。この世界、奴隷のハードルが低すぎるだろ。簡単に奴隷になるとか言っちゃだめじゃないのかな。教育水準が低いのが問題なのかな。それとも道徳教育が足りてないのか。


「なっ……! 本気なのです? ルクラエラはどうするのです」


「どうするもこうするも。ヒトツヅキの時だけちょっと飛んでくれば済むからね。別に永住して欲しいと言われているわけでもないし」


 そんな簡単な……。

 いやまあ、確かに距離的にはそんなに離れてはいない。シャマシュさんなら、月の動きを見てからの出動でも十分間に合うだろう。


「……それに、こういう言い方はなんだが、私は嫌われ者だから。そこまでの義理があるわけでもないのさ」


 そんな事を言って、自嘲気味に笑ってみせる。


「え、嫌われてるんですか、シャマシュさんそんなに――――」


 おっと。うっかり「そんなに綺麗なのに」と言いそうになってしまった。この世界では、あんまり受け入れられないんだったっけな、褐色は。

 褐色好きにはパラダイスだぞ、この世界は!


「ま、そうでなければ、なかなか坑道跡に隠れ住んだりはしないさ」


 そうして、やれやれと肩をすくめる。

 特に好んであんな隠居生活を送っていたというわけでもなかったらしい。


「だ、そうだよディアナ。まあ、ディアナはいっしょには住めないって言ってたし、近くに家でも建てて住んでもらう感じにするか、離れでも造ればいいかなと思ってるし、問題ないだろ。どっちにしろ、屋敷にはもう空き部屋がないしな」


 さすがに、屋根裏部屋に住んでもらうわけにもいかないし。


「ディアナ姫は私とは住めないと言っていたのかい?」


 おっと、よけいなことを言ってしまったか。

 これから一緒にやってこうってのに、禍根が生まれるような発言はしちゃだめだったな。反省。


「いえ、魔族とエルフ族はいっしょの空間では生活できないと、祖母から聞いたことがあるからなのです。あの屋敷は、私にとっては精霊力に満ち過ごしやすい場所ですが、魔族にとっては……どうなのです?」


「ああ、なるほど。確かに精霊素の濃い場所は私にはあまり住み良い環境ではないかもしれないな。モンスタースポットが近いような場所のほうが、いいくらいで――」


「モンスタースポットって、モンスターが湧くとこですか?」


 シャマシュさんが、そうだと頷く。

 全員の視線が、レベッカさんのほうを向いた。

 レベッカさんの家は、モンスタースポットの目と鼻の先だ。


「え、え。うちはさすがに無理よ! 二人もなんて! それに部屋だって……部屋はあるけど……。ルクリィオン姫もいっしょに住むってことでしょう? そ、それはさすがにどうかなぁ……」


 レベッカさんとシェローさんが住む家は、ヒトツヅキ時にはベースキャンプになるからか、小さい空き部屋が何部屋かある。

 ぱっと見は小さい家なんだが、だだっ広い丘の上にあるので、小さく見えるだけなのかも。

 しかし……まあ、さすがにレベッカさんの家に迷惑を掛けるわけにはいくまい。


「いえ、あくまで近くに……というだけですよ。さすがにいっしょに住むってのは悪いですし。まあ、うちの屋敷の近くの森の中にでも、こっそり一軒造るのがいいかなと考えてます。問題はお金がないことだけで」


 実際、お金はないんだよなぁ……。

 あるはあるけど、イオンさんの獄紋で精霊石5個、つまり金貨100枚も使う予定で、さらに親方に武器と防具も発注してるから、貯金はゼロに近くなる。

 だから、レベッカさんのところに居候ってのも実は悪くない案ではある。

 なんてったってイオンさんとシェローさんは顔見知りという話だし。

 シェローさんがイオンさんのことをどう思ってるかは不明だが……。

 ……いや、シェローさんからすると、イオンさんは娘がドン底になった元凶ってことになるのか? とすると、あんまり歓迎されないかも。

 さすがに大人気なく「ぶっ殺してやる!」とはならないと思うけど、これは俺の勝手な思い込みの可能性もあるんだよなぁ。シェローさんは常にやさしい。でも、それがすべてってわけでもないだろう。

 やはり、同居ベースで考えるのは危険だな。

 てか、シェローさんのところにシャマシュさん住まわすのって、ちょっとエロゲ案件な感じになりそうだし、俺がちょっと嫌かも。

 うーむ……。


「ねぇ、ジロー」


 つい考え込んでしまっていると、レベッカさんが肩をすくめて言った。


「そんなに面倒見良くする必要ないのよ? ルクリィオン姫はともかく、魔族のヒトは奴隷になるんでしょう? わざわざ住むところ建てようなんて正気の沙汰じゃないわよ」


「いや、まあ確かにそうなんですが……」


 だって、精霊力が濃いとあんま良くないって言ってたしさ……。

 ディアナが言うには、屋敷の精霊力が濃いのは結界の範囲内だけという話なんで、そこから外れていれば問題ないはずで、しかしそうなるとやはり新規で建てるしかないっぽいんだもの。

 そうでなくても、いっしょに住むには単純に部屋が足りないし。

 オリカを屋根裏か狭い部屋(倉庫スペースみたいな小部屋が空いてる)にでも押し込めばいいのかもだけど、いまさらそれもかわいそうだし。

 ディアナとマリナの部屋がまだ余裕あるから、全員そこに突っ込むという手もあるけど、確実にギスギスするだろうしなぁ……。

 仲良くやるには、プライベートスペースってのは意外と重要なのだ。

 ディアナとマリナが上手くやれてるのは、二人共ちょっと変わってるから……ってのが大きい。

 ディアナはお姫さまで家来(マリナ)のことを特に意識してないし、マリナは模範的奴隷だからか、それとも能天気なだけなのか、上役といっしょだとシンドいとか考えない様子だし。

 だからって、そこにリアルお姫さまだの魔族さんだの突っ込むのはシンドいだろう。


 うーむ。こんなふうに考えると、いよいよ俺が屋敷で寝泊りする日は遠そうだなぁ……。現状、毎日、家に帰るスタイルでも困ってないからいいけどさ……。


「……なあ、アヤセ君。もしかして……いや、もしかしなくても、君は私たちの住むところの心配をしてくれているのかい?」


 シャマシュさんが、一歩二歩前に出て訊いてくる。

 近いよ!


「ええ。うちの屋敷でも住めなくはないんですが、精霊力の関係とか、部屋数の関係とか……問題がありまして。さすがに、シャマシュさんたちの為に一軒建てるには、予算がですね」


「ふふ、その心配は嬉しいが無用だよ、アヤセ君。自分の住むところくらいは自分で用意できるさ」


「マジすか」


 そういえば、坑道の中の家も自分で造ったって言ってたっけ。

 でも材料なんか仕入れなきゃだし、そんな簡単なもんでもなさそうだけどな……。木材だって切り出したのを、乾燥もなしにそのまま使えるわけでもないんだし。


 でもまあ、自分で造れるってんなら造れるのかもしれない。

 イオンさんの獄紋を祓うほどではなくても、すこしは貯金があるのかも。


 さて、それじゃあ住むとこのことは後回しにして、これからのことを考えよう。

 イオンさんの獄紋。ドワーフ親方に頼んだ武器防具。錆びた剣の解呪。シャマシュさんとイオンさんの引っ越し。他にもいろいろあるのだ。


「ま、とにかくもろもろあるけど、立ち話もなんだしどっかで腰を落ち着けますか」


 モンスターへの対処が終わったんなら、いつまでもこんなところにいる必要はない。

 とはいえ、魔族のシャマシュさんと獄紋のイオンさんを連れて宿に戻るわけにもいかないし、さしあたってシャマシュさんの家あたりが無難か。


「うん、そうだな……。いや、ちょっと待ってくれ……様子がおかしい」


 シャマシュさんが真剣な表情で、坑道のほうへ顔を向ける。

 坑道の入り口は、一時避難していた住人たちも戻りはじめ、さっきまでゴブリン祭になっていたとは思えない長閑のどかさを取り戻しつつある。

 特別、変なところはないように見えるが……。


 しかし、シャマシュさんは今にも飛び出していきそうな険しい表情で、坑道の入り口を睨みつけている。

 ただならぬ雰囲気。


 次の瞬間。

 坑道の奥で、なにかが破裂するような破砕音が響いた。


「いかん。ミミックが破られた」

「えっ? それって」


 俺の問いかけに答えることなく、走りだすシャマシュさん。

 さっきの壁役の召喚魔獣が倒されたということなのだろうか。大丈夫だと言ってたが、想定外の事態ってやつか。

 あれ? 壁がなくなったってこと?

 ってことはモンスター出放題ってことなんじゃないの……?


 シャマシュさんが、坑道へと走る。

 坑道の入り口で脚を止め、入り口前で休んでいた、膝に矢を受けた戦士になにかの指示を出している。


「なんかヤバそうですね。また戦わなきゃかな――」


 誰に聞かせるともなく呟いたその瞬間。

 坑道内から、地獄からの怨嗟の叫びとでも形容するしかない何者かの声が木霊して、本能へ直接響き渡った。

 慟哭とも怒号ともつかない言葉が、うねるように魂へ直撃する。

 全身の毛が逆立ち、見るまでもなく理解する。

 ヤバイやつ・・・・・が解き放たれたと。


 坑道の入り口にいた住民達が、悲鳴すらあげず、這々の体で逃げ出していく。

 シャマシュさんも、坑道内へ入ることもできず、入り口で身構えている。


 そして、そいつはのっそりと姿を現した。


 オークをさらに二回りも大きくしたような体躯。

 非常識なほど隆起した赤黒い筋肉の鎧。

 人の背丈ほどもある鈍色に輝く鋼鉄の槌。

 そして、特徴的なひとつ目・・・


「うおおおおおおんッ! もう穴蔵での生活は嫌だぁ! 地上のやつら皆殺しにして、おひさまの下で暮らすんだぁあああ!」


 顔の中心にあるデカイひとつ目から大粒の涙をこぼしながら、巨人はそう叫んだのだった。



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