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第107話  ドロップはイカヅチの香り


「や……やった!!」

「倒したであります!」


 後に残るのは、ゴロンとした特大の魔結晶。

 人の頭ほどもある黒々とした石。

 前にクマのモンスター『北極星ポラリスのアルカス』から出たのと同じくらいのサイズだ。

 あれ一つでも、金貨300枚ほどの価値のはず。


「ふぅ……よかった……。なんとかなって……」


 俺はその場にへたり込んだ。

 坑道から湧き出してきた普通のモンスターも含め、攻撃そのものは避けやすい奴ばかりだったからなんとかなったものの、もっと確実にダメージを積んでくるタイプがいたら全滅もありえた。

 パワータイプとは相性がいいが、テクニックタイプとの戦い方も考えておいたほうがいいかもしれない。


 そんなことをボンヤリ考えていると、天職板が目の前に輝き飛び出し、ポンッ! という音と共に小さい精霊さまへと形を変えた。

 あっ、そうか。アルゲースを倒したから、『祭壇座アルターのアルゲース討伐』ってお導きが達成になるのか!


「よおよお! アルカスに続いて、アルゲースの討伐おめでとう! 停滞してた時期があったわりに最近はがんばってるじゃねぇの! これでクランもブルーランクに昇格だな! まだまだ冒険はこれから。精霊様へ忠誠を誓ってがんばってくれよな!」


 いつも通りの調子でまくしたて、ポンッと音を立てて消え失せる精霊(小)。

 手に残る、透き通る濃紺の精霊石。サファイアかな。

 クランも昇格するらしい。ボス級モンスターをみんなで倒したからだろうか。


 まあ、それはいい。後片付けをして、さっさと撤収だ。

 俺は未だに肩で息をしているレベッカさんとマリナに声を掛けた。


「おつかれさまでした、レベッカさん」

「うん、ジローもおつかれ。……それ、お導き?」


 精霊石を見てレベッカさんが言う。


「はい。さっきのモンスターを倒すのがお導きだったみたいで」

「そっか、おめでとう。ふふ、今日私たちがここにいて、モンスターを止めることができたのは、大精霊さまの思し召しだったってことなのかしらね」

「前向きに考えれば、そうかもしれません」


 タマゴが先か、鶏が先か。

 モンスターが先か、俺がここに来たのが先か。

 それは誰にもわからないことなのだ……。


「ジロー。途中からすごい戦いぶりだったわね。私、前のクマのときにも驚いたのに、また驚かされちゃった」

「そ……そうですか?」

「うん。まさかあんな大槌の一撃を跳ね返すなんてねぇ……」

「……」


 途中というのは、ディアナにクラスチェンジをやってもらって以降ということだろう。

『四番目の魔剣使い』などという天職を授かったからか、できることが増えた。

 感覚的にできることと、できないことがわかるというか……。

 アルゲースの槌による攻撃も、うまくいなせば・・・・打ち返すことすら可能だった。

 俺自身のテンションも上がってたからってのもあるかもしれないが、無我夢中でけっこうなんでもやったような気がする。


「例のクラスチェンジとかいうのが効果あったみたいですね。『剣士』の天職が『魔剣士』ってのに変わったんで、魔剣の扱いがうまくなったようです」 

「そっかぁ。そういえば、この剣ありがとね。刃こぼれなんかはさせてないはずだけど」


 レベッカさんが、聖剣を返そうとしてくる。


「ん? いえ、それはレベッカさんが使ってください」

「えー? こんな凄い剣、くれるの?」

「もちろん。それに、精霊さんも出てきて所有者認定されたって言ってませんでしたっけ?」 

「うん……なんかそう言われたけど……」

「でしょう? なら遠慮せず使ってください」

「じゃあ、遠慮せず使わせていただきます」


 剣を掲げて頭を下げるレベッカさん。こんな町娘みたいな恰好のままなのにキマってるな。

 聖剣持ちの騎士隊長だ。


「主どのっ!」


 マリナに呼びかけられる。


「おお、マリナもおつかれさま。どした?」


 マリナも本当によく戦ってくれた。まさか、こんなに強くなっているとは思わなかったんで、正直けっこう驚いた。

 マリナは、今日だけでかなりの量のモンスターを1人で屠っただろう。

「モンスターを倒してみよう」のお導きを達成したのが、遥か昔のことのようだ。


「これ……消えずに残ってるであります!」

「ん?」


 指差す方を見ると、アルゲース君が振り回していたドデカい槌が消えずに残っている。

 モンスターの装備品は、通常モンスターが死ぬといっしょに消えるはずだが……。


「あー、珍しいわね」

「知っているんですか、レベッカさん!」

「えー? モンスターはときどき武器とか防具とか残すことあるわよ? あれもそうなんじゃないかな」


 ああ、精霊さんがさっき言ってたのはこれか。アルゲースを倒せば良い武器がどうのこうのって……。

 でも、あんな巨大な槌、誰も使えないぞ……。シェローさんでも無理だろ。

 鉄の棒の先っちょにデカい鉄の塊がくっついてるんだからな。

 総重量数百キロはありそうだ。


 とはいえ、鑑定である。

 せっかくの落し物だ。装備するかどうかはともかく、有効活用できるなら活用したい。


真実の鏡ザ・ジャッジメント


 ――――――――――――――――――――――

 【種別】

 近接武器


 【名称】

 雷槌ミョルニールハンマー


 【解説】

 祭壇座アルターのアルゲースが愛用していた槌

 全周囲スタン攻撃『ライトニングファウンテン』が使用可能


 近接戦闘職が装備可能な槌

 ライトニングファウンテンの使用は100分に1回まで


 【魔術特性】

 雷吸収 B


 【精霊加護】

 なし


 【所有者】

 ジロー・アヤセ


 ――――――――――――――――――――――


「ファー」


 またすごいの出た! 変な声まで出た!

 てか、え? ビリビリ攻撃使えるじゃん!

 しかも、雷も吸収するじゃん。蓄電はしないのかな。


「あっ! また精霊魔法を使ったな! それはなんなのだ、一体。ヒトが精霊と対話するなど、聞いたこともないぞ」

「ご主人さまの秘密なのです。ずっと気になってるのですが、私にも教えてくれないのです」


 どうやら、鑑定スキルはかなり明白に精霊魔法らしい。

 ディアナにはずいぶん前に秘密だと言ってあったから、これまで突っ込んでこなかったんだな。

 そろそろ、秘密にしておくのも限界かもしれない。

 ……固有職も二つになってしまったし、大所帯だし、どうせ異世界のこともカミングアウトしてんだしな。


「まあ、それはまた今夜にでも。それより、さっさと魔結晶を回収しよう。ボヤボヤしてるとまた盗られるぞ!」


 全員で散らばり、魔結晶を回収する。

 まだ逃げた地元民は帰ってきていない。まあ、アルゲースみたいな巨大なやつがノッソリと出てきたら普通は一目散に逃げるものだろうしな。


 槌はどうしようかと思ったが、インベントリのことを思い出して突っ込んでおいた。

 こんな巨大な武器でも、ニュルッと天職板に吸い込まれ、問題なく収納OK。

 やはりこれが一番のチートだな。国の秘宝なんかを運ぶ仕事なんかで大金せしめられそう。

 アルゲースの特大魔結晶もインベントリへ。これだけは盗られたら戦争だからな。


 魔結晶を回収しながら観察すると、みんな、ところどころ痛々しい擦過傷ができている。痕に残るほどのものではなさそうだが、あれほどの戦闘だ、完全無傷というわけにはいかなかったようだ。

 かくいう俺も、擦り傷はけっこうできている。

 戦っている間は夢中だったが、服も汗みずくでドロドロだし、けっこうボロボロ。

 服も新調しなきゃだな。


 坑道への坂を登りながら魔結晶を回収していく。

 よく見ると、確かにオークやゴブリンが使っていた武器や防具がポロポロ落ちている。戦闘中はほとんど気にしてなかったが、これも戦利品なのでいちおう回収しておく。

 全部で一山近い魔結晶をゲット。


 その後、地元民に見つからないようにコソコソとみんなで大親方の店へ戻ったのだった。



 ◇◆◆◆◇



「えー、みなさん。いろいろありましたが、とにかくおつかれさまでした! 今回の突発的なモンスターの大量発生でしたが、みなさんのご協力によって、死者や重傷者ゼロにて無事に抑えきることができまして、本当にありがとうございます。今回のような大規模な天災を乗りきれたことは、まさに奇跡としか言いようがありません。なにか一つタイミングが狂えば、ルクラエラの壊滅、被害がエリシェにまで及ぶ可能性もあった! それを――」


「あんちゃん、挨拶長いよ!」

「もう待ち切れねぇぜ!」

「早く早く!」


 まだ挨拶も始まったばかりだってのにドワーフたちが、ジョッキを片手に騒ぎ出す。

 仕方ない。酒持ったドワーフに念仏というやつだ。


「では、かんぱーい!」


 お互いのジョッキを掲げあい。一気に飲み干す。

 日本の物のように冷えてたりはしないが、そんなことは関係ないと言い切れるほど美味しいものだ。

 キレはないけどコクはある。というか、アルコール度数が高め。調子こいて飲み過ぎると、一気に酔っ払ってしまう。

 まあ、なにより運動した後だからってのが一番なんだろうけどな。


 シャマシュさんとイオンさんも飲んでいる。

 イオンさんはもう吹っ切ったのか、それともヤケクソなのか、フードを脱いで獄紋丸出しでグイグイ飲んでいる。もうここまで来たらなるようにしかならないと気付いたのかもしれない。

 ドワーフ達もさほど気にしていないようだ。というか、うちにエルフであるディアナがいるんで、護送中かなんかだと思っているのかもしれない。


 なぜか、マルコ少年と妹さんも参加している。まあ、俺が回収したんだが。

 奴には、例の石の話をしなきゃなんないからな。



 ――話はさかのぼる。


 アルゲースの討伐後、あれだけいたモンスターはすべて消滅した。

 普通のヒトツヅキでは、モンスターをすべて倒しきるまでは終わらないという話だったが、今回は違ったようだ。

 まあ、外に出てきていたモンスターはすべて倒してあったんで、シャマシュさんとディアナがそう知覚したというだけで、実際に見たわけではないけどな。


 その後、みんなで鍛冶屋へと帰ってきて、そのまま飲み会というか打ち上げとなった。

 というか、極々当然という流れで、鍛冶屋の弟子達が走り、小一時間で宴席が完成。このドワーフの酒に掛ける情熱は見習いたいものがあるな。


 本来ならば、コトの顛末なんかをお偉いさんに報告したりしなきゃならないのかもしれないとチラリと思ったが、ディアナが神官ちゃんに精霊通信で報告したという話なんで、それで良しとした。というか、神官ちゃんもこっちに向かっているらしい。


 そもそも、ルクラエラのエルフはなぜ救援に来なかったのかって話なんで、こっちも義理を果たす必要はない。魔結晶を何割かよこせと言ってこられても困るしな。


 ディアナの話では、途中からルクラエラのエルフは通話不能になったのだそうだ。ディアナが言うには「逃げたのです」ということらしいが、実際どうなのかはわからない。

 まあ、エルフはモンスターが湧くとビビるという特徴があるから、突然の大量発生にビビって逃げたというのもありえることなのかもしれない。



 ――話は戻って宴席。

 自然と、これからどうするのかという話になった。

 もちろん、シャマシュさんとイオンさんのことがメインで。


 とはいえ、決めなきゃならないようなコトはほとんどない。


 雑魚モンスターから出た武具は、すべて鍛冶屋で買い取ってもらうということで話が付いた。

 金額は訊かず、ただ「これのぶんだけ注文した装備品の値段マケて」と頼んだ。

 モンスターから出た装備品は、鑑定しても普通の武具として出たので、魔素由来のわりに物質として固定化するのが不思議だ。だがまあ、すでに不思議が盛りだくさんなので、そうだからそうなんだ! とナットクする以外にない。


 イオンさんの獄紋はもちろんさっさと祓いたいところだが、ディアナはその魔法が使えないとかで神官ちゃんが来てからということになった。

 今回、クラスアップとアルゲース討伐で精霊石が二つも手に入ったし、もともとディアナにも石を持たせてある。マリナの石は使うつもりがないが、とにかく精霊石5個出すくらいは楽勝だ。金額にして1500万円相当のはずだが、今回かなり儲かったからな。


 シャマシュさんが奴隷として来てくれるんで、住むところを考える必要がある。

 イオンさんもシャマシュさんと一緒に住めばいいだろう。

 本人は、住むところくらい自分で用意できるって言ってたけど、必要な物も多いだろう。

 ま、最悪うちの屋敷にしばらく居候という形でもいいか。長期間でなければなんとかなるだろ。


 魔結晶も大量に手に入った。運ぶのも苦労するレベル。

 ……まあ、魔結晶は想像してたのよりかなり買い取り金額が低かったので、これは売れるのだけ売って、あとはシャマシュさんの召喚魔法用にしたほうが良さそうだ。

 実際、魔族が多い地域では魔結晶は需要が高くよい値がつくらしい。逆にエルフが少ない地域では精霊石の価値が低いとかなんとか……。


 あと――


「あ、そうだこれどうしよう」


 俺はそう言ってインベントリからアルゲースの槌「雷槌ミョルニールハンマー」を出した。

 なにもない所から突然出現したデカい槌に、ぶったまげて大笑いする一同。

 まあ、ちょっとした手品だからな。


 インベントリのことは別に秘密でもなんでもない。運送屋をやるなら秘密にしなきゃだったけど、すでに俺も軽く酔っていた。


 そのまま、酔っぱらい特有のノリで、誰が持ち上げられるか選手権が始まってしまう。

 ドワーフたちは陽気だな。


「んんんんんぬぅおおおおおお!!!」

「ぃいいいいいいいいいいい!!!!」

「あああああああああああああ!!!」


 力自慢のドワーフたちが全長3メートルもある鋼鉄の槌を持ち上げようと必死だ。

 うんどこしょ、どっこいしょ。まだまだ槌は浮きません。

 いや、マジでビクともしないぞ、これ。

 インベントリなかったら放置するしかなかったってことなんじゃ……。


 うちの女たちは、ドワーフたちの汗臭い奮闘を冷ややかに眺めている。

 あまりマッチョ好きではなかったらしい。

 まあ、レベッカさんもイオンさんもイケメン聖騎士大好ッキーだし、ディアナとシャマシュさんはそういうのを超越している感じある。エレピピは飲み過ぎて吐いた。エトワはわりと興味あるようで熱心に見詰めているが、物理計算でもしてるのかもしれない。


 そんな中、唯一のマッチョ思考であるところのマリナが手を上げた。


「次はマリナが挑戦するであります!」

「おお!? お嬢ちゃんじゃあ無理じゃねぇか?」

「もし持ち上がったら、鎧代タダにしてやるぞお!」

「ワハハハ!」


 おっと、これは酔った勢いか。大親方の太っ腹な提案出ました。

 がんばれマリナ! 鎧がタダになるぞ!


「ほっ! ぬぬぬぬぬぬぬぬ」


 槌の端を持ったり、先端を持ち上げようとしたりと大奮闘。すごく酔いが回りそう。


 うん。やっぱり無理だな!

 槌ってより、もう前衛芸術っていうか、なんかのモニュメントみたいなサイズだかんな。


「ぎぎぎぎぎ……」


 かなり無理っぽいのに、まだ頑張るマリナ。

 頑張り屋さんなのはいいけど、やはり限界というものはあるんだ……。


 と、それを眺めていたディアナとシャマシュさんがスッと前に出て言った。


「マリナ、それを装備・・するのです?」

装備・・するのかい?」


「……ふぇ? はい。装備するでありま……す?」


 マリナが答えた瞬間。

 槌がギューンと縮み、マリナでも持ち上げられそうな――ハルバードと同じか、少し短い程度のサイズに変化した。

 うわぁ。


「は、わわわ。せ、精霊さまであります」


 なにもない目の前の空間に焦点を合わせるマリナ。


「え、はい。承認されるであります」


 そして、虚空に向かってペコペコと頭を下げて返事をしている。

 ああ……これレベッカさんの聖剣の時と同じやつだ。

 マリナが装備者として認定されたのか。

 まさかの鈍器系騎士爆誕である。


 ドワーフたちもざわめいている。

 そりゃそうだ、完全に魔法の武器だからな。特殊攻撃までできるやつなんだし。


「マリナッ! 持ち上げてみろよ!」

「や、やってみるであります!」


 マリナが槌をヒョイッと持ち上げる。あ、すごい軽そう。


「わわわわわ。ものすごく軽いであります! 斧槍の半分もないであります!」


 魔剣と同じパターンか。

 装備者認定されると、重量すらも最適化されるらしい。


「わははは! なんだかわけがわからねぇが、すごいなお嬢ちゃん! これじゃ、本当に鎧代をタダにしてやんなきゃな!」


 すでにすっかり出来上がっている大親方が豪快に笑う。

 現役を退いてご隠居さんのはずの大親方がそんなこと決めちゃっていいのかどうかは謎なんで、話半分程度に考えておこう。


「あ、主どのっ! これどうしたらいいのであります? 小さくなっちゃったであります!」

「ああ、おめでとう。その武器がマリナを使用者として認めてくれたってことだよ」

「認められたのでありますか?」

「精霊さんも出たんだろ? 銘は『ミョルニール』。これからもマリナの活躍、期待してるぜ!」


 ここで力強くサムズアップ!

 ぶっちゃけ、あんなデカいハンマー扱えるのマリナくらいだからね。ずっとハルバード使ってたからちょうどいいしな。


 見せろ見せろと押しかけるドワーフたちに、「新しい宝物であります!」と槌を自慢するマリナ。

 まあ、あれは正真正銘、宝物だろう。二つとない魔法の武器なんだろうから。


「おにーさんおにーさん!」

「あっ! 飲んでるなお前!」


 今度は酔っ払ったマルコ少年が絡んできた。この世界に飲酒の法規制があるのかどうかは知らないが、まあ、無いだろう。

 見ると、妹もチビチビ飲んでいる。まあ、別にいいけど。


「おにーさん、妹を助けてくれて、ほんっとーにありがとう。俺、あんなシロなんかおにーさんに売りつけたのに、妹助けてくれて、俺もモンスターにやられるとこだったのに、それも助けてくれて、ヴァァァー」


 喋りながらも感極まって、そのままおいおいと泣きはじめてしまう。

 しかも、この感謝のセリフもこれで4度目である。


 妹を見ると、視線に気付いて笑って頭を下げた。

 しょうがない兄でごめんなさいというところだろうか。


「アヤセくん、飲んでるか! どれ、私が酌をしてやろう。ふふ、ふふふふふ!」


 今度はシャマシュさんだ。

 飲んでテンションが上がってるのか、体ごとぶちかましてくる。すごい密着率だ。魔族キャバクラだ。

 みんな俺のこと好きすぎだろ。


「私はこういう席は実は初めてでな。みんなで飲むのがこんなに楽しいとは知らなかったんだよ……。これからもこういうのは時々やるのかい?」


 シャマシュさん……長生きのわりにはずいぶん地味な生活を送ってたんだな……。

 それとも、魔族なんて言われるくらいだから、周りの人たちに恐れられてたのかな。

 いや、地域によってはけっこう魔族いるって話だったはず。マリナと同じで、地域的マイノリティだったのか。


「飲み会は定期的にやってますよ。エリシェはいい飲み屋が多いですし」

「じゃ……じゃあ、私もそういうところに連れてってくれたりは……」


 さらにグイグイと体を寄せて、瞳を輝かせる。

 飲みに連れてってほしいらしい。


「あ、いや……奴隷になるなどと言っておいて、ずいぶん身勝手な願いだったか……」

「全然大丈夫ですよ。マリナもディアナもいつもいっしょに行ってますし。屋敷でも普通に飲んでますしね」

「ほっ、ほんとうに?」


 急に上目遣いになるのは卑怯だ。男は誰だって美人には弱いんだから……。

 まったく、こんなツノなんか生やしよってからに……。ちょっと触ってみよう。


「おお、暖かい」

「ふふふ、アヤセくん。魔族の角に躊躇なく触るなんて、本当に君は怖いもの知らずだなぁ……」

「あっ、まずかったですか? つい」


 いかんいかん。

 どうも酔った勢いで……。こう、柔肌的なものを触るのは、さすがにできないけど、角ならセーフかと思って……。あんまり、セクシャルな印象でもないし……。


「いや、問題ない。心ゆくまで触ってくれていい。ホレホレ」

「じゃあお言葉に甘えて」


 学術的好奇心にかられて、シャマシュさんの頭に生えた一対の角を研究する。

 硬い。ほんのりあったかい。

 側頭部からニョキッと生えている。グリっとねじれている。

 先っぽはちょっととんがっている。これってコレ以上伸びて来たりするのかなぁ。


 角を触っていると、胸の前で手を合わせて恥ずかしげに目をパチクリさせたシャマシュさんと頻繁に目が合う。

 ふと気がつくと、みんなが俺たちのことを見ている。

 実に強烈な視線だ。特にディアナが。

 おっとっと……。


「しっ、新入りにいろいろと先を越される予感であります」

「なんだかエッチだわね」

「……私だって、耳を触られたことがあるのです」


 変な空気になってしまった。これはいかん。

 その時、どうにか空気を変えなきゃという所で、入り口の扉をバーンと開けて救世主が登場した。


「す、すみません! ジローさんとディアナさまはこちらにおられますか!」


 ナイスだ神官ちゃん!



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