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第109話  素顔はプリンセスの香り


 竜騎士とは……想像の埒外だ。

 てかそんな天職もあるんだな。いや、「山岳」にはドラゴンが棲むとかなんとか聞いたっけ。ってことは、少なくとも竜は存在はするってことか。

 竜騎士ってくらいだから、ドラゴンにライドするのか? 確かにレベッカさんは、馬に乗るのも上手だけれど……。それとも、竜を殺す騎士っていう意味なんだろうか。聖剣にも竜殺しの剣とか書いてあったような気がするし。


「それにね、ジロー」

「あっはい」

「なんか、スキルって項目があるんだけど」

「マジっすか」


 話によると、「騎竜の心得ドラグーンハート」というスキルがあるのだそうだ。

 もちろん説明文はない。

 俺のスキル「異世界旅行ザ・ジャーニー」や「世界の理ザ・プリンシプル」も、説明がなくて未だに正体不明だ。最近得た「百獣の王ザ・ライオンハート」も謎だしな。


 とはいえ、俺の謎スキルと比べればわかりやすい。

 騎竜の心得、ようするに竜に乗れるようになるスキルだろう。

 うん。俺も言ってて意味わからん。スキルがあると乗れるようになるってどういう事だ。スキルがないと竜と心が通じ合わなくてダメってことなんだろうか。技術的なことじゃなくて、こう……竜が好むフェロモン的なものが醸しだされるような……。

 そもそも、竜って手懐けられるのかな。爬虫類だろ。


「すごいであります! すごいであります! 竜騎士! 竜騎士でありますか! タイチョーどのは竜の騎士であります!」


「……わわわわわ。かっこいい。竜騎士! かっこいい!」


 竜騎士と聞いてテンション爆上げなのが、マリナとエレピピだ。

 二人とも騎士ナイト天職で辛酸をナメてきたのだ。それが、なんかするとクラスチェンジできて、聖騎士パラディンやら竜騎士ドラグーンやらになれるとなれば、そりゃあもうね。


「神官さまは、聞いたことあります? 竜騎士って」

「はい。この辺りでは珍しいですが、北の皇国では極稀に誕生すると聞いたことがあります」


 なるほど、ないことはない珍しさか。 

 まあ、「固有職」ではないようだし、当然なのかもしれないけれど。

 でもま、それなら乗るための竜も手に入れられなくもないんだろう。でも、北の皇国って、帝国とドンパチやってる最中だっけ……? 竜の密輸はどう考えても無理そう……。


「うん。だが……祝福は大精霊ル・バラカだろう? 大精霊の祝福から竜騎士が生まれるのはかなり珍しいんじゃないか?」


 シャマシュさんが口を出すと、神官ちゃんが顔をしかめた。

 エルフである神官ちゃんと、魔族であるシャマシュさんは、やはり犬猿の仲なのか、部屋に入っても自然な流れでお互い最も遠い位置。つまり両端に陣取っている。

 ハイエルフであるディアナは当然神官ちゃん寄りかと思ったが、あんまり気にしないのか、いつも通り俺の隣にいる。


「そうですね」


 乾いた口調で適当に返事をする神官ちゃん。

 神官ちゃんはシャマシュさんに対して、やけにつっけんどんだな。やっぱ、エルフだし神官だし魔族はお嫌いなんだろうか。ディアナは別に嫌いというわけではないとか言ってたけど……。


「まあ、それはそれとして、神官さま。次はいよいよイオンさんの獄紋のほうお願いします」


「わかりました。では、精霊石を……。獄紋を祓うには5つ必要ですが……よろしいですか?」


「はい」


 バッグに入れてあった精霊石を神官ちゃんに渡す。

 最後にもう一度確認というか、念を押しておくか。


「イオンさん」


 イオンさんは、俺が予備で用意しておいたスウェット姿だ。

 当然、その獄紋……というか顔もしっかり晒している。


「獄紋を今から神官さまに祓ってもらいます」

「……はい。よろしくおねがいします」

「で、まあ……その後の話なんですが、何度も言った通り、しばらくは正体を隠してうちの屋敷と、その周辺で過ごしてもらいます。まあ、帝都から遠く離れたエリシェで、あなたの顔を知っている人は少ないでしょうし、仮に知っていたとしても変装をしていれば、そうそうバレることもないでしょうから、様子を見ながらだんだん普通の生活をしていけるようにはしたいと思っていますが」


 基本は屋敷に軟禁スタートだ。

 これはイオンさんのためでもある。まだ、実際どういう風に追っ手がかかっているのか不明だからな。また、イオンさんを知っている人がエリシェにいないとは言い切れない。というより、いる……と考えたほうがいいだろう。

 エリシェは数万人もの人間が住む都市だ。少ないが、貴族だっているし、かつて帝都に住んでいたという者も多い。そもそも市長であるミルクパールさんだって、元は帝都在住だったはずだ。

 イオンさんは、一時期帝都ではそれなりに有名だったらしい。

 なんてったってお姫さまだ。「将軍」の天職を持ち、アイザックに師事して訓練もしていたようだし。遠目にでも見たことがある人は多いだろう。


 だが、俺は実のところあんまり心配していない。

 ……その個人をその個人たらしめているものとはなにか。という問題があるからだ。

 現代日本であればDNA調査なんかで本人特定できるだろうが、この世界ではどうだろう。名前を変えて、髪を染め、別の場所で別の生活を過ごしていたら、それはもうルクリィオン姫ではなく、ただのイオンさんなんじゃないのか。

 なんだったら、偽装で伊達メガネを装着させてもいい。サングラスやカラーコンタクトでもいい。髪型や服なんかでも偽装できる。名前を変えてしまうのもいいだろう。

 それに、帝国の第一姫であるイオンさんと、実際に話したことがあるほど接近できた人間は少ないはずだからな。


 とはいえ、レベッカさんは話したことないはずなのに看破してみせた。

 だから、絶対にバレないと言い切れるほどではない。

 かといって、いつまでもずっと軟禁というわけにもいくまい。すでに2年も隠れ通せたのだから、開き直って別人になってしまえばいい。

 ま、どっちにしろこれは変装のクオリティがどれくらいになるか試してからだな。


 イオンさんは俺の言葉を飲み込むと、もう一度、よろしくお願いしますと頭を下げた。


「それと……シャマシュさんもいいですね。約束通り、僕の……奴隷になってもらいます。どっちにしろ、イオンさんを護るにはシャマシュさんの力も必要ですし」


「もちろんだとも。こちらこそよろしく頼むよ、アヤセくん。……いや、これからはご主人さまと呼んだほうがいいのかな?」


「それは……」


 ご主人さまか……。

 ディアナにそう呼ばれるのには慣れたが、褐色美女のシャマシュさんにそう呼ばれると、それはまた別のむず痒さがあるな。

 むふっ。


「主どのの鼻の下が伸びたであります!」


「はい、マリナ。指摘しなくていいから」


「……あの。そのことなのですが……」


「なんですかイオンさんまで。鼻の下を伸ばしてはいませんよ、決して。呼び名は強要しません!」


「いえ……そうではなくて。その、私もあなたの奴隷にしてもらえないでしょうか」


「え?」


 奴隷に?

 うーむ、いや、さすがに一国のお姫さまを奴隷になんて……。奴隷に…………。


「また伸びたであります!」

「伸びてない」


 まったくマリナはまったく。

 そりゃあ、「凋落したお姫さまを奴隷に」というシチュエーションに、ちょっとイケない妄想を湧かしてしまった事実は否定しませんけど!


「……イオンさん、なぜか訊いても?」


「あ、いえ。本来関係がないシャマシュが奴隷になると言っているのに、私だけがのうのうと護られて暮らすわけにはいきません。それに、もし、追っ手や私を知る者に見つかったとしても、私があなたの所有物となっていれば、おいそれとは手が出せないでしょう。……なにより、すでに奴隷にまで落ちた人間が国に返り咲くことは不可能。なれば、無理に私を排除する必要はないとあちらも考えるでしょうし……」


 なるほど。もっともだ。

 それに奴隷契約といっても、形ばかりのもの。実際には、別にこれといってなにをするわけでもないし。

 だが、世間はそうは思わないだろう。それを利用するのか。


「でも、イオンさんはそれでいいんですか?」


 この世界はどうも奴隷になるということのハードルが低いが、貧乏育ちのマリナや、お導きで奴隷になったディアナとは違って、イオンさんは本物のお姫さまなんだから。


「私は一度は死んだ身。シャマシュに救われ、今またアヤセさんに救われようとしている。そういう形・・・・・ぐらいでしか、お返しすることはできそうもありませんし……」


 イオンさんはそこで一拍置き、言った。


「ですから、あなたの奴隷にさせてください」


 うーむ……。

 イオンさんは本当に暗いなぁ。

 いやまあ、そりゃあ明るくなれる材料皆無だけどさ。


「わ、私は反対かなー」


レベッカさんがおずおずと呟く。


「反対ですか? 確かに元お姫さまを奴隷にってのは凄いですけど、関係性を聞かれた時に楽だしメリットも多いかなと思ったんですが」


「え、ええ? そ、それもそう……だけど。また奴隷なんて……しかも、それがルクリィオン姫だなんて……」


「でも、もう奴隷ばっかりですし、一人も二人も変わりませんケド……」


 それに、実際のところ奴隷といったところで有名無実みたいなもんだからな。住み込み従業員みたいなもんじゃん。


「ジローさん、ちょっとちょっと」


 神官ちゃんに手招きされる。

 近くに移動すると、周りに聞こえないほどの小声で耳打ち。


「レベッカはね、あのお姫さまに想い人を一度取られてますから。お姫さまがジローさんの奴隷になるなんて言い出して、『また取られるんじゃないか』って心配しているんですよ」


「そんな馬鹿な」


 レベッカさんを見やる。

 上目遣いで下唇を噛んでこちらの様子を窺っている。

 少し顔が赤いところを見ると、まだ少し酒が残っているのかもしれない。


 だがまあ、俺がイオンさんとどうにかなるということはないだろう。

 そんな簡単にどうにかなるなら、もうとっくに誰かとどうにかなっちゃってるっての。


「とにかく……イオンさんが僕の奴隷になるかどうかは置いておいて、とにかく獄紋を祓ってもらいましょうよ。別に、自分としてはどっちでもいいです。正直」


 どうせ、奴隷ったって有名無実だしな!


 それに、現状で大事なのは、シャマシュさんが来てくれるかどうかだ。その確約は取れている以上、イオンさんに関してはそれほど俺自身にこだわりがない。

 もちろん、イオンさんにも幸せになって欲しいとは思うが。




 ◇◆◆◆◇




 神官ちゃんがイオンさんの手を取る。

 神官ちゃんが小さく、しかしはっきりと聞き取れる声量で呪文を唱える。

 部屋をうめつくすほどの桜色の輝きを発し、5つの精霊石が浮かび上がる。

 物理的質量を持った光の奔流の中、神官ちゃんが一つ一つと言葉を紡ぐごとに、精霊石が一つまた一つと光へと溶け出していく。

 なるほど、これはすごい魔法だ。

 ディアナが「今の私にはできない」と言っていたのも頷ける。


 神官ちゃんが最後の呪文を唱えると、すべての光がイオンさんの体へ収束し、そして、一際強い光を放った。


「おおっ……」


 つい声が漏れる。

 獄紋が洗い流され、そこに現れたのは一人の可憐な少女。


 全身をのたくる・・・・ドス黒い獄紋はキレイさっぱりと消え失せ、透き通るような白い肌が眩しい。

 狂気を孕む真っ赤な瞳は、涼しげなアイスブルーに変化している。


 獄紋のインパクトでよくわからなかったが、うん。

 さすがお姫さまなだけあるというか……気品があるというか……。

 はっきり言ってしまって、すごい美人だ。

 雰囲気はヘティーさんと少し似ているかもしれない。

 ハイソサエティの香りというやつだろうか。


「おめでとうございます。……確かに、前帝陛下とよく似ていらっしゃいますね」


 神官ちゃんが、イオンさんの手を握りながら言う。

 前帝ってのはイオンさんの父親のことだろう。現皇帝はイオンさんの兄がやってるって話だし。

 やっぱ似てるのか。変装でどこまで誤魔化せるのか不安になってくるな。

 そもそも、雰囲気からしてハイソサエティだしさ。

 なにより、これだけの美人だ、放っておいても衆目を集めてしまうだろう。

 チンドン屋なディアナとは、別の意味で目立つこと請け合いだ。


「はい。よく……言われておりました。兄二人はあまり父には似なかったので、似ていない兄妹だと」


 そういえば、娘は父親に似て、息子は母親に似ると聞いたことある。

 そうでなくても、イオンさんのところは腹違いの兄妹だから。


「アヤセさん」


 イオンさんが、俺のほうへ向き直る。

 凛とした佇まい。

 まっすぐに見つめる瞳の力は強く、これが本来のイオンさんなんだなと思わせられる。

 今はもう祝福を失っているが、いきなり「将軍ジェネラル」の天職を得るだけはあるのかもしれない。オーラが違うというか、やはり一般人とは存在感が別物だ。

 イオンさんが頭を下げる。


「あなたに深甚の感謝を。この御恩は一生を掛けてお返しすると約束します」


 真面目な性格だからだろうか、いちいち重いイオンさんだ。


「イオンさん……。獄紋のことは、シャマシュさんが僕の奴隷になるってのが条件だったんだから、別に僕に恩を感じる必要ないんですよ」


「で、でも……」


「イオンさんが感謝するべきなのは、シャマシュさんに対してでしょう。シャマシュさんが、自分の身を切るつもりがなかったら、僕も精霊石を出すほどまではしなかったかもしれませんし。……そういえば、シャマシュさんは?」


 そうだ、シャマシュさんだ。

 イオンさんの獄紋が取れたってのに、ずいぶんおとなしいけど、どうした――


「うっうう……良かった……本当に良かったよ、イオン…………」

「泣いてる!」


 シャマシュさんは、滂沱の涙を流し泣いていた。


「シャマシュ……」


 その姿を見て、イオンさんの目尻に涙が浮かぶ。

 雫が頬を伝い流れる。


「シャマシュ!」


 そして、ガバッとシャマシュさんに抱きついた。


「イッ、イオン!?」


「バカね! シャマシュったら、泣くことないじゃない。別にあなたが泣かなくたっていいじゃない!」


「だ、だって……イオン、本当はこんなに綺麗なのに、獄紋を背負って……毎日泣いて暮らしてたのに、それがやっと……」


「毎日なんて……泣いてなかったわよ…………。ときどき、そう……ときどきだったじゃない……」


「でも、今だって泣いてるじゃないか……」


「今日だけよ! 今日だけ……う、うわぁあぁぁあん」


 抱き合い、泣き笑い、心を許しあった者同士だと傍目にもわかるほど、いろいろな表情を見せる。

 立場も種族も違うけど、二人は親友と言ってもいい関係なのだろう。

 キマシタワー。


「またまた伸びたであります!」


 うるさいよ。




 ◇◆◆◆◇





「あ、そうだ神官さま。クランのランクアップって神官さまがやってくれるんですか?」


 イオンさんとシャマシュさんが落ち着くまでは、大事な話は後回しにするしかないんで、とりあえず気になってたことを神官ちゃんに訊いた。


 クランのランクアップ。

 神官ちゃんがやってくれないと、ランクアップなんてやりようがない。ブルーランクとかいうのに上がると、精霊さんは言っていたが……。


「いえ? らんくあっぷですか?」


 可愛く首をかしげ、「なにそれ? 美味しいの?」といった風情の神官ちゃん。

 困った。さっそく頓挫したぞ。


「クランのことであれば、登録の時と同じように、指輪に念じれば良いのでは?」

「ああ、そういえば……」


 あの時は、『クラン! クラン! クラン!』と念じたら、精霊さんが飛び出したんだっけ。やってみるか。


「クラン! クラン! クラン!」


 ポンッ!


 念じたら精霊さんが指輪から飛び出した。

 いや、指輪から出てきたわけじゃないのかもしれないが……。


「こんにちはマスター。おめでとうございます。ランクアップの条件を満たしましたので、現在のホワイトランクからブルーランクへランクアップできます。どうなさいますか?」


 余計なことを言わない仕事のできるやつだ。

 お導き達成の時にでてくる精霊とは、だいぶ性格が違うな。


「頼む」

「はい。では、パパパパパッ!」


 精霊さんが謎の小躍りをすると、指輪の色が白から薄い青色へと変化した。クランメンバーの指輪も同様で、みんなからも感嘆の吐息が漏れる。


「それで、これ……ホワイトの時よりやれること増えるの?」

「はい。クランインベントリ枠が10から15へ増えます」

「……それだけ?」

「本来は、本拠地ホームを手に入れてテレポートができるようになるというのが、一番の恩恵なのですが、今回はネームドモンスター討伐によるランクアップなので……」

「ああ、そう……」


 どうやら、普通はクランの本拠地とやらを手に入れることにより、すぐに白から青へは上がるものらしい。

 白から青に上がると、インベントリ枠が5つ増え、さらに本拠地への一日一回のテレポートが可能になる……と。

 今回は、ネームドモンスター……つまり、アルゲースを倒したことによるランクアップだから、結果的にあまり旨みがない感じになったんだな。


「じゃあ、俺が本拠地を手に入れたら、さらに上のランクに上がるってこと?」


「はい。本拠地を手に入れたらオレンジランクへと上がります。オレンジになれば、インベントリの枠は20に増えますし、他にも魅力的な特典が――」


 なるほど、悪くない。

 ぶっちゃけ、インベントリだけでも得難い特典だ。要するに四次元ポケットなんだから。いや、時間を超越してるかはわからないけど。


 まあ、とにかくこれでクランのランクアップもOKだ。

 本拠地ホームのことはよくわからないが、これは随分前から達成にならず残っている俺のお導き「マイホームを手に入れよう」と、同じ匂いがする。


本拠地ホームってどうやって手に入れればいいんだ?」


 訊いてみる。

 半分はダメ元だったんだが、精霊さんはスラスラと答え始めた。


「クランの本拠地は、最低でも個室が必要です。最低限のクランならばアパートメントの一室でもかまいませんが、オレンジランクであれば一軒家が必要となります」


「いや、一軒家は実は持ってるんだけど……」


「そうなんですか? おかしいですね。普通はその屋敷でしばらく暮らしていれば、本拠地登録できるはずですが……」


「暮らしてはいる……はずだけど。まったくその気配はないな……」


 よくわからん。

 ちなみに俺が話している精霊は、俺にしか見えていない。

 だからこれは外からは一方通行の会話に見える。


「暮らして……ああ、そういえば一度もあの屋敷に泊まったことないな」


 自分の寝床を確保できなかったんで、結局毎日自分の部屋に戻って休んでいる。

 ネットオークションのチェックもしなきゃならないからな。


「では、それがおそらく原因でしょう。あなたのクランはプレイヤーがあなた一人きりなので、他のクランメンバーでは屋敷で生活していてもホームと認められませんから」


「プレイヤーねぇ……」


 とはいえ、そうか。一日泊まるくらいなら楽勝だ。

 帰ったらやってみるか。


「あ、そうだ。ついでに、クランメンバー増やしたいんだけど」


「はい」


「あそこで泣いてる二人。シャマシュさんと――イオンさん」


「イオン? あちらの方の名前は『ルクリィオン』で登録されておりますが。変更しますか?」


「変更て……」


 しかも登録て……。

 この世界の住民票は精霊が管理してんのか……?


「ここで、変更するとどうなるん? 本名が変わるの?」

「そうですよ」


 そうなのか……。ハッキリ言い切ったな。

 すごい権能だ。この場合、俺の権限が強いのか、それとも精霊の権限が強いのか……。

 しかし、どうしよう。さすがのイオンさんも本名を変えるってのは嫌かもしれない。


「とりあえず、本名のまま登録してください」


「わかりました。『シャマシュ』と『ルクリィオン』をクラン『アルテミス』のメンバーとして新規登録します」


「はい、よろしく」


 未だにグズグズ泣いているシャマシュさんとイオンさんの指に、青い指輪が出現する。

 勝手にやってしまったが、もうすでに一蓮托生だ。

 俺の奴隷になるとまで言っていたのだし、これくらいはいいだろう。





 ◇◆◆◆◇





 精霊(小)が去り、シャマシュさんとイオンさんが落ち着いてきたので、クランのことを話した。

 指輪の色はブルー。いつのまにか出現していた指輪に二人はひどく驚いた。


 シャマシュさんは、クランのことを伝説としては知っていたらしく、そっちでも驚いていた。なんでも、かつては多くのクランがあり、そのメンバーはみな恐るべき魔術を操る大魔導師ばかりだったとかなんとか。


 さて、クランのことも、レベッカさんのクラスアップのことも終わった。

 みんな、眠そうだけど、この話をしなければ今日は終わらない。

 ちょっと怖くもあるけれど、話そう。


 本当は告白するつもりはなかったんだが、イオンさんのことや、シャマシュさんのこと、クランのこと、レベッカさんのクラスチェンジに、俺のクラスチェンジ。

 もう普通じゃないことがたくさんあって、誰にどこまで話してあるかと考えるのが煩わしいし、なによりもう、メンバーは一蓮托生でいくしかない。

 実際、秘密といっても、イオンさんの秘密以外は知られてどうにかなる類のものでもないってのもあるけどな。俺自身も、もうエリシェである程度は根を張れているし。


「さて、それじゃあ、えっと……これから大事な話をします。まあ、もう言うまでもないことかもしれませんが、イオンさんのことも含めて……全部秘密でお願いします」


 俺は居住まいを正した。

 ディアナ、マリナ、レベッカさん。

 エレピピ、エトワ、シャマシュさんにイオンさん。そして神官ちゃん。

 みんなが、緊張の眼差しでこちらを見ている。

 薄々、どんな話しをするのか感づいているのかもしれない。


 俺は最初から一つずつ、なにも隠さず話し始めた。


 俺が異世界から鏡を使って来ていること。

 異世界間貿易で収益を出していること。

 祝福を受け、天職が八個も出たこと。

 固有職持ちだということ。

 剣士の天職も「四番目の魔剣使い」という固有職にクラスチェンジしたこと。

 四つもスキルがあること。

 鑑定スキルをよく使っていること。


 俺は、今まで隠していたことは、すべて話した。

 神官ちゃんにまで話したのは賭けに近い。

 だが、神官ちゃんはエリシェの権力者の中では一番味方になってくれそうな人だ。

 ここでカードを切っておきたい。これからの為にも。


 みんなは、驚きの表情で俺の告白を受け止めた。

 中でも、固有職を持っているという部分は、まだ誰にも言っていなかったことだ。


固有職ユニークジョブ……。ジローさん、祝福を受けた時には、固有職は授かってないって……」

「神官さま、すみません。あの時は気圧されて嘘をついてしまいました」

「しかも……今は固有職が……二つもあるんですか……?」

「そうなります」


 神官ちゃんは半ば呆然としている。

 たった一つでも伝説級の「固有職」を二つも持っている。

 うーん。秘密にするのは難しいか?


「ね、ねねねねねね。ご主人さま」


 ディアナがニマニマと笑顔になるのを止められないといった様子で立ち上がり、ウズウズとにじり寄って来る。

 ディアナだけみんなとテンションが違う。

 どうしたってんだ……?


「やっぱり固有職持ちだったのですね。いつも、精霊に干渉する術をこっそり使っていたから、なんらかのスキルだろうとは見当ついていたのです」


「まあね、けっこう最初からバレバレだったからな。……それにしても、やけに嬉しそうだな、ディアナ」


「それはもう!」


 獄紋とは違う全身刺青。

 獄紋が「陰」であるならば、ディアナの紋様は「陽」と言える。


 今では見慣れたが、けっこう色とりどりで強烈なものだ。

 特別なお導きが終われば、この刺青はなくなる……という話だが、そうなればイオンさんと同じように、美しいエルフが顔を出すのだろうか。

 まあ、現状でも見慣れたら可愛いものではあるけど……。


「ご主人さま! ご主人さまは、私の――」


 我慢できないとばかりに、ガバチョとディアナが抱きついてくる。

 そして、強く抱きしめてくる。

 湯上りの上気した肌の熱が、服越しに伝わってくる。

 さすがのみんなも、この行動には目を剥いている。

 俺も驚きだ。

 どうしたんだ、ほんと。


「私の――運命の人・・・・なのです」


 抱きついたまま、ディアナは俺の耳元でそんな言葉を呟いた。




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