「ただいま、オリカ。変わりなかったか?」
「おかえりなさい、旦那さま。なんだか……すごい久しぶりみたく感じます」
「まあ、泊まりで留守にしたの初めてだからなぁ」
屋敷の玄関先。メイド服で出迎えてくれたオリカと挨拶を交わす。
なんだかいろいろあった二泊三日のルクラエラ旅行から帰宅したところだ。
みんなで出かけたのに、オリカには一人で留守番を頼んでいたので、ちょっとかわいそうだったかもしれない。まあ、実際には山からジャジャジャとモンスターが湧いて出て、危機一髪な旅行だったわけだが、それとこれとはまた別の話だもんな。
どこかで埋め合わせすることにしよう。
「オリカ! ただいまであります!」
「ただいまなのです」
俺に続いてマリナとディアナが屋敷に入る。
「お……おじゃまします」
「うっぷ……すごい精霊力だなこの屋敷は…………」
二人の後、連れ立って入ってくる見たことない人に、目を白黒させるオリカ。
イオンさんとシャマシュさんとは当然初対面だ。
特に魔族であるシャマシュさんは、褐色に白髪。角まで生えている。
この世界というかエリシェの基準だと、ちょっと怖そうな見た目だ。俺からすると、角は生えてるがガチの褐色美女だが。
まあ、そのシャマシュさんは屋敷の結界を越えた後(やはり結界が張ってあるのはすぐにわかったのだそうだ。この屋敷の結界は厳密には精霊結界ではなく、エネルギー源として精霊力を使ってるが、魔術的な手法で編まれた結界だとかなんとか――)、あまりの精霊力の差に酔ったとかで、ちょっとふらふらしていて全然怖そうじゃない。これならオリカも平気だろう。
ちなみに、エトワとエレピピと神官ちゃんはエリシェに到着してそのまま帰り、レベッカさんも一度家に戻っている。
大親方は準備ができたら数日中に訪ねてくるらしい。
「お客さんですか?」
二人の新顔をチラチラと見ながらオリカが言う。
ちょっと人見知りが出てるだけで、特にシャマシュさんにビビってる様子ではない。
「んーむ。ちょっと違うが、そんなようなもんかな」
「じゃあ、お茶の用意しますね! あ、お湯まだ沸かしてなかった!」
やはり、あんまり気にしてないようで、パタパタとキッチンに走っていった。
ま、二人のことはゆっくり茶でも飲みながら説明すればいいか。
その後、簡単にだが二人に屋敷を案内した。
元お姫さまであるイオンさんからすれば、俺の屋敷なんてのは実に平凡なものだろうが、洞穴に住むよりは大分マシだろう。結界があるから、庭で遊んでても安心だ。
シャマシュさんはずっと気持ち悪そうにしていたが、本人によると、あまりの精霊力のギャップに身体が驚いているだけなんで、すぐに治るということらしかった。
しかしまあ、これじゃあ本当にシャマシュさんがこの屋敷に住むのは難しそうだ。もともと、近くに家を作って住んでもらう予定だったからいいんだけど。
ほんの数分で屋敷の案内を終了。
問題は鏡がある地下室である。あそこは俺にとっての急所だ。
ふたりの事を信じる信じないを抜きにしても、必要以上に開陳する必要はない情報……という気もする。
だが、もう俺は自分自身のいきさつをすべて説明してある。ここで知らないのはオリカだけだが、オリカにもそのうち打ち明けるつもりだし。
…………いや、もう一蓮托生か。
「イオンさん、シャマシュさん、あとはあの部屋です」
「地下室かい? 奴隷向けの調教部屋か?」
「ディアナと同じ発想ですよ、それ……」
この世界の地下室の使い道に想いを馳せながら、階段を降り重い木製の扉を開く。
夏でも冬でも同じように涼しい石造りの地下室は、ワインセラーとして使うには最高のものだろう。
実際に置いてるのはガラクタと、異世界間移動ができるこの魔法の鏡だけだ。
前に、ディアナとマリナとレベッカさんには鏡を見せたことがある。
その結果、ディアナにとってはただの鏡。つまり正面に立つと自分の姿が見え、マリナにはなぜかちゃんと向こう側――つまり俺の部屋が見え、レベッカさんにはモヤがかって見えた。
その法則性はよくわからない。
「これが、その鏡です。向こう側……見えますか?」
イオンさんとシャマシュさんに鏡を見せる。
「へぇ、すごいなこれは。確かにゴチャゴチャした部屋が見えているな。あれがアヤセくんの世界というわけか? しかし、すごいぞ、この鏡は」
「シャマシュさん、見えるんですか」
「見えるよ。ん? 見えないこともあるのか? ほら、イオンにも見えてるようだが」
そうなの?
「イオンさん、見えてるんですか?」
「はい。あれは物置ですか? 物置同士で繋がっているということでしょうか」
「半分正解かな……」
確かに見えているらしい。
「……私にはやっぱりただの鏡なのです。どうして……」
ディアナがわかりやすく肩を落としガックリだ。
マリナも向こうが見えているわけで、ここにいるのでディアナだけが見えていないということ。ハイエルフだから、ちょっと特別なのかな。
「アヤセくんは、これを何処で手に入れたんだ?」
「どこでっていうか、この世界では元々ここにあったんですよ」
日本では旧家の蔵で見つけたものだが、シャマシュさんが言っているのは、この世界での出処だろう。最初からここにあって、1センチも動かしていない。
「そうか……。誰が作ったのか知らないが、これはかなり高度な魔術と精霊術、さらに未知の技術とで編まれた最高級に高度な
「そんなことまでわかるんですか」
さすが魔族は優秀である。
というか、今まで謎だった鏡のことが少しだけわかった。
まず、地球由来ではないということ。異世界発地球行きの往復切符というわけだ。
そして、誰かが作ったらしいということ。まあ、そりゃそうだ。誰かが作ったんでないなら、勝手に湧いて出たのかって話。
……いやまて。
この世界はモンスターが武器を持って勝手に湧いて出てくるじゃないか。
じゃあ、あり得るのか? ファンタジー世界だから、そこらへんの線引きは難しいが。
だがまあ、シャマシュさんが「作られたもの」と言ってるんだし、誰かが作ったものなんだろう。
「でも、精霊術が使われているんじゃ、少なくともエルフは一枚噛んでるってことですよね。ディアナはなんかわかる?」
未だにガックリ落ち込んでるディアナに水を向ける。
ディアナだって一応はエルフなんだし、なんかわかることあるだろう。
「……私の実家にはいくつか精霊文明時代の宝具がありますけれど、その鏡はそれらに精霊力や魔力の編まれ方が似ているのです。だから、私はあの時代の宝具だと勝手に思っていたのですが……そうじゃないのです?」
「いや、詳細はわからないんだ。俺にとっても拾い物だし」
てか、知ってたんかーい。
まあ、ディアナにしてみれば、自分だけ向こう側が見えるどころか、ただの鏡で、ショック受けてたんだろうからな。
「じゃあ、毎回恒例の、通りぬけられるかチャレンジしてみましょうか!」
というわけで、いちおうやってみた。
スーパー美人のイオンさんとか、スーパー褐色美人のシャマシュさんを連れて日本の街を歩いたら、ちょっとしたレジェンドだぜ!
――結論から言うと、やっぱり二人も通りぬけられなかった。
まあ、いまさら通り抜けられても、日本でやれることなんてない。
本当にラーメン食べに行くくらいしかやることないんだから。
別に残念になんか思ってないよ! ホントだよ!
◇◆◆◆◇
地下室から出て、オリカも交えてお茶を飲みながら二人を紹介した。
「まずこっちが、騎士隊の魔術師をやってくれることになった、魔族のシャマシュさん。シャマシュさんは一応俺の奴隷という形になるけど、いっしょには住まないで、近くに家を建てる予定だ」
「シャマシュだ。よろしく頼む、オリカ」
「よ、よろしくお願いします。オリカです」
「そんでこっちはイオンさん。オリカの下でメイド働きをすることになったから、仕事教えてやってくれ」
「よろしくお願いしますね、オリカさん」
「えっ! えっ!?」
突然、同僚ができると聞かされて寝耳に水状態のオリカ。
「えっえっじゃないよ。イオンさんは、もともとシャマシュさんのところにいた娘でね。シャマシュさんといっしょに連れてきたのさ。ものすごい人見知りだから、屋敷からは出れないから、買い物とかは今までどおりオリカに頼むけど、屋敷の仕事はやらせちゃっていいから」
「は、はい。じゃあ、あの、よろしくおねがいします」
オリカが手の平を服でゴシゴシ拭いてイオンさんに握手を求める。
「はい。至らないこともあると思いますが、よろしくおねがいします」
うーん……。大丈夫かな……。
イオンさんは、どうしたってお姫さまであり、一般人とはオーラからして違うんだよな。
オリカはマリナとはすぐに打ち解けてたけど、ディアナとはあんまりだし、イオンさんと馬が合うかどうかは難しいかもしれない。
まあ、イオンさんも自分の立場わかってるだろうし、上手くやってくれるだろう。
それに、オリカの仕事はずっとマリナが手伝っていたし、物怖じしないタイプのマリナが間に入れば、それなりにコミュニケーション取っていくだろうしな。
お茶を飲んだ後、今晩の寝床の話になった。
一瞬どうしよう! と思ったが、イオンさんにはディアナとマリナと同じベッドで寝てもらい(イオンさんは嫌だったかもしれないが)、シャマシュさんには居間のソファで寝てもらった。
俺はもちろんいっしょに寝たりはせず、部屋に帰って、母親に帰還報告をしたり、就職しないで遊んでばかりと小言を言われたりした。
そろそろ、ほんとに家を出ることを考えたほうがいいかもしれない。