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第138話  武器商人は黒色の香り




 ――そして、結局朝になってしまった。

 一時間ぐらいしか眠れていない。


 ずっと、頭の中でグルグルと考えていた。

 どうするべきか。どうしたらいいのか。最良の選択はなにか。


 もちろん、答えなんて簡単には見つからない。

 だから、少しだけ慎重にやることにした。

 結論を棚上げにしたともいえるかもしれないが……。


 ディダの件は、正直言って、わからないことが多い。

 そもそも、ホントのホントに、なにを考えて行動を起こしたのかも不明だ。


 すでにヘティーさんがディダの身柄を拘束してあるという。

 捕まえるのに下手は打ってないということだが、奴には何人か奴隷戦士がいたはずだ。

 誰かが情報を伝えに走れば、いずれバレるかもしれない。

 秘密裏に殺して埋めたとしても、その犯人として嫌疑を掛けられたら、結果として損なような気もする。


 もちろん、イオンやレベッカさんの気持ちだって大事にしたい。

 話によるとディダはアイザックの仇である。

 イオンが獄紋を背負って2年も逃亡潜伏生活を送っていた原因を作ったのもディダだ。

 昔のこと――なんて、簡単には言えないだろう。


 でも、それでも――


「……やっぱ、この手でいくか……。みんなが納得してくれるか……難しいかもだけど」


 俺は寝返りをひとつ打って、ひとり呟いた。


 俺は、どうしようもなく現代人で、日本人だった。

 脳みそが平和と言われてしまえばそこまでだが、やはり殺す覚悟は持てない。


 卑怯と言われようとも、自分の知らないところで殺されてくれとすら思った。

 殺す責任が俺にあるというのなら、放棄してしまいたい。

 誰かがやってくれるなら、どうぞどうぞとお願いしてしまいたいくらいだった。


 殺してしまいたいほどの憎しみを持つことができなかった。一口で言ってしまえば、それだけのことだが、しかし奴は野放しにしていい人物ではないというのも事実。


 だから、殺すなら殺すに足る理由を本人から引き出す。

 ディダが、俺から殺すだけの動機を引き出してくれればいいのだ。



 ◇◆◆◆◇



「と、いうわけで、本人から話を訊けるだけ訊き出しましょう。殺すかどうかは、それ次第で決めようかと思います」


 準備を終えて、レベッカさんの家へ向かい、表に出て待っていたヘティーさんに方針を伝えた。


「……今更……話を訊くのですか? 相手は海千山千の大商人。本当のことを喋るとは思えません」

「はい。だから、嘘を喋ったら祝福を剥奪される精霊契約を結んでから話すことにしましょう。もし、嘘をついて祝福が飛んだら、殺すのはそのときでもいいでしょう? 逆に……そうでなかった場合は僕に任せて欲しいんです」

「ジローさまが、そうしたいのであれば構いませんが……」


 正直、ヘティーさんは少し不服そうだ。

 いいからさっさとぶっ殺そうぜ! と思ってるのかもしれない。

 しかし、そんなヘティーさんの気持ちだって、本当のところはまだちゃんと聞いていないのだ。

 殺すのは簡単だけど、簡単じゃない。

 やるならやるで、もっとしっかりしてからじゃなきゃ、その決断は下せない。


 みんな――といっても、俺とマリナとディアナ、レベッカさんとヘティーさん。イオンとシャマシュさん。あとはシェローさんの、総勢8人。

 エレピピとエトワは店を頼んで、こっちには呼んでいない。オリカもそうだ。

 どういう結果になるにせよ、あまり気持ちのいいものでもないし関わる必要もない。


 イオンには仮面を着けてもらっている。


 全員揃ったのを確認して、馬小屋へ向かう。

 そこには、両手両足を縛られて、猿ぐつわを嵌められたディダが転がっていた。


「むっ!? むー、っむむむむ! むぐむー!」


 俺に気付いたからか、高価そうな服を藁まみれにして、なにかを喚き散らしているディダ。

 レベッカさんに頼んで、猿ぐつわを外してもらう。


「小僧っ! 生きていたのか! 貴様の差金だろうが、こんなことをしてただで済むと……ッ」

「まあまあ、ちょっと落ち着いてください」


 俺が無言で魔剣を引き抜き、真っ黒い刀身をチラつかせると、ディダは息を飲んで黙りこんだ。

 本人とて、今の状況がどういうものかは、わかりすぎるほどわかっているだろう。

 もちろん俺も、いきなり剣でグサリ! というつもりはない。

 ないが、脅しにはなる。


「実際どうなんです、ヘティーさん。ただで済まないんですかね」


 殺すも殺さないも、すでに因縁はスタートしていると見ていい。

 ネチネチ復讐されるのは、正直嫌だし、怖い。


「情報路は封鎖してありましたし、奴隷はすべて消しました。証拠は残らないでしょう。……いえ、この件は基本的に私が預かります。もし――万が一、なにかあればすべての責任は私に」


 ヘティーさんがいつもの涼しい顔で言う。


 やはり、どこかでバレる可能性はあるってことなんだろう。

 ディダは大物だ。どこへ行くかくらいは伝えて出てきているはず。

 連絡が途切れ、帰ってこないとなれば、疑われるのは明白。


「ジローさま。私はずっと前から、家の者とはケンカしてるんですよ。ディダ叔父のことを私が嫌っているのも全員が知っています。私がやったとすれば、それで納得するでしょう」

「納得って……」


 この場合の納得とは、「ヘンリエッタヘティーならやりかねない」という意味での納得だ。

 父親の邪魔をする為に傭兵団を作ったような人だ。

 確かに納得かもしれないが、やはりそれはマズい。


「う~ん。やっぱ考えなおしですね。こいつが死ぬのはいいけど、ヘティーさんに罪をおっかぶせるようなのはダメですよ」

「で、ですが……」

「ま、とりあえず……。ディダさん」


 ディダに目を向ける。

 さすがの大商人、こんな状況でも目の光は死んでいない。

 所詮、女子供と侮っているのかもしれない。それとも、なにか奥の手があるのか。


「僕は今あなたを殺せます。まあ今さら言われなくても状況はわかってると思いますが」

「ふん……。殺してもなんの得にもならんだろう。すでに私の状況は部下に伝えてある、犯人がお前らだということもな。今なら、まだ許してやらんこともないのだぞ?」


 余裕シャクシャクな様子のディダ。

 ヘティーさんがなにか言おうとするが、手でそれを制した。

 ハッタリでも、そうでないとしてもこの際どっちでもいいのだ。


「そうですか。では許してもらうことにしましょう。後が怖いですからね」

「ふっ……ふっふふ。そうだ。それがいいだろう。なに、私も商人だ、自らの命を買うことの意味くらいわきまえているつもりだ。悪いようにはしない」


 いきなり俺が折れたのが意外だったのか、ホッとしたのが隠せていない。

 まあ、状況的にもう絶望しかないと思ってただろうからな。


「殺しても一文にもなりませんからね」

「そうだ。殺しても一文にもならん」


 はっはっはと笑い合う。

 そんな俺に、みんな――マリナですら訝しげな顔だ。

 みんなには詳しく話していない。ただ、ディダとの交渉は自分に任せてくれと、信じて任せて欲しいとだけ伝えてあった。

 本当は、ヘティーさんもレベッカさんも口を出したいだろうに、黙っていてくれている。

 もちろん、俺もタダで許すつもりなんかない。


「ですが、ただ許すというのも芸がありません。お互い商人ですから、わかるでしょう? これは商談なんですよ。えっと……一応聞かせて欲しいんですが、ディダさんは一応、御用商なんですか?」

「……そうだ。バルバクロ商会は、帝国へ武器を卸しているからな」

「では、取引きといきましょう。実はですね、僕には『御用商と商取引をしよう』というお導きが出てるんですよ。つまり、これは大精霊の思し召しというわけです。いろいろありましたが、大精霊が繋いだ縁であるならば、あなたのことだって許すしかないでしょう」


 みんなが、顔を見合わせる。

 ディダ本人もだ。

 だが、これも仕込みだ。

 誰もが納得する選択なんてわからない。

 だったら、自分が考える最良を選ぶしかないのだ。


「……じゃあ、まず。商談の前に精霊契約を結びましょう。『質問に対して嘘をついたら、祝福が失われる』という内容で。もちろん拒否権はありません」

「嘘を……? だが……」

「……ディダさん、あなたは一度、僕を殺そうとしてるってことを忘れないでくださいよ。いえ、正確には一度殺されたんですから、僕はあなたを一度殺す権利があるんです。……まあ、大丈夫ですよ。あなたが嘘をつかなければいいだけなんですからね。それに、あくまでお互いに掛ける誓約ですから」


「嘘をつけない」というのは、「本当のことを言わなければならない」のとイコールではない。だけど、限りなく近いものであるのも事実だ。

 ディダは額に脂汗を浮かべて、うろたえた様子だ。

 これからするのは、あくまで商談。つまり、質問はお互いにしていいのだし、お互い嘘をつけないのであるなら、完全にイーブンなはず。

 それを、これだけうろたえるってことは、それだけ嘘を交えて交渉するのが得意だったということなのかもしれない。


「はーい。では精霊契約をするのでーす」


 ディアナがニコニコと笑顔を貼り付けて、契約魔法を唱えはじめる。

 ディアナは精霊契約の魔法は使えないと言ってたような記憶があるが、どうやらそういうわけではないらしい。

 ちょっと普通じゃないだけで、そうでなければ精霊契約魔法そのものは『特別なお導き』の最中でも問題ないのだとか。

 ディダが、ディアナが魔法を唱えるのを傍観しているのを見るに、ディダは知らないのだろう。

『ハイエルフに精霊契約が効かない』ことは知っていても、ハイエルフが使う精霊契約の恐ろしさまでは。


「では、ディダさん。死ぬよりはいいでしょう? ただ、嘘をつかなければいいだけですよ……」

「わかった。それでいい」


 しぶしぶながら了承するディダ。

 それを確認して、俺とディダとディアナで契約の為に手を繋いだ。

 精霊契約は、三者が同じ契約内容を承諾し合って初めて行使される。

 だから、それそのものに間違いなど起こり得ない……。

 普通なら・・・・


「では、はじめるのです」


 繋いだ手から光が溢れ、精霊契約はアッサリと完了した。

 精霊に祝福されたハイエルフの精霊契約魔法。

 つまり――


「おっ! おい! 内容が違うぞ!」


 契約内容を確認したディダがわめく。

 俺も天職板を開き、確認する。


「ホントですね。不思議ですね」

「精霊はイタズラなのです」

「困ったもんだ、はっはは」


 ハイエルフであるディアナは、真っ当な精霊契約魔法が使えない。

 なぜなら、契約者のどちらかに肩入れしている場合、そちらが有利になるように精霊契約の内容が勝手に書き換わってしまうからだ。

 精霊に愛された種族『ハイエルフ』。

 ディアナ本人にも精霊契約が効かないのも、それが理由である。俺とディアナとの精霊契約内容も、勝手に書き換えられたくらいなのだ。

 ディアナは、精霊契約の仲立ちをする側。

 本人の意思の介在はないらしいが、しかし、公平性は全くない。


 ちなみに、ここで改ざんされた契約内容は。


『ディダ・バルバクロは真実のみを話せ。それ以外を口にすれば、祝福が失われ獄紋を負う』


 である。


 思ってたより酷い。

 ディアナの憎しみが、精霊契約の内容に反映されまくっている。


「こんな……こんなバカな……」

「さて、無事に・・・精霊契約もできましたし、商談と参りましょうか。ディダさん」


 この世界では、祝福は絶対に手放してはならないものだ。

 まして、信用勝負の商人であるならばなおさら。

 もちろん、祝福を失ってもイオンのように他の神に宗旨替えするという手もある。

 だが、ディダは立場的に異教への乗り換えは難しいだろう。

 帝国国民のほとんどは大精霊の信徒で、さらに帝都には大神殿という神殿の総本山みたいなものまであるのだ。

 さらに、太陽神も夜天女神も、帝国からすれば敵国が崇める神なのである。


 だが、ま、それでも死ぬよりはいいだろう。

 祝福なんか、人生のオマケみたいなもんだ。

 本人はそうとはなかなか思えないだろうが。


「ちゃんと答えてくれれば、命までは取りませんよ。約束します」



 ◇◆◆◆◇



「ディダさん。どうして、俺を殺そうと思ったんですか?」


 早速質問する。

 騎士隊を手に入れようと思ったとか、ディアナを手に入れようと思ったとか、計画がいくらなんでもズサンすぎる。

 ディダはさんざん悪態をついていたが、わりとすぐ事態を受け入れたのか大人しくなった。あの契約内容では、俺の機嫌を取って契約解除をしてもらうか、諦めて獄紋を背負うかしかない。

 ディダは前者を選んだようだ。


「……お前を殺せばディアナ姫も、エルフの里も手に入ると思ったからだ」

「騎士隊も?」

「そうだ。騎士隊はオマケ程度だがな」

「どうして、俺を殺せば手に入ると思ったんです? 騎士隊のほうは、確かに僕がオーナーではありますが」

「なにをバカなことを……。お前が金を出しているのだろう? 金の出処がなくなれば、別のスポンサーを見つけるしかないだろうが」

「ああ、そっくり成り代わろうと思ったわけですか」


 そこは理解できるな。

 うちの騎士隊は発足理由からして特殊だからそうならないってだけで、騎士隊そのものにもっとちゃんとした意味があるならスポンサーは必要だし、活動資金を出してくれる金持ちがいるなら飛びつくのは必至だ。

 ホントに、俺と騎士隊との関係がちょっと特殊だったってだけだ。


「ディアナのことは? それこそ、俺を殺しても手に入るってもんでもないでしょう?」


 そこが最大の謎だった。もしくは、うぬぼれ屋サンなのか。

 自分で言うのは恥ずかしいことだが、ディアナは俺にベッタリだ。今更このポッチャリしたおっさんのところに、俺が死んだからとホイホイ付いてくとは考え難い。

 それとも、エルフ用のまたたび・・・・みたいなアイテムとか持ってんのかな。


「ディアナ姫は『特別なお導き』の最中だろう。運命が常に正しいほうへ進むという」

「確かにそれはそうですけど」

「だから、お前が死ねば、それが正しい運命だったことになるだろう? 結局……その運命は私にはなかったのだと、確認させられただけだったがな」

「運命……運命ですか……」


 特別なお導きが、運命を引き寄せるのを利用したわけか。

 つまり、運命が常に正しい道へと導くのなら、「俺を殺せた」なら、「俺は死ぬのが運命だった」ことになるし、「ディダがディアナを連れていく」なら、「ディダに連れられていくのがディアナの運命」となる――という理屈だ。

 かなり強引だが、俺とディアナとの出会いだって、今にして思えば強引だった。

 しかし、そうはならなかったのだから、やはり運命の強制力が強く働いているという証明なのかもしれない。


「なっ……! なんてバカなことを……! 私とご主人さまには、もう運命の強制力は働いていなかったのです!」


 ディアナが叫ぶ。

 ん? 強制力が働いていない?


「私のお導きは、もう最後の最後まで来ているのです。この段階では、精霊は力を貸してはくれません。もし……もし、ご主人さまが死んでしまったら…………私のお導きはそこで終わっていたのです……」


 ディダの瞳が驚きで見開かれる。

 奴も知らなかったってことか。俺も知らなかったけど。


 最後の最後の段階。つまり、俺の『運命の大車輪』とリンクしてるってことなんだろう。

 運命の大車輪も、9/10だ。あとひとつで達成となる。

 最後の最後は精霊が力を貸してくれない。

 つまり、最後は自分の力でなんとかしろって親心みたいなものなのかもしれない。

 最新の人工知能である大精霊からすると、自分の起源でありつつも、手のかかる姉みたいな感覚なのかもしれない。

 まあ、運命の強制力なんてもんがある時点で、十分甘やかしているともとれるけども。


「ま、とにかくディアナの件はわかりました。でも、大商人であるあなたが、今更ディアナを欲しがる理由はよくわかりませんね」

「……それはお前が田舎者だからだ。お前が俺に売った布……あれの価値がどれほどのものかわかるか」

「ああ、あれね。実際、もっと高かったんでしたっけ。でも、なんぼ高いったって布は布じゃないですか」


 ディダに日本で買ったベルベット生地を売ったことがある。

 あの時、ディダに『エルフの里で手に入れてきた』と嘘をついて売ったのが、そもそもの発端なのである。

 金貨6枚で売ったと記憶しているが、実際にはその10倍以上の価値があったとかなんとか。


「あの布は夜魔やま王上布おうじょうふ。この世で手に入る布で、最も高価で珍しいものの一つだ。というより……精霊文明時代に失われた技術で織られた物……。つまり、新品など出てきてはいけないものだったのだ。それを――」

「それを、田舎町の小僧がポロッと持っていたと」

「そうだ。エルフの里は元々謎が多い。エルフは秘密主義だし、ハイエルフとなれば人間には不干渉なところが多いからな。しかし、そのハイエルフを奴隷として、エルフの里の宝を手中に収め、しかもその価値が分かっていない駆け出し商人がいたとしたら……?」

「そりゃあ、乗っ取ってやろうと思いますよねぇ……」


 ベルベットを売るときは気楽に考えていたが、あの時にディダの野心に火をつけてしまったということらしい。

 慎重にやってるつもりだったが、それでもこのざまだ。


「もともと、ソロ家がハイエルフの『特別なお導き』をサポートする理由は、ハイエルフの宝を手に入れる為だというのは知っているだろう? あの夜魔の王上布一つとっても、その対価となりえるほど価値があるものだ」


 そんなに。

 確か、今回のディアナのサポートでは『降誕の明星ジ・アルケミー』とかいうアイテムを譲るのが決まってるって、ずいぶん前にディアナがこっそり教えてくれたっけ。

 そういう、1000年前のマジックアイテムと同格の品ということなのか。

 いや、マジックアイテムでもなんでもない、ただの日本製の布なんだがな。

 まあ、そこまでネタばらしする必要もないんだが。


 さて、ディアナ関係での行動理由は知れた。

 せっかくだから、他のことも訊いておくか。


 と言っても、イオン関係のことぐらいしかないわけだが。


 ディダはヘティーさんが騎士隊にいることを知らなかった。まあ、パレードには仮面をしていたし、そもそも騎士隊に参加するのを決めたのだって、直前だったのだから当然だ。

 だが、レベッカさんやシェローさんのことは知っていたはずだ。傭兵団『緋色の楔』のメンバーだったということも。

 そして、その団を潰したのは自分だということも。


「ディダさん、緋色の楔スカーレット・ウェッジって知ってますか?」

「もちろん知っている。帝国を何度も救ってくれた帝都随一の団だったからな」


 チラッっとシェローさんのほうへ目線をやるディダ。

 半分はおべんちゃらだろうか。いや、祝福が失われないところを見るに、本当にそう思っているのだろう。実際、多くの戦闘で獅子奮迅の活躍だったとは話に聞いている。


「今はもうないんですよね。どうしてでしょう?」

「……団長が死んだからだ」


 これも嘘ではない。


「どうして死んだんですか?」

「……帝国皇女と駆け落ちした咎で磔に処されたからだ」


 それも本当のことだ。


「おっ、おい! こんな質問のどこが商談だ! 関係ないじゃないか!」

「まあ、まあいいじゃないですか。質問終わったら商売のお話もしますよ。ちゃんと答えてくれれば。……で、帝国皇女と傭兵団長が駆け落ちしたって。……それ、本当ですか・・・・・?」

「………………」

「どうして、答えられないんです?」

「…………秘密が……あるからだ」

「じゃあ、質問を変えましょうか。ディダさん。あなたが後ろで糸を引いてましたね?」


 その質問に、ディダがバッと顔を上げる。

 レベッカさんが、ヘティーさんが、イオンが、シェローさんが見ている。

 もちろん、イオンは仮面で顔を隠しているが。


 お白洲だ。

 おうおうおうおう!

 このルクリィオンに見覚えがねぇとは言わせねぇぞ!


 いや、イオンは仮面取ってないけどさ。

 これからどういう流れになるかわからんが、イオンが素顔を晒すのはリスキーすぎるもんな。


「まあ、基本的に全部バレてるんですよ、ディダさん。……ただ、せっかくだから認めてもらおうかなと思っただけで。あなた本人の口から、真実を聞きたいんですよね」

「………………」


 黙りこんでしまうディダ。

 まあ、今更っちゃ今更だけど、犯罪を認めるようなものだからな。

 というか、ここで認めてしまえば、俺はともかくレベッカさんやシェローさんが許さないかもしれない。ディダだってそう考えるだろう。


「沈黙は肯定だと考えて良いんですか?」

「…………勝手にしろ」

「じゃあ、せっかくだからもう一つ。前皇帝をなんらかの手段で殺したのもあなたですね? あなたか……もしくはソロ家当主の指示だったかのどちらかでしょう。それとも、現皇帝の指示だったとか?」

「は……? な、なぜ……」

「いや、前皇帝、いいタイミングで死にすぎですからね。一連の流れからして、誰かがなんかやってたと考えるのが普通でしょ。ディダさんは、変な呪いの魔導具なんか使うのは得意でしょうし」


 イオンの父親、前皇帝は原因不明の病に臥せったまま死んだと聞いた。

 この世界にも原因不明の病はあるだろうが、しかし、ここはゲームの世界。病気に関しては、かなり厳密に管理されているらしい。それはNPCであろうと同じだ。

 まして、エルフがいて治せないものとなれば限られているだろう。


 半分は、ハッタリだったが、ディダの反応を見るにビンゴだったようだ。

 なんせ武器商で、例の人形みたいな変なアイテムはたくさん持ってるだろうし、やっぱりかといったところ。


 それに、もし違ってたとしても、訊いてみるのはタダだ。

 なんかしらの情報は持ってるだろうしな。


「…………」


 否定も肯定もできず、ただ黙りこむディダ。

 服が染みてくるほどびっちょりと汗をかき、今日最大の狼狽え様。


「なにか言ってくれなきゃわかりませんよ」

「………………」


 実際、沈黙は肯定と同意だ。

 そういう精霊契約を交わしてのコレでは言い逃れできないだろう。


 とはいえ、俺にはこれをネタにソロ家を脅したりとか、そういう事までしようというつもりはなかった。

 ただ、シェローさんやレベッカさん、ヘティーさんに。なによりイオンに、真実を知る機会をあげたかっただけだった。

 それを本人たちがどうするかは、また別の話だ。

 もしかすると、完全に余計なお世話かもしれない。

 せっかく忘れかけていた恨みや憎しみを、ぶり返させるだけなのかもしれない。


 脂汗を垂らし、どう言い逃れするのがいいか考えている様子のディダ。

 下手な言い逃れは通用しない。後から、そんなことは言っていないというのも通じない。


「わ……わたしは……」


 ディダが震える声で呟く。

 ガチガチと歯の根が合わないほどだ。

 恐怖で引きつった顔をして、しかしその瞳にはなにか決意のようなものが浮かんでいた。


「……わたしは」


 俺はその瞬間、追い詰めすぎたのを悟った。

 別に自暴自棄になったわけでもないだろうが、なにが得でなにが損かを天秤に掛ければわかることだ。


「そんなことは知らない!」


 ディダが叫ぶ。

 その瞬間、ディダの内部からパァンとなにかが弾ける音が響きわたった。

 精霊契約違反で祝福がはじけ飛んだ音だ。


「あ、あんた……」

「知らん知らん知らん! わけのわからないことばかり言いおって! 私はなにも知らんッ!」


 錯乱したように喚き散らすディダ。

 その間にも、どこからか湧き出てきたドス黒い霧がディダの身体にまとわり付き、そして、吸い込まれていく。吸い込まれた先から、身体にドス黒い染みを残していく。


「…………獄……紋」


 イオンが息を呑み、小さな声で呟いた。


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