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第139話  仇討は決着の香り




 ディダの瞳が、徐々に、しかし確かに赤く赤く染まっていく。

 初めてイオンに出会った時と同じ。

 身体中をのたうつ黒い刺青と、血のように赤く染まった瞳。


 真実のみを話さなければならないディダがついた嘘。

 その嘘の咎として、ディダは獄紋を背負うこととなった。


 だが、まだここまでは想定内だ。


「は…………ははは……。力が入らない……これが獄紋か……」


 半ば放心状態でディダが呟く。

 獄紋者はこの国では重犯罪者である証明。

 神に見放された者。神の名に背く者。

 だが、ディダならばソロ家が身柄を引き受けて精霊石で獄紋を祓うことも可能だろう。

 普通は、重犯罪者として拘束されるものらしいが、この国はそこまでキッチリはしていないはずだ。権力者相手ならなおのことだ。

 まあ、一般的には獄紋を背負った者は身内にも見放されるのが慣例ということらしいが、ディダくらい大物となれば、そう簡単に切り捨てられたりはしないはず。

 だからこそ、ディダは真実を喋る不利益よりも、獄紋を選んだのだろう。


 そして、俺はもうこれ以上追及するつもりはなかった。

 というより、ディダはやはり真っ黒だった。

 言質をとったわけじゃないが、関与は疑いようもない。


「……ディダさん。あなたが、それなりの覚悟を持ってその獄紋を背負ったのはわかりますが、僕は真実を話して欲しかったんですよ。僕の願いはそれだけでした。……残念です」


 夜中、ソファで眠れぬ夜を過ごしながら、対応案をいくつか考えてあった。

 もちろん、こういう結果になる可能性が高い――とは思ってはいたが、それでもやっぱりこうなってしまったかという想いは強い。


 ディダが、嘘をつかずすべての真実を話すのならば、話した分を『時間逆行魔法』つまり、ディアナの回復魔法でなかったことにすることで忘れさせ、その後、放免しようと思っていたのだ。

 もちろん、お金を貰って、二度と手出しをしないと精霊契約で縛って。


 だが、そうはならなかった。

 もう――殺すしかない。




 ◇◆◆◆◇




 俺は静かにカメラの録画停止ボタンを押した。

 ここまでのことは、デジカメの録画機能で撮影していたのだ。

 この世界の人は、(身内はともかく)カメラを知らない。だから、ディダも多少訝しげではあったが何も言わなかった。


 俺が考えた一番いい断罪方法は、ディダにはすべてしゃべってもらい、それを録画、ディダは喋ったことを忘れてもらって放免し、こっちは録画データを神官ちゃんに見せて上手いこと法的にディダを追い詰めてもらう――というものだった。

 それなら、こっちに累が及ぶ可能性が低く、奴の処遇も法の手に委ねることができるからだ。

 もちろん、結果的に死刑となるだろう。

 ひょっとすると一族郎党皆殺しという可能性すらある。

 だが、そうなったとしても、それは俺とは関係がないことだ。


 しかし、そうはならなかった。

 獄紋コゲついてしまったら、ディアナの回復魔法では治せないし、放免もできない。



「えっと、みんな俺を信じて見守ってくれてありがとう。ディダの処遇は決まりました」

「どうするのですか? 獄紋を背負わせることに成功しましたし、これで手打ちとするのですか? 差し出がましいですが、その程度ではこの男は――」

「殺します」


 もうこうなってしまったら、どうすることもできない。

 生かしておけば秘密を知る俺たちに害なす存在になるだろう。


「ひっ……ははははは! 殺すのか! 結局! 殺せ殺せ! どうせこうなってしまったら死んだも同然だ!」


 ディダが狂ったように叫ぶ。

 祝福の喪失。

 俺にとってはどうでもいいことでも、この世界の人にとって祝福はそれほど重いものだ。

 まして、獄紋など。


 正直、殺すという選択はしたくなかった。

 なんだかんだと理由を付けて、生かして帰したかった。

 本当に残念だ。


「僕はね。あなたが本当のことを喋り、祝福を失うことなく乗り切ったら許すつもりだったんですよ。というか、最初に許すと言ったはずでしょう? あなたは、結局そうできなかった」

「そんなもの……信じられたと思うか」

「信じなかったのは、あなたの勝手です。……それに、僕にもしっかり精霊契約は出ていました。『嘘をつけば祝福を失う』というね」


 ディダには変則的な精霊契約内容が出たが、俺のほうにもしっかりと『嘘をつけば祝福を失う』という契約は成っていたのだ。

 今は、ディダの祝福が失われたことにより、契約そのものが破棄されている。


「さて、ディダさん。前皇帝とか、そういう話は実はオマケでして、あくまで今回の件はあなたが僕を殺そうとしたというのが論点ではあります。だから、僕があなたを許したならそれで手打ちだったわけです。本当は」


「前皇帝のことなど……私は知らん。ただ、噂を聞いたことがあるというだけだ」

「へぇ。じゃあその噂を教えてもらいましょうか」


 せっかくだから聞いておこう。

 まあ、すでに契約はない。嘘の可能性も高いだろうが。


「行方不明になっている姫君がいるだろう? 前皇帝の第三子である、あれが自らが皇帝となる為に父親である前皇帝を毒殺したという噂だ」


 おおっと。

 この期に及んでもソロ家の関与は否定したいのか。

 しかし……地雷踏んだぞ、この人。


「せっかく首尾よく毒殺できたのに、どうして行方不明に?」

「兄である現皇帝が、なんらかの手段で真実を知り、秘密裏に処理したという噂だ」

「なるほど。じゃあ決してソロ家は関与していないってことなんですね」

「もちろんだ。我々はただの商人でしかないのだぞ」


 まあでも、こういう言い訳をするのは仕方がない。

 だって、まさか――


「まさか、本人がいるとは思ってもみないもんなぁ……」

「……ん? なんのことだ……?」


 俺が一歩だけ下がると、イオンが一歩だけ前に出た。

 さすがに、この展開で黙っていられる当事者はそういないだろう。

 イオンだけじゃなく、レベッカさんもヘティーさんも、今にも剣を抜いて一閃させそうな迫力で満ち満ちている。


「アヤセさん、ごめんなさい」


 ディダの前に出たイオンが、そう言うが早いか、仮面を取り去った。

 露わになる、その素顔。


「ディダ・バルバクロ。お久しぶりですね。……私が父上を毒殺したなど……よくもヌケヌケとそんな世迷い言が言えたものです」

「……へ……? ……え?」


 切れ長の涼しげな瞳で、真っ直ぐにディダを見詰めるイオン。


「な……バカな……そんな」


 ディダの顔が驚愕に染まる。

 獄紋に染め上げられわかりにくいが、血の気が失せるとはまさにこの事だろう。


 俺はイオンのことをどうするか、結局考えあぐねていた。

 殺すなら、イオン本人に復讐を遂げさせるのもいいかと、ハッキリ言うと考えていた。

 だが、それはリスキーな面もあるし、果たして本当にそれが良いことなのかどうか俺にはわからず、だから保留してあったのだが――


「私の顔を忘れたとは……言わせませんよ」


 お白洲だ。

 おうおうおう!

 このルクリィオンに見覚えがねぇとは言わせねぇぞ!


「そ……その顔…………ルクリィオン姫……なのか…………? なんで……」

「なぜ……でしょうね。ザックの無念が、私に復讐の機会を与えてくれたのでしょうか」


 イオンが、おもむろに懐から短剣を取り出す。

 アイザックが皇帝から賜った短剣のレプリカ。

 ずっと、イオンが肌身離さず持ち続けてきた守り刀。


「イオン!」

「アヤセさん……ごめんなさい……。私、アヤセさんに言われて……復讐なんてしなくても、自分が幸せになるのが一番……ザックも喜ぶんだって思ってたけど……。でもっ」


 イオンが鞘を取り払い、短剣のその美しい刀身が露わになる。

 人一人殺すには十分過ぎるほど鋭利な切っ先が陽光に照らされて輝いた。


「死んだのでは……なかったのか……? ルクリィオン姫」

「見ての通りですよ。まさか、父上の仇まであなただったとは、私も驚きでしたが、そうであるならば尚更、私はあなたを殺さねばなりません。……アヤセさん、いいですね。この先、私は一生貴方に尽くすと約束します。だから、今だけ……この復讐だけは遂げさせてください」


 止める間もなかった。

 イオンはフワリと静かにディダの胸元に飛び込み、その刃を突き立てた。




 ◇◆◆◆◇




「それでは、ヘティーさんよろしくおねがいします」

「お任せください。ジローさまも、イオンのこと……よろしくおねがいします」

「はい」


 ヘティーさんが死体を入れた袋を馬車の荷物入れに隠し、去っていく。

 俺は未だにメソメソしているイオンを抱きしめながら、それを見送った。


「……まあ、でも。これで一応は終わりだな。イオン……大丈夫か?」

「うっ……うん……。大丈夫。気持ちが高ぶっちゃって……これで、お父様もザックも少しは浮かばれるかしら」

「そう思うよ」


 正直言って、本当にこれで良かったのかはわからない。

 殺すのだって、俺が手を下そうと覚悟していたが、結局イオンがやってしまった。

 止める間もなかったといえばその通りだが、それでも本当は俺がやるべきだったような気もする。

 まあ、いまさらグダグダ言っても仕方がないのだけど。


「ま、これからは楽しいことだけ考えて生きようぜ。復讐はこれで終わり」

「そうですね。あなたに一生尽くすって約束しちゃったしね、アヤセさん。これからもずっとよろしくね」


 そんなことを言って、ギュッと強く抱きしめてくる。

 アイザック氏のことはいいのだろうか。いや、復讐が成って吹っ切れたってことなのかな。


「一生かどうかはともかく……、改めてよろしくな」


 この日から、イオンは「ルクリィオン姫」から「イオン」になったような気がする。

 過去のしがらみを断ち切る為に、この復讐は本人にとって、本人が本当の意味で前に進む為に必要なものだったのかもしれない。


 ちなみに、ディダの遺体は、ディダの常宿に秘密裏に運び込んでもらった。

 裸に剥き、さらに服を脱がせた状態のオートマタを稼動状態で置いておいた。

 オートマタにはディダの髪を食べさせてある。

 死んだ時点で獄紋は消えているので、状況的にはオートマタにエロいことをしようとして髪を食べられ殺された……と見えるだろう。

 というより、ソロ家サイドを騙せればいいのだ。一般人はオートマタのことを知らないんで、なぜ死んだのか、殺されたのかと考えるだろうが、それ故にソロ家のものは「オートマタが犯人」と考えるだろう。

 科学捜査が存在しないこの世界では、これで十分誤魔化せるはずだ。

 まあ、それとは無関係にこっちに事情聴取にソロ家のものが来る可能性はある。

 あるが、そんときゃそんときだ。

 それまでに、騎士隊も店も強く大きくしておくことにしよう。




 ――後日。

 ディダの遺体が宿の寝室で発見されたという報が入った。

 遺体の発見現場が不審だったことから、神殿から神官が派遣され現場を検分。

 暗殺用の魔導具が側にあったことから、魔導具の暴走、もしくは事故で、自分の魔導具に殺されたものとして処理された。

 人形は一時神殿預かりとなったが、その後、傷口を綺麗にし保存の精霊魔法処理された遺体といっしょに帝都へと移送されたらしい。


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