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第3話 傷心のリコリス令嬢

 翌朝、私はホーエンシュタイン領に移動する馬車の中にいた。

 泣き腫らした目には、馬車の外の反射すら眩しい。

 目を閉じると、過去の記憶が溢れ出してきた。


 私は一年前、婚約者のイグゼル・ノイバウムの心が離れたのをしてしまった。

 転生して得たスキル『鑑定・解析』は、残酷なほど優秀だった。

 言葉から嘘を解析する。態度から、裏切りを。気配から敵を。

 閉じられないこのスキルは、私を苦しめ続けている。


 お茶会で交流が出来た令嬢も、会話をするにつれて嘘の鑑定が出始めると、私は曖昧に微笑むしかない。

 人付き合いに、建前が必要なことは分かっているけど。私を好ましく思っているという言葉が嘘なのは傷ついてしまう。


 その点、エレオノーレはオンとオフの切り替えが天才だった。私には到底真似出来ない。

 イシュトリナ王国の闇の四大貴族として、グリムベルク家はホーエンシュタイン家とも付き合いが長かった。


 だから、エレオノーレがイシュトリナ国王子殿下の婚約者の役をしている事を知っていて。

 近づいてくる女性たちをいびって、未来の王太子妃にふさわしいかどうかの試金石エレオノーレの役目。


 優しいエレオノーレがいわゆる悪役令嬢として振る舞うのは、辛そうだった。

 事情を知る私は、子供の頃から慰めた。そして私の鑑定解析スキルのことを打ち明けた。エレオノーレは疑うどころか、それで色んなことが納得できたと頷いてくれて。


 そんなエレオノーレに、イグゼルの心が移ったと相談してから、私たちは二人で作戦を練った。

 エレオノーレは、まずは私がどうしたいのか、なにがやりたいのかを尊重してくれた。


 だから、私は失恋を糧に家からの自由を望んだ。諜報の家柄として頑張ったのは、祖父の為だったから。

 今も、グリムベルク子爵の娘としての誇りはある。それは家督を継いで欲しい、当主の器だと祖父に言われて救われたせい。


 もう、祖父はいない。だから頑張るのを止めた。父が、認めないわたしを当主にするわけが無いし。

 私の不安はエレオノーレを王都に残すことだけ。エレオノーレも、知らない土地に行くより知っている場所にいて欲しいと言ってくれた。


 それで、父の怒りを煽りながらエレオノーレの実家が統括するホーエンシュタイン家領地に行かせることを承諾させたのだ。

 ホーエンシュタイン領は、ユグノス帝国と隣接している、海もある交易の領地。


 そこで、鑑定解析の力を生かせるスローライフをしたい。既に幾つか美容品を作っていて、それはエレオノーレ経由で販売されている。

 簡単な、乾燥肌、脂性肌別の化粧水だったのだけど、一級素材を解析して作ったそれは社交界を激震させたらしい。


 今後は、エレオノーレが手配してくれたゲストハウスでのんびりと生産しよう。


「リリスティア様……いえ、お嬢様、休憩になさりませんか?」


 ホーエンシュタイン家の騎士が、外から声をかけてくれた。


「はい、お願いします」


 ホーエンシュタイン領は遠い。無理をしてはあとが辛くなるだけだ。

 自分の足で走る分にはいいけど、長時間の馬車にはまだ慣れない。


 止まった馬車から降りると、まだそこは王都を出てしばらくした場所だった。

 騎士たちとメイドさんによって、パラソルが立てられテーブルと椅子が用意される。


 ホーエンシュタイン侯爵家当主も、ノイバウム伯爵家当主も、次期グリムベルク家の当主には私を推薦していた。だから、この私の「幽閉」には、ホーエンシュタイン家はことになっている。だから私も敢えて騎士たちの名前を呼ばない。この旅路はなかったことにされるのだ。


 こういう時になんだか申し訳ないなぁと感じるのは、リリスティアとしての生より、莉子としての生が長いからだろう。

 傍から見たら街道の外れで、ピクニックをしているお嬢様に見えるのかもしれない。


 着の身着のまま放り出されたけれど、計画を立てていた私たちには問題ない。化粧水の売り上げで、着替えから生活に必要なものまで買い揃えてある。

 今の私の服装は、それなりに裕福そうな商人の娘のようなドレスだ。


「誰かこちらに目掛けてきます」


 馬車には紋章を掲げていないけれど、騎士たちはホーエンシュタイン家の騎士服。滅多なことはないと思うけど……。

 遠目に、オレンジの髪に王城騎士服が見える。鑑定するまでもない、アシュバーン・カーネリウスだ。


「敵じゃないわ、カーネリウス家の三男よ」

「アシュバーン様でしたか」


 剣に手をかけようとした騎士たちは、ホッとした。

 アシュバーンは、エレオノーレの次に私と仲のいい親友。婚約破棄のこと、黙ってたから怒ってるかな……。


「おい、心配かけやがって!なんでオレに相談しなかった、リコ」


 馬で全力疾走してきたアシュバーンの額には、汗が浮かんでいた。

 相変わらず、乙女ゲームに出てきそうな美貌は今日も健在だ。

 馬を騎士に預けている間に、メイドさんが素早く椅子を増やした。


「ごめんね、アシュ」

「リコが謝ることはなんもないぞ。安心しろ、イグゼルなら見えないところは全部限界までボコったからな!」


 ボコっちゃいましたか……。

 闇の四大貴族のうち、カーネリウス家は魔道部門。呪いや闇魔法に優れ、王族を守りし男爵家。


 アシュバーンは見るからに体をつくってあるし、むしろ魔道士には見えない。

 爽やかな笑顔からして、本当に遠慮などしなかったんだろう。

 婚約破棄して初めて、イグゼルの事が物理的に心配になった。

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