「エレオノーレから全部聞いたぞ……辛かったな」
エレオノーレには、アシュバーンが訪ねてきたら話していいと言ってある。でもこんなに早く駆けつけてくるとは……。
そんなに早く、婚約破棄の噂は広まっているのだろうか。
「あ、騒ぎにはなってないからな!あくまで四大貴族の間でだけであって」
顔に出ていたのか、急いで訂正してくれる。
「オレと親父が悔しくてな〜、こんなことならせめて半年前にカーネリウス家から婚約申し込んで置けばよかって……!」
「そうなの?」
ロゼッタが欲しかったのかな……?
アシュバーンは私の一つ上。姉のロゼッタとは同い年だ。
「いや、リコが弱ってるとこにつけ込みたくない……それにしてもクズだな、イグゼルの野郎!ロゼッタに嵌められやがって」
「嵌められた……?」
出された紅茶を冷ましながら、アシュバーンの緑の目が私を見た。
正直者には珍しく、動揺している。
「いや、今言うことじゃないな、忘れてくれ。……それより、化粧、そっちのがリコらしくていいな。似合ってる」
私の中の解析が勝手に働いて、アシュバーンの言葉が真実だと告げた。
「もうイグゼル――ノイバウム様の為のメイクする必要がないし。でもそんなに見ないでね、目が腫れてるし。ナチュラルメイクだし」
「いや、可愛いよ」
頬を両手に挟まれて、アシュバーンの顔がアップになる。
優しそうな笑みが広がった。
「いつもそんなだと誤解されるよ、アシュ」
「……いつもこんなわけねーだろが」
私の前だと、いつもこんな感じなのだけど違うのか。
深いため息をついて、アシュバーンは私から手を離す。
「渡すもの渡さないとな。まずはこれ、転移魔法石のネックレス。リコの目の色に合わせて金にした」
「これ、昨日の夜に作ったの?」
「ああ。石の中の術式に反応して飛べるのは、オレとエレオノーレだけだ」
親友たちだけの、転移装置。
三個作ったのだから、アシュバーンは昨晩寝れてないはずだ。
「ありがとう……早く安心して遊びにこれるようにするからね」
「いいからゴロゴロしてろ。諜報のグリムベルクで一番実働してたのはリコだろ。休みを満喫してろよ」
アシュバーンのバッグから、見慣れた顔が覗いた。
アシュバーンの使い魔の、黒猫のアルだ。
「アルを連れてけ。……ほんとなら使い魔は主人としか話せないのに、何故かリコは喋れるからなぁ」
「いいの?」
「
アルが軽やかにジャンプして、私の膝に乗った。
カーネリウス家で二体の使い魔を持つのは、アシュバーンだけだ。
『ひさしぶり〜リリスティア』
「そうね……久しぶりね」
膝で甘えてくるアルは、二ヶ月ぶりだろうか。
婚約破棄に備えて、私がバタついてた頃。
アシュバーンに話せば止められると思って、エレオノーレと密談とシュミレーションの繰り返しをしていたあたり。
「今回、どんな言い訳でリコをホーエンシュタイン領に連れてるんだ? ハ……騎士は」
私が口元にペケマークを慌てて出したので、アシュバーンは騎士の名前の寸止めに成功した。
「グリムベルク子爵様のお言いつけ通りとはいえ……目立たないように、エレオノーレお嬢様が『お知り合い』に馬車を貸したと」
「まぁそうなるか……普通は護衛つけるけど、このメンツでリコが負けるわけないし」
そりゃあ、散々諜報時代は集団の無力化と意識を奪うくらいはやってのけてきたけど、これからの私は違うんですからね。
「じゃ、変装魔法を掛けといてやる。魔法が溶ける一ヶ月以内にはオレもさすがに会えてるだろうからな」
頭上から、アシュバーンの魔力が流れてくる。
私が変装術でもっと外見を変えられればいいんだけど。顔面は化粧でともかくとして、この深紅の髪はなかなか暗い色に染まらない。
まぁ、とメイドさんが声をあげる。
「綺麗な茶色の髪に、ヒマワリのような瞳!」
アシュバーンの方を見ると、満足そうに頷いていた。
「まぁ、オレは元の方が綺麗だと思うけどな?とりあえずリコは髪色を知られてるから少し地味にしただけ」
「ありがとうアシュ」
私の名前は、髪色のせいでリコリス令嬢と知られてる。
これで地味になれば、あのリコリス令嬢だとは思われないで済む。
「ゆっくりしてこい、リコ。イグゼルとのことが……早く思い出になって褪せるように。我慢してきたことをたくさん楽しんでこい。グリムベルクの家のことはちょっとでも忘れて……な?」
親友に嘘は付けない。
まだ、心の傷は火傷のようにうずくけど。
次に会ったときは、こんな泣き腫らした顔じゃないことを願う。
私の頭を撫でたアシュバーンは、お茶を一杯飲むと、また馬に乗って戻っていった。
……忙しいのに悪いことをしたなぁ。
それでも、私には親友たちがいる。
もっと前向きにならなくちゃ。