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第5話 移動するリコリス令嬢

 アシュバーンの使い魔、黒猫のアルを新たにお供に連れて、八日目の移動中になる。 

  ホーエンシュタイン家の騎士たちが付いているので、安宿には泊まらず高めの宿。それなりに出費が痛い。 


  馬車の移動中は足腰が痛いけれど、夜は宿に移ってから夜陰に紛れて薬草などを取りに行って運動不足を解消していた。 

 暗闇には仕事で慣れているし、気配も消せる。多少動物が出てきたところで、わざわざ倒すこともない。 


  それに諜報実行部隊のグリムベルクの精鋭は、皆アイテムボックスを持っている。

   大きさは個人によるけど、書類や地図などを奪ったりする際に、どんな拷問を受けても荷物は隠し通せるこの能力。私は当然ある。 

 今は、とった薬草や着替えやお金なんかをしまってあるけど。  

先天的にこの能力を持つ人もいるけど、小さなアイテムボックスくらいなら、血反吐を吐くレベルの努力をすれば手に入るのだ。 


 ……化粧水以外にも何か作ろうかなぁ。  日焼け止め入りの下地とか?美容液なんかもいいかもしれない。


  自分用には作って使っていたけれど。

まだ十七歳のリリスティアの肌では、効果があるのかはっきり分からない。 

 エレオノーレは取り巻きを懐柔するのに使っていたけれど、どの辺まで需要があるのかは聞いてなかった。


「着きましたよ、ホーエンシュタイン領です!これからゲストハウスに向かいますね」 


  変装魔法もかかっていることだし、窓から顔を出してみる。

   王都とは違う喧騒、香りも違う。

  私の訓練された目が、耳の形が違う人やしっぽを隠しきれていない獣人族などの姿を捉えた。 


 隣のユグノス帝国は、亜人国家だ。エルフにドワーフ、獣人など様々な種族が住んでいる。 

   イシュトリナ王国はその辺り、差別主義だが武力――というより全体的に種族間の寿命が違うせいで、ユグノス帝国のことを見て見ぬふりをしている。 


  むしろ、ユグノス帝国が本気を出したらイシュトリナ王国は勝てない。向こうが何もしてこないのに甘んじているだけ。

「ホーエンシュタイン領は、豊かね」

『賑やかだね〜』


黒猫のアルがのんびりと膝で相槌を打つ。

長時間一緒に座っているけど、人間の私と違って猫のアルにはそう苦痛じゃないみたい。

この領地の活気が気持ちいい。


   エレオノーレが差別主義とは思えないし、領地が賑わっているのはホーエンシュタイン侯爵家の意向が、種族を受け入れているから。

   私としても、いかにも魔法の異世界という感じで、こういう風景のほうが楽しみがある。


「こちらがゲストハウスです」 

 赤レンガに、茶色の配色が瀟洒な建物の前で止まった。  

前世なら大きめのアパート一棟並だ。

 高さがあるからそれを越えるかもしれない。 

  これが、私の一人暮らし用の家。  

 広すぎるーーーーー!


「お掃除に一日ごと、お食事に毎食ホーエンシュタイン家から使用人を寄越しますので……」

「いえ!食事くらいは自分でやれるわ」 


 さすがにこの広さの掃除は、一人では厳しいけど、食事くらいは。 

 リリスティアとしてはやったことは無いけれど、莉子としては経験がある。  


 ホーエンシュタイン家は、領地管理人を置いているだろうし、社交界嫌いの長男レッドフォード様もたびたび領地に顔を出しているという。 

 外では「幽閉」の私が、ホーエンシュタイン家の使用人にあぐらを書いていたら何様かと思われるだろう。


「掃除もできる限りは頑張るので……!」 


 騎士たちもメイドさんも、疑わしい目で私を見る。 

そりゃそうだよね、普通は貴族の令嬢はやれるとは言わないかも……?


「本当に、お食事をご自分で?」

「やりますやります、安心して」

「掃除人だけは、せめてこちらに担当させて下さいませ」 


  令嬢が床を磨く姿でも想像したのか、冷や汗が止まらない騎士たちに、さすがに頷いた。 

  この後、このメンバーは帰路をとって返しエレオノーレに報告しなきゃならない。あんまり困らせてもダメだ。


   私はここまでの道中の感謝を一人一人に述べて、ゲストハウスの中に足を踏み入れた。

「わぁ……」 

  キッチンは広く、居間も大人数で使える広いテーブルで、椅子も実用的。

   吹き抜けからの螺旋階段を登ると、大きな天窓まであり、顔を出すと街を一望できる。 


  高さとしては三階建てくらいだけど、坂の上だからかな。 

 クローゼットには先に運んでもらっていた私の衣服が仕舞われてある。

 再びキッチンに戻って、魔法具の冷蔵庫を開けると肉や魚がたくさん閉まってあった。 


  まさか、料理を私が断るとは思ってもみなかったんだろう。野菜は当日、料理人が買ってくるつもりのラインナップ。 


 よし、買い物に行こう。

   お嬢様な服装では目立つので、地味な色合いの庶民服に着替えた。使い魔のアルは留守番。まずは私が道を覚えないとね。


  大きな籠を持ち、髪は結い上げて街に出ると、莉子の感覚が蘇ってくる。

   市場は閉まっていたが、昼まえなので仕方ない。明日の朝一番に行ってもいいな、と思いながら商店街をブラブラする。 


  海が近いのもあって、魚が多い。これは刺身もいけるかな?   

  野菜を大量に買い込んでからも、私は好奇心で動き回ってしまう。


「お客さん、これはC級魔石だ。銀貨5枚より高くは出来ないよ」

「そんなはずは――確かにB級魔石なんだけど」


   鑑定買い取りの店で、いさかう声が聞こえた。  ホーエンシュタイン領にも冒険者ギルドがある。持ち込むならそっちのが早いのでは――? 


  道の反対側からは、魚を焼く香ばしい香り。そして醤油の香り。 

 そう、ユグノス帝国には醤油も米も味噌もある。隣接したホーエンシュタイン領は、どちらも手に入りやすいのだ。 

  和食恋しさに、屋台に意識が持っていかれる。


「もう一度、鑑定して貰えないだろうか?」


   ――聞いたことがある声だった。  深みがあって、温もりがあって、穏やかなのに声が通る。

   鑑定解析が私に告げた。

   婚約破棄の日に、私にこの先幸せがあると告げて支えてくれたあの声。

   感情はぐしゃぐしゃで、顔は見ていなかったけど。私の中の鑑定は、同一人物だと。


「あの、ちょっと待ってください」

   思わず、私は声を掛けていた。

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