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第6話 知り合ったリコリス令嬢

 銀糸のような長い髪、青空のようなセレストブルーの瞳。 

  思わず声をかけてしまったけど、王宮でもそうそう見ないレベルの顔面偏差値の持ち主だった。


「その……魔石の鑑定を私がしてみても良いでしょうか?」

「お嬢さんが?」

「鑑定には自信があるほうなんです」


   控えめに言った方だけど、鑑定解析では間違えたことがない。   

 買い取り店の老爺が、分厚くて重たい鑑定鏡を渡そうとしたので、それを断る。

   私が抱えていた買い物籠は、銀髪の人が預かってくれた。 


 アシュバーンがくれた金のブレスレットは庶民姿には相応しくないので、ゲストハウスに置いてきている。

   何も付けてない腕で持ち上げると、軽く覗いた。


   ――鑑定解析。

  アーマードベアの魔石 

等級  Bプラス 

氷結魔法による一撃で取れたもの。


「やはり、Bランク魔石です。冒険者ギルドに行かれたほうが確実ですよ」

「本当かい?」 

  老爺は納得しがたいのか、もう一度鑑定鏡を持ち上げる。  

  かなり古いタイプの鑑定鏡だな……。

 アーマードベアの魔石は濁りやすいから余計なんだよね。 

 でも、私もあまりに細かい情報は怪しまれるので、これ以上鑑定結果を言えなくなった。


「なんだか巻き込んでしまってすまないね」

「いえ……でも冒険者ギルドにいけばトラブルにならないのに、どうしてなんです?」 


 ぐーーーきゅるきゅるきゅる。 

  美青年らしからぬ、大きなお腹の音がして周囲が思わず笑い出す。

   青年は、困ったように微笑んだ。


「実は手持ちのお金がなくてね、魔石買い取って貰えないとそこの屋台で買い物できなくて。今すぐ買いたいんだけど、どうやら今にも売り切れになりそうで。冒険者ギルドに行って戻ったら売り切れてましたは悲しすぎるから」


   思わず私も吹き出していた。 

  何日も笑ったことがない表情筋が、こんなに自然に動くなんて。


「良かったら、私がB級魔石買い取りましょうか?」

「それは……迷惑になるんじゃ」 


  上質な魔石からは、貴重な成分がとれる。あれこれ新しい美容品を作るのに、使えるかもしれない。


「いえ、使い道が私にもあるので。気にしないでください」 

  とはいえ、直接買ったら買い取り店の人が気に触るかな?

「おじさん、私がそれおじさんから銀貨十二枚で買うから、B級魔石として売ってくれませんか?」 


  あくまでも、C級と言い張るなら足りない分は私が払ってもいい。

   私が銀貨を差し出すと、店主はため息をつく。 

  それでも、さすがに周囲の目があったせいか、買い取り店の老爺は銀髪の主に銀貨十枚を渡してくれた。


「ありがとう、助けてくれて。俺の名はジークフリート。気軽にジークと呼んでくれ。もっとも、愛称でヘーカと呼ばれることが多いんだけど」 

 ヘーカ?変わった愛称……。

 陛下みたいで不遜にならないのかな? 

 それでも服装を見るからに、ユグノス帝国の人だ。文化の違いで、愛称にも意味があるのかも。


「私の名前は……」   

  どうしよう。グリムベルクの名前は出せない――あっでも今は庶民服なのよね。


「リリィです!」

「可愛い名前だね」 

  ジークフリートがふわりと笑う。  この人、向こうの世界にいったらファンクラブがすぐにも出来そう。

   親友のアシュバーンとはまた違うベクトルの美形で、旅人のような服装なのに気品がある。


「屋台のお魚、私も食べようかな……」

「是非、一つ奢らせてくれないかな?今回のお礼に」


   今は子爵令嬢じゃない、ただの庶民の女の子。買い食いくらいしても許されるよね?


「では、お言葉に甘えて」

「ご主人、十個くれないか?」 

  十個!? 私が一つだから九個食べるのね……? 

 こんなに細身の人が……。 

 んん?何か違和感がある。ジークフリートと出会ってから何か……。 


 ――鑑定解析が出てきてない?  私の鑑定解析は自由にならない。名前、年齢、職業なんかは一目でわかる。なのに、ジークフリートは、名乗るまで名前が分からなかったし、聞いた今でも名前が表示されない。


「ほら、醤油に気をつけてね」

   ただ、両手に焼きサバ持っている美丈夫しか見えない。 

 ――もしかして、相当高位の魔力の持ち主なのかしら。

   見えないなんて、初めてだった。


「にいちゃん、残り焼けるまで待ってな」

「ええ、待ちます」 


  屋台からやや後ろに、背の高い花壇があって、ジークフリートはそこにハンカチを広げてくれた。


「リリィ、さぁ座って」

「ありがとうございます」 


  あとで、新しいのを返そうかな。

   自分のハンカチは垂れてくる醤油を押さえるのに使い、ジークフリートは無邪気に私の隣に座る。 

 ――ミシミシ。  何かこするような音がしたけど、どこから聞こえるんだろう。


「いただきます」

「召し上がれ」 


  ジークフリートの笑顔だと、フルコースが出てくるような気がするけど、焼きサバに醤油ダレがぬられた屋台飯だ。 

 よく串に刺さっていたものだと感心する柔らかさ。生臭さやえぐみもなく、魚の脂がこってりとして美味しい。


   とろりと口の中でほどける魚の身が、二本の串を使っていても傾いてくる。

「あっこれなら……」

   私は思わず、バランスをとりながら籠から食パンを取り出した。

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