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第7話 餌付けするリコリス令嬢

「どうしたんだい?リリィ」

「ちょっと待ってくださいね」 


カットしてもらっていて良かった。

食パンを一枚出して、そこに焼きサバを置く。レタスは――洗わなきゃ。


水を貰いたいけど、立ち上がれない。馬鹿だなぁ、私……。

モタモタしていると、ジークフリートが察してくれた。


「レタス、洗いたいのかな?」

「そうなんです……水を貰ってきてもらえますか?」

「いいけど、もっと早い手がある」


にこにこして、ジークフリートがレタスを受け取ると、花壇に向かって弱い水を降らす。

――ミシミシ。

この音はさっきからなんだろう……。


「はい、洗えたよ」

「ありがとうございます」


アーマードベアのトドメは氷魔法だったし、ジークフリートは水系が得意なのかな。

綺麗になったレタスを二枚ほど剥くと、パンと焼きサバの上に置く。


籠から更にマヨネーズの瓶を出すと、レタスの上に少しこぼした。

あとは、アイテムボックスの中に自作のホットサンドメーカーがあるんだけどなぁ。出したら少し目立つかもしれない。


「サンドイッチかな?」


尋ねてきたジークフリートはもう二本の焼きサバを食べ終えていた。

あとの七本は、まだ屋台でじっくり焼かれている。


誰にも見とがめられない速度で、私は太ももから小型ナイフを抜き取った。

マヨネーズをパンの内側にナイフで広げて、食パンで閉じる。マヨネーズを拭き取ったナイフで、焼きサバを挟んだサンドを半分にカットした。


食べかけた断面がどちらかは把握しているので、そちら側じゃない方をジークフリートに勧めた。


「良かったらどうぞ、召し上がってください。食べかけはこちらが取りましたので」

「良いのかい?」

「ジークが嫌じゃなきゃ、どうぞ」


返事をするように、ジークフリートのお腹がまた鳴った。どっと笑いがおこる。

屋台の主人が「もう少し待っててくれよ」と声をかけるも、腹の虫は止まらない。


――今だ。

籠から出すように――ジークフリートのマントに隠れてホットサンドメーカーを取り出した。


「おいしい、醤油だれがこんなにマヨネーズと合うなんて」


甘さを足せばテリヤキソースなわけで。好きな人は多いよね、テリヤキソース。

ジークフリートの何が凄いって、とても美味しそうに食べるところ。


笑顔でサンドを咀嚼する姿に、通りすがりが「それどこで売ってるんだい?」と聞く始末。

それくらい、幸せそうな笑顔で食べている。見ている人は釣られて微笑んでいるくらいだ。

屋台の人が、皿にまとめて焼いたサバを持ってきたので、ジークフリートに聞いてみた。


「もう一つアレンジしたサバ食べてみます?」

「まだあるの?」

「トマトやチーズは大丈夫です?」

「なんでも大好きだよ」


きらきらお目めが凄い。

パンを出して、マヨネーズを塗ると完熟トマトを空中でスライスする。

程よくトマトを置いて、レタスと焼きサバを乗せると、籠から出したスライスチーズを乗せて挟む。


それをホットサンドメーカーにセットして、サバを焼いている屋台の熱を許可を貰ってじんわりと焼いた。


「お嬢さん、それはなんだね?」

「パンに挟んで焼くんです。おいしいですよ」

「どうだろ、最後のサバでこれ作ってもらえねぇかな。代金は出すから」

「いいですよ。簡単なので」


ホットサンドにおいて、焼きすぎはダメだ。今回の具材では、チーズさえ溶ければオッケーだし、できればトマトは生のおいしさを出したい。

ホットサンドメーカーを開けると、焼き加減絶妙なパンの匂いがして、ジークフリートの食べっぷりに足が止まっていた人達がおおっと騒ぐ。


……ええと、知らない間に人目が集まってる?


「熱いですからね、気をつけて」


日本だとアルミホイルの出番なんだけど、さすがにここには無い。

食べやすいように、半分にカットするとチーズがとろりと溶け出てきた。


「美味しそうだね、いただきます」


あまり熱がらずに、ジークフリートは、はふはふとトマトと焼きサバとチーズのホットサンドに食いついた。

「うまーい」


良かった、口にあったみたい。


「チーズとサバがこんなに合うなんて!トマトであっさりするのに、チーズのコクとサバの脂でボリュームが出るね。パンもサクサクになって、断然食べがいがある」


屋台の人が私を呼んだので、出来上がった焼きサバをもう一度、ホットサンドメーカーで同じように作る。


他の人も、期待に満ちた目を向けてきたけど、もうパンがない。

そもそも買いすぎたかな?という一斤の食パンはこうして消えてしまった。


「お嬢さん、そのホットサンドメーカーとやらを売ってくれないか?」


え?売る……?

それは考えても見なかった。作りは簡単だから鍛冶屋さんならすぐ作れるだろうけど。


「まぁまぁおちついて」


残りの焼きサバを凄い勢いで食べながら、ジークフリートが立ち上がる。

その手が私の肩に触れる寸前。


――パリン


アシュバーンが掛けてくれた、変装魔法が音を立てて砕け散り、私の深紅の髪が露わになった。

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