それから一週間が過ぎた・・・ゾルガは毎日ギルドで冒険者たちと接し、少しずつだが関係が改善されてきていた
ガレスも最初の警戒心を解き、時々ゾルガに相談を持ちかけるようになっていた
ある朝、モノが重要な発表をした
「みんな、聞いてくれ!」
モノが大広間で声を上げた
「ギルドの業務拡大に伴って、新しい受付嬢を雇うことになったぜ!」
冒険者たちから歓声が上がった
「それで・・・」
エリナが続けた
「その教育係を、ゾルガさんにお願いしたいと思っています」
「私が教育係を?」
ゾルガは驚いた
「ああ」
モノが頷いた
「君の受付嬢としての経験と、異種族との関係構築能力を買ってのことだ」
「光栄です」
ゾルガは嬉しそうに答えた
「でも、何人ぐらいの方を?」
「三人だ」
エリナが微笑んだ
「実は、もうギルドに来てもらってるんです」
そう言うと、エリナは事務所の方を指差した
そこから三人の若い女性が緊張した面持ちで出てきた
最初に現れたのは、オーク族の女の子だった・・・緑の肌に小さな牙、短い茶髪をツインテールにしている・・・背は低めで、どこか可愛らしい印象だった
「あ、あの・・・初めまして!」
彼女は少し慌てたように挨拶した
「オルリアです!よろしく・・・あ、つまずいた!」
そう言いながら、彼女は何もない平らな床で転びそうになった
慌てて体勢を立て直すが、その拍子に持っていた書類を落としてしまった
「あー!ごめんなさい!」
「オルリア!」
マリアが慌てて駆け寄った
「大丈夫?」
「お姉ちゃん・・・恥ずかしい」
オルリアは真っ赤になった
「マリアの妹さんなのね」
ゾルガは微笑みながら書類を拾い上げた
「大丈夫よ、最初は誰でも緊張するものよ」
二人目は人間の女性だった・・・栗色の髪をきちんと編み込み、姿勢も良く、礼儀正しい印象だった
「初めまして、セシリア・ロックハートと申します」
彼女は完璧な作法で挨拶した
「至らない点もあるかと思いますが、精一杯努力いたします」
「ガレスの娘か!」
ザックが驚いた
「父がいつもお世話になっております」
セシリアは丁寧に頭を下げた
そして、転んだオルリアの荷物を素早く整理し始めた
「ありがとう、セシリア」
オルリアが感謝した
三人目は、ドラゴニュート族の女の子だった・・・黒い鱗の肌に銀色の髪、赤い瞳を持っている・・・背は高く、すらりとした体型だった
静かに歩いてきて、無駄のない動作で挨拶した
「ルナリア・ブラッドファングです」
彼女の声は静かで落ち着いていた
「よろしくお願いします」
「ブラッドファング・・・まさか?」
レオンが驚いた
ドラコが険しい表情で立ち上がった
「ルナリア・・・なぜここに」
「叔父様」
ルナリアは静かにドラコを見つめた
「私は働きたいんです」
「働く?お前はまだ若すぎる」
ドラコの声には動揺が見えた
「18歳です、十分に大人よ」
ルナリアは毅然として答えた
ゾルガは三人を見回した・・・個性豊かな新人たちだが、それぞれに背景がありそうだった
「皆さん、よろしくお願いします」
ゾルガは温かく微笑んだ
「私もまだまだ勉強中の身ですが、一緒に頑張りましょう」
「はい!」
オルリアが元気よく答えた
その拍子にまたふらついたが、セシリアが支えた
「よろしくお願いいたします」
セシリアが丁寧に言った
「・・・お願いします」
ルナリアも静かに頭を下げた
モノが手を叩いた
「よし、じゃあ早速研修を始めてもらおう・・・ゾルガ、頼んだぜ」
「はい!!!」
ゾルガは三人を見た
「まずは受付の基本から始めましょう。今日は見学から始めて、明日から実際の業務に入りましょう」
ドラコは複雑な表情でルナリアを見つめていた・・・姪が人間と一緒に働くことへの複雑な感情が見て取れた
・・・・・
受付カウンターで、ゾルガは三人に基本的な業務を説明していた
「受付嬢の仕事は、ただ依頼を受けることだけではありません」
ゾルガは丁寧に説明した
「冒険者の皆さんの安全を守り、適切なアドバイスをすることも大切な役割です」
「具体的にはどんなことですか?」
セシリアが質問した
「例えば、新人冒険者には危険すぎる依頼を受けさせないとか、チーム編成のアドバイスをするとか」
「うわあ、難しそう・・・」
オルリアが不安そうに言った
「大丈夫よ」
ゾルガは励ました
「最初は私がついていますから」
その時、一人の冒険者が受付にやってきた・・・人間の若い剣士だった
「すみません、依頼の報告です」
「はい、どうぞ」
ゾルガが応対した
「まずオルリア、あなたが対応してみて」
「え、えーっと・・・」
オルリアは慌てながら前に出た
「お、お疲れ様です!依頼の報告ですね!」
冒険者は苦笑いした
「ええ、森の魔獣駆除の件です」
「魔獣駆除・・・えーっと・・・」
オルリアは書類を探し始めたが、慌てすぎて書類を床に落としてしまった
「あー!ごめんなさい!」
セシリアが素早く書類を拾い上げ、整理した
「森の魔獣駆除でしたら、こちらですね」
セシリアが冷静に対応した
「成果はいかがでしたか?」
「おお、助かる」
冒険者は安堵した
「無事に討伐完了です、魔獣は5匹でした」
ルナリアが静かに口を開いた
「報酬は規定通り銀貨20枚と、魔獣の素材買取分として銀貨8枚です」
「え?」
冒険者が驚いた
「よく覚えてるね」
「事前に資料を読んできました」
ルナリアは静かに答えた
ゾルガは感心した
「素晴らしいわ、三人ともそれぞれの良さがあるのね」
その後も研修は続いた
オルリアはミスは多いが、冒険者に対して人懐っこく接することで好感を持たれていた
セシリアは几帳面で正確な対応ができた
ルナリアは冷静で、複雑な計算も瞬時にこなした
昼休憩の時間、三人はギルドの食堂で一緒に昼食を取っていた
「ルナリアちゃんってすごいのね」
オルリアが感嘆した
「私なんて、計算間違いばっかりで」
「あなたは冒険者の皆さんに愛されてるじゃない」
セシリアがフォローした
「それも大切な才能よ」
「本当?」
オルリアの目が輝いた
「ええ」
ルナリアも静かに同意した
「受付に親しみやすさは重要だと思います」
その時、ドラコが食堂に入ってきた
ルナリアを見つけると、彼女のテーブルに近づいてきた
「ルナリア、少し話がある」
「叔父様・・・」
ルナリアは立ち上がった
「なぜこんなところで働く必要がある?」
ドラコの声は低く、怒りを含んでいた
「お前は魔物の名門の血を引いているんだぞ」
「だからこそです」
ルナリアは静かに答えた
「母が生前に言っていました。『力ある者は、その力を人々のために使うべきだ』と」
ドラコの表情が変わった
「セレナ姉さんの話を持ち出すな」
「母は間違っていませんでした」
ルナリアは毅然として言った
「母は人間も魔物も分け隔てなく助けていた、私はそれを誇りに思っています」
「その結果がどうなった?」
ドラコの声が震えた
「姉さんは人間に利用され、裏切られ、命を落としたんだぞ!!!」
周囲の人々が注目し始めた
オルリアとセシリアは困惑していた
「母は後悔していませんでした」
ルナリアは涙を浮かべながらも言った
「最期まで、人と魔物が共に生きる世界を信じていた」
「綺麗事を・・・」
ドラコは拳を握りしめた
その時、ゾルガが近づいてきた
「すみません、お二人とも・・・お昼休憩の時間ですから、穏やかにお過ごしいただけませんか?」
ドラコはゾルガを睨んだ
「お前に関係ない」
「関係あります」
ゾルガは穏やかに答えた
「ルナリアは私の部下になったのですから」
「部下だと?」
ドラコの怒りが頂点に達した
「俺の姪を人間の手先にするつもりか?」
「違います」
ゾルガは静かに言った
「彼女自身の意志を尊重したいだけです」
ドラコは何かを言いかけたが、ルナリアが口を開いた
「叔父様、お願いです、私に母と同じ道を歩ませてください」
ドラコは震える拳を見つめ、しばらく沈黙した・・・そして、何も言わずに食堂を出て行った
ルナリアは座り直し、静かに食事を続けた・・・オルリアとセシリアは心配そうに見守っていた
「大丈夫?」
オルリアが心配そうに聞いた
「ええ」
ルナリアは微笑んだ・・・初めて見せる表情だった
「私は自分の道を歩みます」
ゾルガは彼女の決意を感じ取った・・・この少女を通じて、ドラコの心に変化をもたらすことができるかもしれない
午後の研修では、三人はそれぞれの特徴を活かしながら、着実に成長していた
ルナリアは母の志を継ぎ、種族を超えた架け橋になりたいと語った
その純粋な想いは、きっとドラコの頑なな心をも溶かしていくことだろうと
・・・・・
夕方になり、研修が終わった後、ルナリアはゾルガに近づいてきた
「ゾルガさん、少しお時間をいただけますか?」
「もちろんよ、どうしたの?」
「母のことを、お話ししたいんです」
ルナリアの赤い瞳に決意の光があった
二人は静かな場所に移り、ルナリアが話し始めた
「母の名前はセレナ・ブラッドファングでした・・・叔父様より5歳年上で、とても優しい人でした」
「どんな方だったの?」
ゾルガは優しく聞いた
「母は魔法使いで、治癒魔法が得意でした」
ルナリアは懐かしそうに微笑んだ
「種族に関係なく、困っている人を助けていました、人間の村で疫病が流行った時も、危険を顧みず治療に向かったんです」
「素晴らしい方だったのね」
「ええ、でも・・・」
ルナリアの表情が曇った
「ある人間の貴族に利用されたんです・・・その貴族は母の治癒能力を私物化し、政治的な道具として使おうとしました」
ゾルガは静かに聞いていた
「母は最初、それでも人々を助けられるならと我慢していました・・・でも、その貴族は約束を破り続け、最終的には母を危険な戦場に送り込んだんです」
「戦場に?」
「はい。『敵軍に捕らわれた重要人物を治療しろ』と命じられて・・・でも、それは罠でした。その貴族は、母を敵に売り渡すことで、政治的な取引を成立させたんです」
ゾルガは息を飲んだ
「母は敵軍の捕虜となり、そこでも治療を強いられました。そして・・・力尽きて亡くなったんです、私が8歳の時でした」
「辛い経験だったのね・・・」
ゾルガは同情を込めて言った
「叔父様は母の死を知った時、人間への憎悪に燃え上がりました」
ルナリアは続けた
「『人間は魔物を利用するだけだ』『絶対に信用してはならない』と・・・だから、純血主義になったんです」
「ドラコさんの気持ちもわかるわ・・・」
ゾルガは理解を示した
「でも・・・」
ルナリアの目が輝いた
「母の最期の言葉を、私は忘れません」
「どんな言葉?」
「『恨んではいけない、私が助けた人々の中には、心から感謝してくれた人もたくさんいた・・・一部の悪い人間のせいで、全ての人間を憎んではいけない』と」
ゾルガは感動した
「『いつか、人と魔物が本当に理解し合える日が来る・・・その時まで、諦めずに橋渡しをする人が必要だ・・・ルナリア、あなたがその一人になってほしい』と言ったんです」
「だから、あなたはここで働こうと?」
「はい」
ルナリアは頷いた
「母の遺志を継ぎたいんです。そして、叔父様の心の傷も癒したい」
その時、食堂の入り口にドラコの姿があった
彼は二人の会話を聞いていたようだった
「叔父様・・・」
ルナリアが気づいた
ドラコは複雑な表情で近づいてきた
「セレナ姉さんは・・・最期まで人間を恨まなかったのか?」
「ええ」
ルナリアは確信を持って答えた
「母は言っていました。『恨みは何も生まない、愛だけが世界を変える』と」
ドラコの目に涙が浮かんだ
「俺は・・・俺は姉さんの死を無駄にしたくなくて、人間を憎み続けてきた・・・それが姉さんを弔うことだと思っていた」
「叔父様」
ルナリアは優しく言った
「母が本当に望んでいたのは、憎しみではなく理解です」
ドラコは膝をつき、ルナリアの手を取った
「すまない・・・俺は間違っていた、お前の母さんは、俺よりもずっと強く、優しい人だった」
「叔父様・・・」
「好きにしろ、ルナリア」
ドラコは立ち上がった
「お前が姉さんの道を歩みたいなら、俺は邪魔しない」
そう言うと、ドラコはゆっくりと立ち去った・・・その背中は、少し軽やかに見えた
ゾルガはルナリアの手を握った
「あなたの母上は素晴らしい方だったのね、その志を継ぐあなたを、私は全力で支えるわ」
「ありがとうございます」
ルナリアは涙を拭った
「明日からも、よろしくお願いします」
こうして、新しい受付嬢たちの研修は続いていく
特にルナリアの存在は、ギルド全体に新しい風をもたらしそうだった
ドラコの心に小さな変化が生まれたことで、ギルドの統合への道筋も見えてきた
ゾルガは確信した・・・時間はかかるかもしれないが、きっと全ての冒険者が協力し合える日が来る
そのために、彼女は受付嬢として、教育係として全力で取り組むつもりだ