それから一ヶ月が過ぎた・・・『永劫の迷宮』の攻略は着実に進んでいた。各パーティーが協力し合い、ダンジョンの地図作成や強力なモンスターの生態調査が進められていた
ギルドの大広間には、巨大な地図が掲げられていた
ダンジョンは予想以上に複雑で、地下20階層まで確認されていたが、まだ底は見えていなかった
「今週の成果報告をします」
エリナが冒険者たちの前で発表していた
「まず、ガレス隊ですが、第12階層の西エリアを完全制覇しました」
「おお!」
冒険者たちから歓声が上がった
ガレスは誇らしげに胸を張った
「俺たちのチームワークの勝利だ」
「続いて、マリア隊は第11階層でレアな魔法石を大量に発見しました」
「やったー!」
オルリアが姉を見て嬉しそうに手を振った
マリアも満足そうに頷いた
「魔物特有の嗅覚が役に立ったな」
「そして、ドラコ隊は第15階層まで到達し、新種のドラゴンの生態を調査しました」
ドラコは無表情のまま頷いた
彼の「純血の牙」は確かに実力があった
しかし、ゾルガは最近の変化に気づいていた
ガレスとマリアは以前よりも協力的になり、時には情報交換もしていたが、ドラコだけは相変わらず他のパーティーとの接触を避けていた
研修中のルナリア、オルリア、セシリアたちも順調に成長していた
特に、三人は互いの欠点を補い合う良いチームになっていた
「ルナリアちゃん、この計算間違ってない?」
オルリアが心配そうに聞いた
「確認してみますね」
ルナリアが冷静に検算した
「あ、本当ですね。ありがとう、オルリア」
「セシリアちゃんも、いつもフォローしてくれてありがとう」
オルリアが感謝した
「当然のことよ」
セシリアが微笑んだ
「私たちはチームですもの」
そんな平和な日々が続いていたある日の夕方、ギルドに緊急事態が発生した
「助けてくれ!」
ギルドの扉が勢いよく開かれ、血まみれの冒険者が飛び込んできた
ドラコのパーティメンバーの一人、ガーゴイル族のゴルゴだった
「ゴルゴ!何があった!?」
ドラコが駆け寄った
「ドラコ・・・すまない」
ゴルゴは息も絶え絶えに言った
「第20階層で・・・巨大なヒュドラに襲われた!!!グリフォンのハルクが・・・重傷で意識不明だ」
「何だと!?」
ドラコの表情が険しくなった
「他の冒険者たちが助けてくれて、何とかダンジョンから脱出できた、ハルクは今、街の病院に運ばれてる」
モノとエリナが慌てて駆けつけた
「大丈夫か、ゴルゴ!」
モノが心配そうに言った
「治療魔法をかけますね」
エリナが光の魔法でゴルゴの傷を癒し始めた
ドラコは拳を握りしめていた
「ヒュドラめ・・・許さん」
「ドラコ、落ち着け」
レオンが声をかけた
「落ち着けだと?」
ドラコが振り向いた
「仲間が重傷を負わされたんだぞ!」
「気持ちはわかるが、今は冷静に・・・」
「うるさい!」
ドラコが怒鳴った
「俺は必ずあのヒュドラを倒す!仲間の仇を取る!」
そう言うと、ドラコは武器を取りに向かった
「待てよ、ドラコ!」
ガレスが立ち上がった
「一人で行くつもりか?」
「当然だ」
ドラコが振り返った
「俺の問題だ」
「馬鹿言うな!」
マリアも立ち上がった
「ヒュドラは第20階層の主級モンスター!!!一人で倒せる相手じゃない」
「黙れ」
ドラコが冷たく言った
「お前たちに頼む気はない」
「頼む頼まないの問題じゃないだろ!」
ガレスが怒った
「同じギルドの仲間として、放っておけるか!」
「仲間?」
ドラコが嘲笑った
「お前たちは人間だ、俺たち魔物の仲間ではない」
「何だと!?」
ガレスが剣の柄に手をかけた
「やめなさい!」
マリアがガレスを止めた
「でも、ドラコ!あなただって一人じゃ死ぬだけよ!」
「結構だ」
ドラコが言い放った
「俺が死のうが生きようが、お前たちには関係ない」
ガレスとドラコが睨み合い、一触即発の雰囲気になった・・・その時、ルナリアが二人の間に割って入った
「やめてください!!!」
ルナリアの静かな声が響いた
「ルナリア、下がってろ」
ドラコが命じた
「いえ」
ルナリアは毅然として言った
「叔父様、母なら何と言うでしょうか?」
「何?」
「母は言っていました。『一人の力には限界がある、でも、心を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる』と」
ドラコの表情が動揺した
「それとこれとは違う」
「同じです」
ルナリアは続けた
「ハルクさんを助けるためにも、叔父様の安全のためにも、皆さんの協力が必要です」
「俺は・・・」
ドラコが言いかけた時、オルリアが前に出た
「「ドラコさん!」」
オルリアが大きな声で言った
「「私、お姉ちゃんが危険な目に遭ったら、絶対に一人じゃ行かせない!」」
「オルリア・・・」
マリアが妹を見つめた
「だって、大切な人を失うのは嫌だもん!」
オルリアの目に涙が浮かんだ
「お姉ちゃんも、ドラコさんも、みんな大切な仲間なんだから!」
セシリアも前に出た
「私も父と同じ思いです」
セシリアが落ち着いた声で言った
「『強さとは、一人で戦うことではなく、仲間と共に戦うこと』だと」
ドラコは三人の新人受付嬢を見回した・・・純粋な瞳で見つめられ、言葉が出なかった
その時、ゾルガとレオンが近づいてきた
「ドラコさん・・・」
ゾルガが穏やかに言った
「私たちも最初は種族の違いで悩みました・・・でも、心を開いて協力することで、今があります」
「君の気持ちはよくわかる」
レオンも言った
「でも、仲間を失いたくないのは、皆同じ気持ちなんだ」
ドラコは長い間沈黙していた・・・周囲の全員が彼の答えを待っていた
そして、ついに彼は深いため息をついた
「・・・クソッ」
ドラコが毒づいた
「どうなっても知らんぞ」
「それは・・・」
ガレスが希望を込めて聞いた
「ああ」
ドラコが渋々頷いた
「貸しを作ることになるが・・・お前たちの助太刀を受けてやる」
「よし!」
ガレスが拳を振り上げた
「決まりね!」
マリアも嬉しそうに言った
ルナリア、オルリア、セシリアは安堵の表情を見せた
モノが手を叩いた
「よし、じゃあ作戦会議だ!第20階層のヒュドラ討伐、みんなで力を合わせるぞ!」
・・・・・
翌朝、討伐チームは永劫の迷宮の入り口に集まっていた
ドラコ、ガレス、マリア、そして各々のパーティメンバーたち
総勢15人の大部隊だった
「みんな、準備はいいか?」
ガレスが確認した
「いつでも行けるぜ」
マリアが斧を担いだ
ドラコは黙って頷いた・・・まだ完全に心を開いたわけではないが、協力する意志は見せていた
ゾルガたち受付嬢チームも見送りに来ていた
「気をつけてください」
ゾルガが心配そうに言った
「必ず全員で帰ってきてくださいね」
ルナリアが叔父を見つめた
「心配するな」
ドラコが珍しく優しい声で答えた
「俺は約束を破らない」
「頑張って!」
オルリアとセシリアも声援を送った
チームはダンジョンの中へと消えていった
種族を超えた協力の第一歩が、ついに踏み出されたのだった
この戦いが、ギルドの未来を決めることになる
果たして、彼らは巨大なヒュドラを倒し、真の仲間として絆を深めることができるのだろうか
ゾルガは祈るような気持ちで、彼らの帰りを待った
新人受付嬢たちの純粋な想いが、ついにドラコの心を動かしたのだ
きっと良い結果が待っているはずだった
・・・・・
永劫の迷宮第20階層
巨大なヒュドラ・・・九つの頭を持つ巨大な怪物は、洞窟の奥で不気味に蠢いていた
「作戦通りに行くぞ」
ガレスが小声で指示した
「マリア隊が右翼から、俺の隊が左翼から挟み撃ち、ドラコ隊は正面から陽動だ」
「わかった」
マリアが頷いた
「でも、無理はするなよ、ドラコ」
「心配するな」
ドラコが冷静に答えた
「俺は死ぬつもりはない」
15人の冒険者たちが息を潜めて配置についた
これまで対立していた三つのグループが、初めて本格的に協力する瞬間だった
「行くぞ!」
ガレスの合図で、戦闘が始まった
ドラコが正面から突撃し、ヒュドラの注意を引いた
九つの頭が一斉にドラコに向けられる
「来い、化け物!」
ドラコが挑発した
ヒュドラの頭の一つが毒のブレスを吐いた
ドラコは素早く回避し、反撃の爪攻撃を仕掛けた
その隙に、ガレス隊が左翼から攻撃を開始した
「今だ!」
ガレスが剣で斬りかかり、他のメンバーも続いた
右翼からはマリア隊が魔法攻撃を仕掛けた
「炎の矢!」
人間の魔法使いが火炎弾を放つ
「氷の槍!」
魔物の術師が氷の魔法で追撃した
ヒュドラは混乱し、九つの頭をそれぞれ別の方向に向けて応戦した
しかし、三方向からの攻撃に対処しきれず、徐々に劣勢に追い込まれていく
「連携が完璧だ!」
ガレスが感嘆した
「やるじゃないか、人間ども」
ドラコも認めるように言った
戦闘は一時間に及んだ、疲労が蓄積する中、ヒュドラも弱ってきた
頭の一つが既に機能を停止し、動きも鈍くなっている
「今がチャンスだ!」
マリアが叫んだ
「中央の頭を狙え!」
全員が一斉に中央の頭に攻撃を集中させた
魔法、矢、剣、斧、あらゆる攻撃がヒュドラの中枢に降り注ぐ
そして最後に、ドラコが大きく跳躍し、渾身の爪攻撃でヒュドラの中央の頭を貫いた
「これで終わりだ!」
ヒュドラは大きな悲鳴を上げて倒れた・・・巨大な体が地響きを立てて崩れ落ちる
「やったぞ!」
「勝利だ!」
「誰も死ななかった!」
冒険者たちから歓声が上がった
完璧な連携により、誰一人として命を落とすことなく、強大な敵を倒したのだった
ドラコは疲れ果てていたが、仲間への報復を果たした満足感に浸っていた
「これで・・・ハルクの仇を取れた」
「よくやったな、ドラコ」
ガレスが肩を叩いた
「あなたも」
マリアが微笑んだ
「一人では絶対に無理だった」
ドラコは複雑な表情を見せた
確かに、人間との協力なしには成し遂げられなかった勝利だった
心の奥で、人間への憎しみが少しずつ薄れていくのを感じていた
・・・・・
その頃、ハーモニーヘイブンの病院では、ルナリアがハルクの治療に専念していた
「ルナリア、無理をしすぎよ」
病院の看護師が心配した
「もう6時間も治癒魔法を続けているじゃない」
「大丈夫です」
ルナリアは疲労で青白い顔をしながらも答えた
「母の魔法を受け継いでいます、必ず治します」
ハルクは重傷で、内臓にも深刻な損傷があった
通常の治療では命に関わる状態だったが、ルナリアの高度な治癒魔法により、徐々に回復していた
「君の母上も、こうして人を助けていたのかい?」
意識を取り戻したハルクが弱々しく聞いた
「ええ」
ルナリアは優しく微笑んだ
「母は言っていました。『魔法は人を傷つけるためではなく、癒すためにある』と」
「素晴らしい方だったんだな・・・」
ハルクは感謝の涙を流した
「ありがとう、ルナリア」
治療が完了した時、ルナリアは力尽きてハルクのベッドサイドの椅子で眠ってしまった
長時間の治癒魔法は彼女の体力を大幅に消耗させていた
・・・・・
ヒュドラ討伐から戻ったドラコは、急いで病院に向かった
仲間に勝利の報告をするためだった
「ハルク、俺たちは・・・」
病室に入ったドラコは、言葉を失った
ハルクは完全に回復しており、穏やかに眠っていた
そして、そのベッドサイドで疲れ果てて眠っているルナリアの姿があった
「これは・・・」
丁度、ハルクの様子を見に来た医師が小声で説明した
「ルナリアさんが長時間かけて治療してくださったんです、本当に素晴らしい治癒魔法でした」
ドラコは静かにルナリアに近づいた・・・彼女の顔には疲労の色が濃く出ていたが、同時に満足そうな表情も浮かべていた
「やっぱり・・・姉さんの娘だ」
ドラコは小さくつぶやいた
彼はそっと毛布を取り、ルナリアの肩にかけてやった
そして、静かに病室を出て行った
廊下で、ドラコは深く息を吐いた
ルナリアの献身的な行動を見て、彼の心に大きな変化が生まれていた
種族に関係なく、人を助けようとする姿は、確かに亡き姉セレナと同じだった
「俺は・・・間違っていたのかもしれない」
・・・・・
その夜、ギルド「クロスロード」の大広間では盛大な祝勝会が開かれていた
ヒュドラ討伐の成功を祝い、冒険者たちが酒を酌み交わしていた
「乾杯!」
モノが大きな声で音頭を取った
「ヒュドラ討伐成功と、真の協力の始まりに!」
「乾杯!」
全員がジョッキを掲げた
ドラコは隅の席に座っていたが、これまでとは違い、ガレスとマリアと同じテーブルについていた
まだぎこちないが、会話を交わしていた
「あの時の連携攻撃は見事だったな」
ガレスが言った
「そうね」
マリアも同意した
「あなたの囮作戦がなければ、あんなにうまくいかなかった」
「・・・お前たちも悪くなかった」
ドラコが照れたように答えた
「おお、ドラコが素直に認めたぞ!」
ザックが茶化した
「うるさい!!!」
ドラコは顔を赤らめた
その時、病院から戻ったルナリアが広間に入ってきた・・・まだ疲労の色は残っていたが、笑顔を浮かべていた
「お疲れ様でした、皆さん」
ルナリアが挨拶した
「ルナリア!」
オルリアが駆け寄った
「ハルクさんは大丈夫?」
「ええ、完全に回復しました」
ルナリアが答えた
「よくやった」
ドラコが姪を見つめた
「お前は本当に姉さんの娘だ」
「叔父様・・・」
ルナリアは嬉しそうに微笑んだ
ガレスが立ち上がった
「ルナリア、君にも感謝したい、君がいなければ、俺たちの協力もなかった」
「私たちも同感よ」
マリアが続けた
「あなたの言葉が、私たちを一つにしてくれた」
セシリアとオルリアも拍手を送った
「ルナリアちゃん、かっこよかった!」
オルリアが感激した
「本当に立派でした」
セシリアも賞賛した
ゾルガとレオンも近づいてきた
「あなたの母上も誇らしく思っているでしょうね」
ゾルガが温かく言った
「君の勇気が、皆の心を動かしたんだ」
レオンも感謝した
その夜、ギルドには今まで感じたことのない一体感が生まれていた・・・種族を超えた真の協力関係が、ついに築かれたのだった