強さとは何か。
それは勝つことか。圧倒することか。
それとも──立ち上がることか。
本物の強さは、試される時に現れる。
希望が砕かれ、誇りが踏みにじられ、
すべてが終わったかのように思えるその瞬間に、
なおも前を向く心があるなら──それが強さだ。
全国レベルとは、技術だけではない。
精神、信念、そして「折れない意志」が試される舞台。
敗れても、倒れても、
まだ終わりではない。
そこから這い上がる姿にこそ、
未来が宿る。
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ロッカールームの扉が勢いよく開いた。
レオ・イガラシが拍手をしながら入ってきた。その声は白い部屋に雷鳴のように響いた。
「――よくやった、前半!」
全員が呆然と彼を見つめた。
最初に立ち上がったのはエミだった。眉間にしわを寄せ、身体は明らかに緊張していた。
「何考えてるんですか、キャプテン…?」
レオは笑みを浮かべた。まるで、スコアが屈辱的じゃないかのように。
「なんでそんなに暗い顔してるんだ?」
「…見ればわかるでしょ」
エミの声は悔しさで震えていた。
「…ボロボロなんだよ。最初から無理だったんだ、こんな試合…」
レオは腕を組み、チーム全員を見回す。
「本気で、簡単に勝てると思ってたのか? 俺もな、最初は思ってたよ。レギュラー抜きならワンチャンあるって」
空気が重くなった。
ユウジロウはうつむき、ユキはタオルを握り締め、カイはうなだれたまま言葉を発しない。
それでも、レオは一切口調を変えず続けた。
「だが、気づいたんだ――俺たちは、あいつらの『Cチーム』にも届いてない」
その一言が、チーム全体のプライドを直撃した。
言葉にならない沈黙が、室内を支配する。
「――だがな」
レオは声を張った。
「俺がここに来たのは、勝ちに来たからじゃない。俺の“本当の目的”が、分かるか?」
エミが目を細める。
「…現実を見せつけるため、ですか?」
「それも悪くない教育だな」
レオが少しだけ笑った。
「でも違う。お前らは、“教育”だけじゃ終わらせていい存在じゃない」
声のトーンが変わった。より鋭く、熱を帯びていく。
「俺の狙いは――あの自信満々なバケモノ共を“ビビらせる”ことだ。
奴らにプレッシャーをかけて、焦らせて、ベンチを動かさせること。
控えじゃ持たないって思わせる。スター選手を“引きずり出す”んだ!」
「でも… まだそこまでいってない」
ユウジロウが顔を上げて言った。
「そうだ」
レオは頷く。
「だが、まだ45分残ってる。後半で、あいつらに“舐めてたことを後悔させろ”」
レオは身を乗り出して叫んだ。瞳が燃えていた。
「――パンツを濡らすほどに、怖がらせてやれッ!! 分かったかッ!!」
「うおおおおおおっ!!」
選手たちが一斉に雄叫びを上げた。
実況
「さあ、クロイカゲの選手たちがピッチに戻ってきました!
後半、彼らは何を仕掛けてくるのか――」
その時、解説席に一枚の交代表が届く。
「おっと、ここで注目の交代情報が入りました。
クロイカゲ、2枚の交代です。
背番号16番、西村エミが18番・鈴木リンに代わって出場。
さらに、フォワードには背番号9番・円ツクチマが投入。ゴールを決めたアマリ・カイはベンチに下がります!」
場内がざわめく。
「…カイの交代は驚きですね。唯一ゴールを決めた選手なのに、まさかのベンチ。
一体、監督は何を考えているのか…?」
ベンチでは、フクタミ監督が落ち着かない様子でメガネを直していた。
(お、俺は何も… ただキャプテンの指示通りに…)
冷や汗が背中を伝う。
その時、フィールドの反対側では――
ケイスケ・ナカムラが細めた目で相手の動きを見ていた。
「…何を仕掛けてくる気だ、レオ」
ピッチに立ったエミの瞳には、燃えるような闘志が宿っていた。
(点を取ってやる。何があっても…)
――ピィィッ!
主審の笛が空気を切った。
後半戦、開始。
実況
「さあ、後半が始まりました! シブヤF.A.は短いパスで後ろに下げて、攻撃の準備に入ります……しかし!? 中村ケイスケが、なんと二重マークを受けているぞ!」
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回想シーン
ロッカールームにて。
レオ・イガラシが一枚の紙をテーブルに広げると、全員の視線が集まった。
「後半はエミとエンを投入する。フォーメーションは3-4-3に変更だ。ジロウとエミはウイングバックとして動いてもらう」
エミが眉をしかめた。
「ウイングバック……?」
ユウジロウが即答する。
「サイドバックよりも攻撃的なポジションだ」
レオが頷いた。
「その通り。エミ、お前のスピードとフリーランの技術を最大限に活かしたい。開始直後からハイプレスを仕掛ける。ただし――二つ、重要なポイントがある」
「一つ目:相手の右サイドバックはマークしない」
「二つ目:ケイスケにはユウジロウとヒカルの“ダブルマーク”だ」
ユウジロウが目を細める。
「何を狙ってる?」
レオが身を乗り出す。
「前半で右サイドバックのプレーを見ただろう? 簡単な場面で何度もミスしてた。あれは…デビュー戦だな。プレッシャーに弱い」
「つまり、そこを起点に崩す」
ユウジロウが理解し、頷いた。
「その通り。ただし――ケイスケにボールが渡ったら、全てが終わる。奴に触らせるな」
「任せてくれ」
ユウジロウが胸を叩く。
「“悪魔”が触れる暇も与えねえよ、俺が見てる限りな」
「こういう任務、俺の得意分野だ」
ヒカルが冷たい笑みを浮かべる。
レオは目を閉じ、深く息を吸った。
「信じてる。チャンスは一度でいい。必ず来る」
回想終わり
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ケイスケは首を傾け、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「――それだけかよ、レオ。簡単すぎるぞ」
実況
「本田ユキヒロが右サイドにパス! ……カズキが完全にフリーだ! だが……プレッシャーがない。動けない……戸惑っている!」
ミッドフィールドから、ケイスケが声を張り上げる。
「何してんだよ! 早くパスしろ!」
ユキヒロが慌てて手を上げて戻そうとする。
だがその時――
ゆっくりと、だが鋭い足取りで近づく影があった。
エン・ツクチマ。獣のような目で、じわじわと距離を詰める。
「……やめといた方がいいぜ」
刃のような声に、ユキヒロが後退する。
カズキの足元にあったボールが揺れる。
(またミスったら……もう試合に出れないかも。安全に行くしかない!)
ケイスケに向かってパスを出す。
(ナイス判断だ。あとは……)
そう思った瞬間――
ユウジロウが突っ込んできた。
全力で体をぶつけてボールを狩り取ると、前方からヒカルが電光石火のタイミングで割り込む。
(これが……狙いか……!? クソッ…!)
ケイスケの顔が険しく歪む。
ヒカルはすかさず右サイドへスルーパスを放った。
実況
「出たぁ! ヒカルからアベ・リョウへの完璧なスルーパス!」
観客席では、レオが身を乗り出す。
(今だ――!)
黒い影のように、クロイカゲの選手たちが一斉に前線へ走り出す。
「止めろおおおおっ!!」
ケイスケの怒声が響く。
リョウ・アベはサイドを疾走しながら、視界に入る全ての選択肢を分析する。
(…これだ!)
鋭いグラウンダーのクロスがエリアを横切る。
実況
「長い低弾道のクロス! ゴール前を通過するぅ!」
その反対側――
まるでその瞬間を生涯待っていたかのように、エミ・ニシムラが現れた。
(これは…俺のゴールだ!)
振りかぶり、魂ごと撃ち抜くような一撃!
ズドォン!
だが――
「ガチィィン!!」
一本の足が滑り込み、ボールをギリギリで弾き出した。
ケイスケ・ナカムラ。
絶妙なタイミング。完璧なタックル。
まさに、“眠らぬ悪魔”。
「このヤローッ!!」
エミが叫ぶ。
ケイスケはゆっくり立ち上がり、光る眼で告げた。
「――お前らじゃ、通さねぇよ」
観客席では、レオが拳を握りしめる。
(くそっ…それでもなお…速すぎる…!)
サイドラインを越えて、ボールが転がった。
スタジアムには、ため息が広がった。
クロイカゲの選手たちは悔しそうに顔を伏せる。あと一歩だった。
ユウジロウが手を差し出し、エミに声をかけた。
「気にするな。次は決めようぜ」
二人は力強くハイタッチを交わす。
「……うん」
エミは息を荒げながら頷いた。
その頃、センターサークルで、ケイスケは太ももを押さえていた。
(認めるしかないな……あいつ、速いしパワーもある。シュートの衝撃で、脚の感覚が飛んだ)
ゆっくりと立ち上がり――笑みを浮かべた。
「チクショウ……楽しくなってきたな」
実況
「惜しいぃぃっ! クロイカゲ、またしても絶好のチャンスを逃しました! 16番・西村エミの強烈なシュート、しかし中村ケイスケがギリギリでブロック! キャプテンのケイスケ、明らかに疲れの色が見えます… さあ、スローインから再開です!」
サイドラインでボールを手にしたエミが、仲間たちの動きを睨む。密集した守備陣の隙を狙いながら――投げ入れた。
レン・ヤマモトがワンタッチで後方へ戻す。
実況
「クロイカゲ、一度下げてポゼッションをキープ。慎重に組み立てていく構え! 8番・フジモトケントがエミへパス……だが! 二人に囲まれて進めない! ボールを引き戻すしかない!」
タツヤ・サイトウが受け取り、落ち着いたターンを見せる。
(誘導するんだ……俺のリズムで)
その中心で、エミと目が合った――
一瞬の交信。
タツヤがパス体勢に入る。
だが、その前に黒い影が立ちはだかった。
「どこ行くつもりだ?」
ケイスケが空間を塞ぐ。
「……チッ!」
タツヤはすぐに左へターン!
「こっちだ!」
バンドからユキ・タナカが声を上げる。
実況
「ナイス判断! 左サイドへ展開! ユキがオーバーラップを開始! だがコースは狭い……っと、そこへ現れたのは――!」
エン・ツクチマ!
鋭い動きでタツヤとワンツー!
外側を一気に突破!
(よし、このままエリア内に……!)
タツヤも加速する!
実況
「クロイカゲ、再びエリア内に進入! 選手たちがポジションに付く……ユキが顔を上げて、中央へクロスだぁ!」
シブヤの守護神、ヤマグチ・ショウタが前に出る。
(楽勝だ、これは俺のボールだ)
だが――
逆サイドから、風のように飛び込む影。
「――っ!? な、なんでここに!?」
ショウタが叫ぶ。
空中を舞う、エン・ツクチマ。
「――このエリアは、俺のものだ!」
ドンッ!!
全身の力を込めたヘディング!
「いけえええっ!」
ユウジロウが叫ぶ!
ボールはポストに当たって跳ね返る!
そこへ、ロイが飛び込んだ!
「これは俺のボールだ!」
スライディングで折り返す! ボールは再び中央へ!
ショウタが咆哮する。
(今度こそ……弾き返すっ!)
ジャンプして拳を振り上げる!
実況
「ボールはまだ生きている! キーパー・ショウタが飛び出す……が、届かない! 現れたのは――16番・西村エミだっ!!」
「今度こそ決める!!」
魂の叫びと共に、エミがシュートを放つ――!
「エミッ!!」
ユウジロウが背後から叫ぶ!
……その瞬間だった。
バチィン――!!
ショウタの拳が顔面に直撃。
ゴールどころか、弾き飛ばされた。
実況
「な、なんと!! またしても得点ならず!! だが……待ってください! 16番・西村エミが倒れている!!」
ベンチから、レオが身を乗り出す。
「エミィィッ!!」
スタジアムが凍りつく。
実況
「クロイカゲの選手たちが主審を囲んで抗議しています! ファウルだ! PKを要求している!」
ユウジロウが真っ先に詰め寄った。
「目が腐ってんのか!? 明らかに顔面に入っただろ!! PKだろうが、これはぁっ!!」
だが主審は冷静に――イエローカードを掲げた。
「これ以上暴言を吐くなら退場だ」
ユウジロウが歯を食いしばる。
「……クソッッッ……!」
主審が鋭く笛を吹き、ベンチへ手を伸ばす。
「――メディック、ピッチへ!」
すぐにレオが駆け寄った。芝に倒れるエミの鼻からは血が流れていた。
「エミ、大丈夫か!?」
エミはゆっくりと目を開けた。汗と血で顔が濡れている。
「……キャプテン……」
「どうした?」
「……ゴール……入った……?」
レオは目を伏せ、静かに答える。
「……すまない、入ってない」
「……くそっ!」
エミは歯を食いしばり、悔しさをぶつけるように芝を拳で打ちつけた。
主審
「プレーを続けられるか?」
エミはふらつきながらも体を起こす。
「……うん、いける……」
レオが立ち上がり、毅然と言った。
「少しだけ時間をもらえますか」
主審
「了解」
実況
「ここで給水タイムが取られます。クロイカゲの16番・西村エミ、鼻からの出血で一時中断です!」
――その頃、ピッチの反対側では緊張が走っていた。
ケイスケが苛立ちを露わにしながらゴールキーパーに詰め寄る。
「おい、ショウタ! 何やってんだよ!」
ショウタは肩をすくめる。
「何って、止めただけじゃん。結局ゴールになってないんだし」
「バカ言え! あれは完全にPKだった! 審判が見逃しただけだ!」
「落ち着けよ、ケイスケ。ただの練習試合だろ?」
その言葉に反応したのは、シブヤの会長・レオ・サカモトだった。
「まあまあ、ケイスケ。落ち着いて」
ケイスケはショウタの襟を放し、深く息を吐いた。
「……すみません、会長」
レオは微笑んだ。
「大丈夫。どう転ぼうと、勝つのはうちだ」
ケイスケはベンチに向き直る。
「ソラ! 全員に伝えてくれ。スタメンを用意しろ」
「えっ!? ……あ、はいっ!」
その言葉に、レオが目を細める。
「何をするつもりだ?」
「……すみません。でも、この相手には――本気でぶつかる価値があります」
レオは眉を上げ――そしてあっさりと頷く。
「好きにしろ」
その瞬間、ベンチから声が響いた。
「キャプテン、呼ばれるの遅すぎだぜ!」
背番号21、ラファエル・ダ・シルバが、太陽に反射して輝くスパイクを履いて立ち上がった。
ルーカスも身体を伸ばしながら立ち上がる。
「ようやく俺たちの出番か……退屈してたところだ」
他のスタメンたちも一斉にアップを開始する。
実況
「おっとぉぉ!! シブヤF.A、なんと8人同時交代! しかも全員が――正真正銘のスタメンメンバーです!! 全国王者、残り30分で本気を出してきた!!」
その知らせに、クロイカゲのベンチは爆発した。
「よっしゃぁああああ!!」
鼻にガーゼを詰めたままのエミが吠える。
レオは静かに笑った。
「よくやった。だが――ここからが本番だ。最後の一秒まで、戦い抜け」
「うおおおおおおっ!!」
実況
「試合再開です! シブヤF.Aのスタメン11人 vs クロイカゲの原点メンバー11人……空気が張り詰める――!」
――笛が鳴り、ボールが再び転がる。
……
実況
「試合終了! 圧倒的なスコアでシブヤF.Aが勝利! 20対1――だが、今日クロイカゲが見せたものは、数字以上の価値があった」
クロイカゲの選手たちは、芝の上に倒れ込んだ。魂を使い果たした証。
エミ(心の声)
(……ボロボロにされた……本気じゃなかったくせに……)
そのとき、ソラが歩み寄ってきた。柔らかい笑みを浮かべて。
「すごかったよ。君、マジでいい選手だね」
(……え? 冗談……?)
「……ありがとう」
「全国で、また会おうな」
ソラが手を差し出す。エミは力強く握り返した。
「そのときは……絶対、負けない」
「楽しみにしてる」
エミ(心の声)
(未熟だったのは……俺だけだったんだな。あの頃の記憶も……風に溶けて消えていく)
――
ケイスケがレオに歩み寄る。
「すまん、ボロボロにしちまった」
「いや……意外と平気そうだよ」
ケイスケは苦笑いしながら頷いた。
「いいチームだ。全国でどうなるか、楽しみにしてる」
「見てろよ。必ずたどり着く」
「で……お前はどうする? 次は」
「さあな。もしかしたら、決勝までにヨーロッパ遠征するかも」
「いいな、それ……羨ましいぜ」
ケイスケはふと振り返り、再びレオを見る。
「……頼むから、ちゃんと治してくれよ。魔術師が見られない試合なんて、つまんねぇからな」
「そんなに俺が恋しいか?」
「……バカ」
「絶対に戻る。U-19ワールドカップ、逃すつもりはない」
「期待してるぞ……魔術師」
夕日がスタジアムをゆっくりと染めていく中、空気にはまだ緊張感が残っていた。
ラファエル・ダ・シルバはヘアバンドを直しながら、ロイとユウキの前に歩み寄る。唇には挑発的な笑み。
「……意外と悪くないな、日本人」
ロイは片眉を上げた。
「それって褒め言葉でいいのか?」
ラファエルはくすっと笑う。
「たぶんね。お前たち二人は、両サイドでなかなかの力を見せてくれた。でも……まだ俺のレベルじゃない」
ユウキは腕を組み、落ち着いた声で答える。
「すぐに追いついて、追い越してやるよ」
ラファエルは数秒だけ彼らを見つめ――ふっと、心からの笑みを浮かべた。
「……楽しみにしてるぜ、日本人」
――
離れた場所で、ウミは静かに見つめていた。潤んだ瞳のまま、微笑を浮かべる。
ウミ(心の声)
(そんな笑顔……エミ、いつぶりだろう。よかった……本当に、よかった。あの日以来、ずっと……)
少し後ろで、ハルはウミの視線を感じていた。目を細めながら思う。
ハル(心の声)
(その目……放ってはおけない。また閉じこもらせるわけにはいかない)
――
クロイカゲのロッカールームでは、選手たちが疲れた体をベンチに預けながらも、満足げな表情を見せていた。
レオが腕を組み、全員の前に立つ。
「……よくやった」
静まり返った室内。皆が息を飲む。
「でもな、これで満足するな。お前たちはもっと高く行ける。……今日の試合は、全国制覇への第一歩にすぎない」
「はいっ!!」
全員が声を揃えて返事をする。その声には、確かな自信と覚悟が宿っていた。
――
だが、スタジアムの裏通路では、まったく別の空気が流れていた。
レオ・サカモト会長が無言の主審に封筒を渡す。その男は何も言わず立ち去った。
「……よくやった」
レオは冷静に呟く。
だがその瞬間、ケイスケが現れた。鋭い目を向け、言い放つ。
「何してんだよ……あんたが答える番だろ、会長」
レオは驚いた様子も見せずに返す。
「何のことかな、ケイスケ?」
「なんで審判に金渡してる? ……まさか、負けるとでも思ってたのか?」
レオは肩をすくめた。
「いや。でもな、“保険”はあるに越したことはない」
「……ふざけるな」
ケイスケは拳を強く握りしめる。
レオは一歩前に出て、その存在感をぶつける。
「忘れるな。俺はこのクラブの会長だ。お前をクビにすることだってできるんだぞ」
「……やれるもんなら、やってみろよ」
一瞬、張り詰めた沈黙が通路を支配する。
だが、レオは冷たい笑みを浮かべた。
「相変わらず生意気だな、ケイスケ」
肩を軽く叩き、背を向ける。
「これは“大人の世界”の話だ。……ガキには理解できないさ」
そのまま立ち去っていく。
ケイスケはその場に立ち尽くし、天井を睨みつけるように呟いた。
「……くだらねぇ。“大人の世界”だと? その言い訳、何度も聞いたよ……」