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第6章:旅の始まり

夢を追い続けるには、復讐心よりも強い決意が必要な時もある。怒りに駆られて逃げるのは簡単だ。しかし、その怒りが消え去った時…

何が残るだろうか?

真の旅はまさにそこから始まる。心が静まり、自分の仕事への愛だけが残った時、

あなたは自分の道を歩み始めることができる。

今日という日は、昨日の「あなた」に別れを告げ、

明日へと向かう新たな一歩を踏み出すために存在する。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「新たなはじまり」

夕暮れのやわらかな光が街を包む頃、ウミとエミは静かな通りを並んで歩いていた。

人混みから離れたその場所に、言葉は少なく、ただ風が頬をなでていた。


ウミは少しうつむきながら口を開いた。

「望んでいた結果にならなくて、ごめんね…」


エミはふっと笑い、首を横に振った。

「いや、むしろ…これが一番よかった気がする」


ウミは驚いたように顔を上げた。

「ほんとに? あなたって、何があっても勝ちたいタイプだと思ってた」


「それは今でも変わらないよ」

エミは空を見上げながら続けた。

「でも、もう“復讐”のためにサッカーをしたくない。俺のサッカーに、そんな感情はいらない」


しばしの沈黙。

ウミは目を細め、思索に沈んだ。

「…やっぱり、そうだったんだね」


エミはウミを振り返った。

「今日は来てくれてありがとう」


「そんなの、当たり前でしょ」

ウミはやさしく微笑んだ。

「これからも、できる限り応援しに行くよ」


「ありがとう、ウミ」


ウミは交差点の手前で足を止めた。

「買い物してから帰るから、私はここで」


「うん。また明日」


「うん、またね、エミ」


──


夕日が完全に沈んだころ、黒い影高校のグラウンドでは練習を終えた選手たちが集まっていた。

薄明かりの中、レオがチームジャケットを肩にかけ、静かに口を開いた。


「思ってたようにはいかなかったかもしれないが、最後まで諦めなかったこと…俺はそれを誇りに思ってる」


選手たちは汗を流しながらも、まっすぐに彼の言葉に耳を傾けていた。


「だが、過去はもう過去だ。今週から東京予選のグループステージが始まる。準備してる時間はもうない。本当の戦いは、これからだ」


ユウジロウが一歩前に出て、腕を組んだ。

「初戦の相手は秋葉原高校だ。全国を狙えるチームではないが、油断は禁物。奴らの武器は、鋭いカウンター。ウイングのスピードは本物だし、守備も堅い」


レオがうなずいた。

「聞いた通りだ。初戦を落とすわけにはいかない。渋谷キムドンや東京アカデミー相手に、ポイントは一つたりとも無駄にできない。勝ち進みたいなら…格の違いを見せろ。いいな?」


「はい!」

選手たちの声が、夜空に響いた。


レオは力強い視線を全員に向けた。

「解散だ。明日もいつも通りの時間に集合」


──


薄暗いロッカールームには汗と湿気の匂いが漂っていた。

シャワーを浴びる者、着替えを済ませる者。

それぞれが静かに明日を見つめていた。


ベンチに座るエミはタオルで髪を拭きながら言った。

「でさ、結局この大会って、どうすればいいの? 勝てばいいのはわかるけど、仕組みがまだよく…」


隣でパーカーを着ていたリョウが微笑んだ。

「ちょっと複雑だけど、要するにグループ内で上位2位に入ればいい。1位ならそのまま全国。2位だと、プレーオフに進まなきゃいけない」


エミは眉をひそめたが、すぐに口角を上げた。

「なるほど。じゃあ…全部勝てばいいってことだな」


リョウは小さく笑った。

「そう簡単に言えるのがすごいよ…」


そのとき、ユキが制服を整えながら近くを通りかかった。

歩みを止めずに、ぽつりとひと言。

「口だけじゃなくて、ちゃんと証明してよ」


エミは少し驚いた顔で彼を見つめた。

「…やるさ」


しかしユキはそれ以上何も言わず、ロッカー室を後にした。


エミはその背を目で追いながら呟いた。

「なんなんだ、あいつ…」


ボトルをカバンにしまいながら、ユウジロウが口を開いた。

「気にすんな。あいつは人付き合いが得意なタイプじゃない」


「見りゃわかるさ」


「でもな…レオ以外で、あいつだけが国際大会を経験してるんだ」


「マジかよ。じゃあ…なんでここに?」


「詳しいことは知らない。ただ、前の監督となんかあったらしい」


エミは目を伏せ、静かに考え込んだ。

「…妙に納得できるな」


そのとき、手を拭きながらレオが入ってきた。

会話を聞いていたらしく、穏やかに言った。


「理由はどうあれ、今はここにいる。それがすべてだ。そして俺たちは仲間なんだ。前に進みたきゃ…誰一人置いていけない」


その言葉に、全員が一瞬だけ黙り込んだ。

まるで、新しい旅の始まりを肌で感じていたかのように。


「冷たい夜にともる火」

夜の静けさが町を包み、街灯の光がかすかに瞬いていた。

ニシムラ・エミは肩にバッグをかけ、疲れきった身体を引きずりながら狭い路地を歩いていた。


(くそ…マジでヘトヘトだ。渋谷との試合からまだ一日しか経ってないのに、キャプテンのやつ…俺らを限界まで走らせやがって)


ふいに、乾いた音が夜の静寂を破った。

ボールが壁に叩きつけられる音が、遠くから響いてきた。


「こんな時間に、誰かボール蹴ってるのか?」


エミは音の方へ目をやる。

ぼんやりとしたライトが照らすのは、小さなストリートコート。

そこに、ひとりで壁に向かって強烈なシュートを繰り返す姿があった。


タナカ・ユキだった。


ボールが勢いよく跳ね返り、ユキはそれをコントロールしようとする。

だが、ほんの数センチの差で、地面にチョークで描かれた白い円にボールは入らなかった。


「…くそ…まだ一度も決まらない…」

ユキは悔しげに呟いた。


(コントロールの練習か…。そういえば、レオがユキにその課題を出してたっけ。まさか、それでこんな夜中にひとりで練習してるのか…?)


ユキはしばらく地面を見つめ、ぎゅっと拳を握った。


「これができなきゃ…チームの力になれない。ただの足手まといになるだけだ…」


そのとき、コートの入口からゆっくりと歩み寄る影があった。


「…調子悪そうだな」


驚いたようにユキが振り返る。


「ニシムラ? …何してんだ、こんなとこで」


「それ、こっちの台詞だろ。お前みたいな金持ちが、この辺に住んでるとは思えないし」


ユキは眉をひそめる。

「関係ないだろ。放っておいてくれ」


エミは両手を上げて笑った。

「まあまあ、そんな怒んなよ。ただ…手伝ってやりたいだけさ」


「そのヘラヘラした顔、せめて隠せよ」


「ごめん、ごめんって」

エミは軽く笑いながら肩をすくめた。


そのまま、二人は無言のままボールを蹴り合い、シンプルな練習を繰り返した。

やがてコート脇のコンクリートベンチに並んで座り、肩で息をしながら空を見上げた。


白い息が冷えた夜空に消えていく。


エミが静かに口を開く。

「ひとつ、聞いていいか?」


「…なんだよ」


「なんで、そんなに俺のこと気に入らないんだ? …俺、お前に何かしたか?」


ユキは顔を正面に向けず、ちらりとエミを見た。


「別に何かされたわけじゃない。ただ…お前みたいな奴が苦手なんだ。何も考えずに喋って、すべてが簡単に思えるみたいな態度がさ」


エミは黙って聞いていた。

そして、少しだけ笑った。


「…それ聞いて、気が楽になったのか、余計に落ち込むべきか、わからないな」


ユキは大きく息を吐いてから、少しトーンを落とした声で続けた。


「でも…チームメイトだ。だから、見捨てるつもりはない」


エミは驚いてユキを見つめた。

「…今の、告白か?」


ユキは舌打ちをした。

「バカか、お前」


その瞬間、ふたりの間にあった硬さが、ふっとやわらいだ。

言葉は少なくても、空気が確かに変わっていた。


「バトンを渡す日」

金曜日の朝。

黒い影高校のサッカー部は、いつも通りの時間にグラウンドへと集まっていた。


レオ・イガラシはゆっくりと歩きながら、チーム全体を見渡した。


「正直、お前らには驚かされたよ」

軽く笑みを浮かべると、視線をユキ・タナカへ向けた。

「特にお前だ、ユキ。コントロールが劇的に良くなってる。ドリブルと組み合わせれば…誰にも止められないサイドアタッカーになるぞ」


ユキは小さく頭を下げて答えた。

「ありがとうございます、キャプテン」


「さて、今日の午後練は中止だ。明日に備えて、しっかり休んでくれ。万全の状態で挑むために、な」


「ありがとうございましたーっ!!」

一斉に声が上がり、空気が一気に明るくなった。


「やっと午後が自由になった~」

リョウ・フジカワが大きく伸びをしながら言った。

「お前らはどうする?」


「家でゆっくりするつもり」

イェン・ツクチマが即答する。


「なんだよ、それ。つまんねー」

「俺もだ」

エミ・ニシムラも肩をすくめて答えた。


「お前ら、つまらなすぎだろ!」

リョウが大げさに嘆くと、


「キャプテンの話、聞いてなかったのか?」

エミは軽く拳でリョウの頭をコツンと叩いた。

「明日に備えるんだよ」


「はいはい、分かってるってば…」


みんながそれぞれの方向に散っていく中、レオはある選手を呼び止めた。


「カイ、ちょっといいか?」


「…どうした?」


「ある選手について、聞きたいことがあってな。1年のフォワードのことだ」


「なんで俺に聞くんだ? …俺はあいつのライバルだぜ? 嘘ついて『まだ早い』って言えなくもない」


「でも、お前は嘘をつかない。信じてるよ」


「キャプテンでも、そんな簡単に人を信じないほうがいいぜ」


「誰でも信じてるわけじゃない。お前だから、だ」


カイ・アマリは小さくため息をつき、視線を落としてから口を開いた。


「正直に言うと…あいつのほうが適任かもしれない。前線だけじゃなく、守備でも貢献できる。

俺は戻るのが苦手だ。カウンター喰らったら…たぶん俺のせいで一人足りなくなる」


レオは静かにうなずいた。

「正直な意見、ありがたい。…だが、明日の先発はお前だ」


「えっ? じゃあ、なんでそんなこと聞いたんだよ」


「お前がどう評価してるか、聞きたかっただけさ。

でも、最初の45分間はお前の経験が必要なんだ」


「つまり…後半はあいつが出るってことか」


「そうだ」


「で、俺の役目は?」


「相手の守備の弱点を探してくれ。もしお前がスペースを作れなかったら、交代して入った彼にも無理だろう」


「つまり、チーム背負えってことか」


「…すまない」


カイは少し笑って、力強く言った。

「気にするなよ。今年は…俺の背中を支えてくれる奴がいるからな」


レオはその言葉に、心からの笑顔でうなずいた。


「信じてるぞ」


「任せとけ」


「始まりの笛」

ナレーター

全国大会出場を懸けた予選の初戦が、ついに始まります。

対戦カードは、全く異なるスタイルを持つ二校。


一方は黒い影高校。まだ知名度は高くありませんが、昇格以来この地区で着実に結果を残してきました。特に“フィールドの魔術師”と呼ばれる選手の加入により注目度が急上昇。ただし、その背番号10の選手は、いまだ公式戦に出場していません。


もう一方は秋葉原S.C.。

彼らの代名詞は「鉄壁の守備」。前シーズンはほとんど失点せず、堅牢なディフェンスと鋭いカウンターで全国にその名を響かせました。


さあ、両者にとっての旅路が今、始まります。

勝利を掴むのは、果たしてどちらか。


――


トンネルの中。

張り詰めた緊張感と高まる鼓動が交錯する。


レオ・イガラシが、落ち着いたが力強い声で口を開いた。


「…やっとこの日が来たな」


「確かに、これは始まりにすぎない。でも俺たちは、ただ参加しに来たんじゃない。

勝つために来た。全国を目指すために来た。…そして、今上にいる奴らを震わせるために来た」


彼は一瞬間を置き、声のトーンを落とす。


「じゃあ、教えてくれ。誰かの尻を蹴っ飛ばしたいやつはいるか?」


その手が中央に差し出される。

一人、また一人と、その手の上に手が重なっていく。


「キャプテン、掛け声を」


ユウジロウ・アキラが頷き、力強く叫ぶ。


「準備はいいか!? いち、に、さん…勝利あるのみ!!」


「おおーーーっ!!」


――


ナレーター

黒い影高校のイレブンがピッチに登場。先頭には、堂々としたキャプテンの姿。

一方の秋葉原S.C.も、統率のとれた動きで選手たちが登場します。


ユウジロウは正面に立つ相手を見上げる。


(…でかい。背丈だけじゃない。体格がすでに違う。しかも一人じゃない。全体的にフィジカルモンスター揃いだ。…あいつを除いて)


背番号20の選手だけが、他とは違う雰囲気を纏っていた。


――


主審が両キャプテンの前に立つ。


「よろしく。クリーンな試合を頼む。表か裏か?」


「表で」


「じゃあ君は裏だな」


コインが空へ舞い上がる。

一回転、二回転…。そして、静かに地面に落ちた。


「…表。選択は?」


「陣地。このままで」


「では、キックオフは黒い影高校だ」


互いに握手を交わし、それぞれのチームに戻る。


――


ナレーター

では、スターティングメンバーを紹介します。


黒い影高校の布陣は以下の通り:


・ゴールキーパー:フジモト・ケント

・センターバック:アキラ・フジェキロウ & キャプテン・ユウジロウ・アキラ

・サイドバック:右にタナグチ・ジロウ、左にニシムラ・エミ

・ボランチ:アラシ・タケシ

・攻撃的MF:サイトウ・タツヤ & スズキ・リン

・サイドアタッカー:右にタナカ・ユキ、左にアベ・リョウ

・ワントップ:アマリ・カイ


一方、ベンチから戦況を見つめるレオの目が鋭く光る。


(やっぱり来たか…5バック。しかも中盤は4人。そしてトップは1人だけ。まるで要塞みたいだな)


――


主審が笛を口に運ぶ。


ピッチに、一瞬の静寂が満ちる。


――そして、試合開始のホイッスルが鳴り響いた。


「キックオフ!!」


「壁と刃」

黒い影高校のセンターフォワード、アマリ・カイがボールを後ろに下げ、攻撃が展開され始めた。


エミ・ニシムラ — 心の声

(えっ…?あのフォワード、動かない…?何を仕掛けてくるつもりだ…?)


そのままチームは前進し、リョウ・アベの精密なパスから再びカイの足元へボールが戻る。


カイ — 心の声

(やるしかない…!どんな代償を払ってでも…!)


気合いを込めてドリブルで切り込みを図るも、相手の守備にあっさりと止められた。

クリアは冷静かつ正確。


カイ — 心の声

(もう一度…!)


しかし、カイ、ユキ・タナカ、スズキ・リンらの繰り返される突撃も、秋葉原の守備陣には一切通じなかった。

選手たちの顔には徐々に疲労が滲み、息を荒げ、肩で呼吸する者も現れる。


ナレーター

「驚くべき展開です。黒い影高校は幾度もゴールを狙いましたが、一度たりとも秋葉原の鉄壁を破れません」


カイは喉を鳴らしながら立ち尽くす。


カイ — 心の声

(レオに任されたんだ…俺は…絶対に期待を裏切らない)


再び挑もうとするが、強烈なフィジカルコンタクトを受けて大きく弾き返される。


(…なんだこの衝撃…まるで…コンクリートの壁だ…)


その直後、秋葉原のDFが一気に前線へロングボールを蹴り上げる。


ナレーター

「おっと、これはチャンスか?秋葉原のセンターフォワードが全速力で追いかける!…さらにキャプテン、ソウタ・コバヤシも走り込んできた!」


ソウタは滑らかにボールを足元に収め、すぐに視線を上げた。


エミ

「背後だ!センターの裏!」


その一言に応えるように、ソウタのスルーパスが完璧な角度で放たれる。

ユウジロウ・アキラとアキラ・フジェキロウの背後を突いたのは、背番号9――ミチオ・ミヤサトだった。


エミは全力で追いかける。

同時に、ゴールキーパーのフジモト・ケントも飛び出す。


ミチオは冷静にシュートの体勢を取る。

エミがスライディングで食い止めようとしたその瞬間、

完璧なフェイントでかわされ、地面に倒された。


ケント

「ここは通さねぇぞッ!!」


ゴール前で仁王立ちするケント。

しかし――ミチオはまったく動じない。

冷静な足さばきで、ボールをふわりと浮かせる。


ナレーター

「ゴーーール!!なんという冷静さ!ミチオ・ミヤサト、圧巻のループシュート!秋葉原、見事な連携から先制点を奪います!」


カイは拳を強く握りしめた。


カイ — 心の声

(クソッ…何もできなかった…)


ナレーター

「試合は前半30分。スコアは秋葉原1 – 黒い影0。この静寂を破るのは、次に誰だ?」


ベンチから、ツクシマ・イェンがじっとその背中を見つめていた。


イェン — 心の声

(…アマリ)

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