越えられない壁に直面した時、
道は二つしかない。降伏するか…戦い続けるか。
守りが固すぎる時、相手が無敵に見える時、
試されるのは技術ではなく…心だ。
真に必要なのは、
突破口を見つける知恵、
仲間を信じる勇気、
そして自分を信じる意志だ。
壁は動かない。
しかし、あなたが変われば、
これまで見えなかった道が見えてくるかもしれない。
それでも…乗り越えたいのなら、
今、すべてを賭けなければならない。
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「後半の魔法」
ロッカールームの空気は重く、全員が無言のまま俯いていた。
沈黙が張り詰めた空間を支配していたそのとき――
レオ
「…なんだ?まるで誰か死んだみたいな顔してんな」
レオがリラックスした足取りで入ってくると、リョウ・アベがうつむいたまま呟く。
リョウ
「どうやってもダメなんだ…前半、まともなチャンスすら作れなかった」
レオは微笑みを浮かべたまま、首を横に振る。
レオ
「そうでもないさ」
カイ
「…どういう意味?」
ベンチに座っていたカイが顔を上げて尋ねる。
レオ
「完璧な守備なんて存在しない。それに…その“隙”を見つけたのは、他でもないお前だ。よくやったよ、カイ」
カイ
「……よかった」
安堵の息をつくカイ。レオの表情が真剣になる。
レオ
「みんな、よく聞け。やつらは5バックで中央を完璧に封じてくる。理由は簡単。中央では俺たちが劣るからだ。だから、逆を突く。サイドを制する」
うつむいていた選手たちが顔を上げはじめる。
レオ
「サイドバックは前がかりに攻め上がる。ウイングは中に絞って相手のマークを引き寄せ、サイドのレーンを空ける。それでチャンスを作る」
エミ
「任せてくれ」
レオは戦術ボードを叩きながら続ける。
レオ
「そして、クロスは中央に入れるな。狙うのは、ペナルティスポットだ。そこに…お前が現れる、タツヤ」
タツヤ
「俺?」
レオ
「お前のミドルは、今までで見た中でも屈指だ。重い責任だが…そのシュートがこの試合を変える鍵になる」
タツヤ
「了解です」
レオ
「ウイング、逆サイドのサイドバック、そしてフォワードは“普通のクロス”を装ってニアへ入れ。そうすれば、タツヤがフリーで撃てる。理解したか?」
全員
「はい!」
レオ
「よし、後半は勝ちにいくぞ!」
全員
「うおおおおおっ!!」
選手たちは一気に士気を高めてロッカールームを後にした。
ただ一人、カイだけがその場に残っていた。
レオ
「…よくやったよ、カイ」
カイ
「ありがとう、キャプテン」
レオ
「でも今日はもういい。足首、だいぶキてるだろ」
カイ
「…バレてたか」
レオ
「俺を誰だと思ってる?フィールドの魔術師だぞ。全部見えてるんだよ」
カイは苦笑しながら肩をすくめた。
カイ
「ほんとだな…あんたには何も隠せないや」
レオ
「さあ…後半、仕掛けるぞ」
ふたりは小さく笑い合い、レオがドアを開けて出て行く。
ピッチでは、黒い影の選手たちが再びその陣形につき始めていた――。
「反撃の火種」
後半の開始とともに、黒い影のベンチで予想外の動きが起きた。
交代が告げられると、観客の視線はピッチへと注がれた。
実況
「レオ監督のチームに交代です。20番が退き、9番の塚島が投入されました。彼にとっては絶好のアピールチャンスでしょう」
審判の笛とともに、秋葉原S.C.の選手がボールを後方に下げる。
だが――その瞬間、試合は動いた。
まるで矢のように、塚島が一気に加速。
鋭いプレスで相手ディフェンスを混乱に陥れる。
ユウジロウ
「おい、待て! 速すぎるぞ!」
だがその声が届く前に、塚島は完璧なタイミングで足を差し込み、ボールを奪った。
顔を上げ、迷わずシュート――それはハーフラインを越えた位置からの一撃だった。
ボールは夜空を切り裂き、スタジアムの空を貫く。
ゴールバーに激しく衝突し、金属音が轟いた。
レオ
「悪くない…」
微かに口元を緩めるレオ。
中央で見ていたソウタは目を見開いた。
ソウタ
「な、なんだあれ…!? 本気かよ!?」
ベンチのカイは思わず笑みを漏らす。
カイ
「すげえな…」
塚島
「ちっ…惜しい…」
実況
「なんという登場劇! Kuroi Kageの9番、塚島。後半わずか10秒で会場を沸かせました!」
ゴールキックで再開。だが秋葉原のキックは甘く、ボールは黒い影の最終ラインへと戻る。
ユウジロウ
「よし、今度はこっちの番だ」
相手の消極的なプレスに驚きながらも、冷静にパスを送るユウジロウ。
リョウが内側へ動き、同時にエミが左サイドを駆け上がる。
パスはエミの足元へ。彼は即座に仕掛けた。
だが、相手DFに読まれ、ボールを奪われてしまう。
実況
「秋葉原、奪って即座にカウンターに出る!」
後方から声が飛ぶ。
???
「裏だ! 裏を警戒しろ!」
しかしエミは追っていた。
静かに背後にまわり、タイミングを見計らってスライディング――ボールを奪い返す。
そのままエミは加速。ライン際を駆け抜ける。
ソウタ
「誰か止めろ! 奴らの攻撃が始まってるぞ!」
フォワード陣が約束通り動き始める中、エミは迷わずボールを折り返す。
目の前のスペース――そこに現れたのは、タツヤ・サイトウ。
タツヤ
「これだ…!」
後方から走り込んでくるタツヤ。
レオの声が飛ぶ。
レオ
「撃て、タツヤ!!」
だが――その一瞬前、影が覆う。
ソウタが飛び込んできた。シュートコースを完全に潰したかに見えた…
だが、タツヤはボールをスルー。
ソウタ
「なっ――!?」
その背後、まるで影から現れたかのように現れたのは――タケシ・アラシ。
タケシ
「今度こそ…!」
振り抜いたのは、右足から繰り出された強烈な一撃。
だが――
実況
「なんというシュート…!! だが、これは奇跡か――!」
秋葉原のフォワードが身を投げ出し、ボールを身体でブロック。
コースが逸れ、ゴールはならず。
タケシ
「くそっ…!」
後方のユウジロウが呆然と呟く。
ユウジロウ
「どこから現れた…? 見えなかった…」
倒れたままの相手選手は足を抑えながら苦しげに呻く。
???
「なんて当たりだ…感覚が飛んじまった…」
ソウタはその様子を見つめながら、小さく唸る。
ソウタ
「一瞬でも気を抜けば、こうなるのか… 奴ら…想像以上だ」
「交錯する意志」
実況
「黒い影ボール。エミがスローインの準備に入ります」
ピッチの端でボールが止まり、観客席にも緊張感が伝わっていた。
残り時間が刻々と迫る中、黒い影の攻撃が再び始まる。
エミが中央へ投げ入れたボールを軸に、チームは壁を崩しにかかるが――
秋葉原の守備陣は、依然として鉄壁だった。
サイドの攻防で、青いユニフォームのDFが激しく飛び込み、パスをカット。
すぐさま、前線へロングボールを放つ。
実況
「秋葉原、鋭いカットから一気に縦へ! 狙うは18番、ダイキ!」
胸トラップで完璧に収めたダイキの目の前に現れたのは――キャプテン・ユウジロウ。
ユウジロウ
「ここは通さない」
しかし、ダイキは一瞬の隙を突いた。
軽やかなタッチでボールを股抜きし、スピードに乗って突破する。
ユウジロウ
「くっ…!」
実況
「なんという技ありのプレー! ダイキ、完全に抜け出した!」
キーパーのケントは、即座に前に出て距離を詰める。
ケント(心の声)
「ここで点を取られたら、終わる…!」
ダイキは冷静だった。
ボールをふわりと浮かせ、見事なループシュート――
ケント
「決めさせるか!」
指先でギリギリ触れた――ボールの勢いがわずかに死ぬ。
だが、それでもゴールへと転がっていく…
そこへ、エミが疾風のごとく現れる。
滑り込み、力強くボールをサイドへクリア!
実況
「すごい! ケントと16番・エミの連携で、ゴールを防いだ! 黒い影、まだ生きている!」
選手たちが歓声を上げながらエミに駆け寄る。
ユウジロウが肩を叩いた。
ユウジロウ
「ナイスセーブ、エミ」
エミ
「はあ…はあ…ありがとう」
ケントと拳をぶつけ合う二人。
実況
「残り15分、ギリギリの守備がチームを救う! さあ、秋葉原のスローインです」
ソウタが汗をぬぐいながら、ボールへ近づく。
ソウタ(心の声)
「あと十五分…あと少しだけ…」
ダイキ
「おい、ソウタ! 早く!」
焦った様子でソウタがスローインを行うが――
読みを外してしまった。
ユウキが反応し、ボールを奪う。
一瞬で加速し、サイドを駆け抜ける!
ソウタ
「ちくしょう!」
思わずユニフォームを掴んで止めようとするも、ユウキは振り切る。
レオ
「行け、ユウキ!!」
実況
「ユウキ・タナカ、怒涛のカウンターだ! 仲間たちも猛然と前に出る!」
秋葉原DF・リョウヘイは混乱していた。
リョウヘイ(心の声)
「誰をマークすべきだ? また同じパターンか、それとも――」
ユエンに寄せようとした瞬間、ボールはふわりと頭上を越えた。
そこに走り込んでいたのは――タツヤ・サイトウ。
リョウヘイ
「うそだろ…!」
タツヤはワントラップもなく、体を整えて撃つ。
実況
「これは打つぞ…!」
右足から放たれたのは、鋭く、低く、ゴール左隅を貫く一撃!
実況
「ゴオオオオル!!! Kuroi Kage、同点! 6番・タツヤ・サイトウ、ユウキの完璧なアシストからの一撃で、ついに均衡を破った!」
「逆転の狼煙」
フィールドには歓喜が爆発した。
黒い影の選手たちが一斉にタツヤのもとへ駆け寄り、歓声とともに抱き合う。
ユウジロウ
「よっしゃああ!」
エミはユウキに近づいて、背中を叩いた。
エミ
「悪くなかったな」
ユウキ(息を切らしながら笑って)
「悪くなかった? 俺のパス、君のより100倍良かっただろ」
エミ(にやり)
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
目と目が合い、互いの瞳に満足感が宿る。
審判が笛を吹き、ソウタに近づいてイエローカードを提示する。
先ほどのユニフォーム引きが原因だ。
ソウタ(肩で息をしながら)
「くそっ…身体が言うことをきかない…」
実況
「ここで秋葉原に動きがあるようです。16番・オカモト テツがピッチに入り、キャプテン・ソウタ・コバヤシが下がります!」
ソウタ
「…は?」
ベンチを睨むように見つめる。
監督は、冷たくも迷いのない声で言った。
監督
「さっさと下がれ。もう限界だろ」
ソウタは数秒立ち尽くし――黙ってキャプテンマークをダイキに渡した。
ダイキ
「キャプテン…」
ソウタは何も言わず、下を向いたままベンチへ。
監督
「悪くはなかった。でも、お前を壊すわけにはいかない」
ソウタ
「…わかってる」
試合が再開され、秋葉原は中央からのキックオフで一気に攻め込もうとする。
しかし――
ユウジロウがダイキの背後を読み切り、ボールを奪取!
ユウジロウ
「今度は抜かせない」
そのまま左サイドへロングパス。
走り込むエミが相手DFを置き去りにし、パスを受ける。
ドリブルで一人をかわし、すかさず中央へ短いパス。
ユエンがワンタッチで返すと、エミはライン際まで突進!
そしてセンタリング――
ファーサイドへ高く送られたボールに、ユエンが飛び込む!
しかし、相手DFがギリギリでカット!
こぼれ球に反応したのはリョウ。
強烈なシュートを放つが、GKがファインセーブ!
なおもボールは生きていた。
タツヤが拾い、冷静に頭を上げてロブパスを選択――
華麗な浮き球が、DFの背後へ。
カイ(ベンチで)
「頼むぞ、ユエン…!」
実況
「タツヤ・サイトウの見事なチップパス! DFラインの裏に完全なスペースが生まれた!」
ユエンはタイミングを完璧に合わせ、走り込む。
キーパーが飛び出す――
その瞬間、ユエンはスパイクのつま先でボールを突く。
鋭く、そして静かに。
ボールはゴールポストぎりぎりを通り、ネットを揺らした。
ユエン(目を見開いて)
「…入った」
ユウジロウ
「よっしゃああああ!!」
実況
「ゴォォォォル!! 黒い影、逆転! ツクシマ・ユエンが完璧な連携からネットを揺らす! レオ率いるチームが試合をひっくり返しました!」
「勝者と再会」
秋葉原の選手たちの表情がすべてを物語っていた。
目は虚ろで、肩は落ち、悔しさを隠しきれない。
ベンチではソウタがタオルで顔を覆い、まるでこの場から消えたがっているようだった。
ユウジロウ(力強く)
「さあ、行こう。まだ終わってないぞ」
選手たち
「はい!」
レオはサイドラインからスタッフへ合図を送る。
実況
「ここで黒い影が二人同時に交代。6番・サイトウ・タツヤに代わって14番・ナカノ・ヒカル。そして3番・フジキロウ・アキラに代わり、5番・ヤマモト・レンが投入されます!」
カイ(ベンチから)
「ナイスプレーだった、タツヤ」
試合が続く。
誇りを傷つけられた秋葉原は全力で前へ出るが、そのたびにケントが立ちはだかる。
シュート、クロス、こぼれ球――すべてを止める。
実況
「主審が時計を確認…笛を吹いた! 試合終了! 黒い影、2-1の逆転勝利! 残り15分で試合をひっくり返し、秋葉原の健闘を振り切った!」
試合後、両チームの選手たちは互いに手を差し出し、敬意を表す。
エミは安堵と驚きが入り混じった表情で、ゆっくりと頭を下げた。
エミ
「…俺たちの初勝利だ」
場面は黒い影のロッカールームに移る。
選手たちは疲労困憊ながら、勝利の喜びで満ちていた。
レオ(チームの前に立ち)
「悪くなかったな。逆転勝ちだ。もちろん課題はまだ山ほどある。でも今日はありがとう。本当に根性を見せてくれた。…全国に行こうぜ!」
選手たち
「うおおおおっっ!!」
ユウジロウ(そっと近づいて)
「初戦としては、上出来だったよな?」
レオ(微笑み)
「うん。申し分ないよ」
ユウジロウ
「…すまん。まだ本調子じゃない」
レオ
「無理すんな。まずは感覚を取り戻せ。お前が本気出せば、またあの鉄壁の壁に戻れる。俺はそれを信じてる」
ユウジロウ(微笑んで)
「チーム全員、お前の帰還を待ってる」
レオ
「もうすぐだ」
選手たちはひとり、またひとりとロッカールームを後にする。
その中で、ケントがエミに話しかける。
ケント
「なあ、今日はあの可愛い子来てなかったな。いつも君と一緒にいるあの子」
エミ
「…可愛い子?」
ケント
「オレンジ髪の子だよ、あれ、名前なんだっけ…」
ユウキ(ぼんやりと)
「ウミのことだろ」
ケント(うなずいて)
「それそれ! 君とどういう関係?」
エミ
「幼なじみ…で、隣の家」
ケント
「じゃあ恋人ってわけじゃないのか? ふ〜ん…」
エミ
「でも近づくなよ」
ケント
「え、なんで?」
エミ
「殺すぞ」
ケント
「お、おぅ…」
ユウキ(からかうように)
「ちゃんと守らないと、誰かに取られちゃうぞ?」
エミ
「は?」
ユウキ
「今日の発表会、何も聞いてないんだろ? 呼ばれてないのかもな」
ケント
「誰か別のやつとイチャイチャしてたりしてな」
(ドッと笑い声が上がる)
リョウ
「やめろよ、みんな。エミが可哀想だろ」
エミ
「好きにしろよ。関係ない」
ケント
「おいおい、冗談だって」
ユエン(小声で)
「…イチャイチャ」
(空気が一瞬で静まり返る)
誰か
「…なんか今、怖くなかった?」
レオ(眉をひそめて)
「おい、お前、なんでここにいる?」
声の方向から現れたのはケイスケだった。腕を組み、無表情。
ケイスケ
「ちょっと散歩してただけだけど。ダメか?」
レオ
「こっち側の街に来るのは、"ちょっと"の距離じゃねえぞ」
ケイスケ
「お前、いつになったら戻る気だ?」
レオ
「それは俺の勝手だろ」
ケイスケ
「今日の相手がバテてただけで助かったな。本当に強い相手と当たったら、そう簡単にはいかないぞ」
レオ
「大丈夫だよ。俺たちは全国に行く。そのつもりでいる」
ケイスケ
「じゃあ楽しみにしてるよ。俺は、お前に勝ちたいからな、“マジシャン”」
レオ(クスッと笑って)
「悪いが、勝たせる気はない」
ケイスケ(にやり)
「相変わらずの自信だな」
レオ
「で? 卒業後の進路は?」
ケイスケ
「ヨーロッパに行こうかと。プロ目指してな。…お前は? もう2年はプレーしてないんじゃ?」
レオ
「マドリーが俺を欲しがるかもな」
ケイスケ
「ははっ、健闘を祈るよ」
レオ
「そっちこそな」
ふたりは視線を交わし、静かに拳をぶつけた。そこには、確かな敬意があった。