「高貴なエレーヌ様の花の紋様はどのようなものなのでしょうか」
「きっと本人と同じく美しい花が咲いているに違いありませんわ」
「エレーヌ様は完璧な淑女で、全女性の憧れですもの」
エレーヌの周りに集まった三人の女生徒が、口々にエレーヌのことを褒め始めた。
原作ゲームでもエレーヌは、彼女とお近づきになりたいクラスメイトたちからよくもてはやされていた。
エレーヌが公爵令嬢であり、女生徒たちの言葉通り美しい女性だからだ。
「ええ。わたくしの身体には、とても美しい花が咲いておりますわ」
『花咲く乙女と絶対の騎士』の舞台である私立学園では、身体のどこかに花の紋様が現れた乙女が集められている。
そのため学園に通う女生徒全員が「花咲く乙女」なのだ。
しかし身体に現れる花の紋様に一つとして同じものはなく、たびたび花の話が話題に上がる。
そんな花咲く乙女たちは、彼女たちに忠誠を誓う覚悟のある騎士候補と一緒に生活をしている。
なぜなら花咲く乙女は秘められた聖なる力によって魔物を浄化することが出来るが、聖なる力の発動までに時間がかかるため、その間乙女を守る騎士が必要だからだ。
その信頼できる相手を見つけるために、騎士候補たちと一緒に学園生活を送っているのだ。
「きっと学園中の騎士候補が、エレーヌ嬢の専属騎士になることを望んでいるよ」
女子たちの会話に混ざり微笑むのは、攻略対象の一人であるサミュエルだ。
煌めく金色の髪に、行儀よく並んだ白い歯が眩しい。
「どうしてもと言うのであれば、わたくしの専属騎士にすることも考えてあげないことはありませんわよ」
いわゆる学年一のイケメンであるサミュエルに対しても、エレーヌはがっつかない。
常に上から、こちらが選ぶ側なのだと態度で示す。
なぜならエレーヌは、プライドの高い高貴な悪役令嬢だからだ。
「ところで……その手と膝の怪我は、話題に出してもいいものなのかな?」
サミュエルがエレーヌの手と膝を覆う包帯を見た。
そう、このようにプライドの高いことを言っているエレーヌだが、両手両膝を擦りむいているのだ。
とても格好悪い。
原作のエレーヌにはこんな傷は無かったのに、エレーヌの中に私が入っているせいで格好良くキマらない。
「このような傷は何でもありませんわ。名誉の負傷と言うやつですの」
私が転んだところを見ていたのはブリジット一人だったため、意味ありげなことを言ってみた。
ブリジットの性格から考えて、わざわざ本当のことを言いには来ないと判断したからだ。
自身の手に巻かれた包帯を眺めながら、ふうと息を吐く。
すると私の言葉を良いように解釈したクラスメイトたちが、エレーヌに憧れの視線を送ってきた。
「もしかしてエレーヌ様……学園に迷い込んだ魔物を退治されたのではありませんか!?」
「さすがはエレーヌ様ですわ! でしたらその怪我は勲章のようなものですわね!」
嘘にはならないように、魔物退治をしたと肯定はせず、代わりに高笑いをしてみせる。
「おーっほっほっほ。わたくしレベルの花咲く乙女ともなると、このくらい朝飯前ですわ!」
「ブハッ!?」
そのとき教室の端の方で盛大に吹き出す音が聞こえた。
吹き出したのは、攻略対象のダミアンだ。
「なっ!?」
吹き出したダミアンを見て気付いた。
ダミアンは毎朝早くに登校をして、学園に住み着いた猫たちにエサを上げた後、木の上で仮眠を取る。
つまり、今朝私がずっこけたところを木の上からバッチリ目撃していたのだ。
そのことに気付いたせいで顔にカーッと熱が集まってくる。
きっと今、私の顔は真っ赤になっていることだろう。
「どうしたんだい? 具合が悪いなら保健室まで連れて行こうか?」
事情を知らないサミュエルが優しい申し出をしてくれた。
顔が良いのに性格まで良いなんて、さすがは乙女ゲームの攻略対象だ。
「ありがとう。でももう治療は受けてるから大丈夫よ」
「えっ」
あっ。
若干素が出たせいで、言葉遣いがおかしくなっちゃったみたい。
……でも、それってそこまで不思議に思うこと?
少し言葉遣いを間違えただけなのに、目の前のサミュエルは目を真ん丸にして驚いている。
「どうかしましたの?」
驚愕の表情で私のことを眺めるサミュエルに尋ねる。
するとサミュエルが頬をかきながら告げた。
「いやあ、エレーヌ嬢には『わたくしをエスコートしようなんて百年早くてよ!』って言われると思ってたから……素直にお礼を言われて驚いちゃった」
しまった。
私はまた悪役令嬢ムーブに失敗をしてしまったようだ。
「さっきのはナシ。こっちが正しいセリフでしてよ」
今さらではあるが、慌てて言い直す。
「わたくしをエスコートしようなんて百年早くてよ! 百年ともなるとかなり長生きをする必要があるから、食生活に気を付けて健康に過ごしてね」
「ブハッ!?」
また教室の隅から吹き出す音が聞こえてきた。