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第3話



 エレーヌが動かなければイベントは起こらないわけで。


 ストーリーを進行させるためには悪役令嬢的な振る舞いをするしかない。


 それに悪いことをしなくては、悪役令嬢であるエレーヌのアイデンティティが消えてしまう。




 ……ということで、私はさっそくブリジットをいじめるために動くことにした。




「確か原作のエレーヌは、体育の時間に見学をして、隙を見て教室に忍び込んでブリジットの教科書をズタズタにするのよね」




 原作ゲームのイベント通りに、体育の時間である今、私は教室内に忍び込むことに成功をしている。


 あとはブリジットの教科書をズタズタにするだけだ。




「よし、ブリジットの教科書発見。これをこうして……こうして、こう、して……」




 ブリジットの教科書を両手に持って引き裂こうと力を込めたが、想像していた結果は得られなかった。




「教科書って固くない!?」




 これまで教科書を破こうとしたことが無かったから知らなかったが、教科書は甘やかされた令嬢の細腕では引き裂けないものだったのだ。


 ……いや、原作ゲームのエレーヌには出来ていたのに今の私に出来ないということは、手の怪我のせいで本来の力が入っていないのかもしれない。


 転んだことがこうも影響してくるなんて。今朝の自分が恨めしい。




「手で裂く代わりに、何か道具を使えば……」




 カッターでもあれば楽だったのだが、残念ながらこの世界ではカッターが普及していない。


 ペーパーナイフは存在するものの、ペーパーナイフは教科書を引き裂くようには作られていない。


 ちまちまページを一枚ずつ切り裂いていたら、体育の時間が終わってみんなが教室に帰って来てしまう。




「はあ。嫌がらせって体力がいるのね」




 自身の手を見ると、包帯に薄く血が滲んでいた。


 力を入れたことで傷口から血が出てしまったのだろう。




「これ以上教科書を握ったら血が付いちゃうかも……でもブリジットをいじめないとだし……」




 このまま諦めては、イベントが発生しない。


 どうすればいいのだろう。




「そうだわ! ズタズタにする代わりに、ブリジットの教科書に落書きをすればいいのよ!」




 私はブリジットの教科書を開くと、さっそく落書きを始めた。






   *   *   *






「えっ!?」




 体育から戻ってきて自身の教科書を開いたブリジットが驚いた声を上げた。


 その様子を遠くからほくそ笑みつつ眺める。




「どうかしたのか」




「ええと」




 教科書を開いたまま固まるブリジットに、ブリジットの隣の席に座るダミアンが声をかけた。


 普段は無口なダミアンだが、あまりにも悲しそうなブリジットの顔を見て、理由を聞かずにはいられなくなるからだ。


 このイベントでは、ダミアンがブリジットの受けているいじめに気付いて、不器用ながらもブリジットを慰めることで二人の距離が縮まるのだ。




「あの、なぜかは分からないのですが、私の教科書……」




 よし。このままダミアンにいじめの相談をするんだ、ブリジット!


 そうすればダミアンとのイベントが起こって信愛度が上がるから!




「私の教科書の偉人の顔すべてに、長いヒゲが描かれているんです。これです」




 ブリジットに教科書を渡されたダミアンが吹き出した。


 ダミアンは無口キャラの割に、笑いのツボは浅いらしい。




「誰かがいたずらをしたみたいですね」




 えーっ!?


 「いじめ」じゃなくて「いたずら」になっちゃった。


 「い」しか合っていない。


 あんなに頑張ったのに……。




「いつ落書きをされたのでしょう。幼稚なので、もしかすると弟たちにやられたのかもしれません」




 しかもブリジットに幼稚って言われた。


 たしかに幼稚だけども。




「エレーヌ様、誰を見つめているのですか?」




「視線の先は……もしかしてエレーヌ様はダミアンさんを!?」




 私がダミアンを見つめていると勘違いをした女生徒が、両手を口で押えながらハッと息を飲んだ。


 全然違う。


 私が見ていたのはブリジット、より具体的に言うなら私がブリジットに対して行なったいじめが成功しているかどうか、だ。




「てっきりエレーヌ様はサミュエルさんのことがお好きなのだと思っていましたわ」




「ええ。ですからわたくし、エレーヌ様の恋路を邪魔するブリジット嬢を憎らしいと思っていましたの」




「ブリジット嬢はサミュエルさんの優しさに付け込んでいますものね。でもエレーヌ様がサミュエルさんを狙っていないのなら、別に良いのかしら?」




 おっと、この勘違いは訂正しておかなくては。


 この三人組は後々ブリジットをいじめる「いじめ要員」なのだから。




「わたくしはまだ一人の相手を決めてはいませんの。入学したばかりで誰かに唾を付けるなんて、はしたないでしょう?」




 私が三人に向かってそう言いながら微笑むと、三人は激しく首を縦に振り始めた。




「はしたない……それですわ! ブリジット嬢に、その単語以上に似合う言葉はありませんわ!」




「きっと早く専属騎士を得て、貧乏暮らしから脱却したくて必死なのですわ。だから騎士候補に色目を使っているのですわね。みっともないですこと」




「専属騎士を得て花咲く乙女になれば、魔物退治で報奨金がもらえますものね。必死すぎてみじめですわ」




「え? 早く専属騎士を得て魔物退治をするのは良いことなんじゃない……あっ」




 うっかり素の意見を言ってしまった私を、三人が驚愕の表情で見つめていた。


 三人からしたら、私に賛同の姿勢を見せたのに、急にはしごを外された状態なのだろう。


 私に味方をしようとしてくれた三人に対して、悪いことをしてしまったかもしれない。




「ええと……決して三人のことを否定したいわけではなくてね。三人が悪人のような立ち位置になることが見過ごせなかったの。三人のことが大切だから」




 この言葉は嘘ではない。


 エレーヌの取り巻きであるモブ三人組も、実際に接してみると可愛らしく見えてくる。




「エレーヌ様……! なんとお優しいのでしょう」




「一生、エレーヌ様に着いていきますわ」




「わたくしもエレーヌ様から離れませんわ」




 三人が私の腕に物理的に絡みついてきた。




 なんか……ものすごく懐かれた?


 あれれー? 原作のエレーヌは三人組を手足のように使っていたのに、おかしいな??





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