「さて、と。お遊びはこの辺にして、そろそろ本気を出すとするか!」
本当のところはずっと本気だったのだが。
それなのに私のブリジットいじめは失敗してばかりだ。
そろそろ本気でいじめないと、ブリジットと攻略対象たちの信愛度アップイベントが発生しない。
それにこのままだと私のせいで悪役令嬢エレーヌの存在感が皆無だ。そんなのは嫌だ!
「エレーヌの存在感のために、もっとちゃんといじめるぞ!」
ちなみに、どうして私がいじめが発覚した際の罰を恐れもせずにブリジットいじめを行おうとしているのかと言うと、原作ゲームでエレーヌは大した罰を受けないからだ。
いやこのゲームの世界観的にはかなりの罰ではあるのだが、現代日本で生まれ育った私にとっては屁でもない罰と言える。
だってエレーヌが受ける罰は「花咲く乙女としての資格を永久に失う」というものだからだ。
この世界では花咲く乙女は称賛され羨まれる存在のため、花咲く乙女の資格を失うことは絶望に値する出来事なのだそうだ。
私からしたら、魔物と戦わなくて済むのだから、むしろラッキーだと思うのだが。
「だから罰は怖くない。怖くはないのだけど……」
私は一人で大きな溜息を吐いた。
気合いで自分を誤魔化そうとしたものの、誤魔化しきれなかったようだ。
「罰が軽くても重くても、いじめはいじめなのよね……」
大した罰を受けないからいじめをしてもいい、というわけではない。
教科書ズタズタも力が足りずに出来なかったから良かったものの、出来ていたらブリジットがものすごく可哀想だった。
イベントによって攻略対象と仲良くなったからと言って、いじめで付いた心の傷は消えない。
教科書を引き裂く代わりに描いた落書きも、ブリジットに対して酷いことをしてしまったのかもしれない。
授業中に落書きを見ながらブリジットが笑っていたような気もするが、心では泣いていたかもしれない。
だいぶ遅れて罪悪感がせりあがってきた。
どうしよう。
これから先、私が本気のブリジットいじめを行なったら、ブリジットが本格的に傷ついてしまうのではないだろうか。
原作ゲームでもブリジットが傷ついている描写があったし。
「そ、それでも、ブリジットをいじめるのがエレーヌの役割なのよ! 私が頑張らないと、エレーヌが悪役令嬢として輝けないし、ストーリーが進行しないんだから、やり遂げないと!」
私は自分を鼓舞すると、次なるいじめの準備に取り掛かった。
いじめの現場である階段を上から確認する。
「確かエレーヌがブリジットを階段から突き落としたことで、ブリジットが保健室でサミュエルに看病されるイベントがあったはず」
階段の上から階段下を眺めてみる。
転げ落ちたらただでは済まないことが丸分かりの長い階段だ。
ふと、打ちどころが悪かったら死ぬのではないかという不安が湧き上がる。
演劇で行なう階段落ちは、役者があらかじめ階段から落ちることが分かっているからこそ怪我無く成立している。
何も知らないブリジットが急に階段から突き落とされたら、ああはいかないだろう。
「原作ゲームでは痣が出来るだけの怪我だったけど……本当に? というか、いじめが過激すぎない? 大丈夫かな……」
不安に襲われた私は、とあることを閃いた。
「そうだわ! 実際に私が試してみればいいのよ!」
私は事前に階段から落ちることが分かっているから、急に突き落とされるブリジットと同条件とは言えないが、エレーヌとブリジットは同じ年齢の令嬢だ。
日々訓練をしている役者よりは、ブリジットに近い結果が出る可能性が高い。
「……でも。分かっているからと言って、簡単に落ちられるものじゃないわね」
階段の一番上から階段下を見下ろすと、高所恐怖症でもないのにクラっとくる感覚がある。
この階段は、山の中にあるお寺の階段と同レベルの長さなのではないだろうか。
そんなことさえ思ってしまう。
「って、急に眩暈が」
もしかするとクラっとくる感覚は、階段の高さのせいではなく身体の不調のせいだったのかもしれない。
眩暈に襲われた私は、身体から力が抜けた。
まずいと思ったときにはもう遅かった。
「キャーーーッ!!」
誰かの叫び声が遠くに聞こえた気がした。