目を開けると、白い天井が目に入った。
背中には柔らかい感触。そして全身に残る鈍痛。
「ええと……ああ、階段から落ちたのね」
どうやら私は階段の上で貧血を起こして倒れ、そのまま階段を転げ落ちてしまったようだ。
貧血のせいで受け身を取れなかった私は、何の抵抗も出来ないまま全身を打ち付けたらしい。
そんな転がり方をした私は、さぞ無様だったことだろう。
目撃者が少ないことを祈るばかりだ。
「全身が痛い……ブリジットを階段から突き落とすいじめはナシね」
図らずも、落ちるつもりのないまま階段落ちをした私は、流血はしていないものの身体中を強く打っている。
こんな経験をブリジットにさせるわけにはいかない。
「朝から手足を擦りむくし、今は全身打撲だし……なんで私は満身創痍なの?」
ブリジットをいじめようとした結果、ブリジットは無傷で私ばかりが怪我を負っている。
悪いことは出来ないということだろうか。
「でもこのままだとイベントが……信愛度が……ストーリーが……」
そのとき、ガチャリとドアの開く音が聞こえてきた。
そしてすぐに目の前にサミュエルが現れる。
「良かった。目を覚ましたんだね。エレーヌ嬢が階段から落ちたと聞いて驚いたんだよ」
保健室でサミュエルが看病……あれ。
もしかして今、私がブリジットのイベントを奪っちゃってる!?
「あなたに心配されるような怪我ではありませんわ。看病なんていりませんので、さっさとどこかへ行ってくださる?」
私は慌ててサミュエルを突き放した。
サミュエルには私ではなく、ブリジットのところへ行ってほしいからだ。
だって原作ゲームでは、エレーヌに恋愛イベントは起こらないのだから。
それでも割り振られたいじめっ子の役割を健気に果たすエレーヌが、私は大好きなのだから。
「強がらないで、エレーヌ嬢。必要なら僕がいつでも肩を貸すよ」
ちっがーう!
それはブリジットに対してかけるべき言葉!
私に言って何になるって言うのよ!
「必要ありませんわ。自分の足で歩けますもの。今はただちょっと、ベッドでゴロゴロしたい気分なだけですわ!」
本当は全身が痛くて立ち上がりたくないのだが。
でもそんなことを言ったらサミュエルがこの場から立ち去ってくれないため、精一杯強がってみせる。
「本当に? 校医に全身打撲と聞いたんだけど」
「全身打撲くらい何でもないと言っているのです。わたくしは全身打撲程度で泣き言を漏らす、そこら辺の令嬢とは違うんですの。わたくしは公爵令嬢のエレーヌ・タグリオーニですもの!」
私の言葉を聞いたサミュエルは、困ったように眉を下げながら、一枚の紙を取り出した。
「実は特例で、エレーヌ嬢を女子寮まで運ぶ許可をもらってるんだ。これが許諾書」
なんて手回しが良いのだろう。
原作ゲームにもあった描写だが、実際に見せられると感動してしまう。
もちろん原作ではブリジットに対して見せる許諾書ではあるのだが。
「余計なお世話ですわ。わたくしは一人で帰れますわ」
サミュエルの厚意を無碍にするのは申し訳がないが、ブリジットの役割を奪うわけにはいかないため、全力でお断りをする。
するとサミュエルが私の腕を触ってきた。
「痛っ!?」
思わず私がそう口に出すと、サミュエルはゆっくりと私の手を離した。
「腕を触っただけでこんなに痛がるのに、自分の足で女子寮まで歩けるとは思えない。車椅子に乗るとしても、自分で動かすのは大変だと思うよ」
その通りすぎて、反論の言葉が見つからなかった。
もうここは私が折れて、女子寮までサミュエルに車椅子を押してもらった方がいいのかもしれない。
「それなら……あなたにお願いしますわ。不本意ですけれど」
私の言葉を聞いたサミュエルは、人の良さそうな顔でにっこりと笑った。