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第11話 竹影に潜む裏切りと棘

嵐山・幽谷のカーブ、夜風がすすり泣く。

まばゆい投光器が封鎖された道路を白昼のように照らし出す中、神代財団のセキュリティ部隊は黒い岩のごとく整列し、厳しい指揮のもと即座に集結、無言の包囲網を形成していた。


張り詰めた空気が全員を押し潰さんばかりに覆い、その場の顔に疑念と不安の色が浮かんでいる。


内通者──!?


凛お嬢様が連れてきた、謎の顧問が突然断言したのだ。


「襲撃者はこの中にいる」と。


浩一は封鎖線の内側に立ち、冷たい黒のUSBを手に強く握りしめていた。【弱点洞察(初級)】は見えないレーダーのように全力で作動している。


その眼差しはまるで手術刀。


一人ひとりの顔つき、体の動き、目の動きに至るまで、細部まで精密に切り裂くように観察していく。


脳内には、吉田技師が“読んだ”異様な映像が何度も何度も再生されていた――制御不能になる車内、あの冷静すぎる目をした制服の影!白狐の変身能力、内通者、もしかすると両者は同一人物…あるいは内通者は、白狐が変装しているのか…!


凛は浩一の隣に立ち、沈黙のまま凍てつくような気迫を放っていた。


彼女が一言も発せずとも、その深く静かな視線は鋭利な刃のごとく、現場全体に圧力をかけていた。浅野茜は暗号化されたタブレットを持ち、全員のデータをリアルタイムで照合している。


一分、また一分。張り詰めた空気の中、竹葉のすれる音さえ巨大に響く。


浩一の【弱点洞察】は、周囲の微細な違和感を自動で捉えていた:



左側三列目の背の高い隊員:呼吸が他と比べてわずかに早く、喉仏が不自然に動いている(緊張)。


右側二番目の屈強な隊員:何度も上司のほうを見ており、銃ベルトを無意識に触っている(不安)。


だが、どれも「正常なストレス反応」にすぎない。

決定的な証拠にはならない。だが――浩一の目が、列の後方に立つ一人の中年隊員に吸い寄せられた。

田所健二――データでは車列の外周警備担当・警戒班長という立場。


見た目には一切の異常がない。姿勢は完璧で、視線も真っ直ぐ、呼吸も整っているように見える。だが【弱点洞察】の視野には、隠された“異常”が映っていた――心拍と呼吸のズレ:見た目は落ち着いているが、心拍と呼吸のリズムにほんのわずかな齟齬がある。

まるで深い緊張を抑えつけようとしているような、精神的な異常。


指先の震え:右手の人差し指と中指が、虫の羽ばたきのようにかすかに震えていた。通常の緊張では到底見られない微細かつ持続的な痙攣。

偽の安静を装った視線:前を見ているようで、視線が微妙に周囲をなぞるように動いている。

それは観察ではない――逃走経路や“仲間”の状態を確認しているような動きだった。


そして、決定的証拠――靴の汚れ:左足のブーツの内側、足首付近に、爆心地の土壌にあったあの銀色の金属粉末と同じ質感と色の汚れがこびりついている!


――おかしい。田所の配置は外周、爆心地に踏み入る理由などないはずなのに!彼は現場にいた…いや、彼こそ“あの制服の男”――あるいは白狐そのもの!


その瞬間、浩一のポケットで鬼札コインが鋭く震えた!


警告――敵に感知された!


「田所健二!」


浩一は一歩踏み出し、夜空を裂くような声で叫んだ。


指は鋭く田所を指し示す!


「お前のブーツに付いてるのは、“幽谷のカーブ”爆心地の金属粉末だ!外周にいたはずのお前が、なぜ核心地点の痕跡を踏んでいる!? 説明しろ!」


――轟然!


その場にいた全員の目が田所に集中!凛と茜の視線が鋭く突き刺さる!


田所は、ほんの一瞬、体が硬直した!


その“偽の静けさ”が破れ、目に浮かんだのは、驚愕と――ほんの一瞬の狼狽だった。

だが――反応は異常なほどに速かった。


「でたらめだ! 捏造だッ!」


田所は怒声を上げ、怒りにかこつけた混乱を誘おうとする!


「一体お前は何者だ!? 外部の人間が勝手な――!」


言葉を吐きながら、田所の体はまるで毒蛇のように地を這い、すさまじい勢いで茜の方向へ飛びかかった!


その右手は閃光のごとく腰へ伸び――隠された銃器を掴みにいく!


浩一の【基礎格闘精通】は、その一瞬の体重移動から意図を読み取っていた!


「浅野、伏せろ!」


浩一が叫ぶと同時に、地を蹴って疾駆する!


だが――田所、否、“白狐”の仮面を被った何者かはそれよりも速かった!


銃に指が届くと同時に、異様な“気配”が爆発的に噴き出す!


目に見えぬ、しかし冷たく粘つくような精神の濁流――まるで毒霧のように周囲に拡散し、複数の隊員が苦悶に顔を歪める!


「うっ……!」


「ぐ、頭が……っ!」


それは“白狐”が持つと噂された、精神干渉の異能。

茜もまた、その影響下にいた。彼女は一瞬で視界を失い、金属の冷たい感触とともに、手からタブレットが落ちる音を聞いた。

田所の顔には、もはや“隊員”の仮面はない。浮かび上がったのは、歪んだ凶笑と……獣のような光を宿す瞳。


銃口が、無抵抗な浅野の額に向けられる。


彼の真の狙い――人質を取って逃走すること。


――しかしその瞬間、「死にたいのか貴様ッ!」

鋭く怒鳴る声とともに、浩一の身体が鬼のような速度で駆け抜けた!


ゴォォォォン!


彼は銃口の前に躍り出るのではなく――浅野の横のバリケードに足を叩きつけた!


重いバリケードが動き、爆発的な力で田所の腕に激突!


ドンッ!


銃声が響いた! 弾丸は浅野の髪をかすめ、後方の警察車両を撃ち抜く!


同時に――田所の右手から銃が吹き飛ぶ!


「くっそおおおおお!」


怒号と共に、田所は咆哮し、ついに本性を現した!


作戦服を引き裂くと、その下には薄く銀色に光る特殊なボディアーマーが現れる!身体がぬらぬらと曲がり、蛇のように関節の常識を無視して動き、浩一の攻撃をかわす!


そして、カウンターの手刀が疾風のごとく、浩一の負傷した左肩へと振り下ろされる!


一撃必殺の殺意!


「やはりお前が“白狐”か――ッ!」


浩一の目には、恐れなど一片もない。あるのは狂気にも似た闘志!


【弱点洞察】がその異常な動きの中、腰の力点――防護スーツの接合部を見破る!


彼は退かない。むしろ踏み込み、すべてを込めた拳を――


「棘絞殺!」


ポケットの鬼札が、焼けるような熱を発した瞬間、拳に冷たく暴力的な力が注ぎ込まれる!


ゴガァッ!!


銀色の防具が……破れた。


浩一の拳は、防弾繊維を貫き――田所(白狐)の腰を深々と陥没させる!


「が……ああああああッ!!」


非人間的な絶叫とともに、田所の体が吹き飛び、太い竹に激突!


バキン!


直径10cmの竹が、容易く折れる。


血と銀の破片が宙に散り、崩れた田所の顔からは、“田所”という人格が完全に剥がれ落ちていた。


残ったのは、痛みと恐怖と――妖しげな何者かの片鱗。


そして、その命の火は、静かに――消えた。


【弱点洞察】:目標の生命反応消失。脅威、解除。


深夜の竹林に、凍てつく静寂が戻る。


ただ、風に鳴る竹の葉音と、負傷者たちのうめき声だけが響いていた。


浩一は肩で息をしながら、血に濡れた拳を見下ろした。鬼札コインの熱も、静かに鎮まりつつある。


そのとき――


「……やっぱり、私の棘は、思ってたよりも――ずっと鋭いわね」


凛の声が闇を裂いた。その目は、倒れた“田所”ではなく――


竹林の奥、より深い闇を見据えていた。


そこで、一条の白い影が――まるで空気と溶け合うように一瞬だけ揺らぎ、消えた。


真の“白狐”――見ていたのだ。すべてを。


田所は、ただの捨て駒にすぎなかった。


茜は、震える手でタブレットを拾いながら、浩一を見た。その瞳には、言葉にできない感情が揺れていた。


任務更新:白狐の影を狩れ


段階目標(内通者排除):達成


報酬:追加1,000万円支給完了


弱点洞察(初級)熟練度:大幅上昇、効果強化


新たな目標:


“白狐”の本体を追跡し、“月読の核(メイン端末)”を奪還せよ。


警告:


対象は極めて危険かつ不可視。高次元精神干渉および変身能力を保持。


主(浩一)はすでにマーキングされている。


浩一は血まみれの拳を振り払いながら、白い影が消えた竹林の奥を、静かに、しかし鋭く見据えた。


その瞳には――冷たく、そして燃え上がるような狩人の炎が宿っていた。

本当の狩りは、これからだ。


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