皇太子殿下生誕を祝う宴席が催されるということで、ファルティアは朝早くから王宮へ詰めて支度をしている所だった。
(宴席は日没後なのだから、もう少し後でも良いでしょうに……)
とは思いつつ、支度の為には王宮の侍女、生家の侍女たちが数日寝ずに頑張っていることだろうから、笑顔は張り付かせたまま、口には不満を出さない。
皇太子リシャルト殿下。
本日の生誕日を迎えて、十六歳になる。
現在は、学び舎で学問に励んでいるが、いずれ成人皇族として、政務が始まることであろう。十六歳とは、その境目ともなる年齢だった。
「お嬢様、いよいよ、お輿入れが近付いて参りましたわね」
侍女達も気がそぞろだ。
十七歳になれば、ファルティアと皇太子は婚姻を結び、晴れて、夫婦となる。これは周知の事実であったし、ファルティアも、その未来を今まで疑ったこともない。
アヴェリン侯爵家は、『三名家』として数えられ、代々、家には初代皇帝から賜った家宝を受け継いでいる、実に由緒正しい貴族の名家だった。
家宝と言っても、古ぼけた鍋で、『聖なる鍋』などとよばれている代物だ。多分、初代皇帝が戦争の際に使っていた鍋ではないかと思う。そして、他家も似たようなものだった。『聖なる竈』、そして『聖なる杓子』。炊き出し道具だとしか思えない。
「わたくしも、十六歳になったら王立学院に入学して、皇太子殿下と供に学びたいのだけれど、なぜか、お母様は、わたくしが王立学院に入学するのを反対なさっているのよね」
不思議なことだ、と思う。
何度か、理由を聞いたが、理由も告げられず『とにかく絶対に駄目だ』とだけ話を聞いている。
「理由くらい教えてくださっても良いのに」
「学院は、様々な身分や立場の方が参りますから、やはり、奥様は心配なのですわ」
それはそうなのだが、今後の人生の事を考えていれば、さまざまな立場の人と接していくのは大切なことだと思う。そういう意味では、学院に入学して学ぶというのは、悪いことではないと思うのだが……。
「お母様には、お母様のお考えがあるものね。あとで、お教えくださるのを待つし、わたくしも、学院へ行きたいとは言い続けるわ」
侍女が、髪のセットを終えたようだった。今日は、自慢の髪を高々と結い上げて、余った分を背に流している。そこに、真珠と紅玉で作った髪飾りを飾った。ドレスの色も、紅玉の赤だ。
この色は、皇太子殿下からの指定の色だった。婚約者ということで、色を合わせているのだ。特に、内々での朝食の席ならば、あまりにも華美な装いではないかとは、気がかりだった。すこし、大人っぽい色だとは思うが、指定の色なので仕方がない。
(皇太子殿下も、こんな真紅よりも、紺とか黒の方が似合うと思うのだけれど……)
皇太子は、銀色の髪に、翠玉の瞳をしている。
もっと軽やかな色合いの方が似合うはずだった。
実際……。
「今までのお召し物は、瞳の色の、翠が多かったわ……」
ポツリ、と呟いたのを、侍女は聞き逃さなかった。
「殿下の、お召し物の色でございますか?」
「え? ええ……そうなのよ……」
すこし、違和感がある。月に一度、茶会をしているが、特に会話はないので、人となりもよく解らない婚約者ではある。しかし、今まで、公の場に出る時は、もっと違う色だった。
「たしかに、今までとは違いますけれど、もう、十六歳ですから……今までとはイメージを変えたいと言うことではないでしょうか」
大人っぽい色にする……というのは、確かに、今まで『子供』だと扱われていた皇太子にとって、必要なイメージ戦略かもしれない。が、どこか、しっくりこない。
「でも、お嬢様。お嬢様は、この真紅のドレスが本当にお似合いですわ。もしかしたら、お嬢様のイメージに合うように色を考えてくださったのかも知れませんわね」
侍女は、暢気に笑う。
これ以上、侍女の前で不安げな顔を見せるわけにも行かずに、ファルティアは「そうだと嬉しいわ」と笑顔で応えた。