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第2話


 貴族の世界で、笑顔は一つの武器だ。美しいドレスも。


 終始、にこやかにしていることは大切な武装である。

 夜会の前に、皇帝皇后両陛下並びに皇太子に呼び出されたので、広間へ向かう。私的な朝食会ということだった。


 夜会の為のドレスで来ることという指定があったのも、少々、疑問がある。


(一日の間に何度も着替えるのは、普通のことなのに)

 侯爵家令嬢であるファルティアでさえ、一日の間に数回着替えることがある。皇室ならば、もっと着替えの回数は増えるだろう。


 ともあれ皇室一家の待つ食堂へと向かう。

 到着すると、すでに、皇帝一家は揃っていた。


「皇帝陛下、皇后陛下にご挨拶申し上げます。ファルティアでございます。本日はお招きありがとうございます」

 礼法どおりに挨拶をして、ファルティアは驚く。


 皇帝一家は、実に簡素な私服だったからだ。


「まあ、ファルティア、おはよう……素敵なドレスで来てくれたのね」

 皇后陛下は笑っていたが、皇太子殿下は露骨に顔をしかめたのが解った。


(騙された……?)

 そういう連絡があった……とは聞いたが、本当に、皇太子からの連絡だったかは解らない。


(これは……もしかして、嫌がらせ……)

 ファルティアが皇太子妃になることが気に入らない人物というのは、いくらでもいるだろう。


 ファルティアは気合いを入れて、笑顔を浮かべる。


「本日の夜会が楽しみすぎて、夜会用のドレスで来てしまいました」

「まあ、気が早いわね」


 皇后が笑う。けれど、皇太子は「えっ」と小さく呟いたのを、ファルティアは聞き逃さなかった。


「もしかして、なにか聞き間違えまして?」

 ファルティアが問いかけると、皇太子が、ふ、と視線を逸らした。答えるつもりはないらしい。


(そして、今日のドレスの色は、『違う』っていうことよね……)


 予備のドレスは持ってきている。

 だが、どういう色だろう。

 そして、どういうデザインか。


(おかしい、皇太子殿下ご本人とはやりとりしなかったけれど、側近の方とは……)


 やりとりをさせた。なので、間違いはないはずだ。

 甘かった、と自分の甘さを呪いながら、気を引き締める。ここから先の未来には、こんなドレスの色など可愛らしく思えるような事件が、沢山現れるはずだ。


(この程度のこと、軽々と解決しなければならないわ)


「……お話しがあるなら、あとにしたら良いわ。まずは食事にしましょう」


 皇后がファルティアに着席を促す。

 皇太子の隣の席だった。


 着席するなり、朝食が支度される。


 焼きたてのパンが数種類。コンフィチュールの類、ホイップされたバター、卵料理と、肉料理、それにフルーツと野菜のサラダ、絞りたての柑橘のジュースと、乳製品。これは変わらぬ皇室のスタイルだった。何度かファルティアも相伴に預かっている。


「……夜会の支度は十分なようですね、ファルティア」

「はい、本日の夜会が楽しみです」


 ドレスは困ったが……、それに先ほど、『今日着るドレス』と言ってしまった。別なドレスを着る為の理由が必要だろう。


(さて、どうしようかしら……)

 思案していると、皇太子が小さくファルティアに問いかけた。


「なぜその色を?」

「殿下と打ち合わせをしたと、家の者たちは申しておりましたが」

 皇太子は当惑しているようだった。


「翠、それに差し色は菫色と……」

 それは皇太子の瞳の色と、ファルティアの瞳の色だ。


(皇太子殿下が、気遣ってくださったのは、すぐにわかる。それを、わたくしが無碍にした形にするということね……)


 この企みを仕組んだものは解らないが、意図はわかった。

 気に入らないが、そういうことだろう。


 つまり、敵は、ファルティアを皇太子妃から引きずり下ろしたい人物だ。

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