◇ ◇ ◇
控え室に戻ったファルティアは、まず、盛大に溜息を吐いた。
「お嬢様」
侍女が窘めるが、仕方がない。
「ここ数ヶ月、今日の宴の為の準備は、全部間違っていたようよ。うちも、それに気が付かなかったのですから、どうしようもないわね」
けれど、なぜ、家のものたち全員が、この間違いに気付くことが出来なかったのだろうか。それが気になる。
(なにか、おかしい……?)
「ねえ、皇太子殿下とのやりとりは、どうしていたの?」
「書簡でやりとりしていたはずです」
「書簡、ね」
それならば偽造されることも、途中ですり替えられることも考えられる……。
「けれど、お嬢様。皇太子殿下の印章で封蝋されていたのですよ? そんなものが、間違っているとは思えません」
ぞっ、とした。
これが事実ならば、大問題だ。
(皇室の印章を偽証すれば、犯罪だわ……)
「……ちょっと、一度家へ行って、その時の書簡は厳重に保管しておくように言いつけて頂戴。そうね……『今日の宴で身につけようと思っていた腕輪を忘れてしまったから、取りに行く』ということでおねがい」
ここは皇宮だ。簡単には、出入りできない。理由が必要だった。
「畏まりました」
まずは、私服に着替えて、ファルティアは、溜息を吐く。
国を挙げての祝祭。その華やかな舞台で、ファルティアを陥れようとして動いている、誰かがいる。
(はあ……一体何なのよ……)
溜息しか出てこない。
皇太子の機嫌は悪い。敵があちこちから出てくる。皇太子の印章を偽造してまで、ファルティアを陥れようと画策しているような、危険な人たちがいるというのも、腹立たしい。
「今日は、絶対に失敗は出来ないわ。あと、今日、ここで起きたことについて、お母様とお父様にも報告をして置いて頂戴。それと、お兄様にも」
これ以上、問題が起きるようならば、ファルティア一人ではなく、家全体の問題になりかねない。早めに情報は共有しておくべきだった。
頭が痛いことこの上ないが、仕方がない。
「問題は山積みだけど、むしろ今は、宴席で仕掛けられる前に解って良かったと思った方が良いわね」
とりあえず、少しでも前向きな気持ちでいようと思いつつ、ファルティアは皇太子の顔を思い出していた。
美しい顔だったが、そこに乗った、侮蔑にも似た不機嫌の理由は、全く分からなかった。