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第17話:支配者の告白、世界再構築計画

電話を切ってから、わずか30分後。


藍沢邸の前に、一台の黒いセダンが滑るように横付けされた。

運転席には、顔の見えない男が座っている。

林 耀は、自ら迎えに来るとは言わなかったが、おそらく手配した車だろう。


紡は、ポケットの中の招待状を握りしめた。

その白い紙片は、微かに熱を帯びている。

(行くしかない……もう、逃げられない。これは、私が選んだ道。)

藍を守るため、そして、林 耀の真意を暴くために。


車は、都会の喧騒を離れ、ひたすら郊外へと進んでいく。

窓の外の景色は、やがて高級住宅街へと変わり、さらに森のような広い敷地へと入っていった。

ゲートをくぐり、砂利道をしばらく進むと、目の前に現れたのは、まるで洋館のような、

しかしどこか無機質な印象の建物だった。


黒い石造りの外壁。

窓は少なく、まるで外部からの視線を拒むかのように閉じている。

周囲は手入れされた庭園が広がるが、そこには生気よりも、完璧に管理された、人工的な美しさが漂っていた。

まるで、林 耀自身の「渇望」が、この空間を形作ったかのようだ。


車が玄関ポーチに止まると、すぐに運転手が扉を開けた。

紡が降り立つと、そこには林 耀が立っていた。

いつもと同じ、穏やかな、

しかし目が笑っていない「仮面」を貼り付けた笑顔で、紡を迎えた。


「よく来てくださいました、小鳥遊さん。私の『居場所』へ。」

まるで遠い昔からの旧知の仲であるかのように、親しげだった。

しかし、紡の心臓は、警鐘を鳴らし続けている。


林 耀は、紡を館の中へと招き入れた。

広々としたエントランスホールは、シンプルな内装だが、調度品の一つ一つが最高級品であることは一目でわかる。

だが、どこか生活感がなく、まるで時間が停止したかのような、冷たさを感じた。


「さあ、こちらへ。」

林 耀は、紡を奥へと導いた。

辿り着いたのは、書斎のような部屋だった。

壁一面に洋書が並び、中央には重厚な木製の机が置かれている。

机の上には、アンティークな地球儀と、いくつかの書類が広げられていた。


「ここは、私の『根源』に最も近い場所です。」

林 耀は、紡が腰を下ろすのを促しながら、静かに言った。

その言葉に、紡は息をのんだ。

林 耀の「根源」。

それは、天響研究所の火災と、「死を克服する力」への執着。


「貴女は、私が何を求めているのか、おおよそ理解したことでしょう。」

林 耀は、紡の目を真っ直ぐに見つめた。

「天響研究所の火災、そして、藍沢博士のこと。」

紡の脳裏に、藍の父親と若き日の林 耀が写った写真が蘇る。


「ええ、藍の父親と、貴方が……」

紡が言いかけると、林 耀は微笑んだ。

「藍沢博士は、私の恩師であり、共同研究者でした。

そして、あの火災は、私たちの研究の最中に起こったのです。」

林 耀の表情に、一瞬だけ、深い悲しみがよぎった。

「私たちは、人類が持つ最大の課題、『死』の克服について研究していました。

肉体の死を超え、意識を保存し、再構築する技術。

それは、永遠の『魂の救済』を目的とした、壮大な試みでした。」


紡は、林 耀の言葉に、全身の血が凍るのを感じた。

「意識の保存……再生……」

それは、まるでSFの世界のような話だった。

「そして、火災は、その実験の失敗によって起こった。」

林 耀の口調は淡々としていたが、その瞳の奥には、燃え盛る炎の残像が見えるかのようだった。


「多くの命が失われました。藍沢博士も……」

林 耀は、言葉を区切った。

「しかし、私はそこで、確信したのです。

意識は、肉体が滅びても、完全に消滅するわけではない。

そして、『真の欲望』こそが、意識を繋ぎ止める『核』であると。」


「それが、貴方の、死んだ人たちを生き返らせる力……?」

紡が尋ねると、林 耀はゆっくりと頷いた。


「いいえ、それは違います。単なる『生き返らせる』などという、矮小な話ではありません。」


林 耀は、少し不快な表情を浮かべ、言葉を続けた。


「私は、失われた意識を、この世界に再構築したい。

彼らの『真の欲望』を読み解き、この世界に存在した証を、永遠のものにしたいのです。」


林 耀の瞳に、狂気じみた光が宿る。


それは、純粋な願望であると同時に、生命の摂理を根底から覆す、歪んだ執着だった。


「そして、貴女の『書』――『導きの書』こそが、その力を完全に発動させる『鍵』なのだと、私は確信しています。」

林 耀の視線が、紡のポケットへと向けられる。

「貴女の『真の欲望』は、『死への渇望』。

そして『支配されることの拒否』。

これらは、私の求める『死の克服』と、『生命の再構築』のプロセスにおいて、非常に重要な要素となるのです。」

林 耀は、紡の「真の欲望」を、まるで解剖するように言葉にした。


(私の欲望が、彼の目的のために……利用される……?)

紡は、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。


林 耀は、自分の目的のために、他者の「真の欲望」を道具としか見ていない。「魂の救済」は、傲慢な支配欲に他ならない。


「私の『書』は、貴方の道具ではありません!」

紡は、思わず声を荒げた。


林 耀は、紡の反発を予想していたかのように、静かに微笑んだ。

「道具?

いいえ、小鳥遊さん。

貴女は、この偉大な計画における、最も重要な『中心』となる存在です。」

その言葉は、まるで甘い毒のように、紡の心を絡め取ろうとする。

その時、紡のポケットの中の招待状が、激しく脈動を始めた。招待状の白い表面に、青白い光が揺らめき、文字が浮かび上がる。


『「支配者」は、全てを「餌」と見做す。「魂の救済」は、偽り。「再構築」の名の下に、「世界」は「無」に帰す。』

招待状の「声」が、紡の脳内に直接響き渡る。

「世界は無に帰す」――。

林 耀の「死の克服」は、世界を破滅させる恐ろしいものなのだと、招待状は警告していた。林 耀の目的は、想像以上に破滅的なものだった。

林 耀は、紡の顔色の変化に気づいたようだった。彼の口角が、わずかに吊り上がる。

「その『書』は、貴女に何を告げましたか?

私の言葉が、偽りだと?」

林 耀は、紡の手の中の招待状をじっと見つめている。

「しかし、小鳥遊さん。

貴女もまた、私と同じ『渇望』を抱いているはずだ。

そうでなければ、『書』は貴女を選ばなかった。」


林 耀の言葉は、まるで紡の心の奥底を見透かすかのように響いた。

(私の『死への渇望』は、本当に彼と同じものなのか……?

ただ、世界に痕跡を残したいと願った、私の『空っぽ』な心から生まれたものだ。

それは、彼の傲慢な支配欲とは、違う……違うはずだ!)


「さあ、小鳥遊さん。

貴女はどちらを選びますか?

私の計画に加わり、自らの『真の欲望』を完成させるか。

それとも、この力を拒み、自らの『空っぽ』な世界で朽ちていくか。」

林 耀は、紡に、残酷な選択を突きつけた。林 耀の館の窓の外は、すでに深く暗闇に包まれていた。この場所で、紡の運命は、大きく揺れ動こうとしていた。


(つづく)

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