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第2話

「みんな来て! 新入りが二人入ったそうよ!」

「本当に……って、一人は男の人じゃない!」

「珍しいこともあるものなのねぇ」


 イーサンに半ば強引に連れてこられた宿舎でヘイデンとローズを出迎えたのは、見渡す限りの女性、女性、女性の群れであった。


(本当にここに送られてきた女性全員ここにいるみたいだな……)


「お前らローズに色々教えてやってくれ。俺はこいつに部屋を案内するから」

「はーい!」


 さっそく親切そうな女性たちに囲まれてホッとした様子のローズを見ながら、ヘイデンも内心安堵のため息をついていた。


(良かった。彼女はもう大丈夫そうだな)


「はい、鼻の下伸ばしてないで、お前はこっちな~」


 束の間ほんわかとした空気に癒されていたヘイデンだったが、気の抜けるようなイーサンの声にはっと自分の現在の危機的状況を思い出す羽目となった。


(ヤバいぞ。他人の心配をしていられるような場合じゃなかった!)



 時は遡ること数分前。


「兄ちゃん残念だったな。初対面でいきなり『ダンジョン外の魔物』に目ぇ付けられちまってよ」


 なにかしら上の人間に報告する必要があるとかなんとかでイーサンがその場を離れた隙に、大柄のリーダーが同情するようにヘイデンの肩に腕を回して耳打ちしてきた。


「何ですって? 『ダンジョン……の魔物』?」

「それじゃ普通の魔物だろうが。本来地下迷宮から出て来るはずはないのに、地上に現れている特別な魔物ってことさ。ここでのイーサンの二つ名だよ」

「えっ! あの人魔物だったんですか?」

「いやいやただの比喩表現だから。あいつは正真正銘人間だけど、奴に魅入られたが最後……」


 ごくり、と唾を飲み込むヘイデンの目の前で、大柄なリーダーは人を食ったような笑みを浮かべながらじりじりとじらした後、ぱっと突き放すように肩にかけていた腕を外した。


「ま、自分で確認するこったな」

「ええ~! ちょっとそこまで言っといてそれは無いんじゃないですか?」

「心配しなくても今晩すぐにでも分かるって」


 そんな意味深な捨て台詞を残して、大柄なリーダーは後ろ手にひらひらと手を振りながらその場を去って行ってしまったのだった。



(……ダンジョン外の魔物って一体どういう意味なんだ? ろくでもない予感しかしないんだが……)


「はい、ここが俺たちの部屋ね」


 物思いに耽っていたヘイデンは、いつの間にか奥の狭い部屋に足を踏み入れていたことに気が付いてハッと我に返った。


「あ、はい、ここが……って俺、あなたと同じ部屋なんですか?」

「悪いね、ここあんまり部屋数なくてさ。女性と同じ部屋にするわけにもいかないし」


(やばいぞ。いきなり魔物とか呼ばれている輩と相部屋にされてしまった。大丈夫か俺?)


「ベッド貸してやりたいのはやまやまなんだが、そういうわけにもいかないからなぁ。寝袋でいい?」

「あ、全然お構いなく」


(あれ、思ったより親切な人だったりするのか……?)


 ぽいっと渡された寝袋を慌てて掴んで顔を上げると、ベッドの上でシーツの皺を伸ばしているイーサンの、Eラインの美しい横顔が目に入った。


(へぇ、よく見ると意外と美人だな……)


「……あの、どうして俺、リーダーの班に連れてこられたんですか? リーダーは女性の担当なんですよね?」

「ああ、実は俺、別に女性の担当ってわけじゃないんだ」

「えっ?」

「コネ使って女性は全員俺の班に入れるよう融通してもらってるだけだよ」


 何だって?


「……どうしてそんなことを?」

「だってどうせ一緒に働くなら、ムサイ男どもより綺麗な女性の方が断然いいに決まってるだろ?」

「それ、他のリーダーたちもみんな同じこと考えてると思うんですけど」

「そういうの決定権があるのは上の人間だからね。だからコネだって言っただろ?」


 やっぱりろくでもない人間である予感しかしない。


「……じゃあその、俺がここに連れてこられたのは……?」

「だからさっき言った通り、気に入ったからだよ」


(だから何がそんなに気に入ったのか聞きたいんだってば!)


 思わず抗議しようと口を開きかけたヘイデンだったが、シーツの皺を伸ばしていたイーサンがそのままごろりと横になって目をつぶったため、喉元まで出かかっていた言葉をそのままぐっと飲みこんだ。


「じゃあ俺はちょっと昼寝するから、分からないことは先輩女子にでも聞いてくれ。くれぐれも勝手にダンジョンに入ったり、よその班の奴と喧嘩したりするなよな」

「え、ちょっと……」


 しかしイーサンはよほど疲れていたのか、目をつぶった瞬間気絶するように深い眠りに落ちた様子で、ヘイデンの歯切れの悪い言葉が彼の耳に届くことはなかった。


(全く、初日からいきなり放置プレイかよ……)


 ヘイデンは小さくため息をつくと、横向きに体を丸めてすやすやと寝息を立てているイーサンの肩にそっと掛布団をかけてやってから、先輩女子にここでの生活について教えてもらうために静かに部屋を出て行った。



 ギシッギシッと木の軋むような音に眠りを邪魔されて、ヘイデンはかび臭い寝袋の中ではっと覚醒した。


(何だ? 一体何の音……?)


「あっ……やべ、新入りが起きたみたいだ」

「お前が声を抑えないからだろ?」

「そんな、こと、言ったって……あんただって俺の声好きなんだろ?」

「ったく、ダンジョン外の魔物とはよく言ったもんだぜ。お前本当に人間なんだろうな? 実は淫魔なんじゃないかって前から疑ってたんだけどよ」


(え、あれ、うそ、もしかして……)


 真っ暗な部屋の中で、窓の形に切り取られた月明かりが寝台の上を青白く照らし出している。重なった二つの影の下の紫色の瞳と目が合った瞬間、ヘイデンは尾骨から背筋にかけてぞわっと鳥肌が立つのを感じた。


(ベッドを貸すことができないって……そういう意味だったのかよ!)

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