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第3話

 ダンジョン開発機構の基地にやって来てから一週間が経過した頃、ヘイデンは初日に送迎車の中でローズにちょっかいをかけていた眉毛の毛深い荒くれ者と再会した。


「あっ! お前はあの時の……」


 さっそく因縁を付けてやろうと近付いた荒くれ者だったが、ベンチに座ったまま顔だけのっそりと持ち上げて自分を見上げたヘイデンの顔があまりにも酷くやつれて見えたため、暴言を吐き出すつもりで開いた口をそのままポカンと開けて思わずその場に立ちすくんでしまった。


「……あの時の英雄気取り野郎だよな?」

「はぁ……」

「ダンジョン探索は今日からだろ? なんで既にそんなに疲れきってるんだ?」


 この一週間の間、集められた志願者たちはそれぞれの宿舎で班長からダンジョン開発に関する講義を受け、地下迷宮へ潜るための事前準備を整えていた。


「お前脳筋タイプなのか? 体を動かすのは得意だけど座学は死ぬほど苦手とか?」

「別に」

「じゃあリーダーと合わないとか? お前んとこのリーダーって誰なんだよ」


 ヘイデンが自分の班のリーダー名を告げると、荒くれ者は「あぁ」と納得したように嘲笑を浮かべてヘイデンの隣にドサリと腰を下ろした。


「『ダンジョン外の魔物』だろ?」

「知ってるのか?」

「初日にうちのリーダーから注意喚起があったんだ。イーサンって魔性の男には気を付けろって。奴に目をつけられたが最後、搾り取れる最後の一滴まで精を搾り尽くされるってな」


 荒くれ者は面白がっている様子で、ヘイデンのクマでくっきり縁取られた目元をニヤニヤしながら覗き込んだ。


「なぁ、俺は男の体は知らないんだが、奴はそんなに良いのか? 遠目でしか見たことないが、確かに見た目はアリだなとは……」

「知るかよ。俺は別に何もやってないし」

「じゃあなんでそんな感じになってんだよ? 毎晩搾り取られてるんじゃないのか?」


 イーサンは初日だけにとどまらず、毎晩彼らの寝室に男を連れ込んでは爛れた行為に興じていた。


(毎晩毎晩アンアンギシギシ盛りやがって!)


 狭い部屋の中でそんなことをされて、隣で寝ているヘイデンに逃げ場などあるはずもなく、結果この一週間殆どまともに睡眠が取れないまま、初仕事の日を迎えることになってしまったのである。


(うるさくて眠れないってのももちろん大問題なんだけど……)


 ヘイデンは誓って男色の気はないつもりであったが、こう毎晩隣で盛大に盛られるとどうしてもおかしな気分になってしまう。


(くそっ! 初日にシャツのボタンを引きちぎられた時点で警戒するべきだった。あいつはつまり男に抱かれたい性癖の持ち主で、俺のことが気に入ったっていうのはゆくゆくは俺ともそういう関係になるつもりで……)


「おい、何こんな所で油売ってんだ? さっさと準備しろよ」

「おっと、こうしちゃいられねぇ。やっとダンジョンに潜れるようになったんだ。サクッと貴重なお宝発見して、報奨をもらう権利を手に入れてさっさとこんな所からはおさらばしねぇと。男のケツなんか気にしてる場合じゃねぇや」


 自分の班のリーダーに呼ばれた荒くれ者は強欲そうな笑みを浮かべて立ち上がると、憐れみを込めてヘイデンの肩をポンポンと叩いた。


「じゃあな、次会った時は男の体がどんなだったか感想を聞かせてくれよな」


 しかし、その後ヘイデンが彼と会う機会は二度と訪れることはなかったのであった。



「じゃあこないだの講義の内容を思い出して。進んでいいのは俺がいる所までだからな。絶対に勝手な行動を取るんじゃないぞ~」


(この人、昼間の太陽の下ではただのちょっと顔のいいやる気のない兄さんって感じなんだけどなぁ)


 睡眠不足でげっそりとしたヘイデンをよそに、女性陣は元気いっぱいな様子で、きゃあきゃあと楽しそうにイーサンの後に続いて地下迷宮へ続く階段を降りて行く。その様子は危険なダンジョンに向かっているというよりは、まるで今から高原にピクニックに出かける女子学生を彷彿とさせるものであった。


(なんでみんなこんなに呑気なんだ……)


「みなさんうちの班のリーダーに絶大な信頼を寄せていらっしゃるんですって」


 ヘイデンと同時期に基地へやって来たローズだけは、他の女子たちと違って緊張感のある表情をしていたが、それでもヘイデンよりは自信に満ちた足取りをしていた。


「どうしてリーダーが自分の班に女性を集めているのか先輩方に聞いたんですけど、私たちの身に間違いが起きないよう気を配って下さっているそうなんです」

「え?」

「うちのリーダーがゲイだってご存知でした? リーダーの宿舎にいる限り、私たちは身の危険に晒されることなく安心して夜を過ごすことができるんです。他のリーダー相手だと、立場の弱い私たちは抵抗できずにされるがままになってしまいますから」

「うちのリーダー相手だったら、私は全然いいんだけどね~。むしろこっちから夜這いに行きたいくらい」


 ローズの横にいた先輩が冗談混じりにそう言うと、周囲の女性たちが賛同の意を示すように一斉に頷いた。


「うちのリーダー美形だものねぇ」

「色気もすごいし。目からフェロモン出てるみたい」

「細身だけど筋肉質で、背も高いのよね」

「はぁ~、どうしてこんな優良物件が私たちを恋愛対象として見てくれないのかしら」

「いいわねヘイデンは。リーダーにそういう目で見てもらえて」


(全然良くない!)


「お~い、お前ら緊張感なさすぎじゃないか? さっさと作業始めろよ~」


 イーサンのこれまた緊張感の無い呼びかけに呼応するように、女性たちは各々担いできた袋から採掘道具を取り出し始めた。


(……あれ? ここって……)

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