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第4話

「ヘイデン? どうかしたんですか?」

「……あ、うん、ちょっと……」


 訝し気なローズの視線を背中に受けながら、ヘイデンは女性たちの間をすり抜けて先頭にいるイーサンの側に近寄って行った。


「……あの、リーダー」

「ん?」

「ここってその、レベル一のダンジョンですよね?」


 ダンジョンには階層があり、地上に近いほどそのダンジョンを表す数字は小さくなるため、レベル一というのは最も地上に近いダンジョンのことを指す。


「そうだけど? 俺の管轄はレベル一だけだから」


(嘘だろ?)


「……地上に近い場所の宝物はあらかた掘り尽くされていると聞いたことがあるのですが」

「ああ、そうだよ。ここで見つかる程度の物に価値なんかほとんどないな」

「ちょっとどういうことですか! それじゃあみんな何のためにここに来て……」

「報奨を得るためだろ?」


 なおも言い返そうとするヘイデンに、イーサンは「まぁちょっと落ち着け」と彼らの事情を分かりやすくヘイデンに話して聞かせた。


「お前は罪人じゃないから知らないだろうが、実はみんながみんな同じ条件ってわけじゃないんだ」

「条件?」

「報奨ってのは犯した罪をチャラにできる権限ってことだ。ここに送られてくる罪人には二種類あって、一つは強盗や盗み、詐欺など人様から金品を盗んだって罪状を持つ者たち。この連中は見つけた宝物の価値によって刑の重みが軽減されるから、より価値の高い宝物を見つけようと躍起になってるってわけ。そんでもってもう一つが、求婚を断って偉い人を怒らせてしまったって感じの、全く罪のない人たち。ここに来る女性の大半はこれに該当する。彼女らは全然悪くないのに怒らせた権力者のせいでなかなか牢屋から出してもらえなかったりするから、泣く泣くダンジョン開発を志願することが多いんだ」


 イーサンはそこまで一気に説明してから両手を腰に当てて、価値のあるものなど何も埋まっていなさそうな洞窟内をぐるっと見回した。


「ただそういう人たちは別に宝物を見つけなくても、一ヶ月ここでお国のために働けばそれで罪はチャラになるってことになっている。俺の言いたいこと、分かるよな?」


 つまり、わざわざ危険を冒してダンジョンの下層へ潜らなくても、ここでの一ヶ月を乗り切ればそれで彼女らの目的は達成できるということである。


「……分かりました。でもそういうことなら、今すぐ俺を元々の班に戻してください」

「そういやお前は一般の志願者だったな。なんだ、金が必用なのか?」

「そうです。そのためにわざわざここへ来たのに、一ヶ月間遊んで何も得ずに帰るわけにはいかないんです」

「ふうん」


 イーサンはゆったりとした動作で体を回して正面からヘイデンと向き合った。紫色の瞳に覗き込まれて、ドキッともゾクッともつかない感覚に苛まれているヘイデンに、しかしイーサンは相変わらず茶化すような調子で厳しい言葉を言い放った。


「ダメだ」

「ちょっ! 一体どうして……?」

「俺はお前が気に入ったんだ。他の班に行くことは許可できない」

「罪人でもないのに、俺の意思は通してもらえないんですか?」

「ここでのルールは俺自身だからな」


(なんだと? そんな横暴が……)


「キャー!!!」


 フェロモンが出ていると女性に言わしめた瞳と睨み合っていた時、突然鋭い悲鳴が洞窟内に響き渡ってヘイデンははっと我に返った。


「えっ、今のは……」


 ヘイデンの脳味噌が聴覚情報をようやく受け取って反応した時にはしかし、目の前にいたはずの人物は既に忽然と姿を消した後であった。


「……え、あれ?」


 バシュッ! と鋭い音がするのと同時にドスッと重たいものが地面に落ちる鈍い音が響いて、再び女性たちの悲鳴があちこちから上がって洞窟中に反響してこだました。慌てて集まっている女性たちの輪に加わってその中心を覗き込んだヘイデンは、ヘラヘラとふざけた様子の彼とは別人のような鋭い殺気を纏ったイーサンを目の当たりにすることとなった。


(あ……)


 切り倒された巨大なサボテンのような物体の前で、イーサンが抜身の短剣の刃を白いハンカチで拭っているところだった。ヌメヌメと赤い粘液を拭き取ったハンカチを地面に投げ捨てると、彼はそのまま二、三歩前に出て倒れている魔物の残骸をじっくりと観察し始めた。


(あの一瞬で、どうやってここまで移動したんだ? それにあの短剣。あんな短い刃でどうやってこんなに太い魔物の体を切り倒したっていうんだ?)


「……食人植物の一種だ。普通ならレベル三辺りのダンジョンにしか現れない魔物なんだが、まれにこうして上の階層に紛れ込んで来ることがある。落ち着いて対処すれば魔物危険度的には大したことはないんだが、まあ初めて遭遇すればびっくりするよな」


 魔物の側に落ちていた何か金色に光る物を拾ってポケットに入れてから、イーサンはようやく普段の彼らしいヘラッとした笑顔を浮かべた。


「魔物が出て驚いたことだし、今日の仕事はここまでにするか」


(ええっ? まだここに潜ってから三十分も経っていないのに?)


「リーダー、さすがにそれは上の人に言われるんじゃ……」


 女性の一人が心配そうにそう尋ねたが、イーサンは既に自分の採掘道具を袋にきっちりと仕舞い込んで帰還準備を始めていた。


「大丈夫だよ。俺から上手いこと言っておくから」

「確かに、今日はもう採掘をする気分にはなれないかも」

「私、魔物に会ったのってこれが初めてよ」

「いやだ、私もよ」

「でもやっぱりうちのリーダー、頼りになったわね」

「めちゃくちゃカッコよかったわよねぇ」


 イーサンの言葉に背中を押されるように、女性たちもおしゃべりをしながら次々と自分たちの道具を袋にしまって帰り支度を始めた。


(お国のために一ヶ月間働いたら罪がチャラになるって、一日の労働時間が三十分とかでもまかり通るんだろうか?)



 その晩、寝袋に潜り込んでいるヘイデンの隣のベッドでは、いつにも増して激しく賑やかな行為が行われていた。


「イーサン! 一日の労働時間は八時間って相場は決まってるんだぞ! フリでもいいからせめてもうちょっとあいつら働かしてこいや! ごまかすの大変だったんだからな!」

「あっ! ……ありがとうございます」

「ったく、今日は思いっきりサービスしてもらうからな」

「いつも十分満足して頂いていると思いますけど?」

「俺、前からやってみたかったのがあるんだ」


(上手いこと言っておくって、こういうことだったのかよ!)


 なんでもケツで解決しようとする尻軽が! と内心悪態をつきながら、ヘイデンは固く目を閉じると、無駄だと分かっていながら両耳をギュッと両手で塞いだ。今までも平常心でいられたことなど一度たりともなかったのだが、この夜は特に瞼の裏に昼間のイーサンの姿がありありと蘇って、心がひどくざわついていた。ベッドの上で見た紫色の瞳が、倒した魔物をじっと見つめていた時の殺気立った彼の目と重なって、瞼の裏の彼の妖艶さに心拍数が上がるのを止められない。


(っ! くそっ!)


 隣から聞こえてくる彼の声についに我慢の限界に達したヘイデンは、右耳を塞いでいた手をそろそろと自身の下半身に向かって下ろしていった。

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