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第5話

 ダンジョン開発機構の基地を去る方法は二通りある。一つは一ヶ月の任期を終えて、送迎車の定期便にみんなで連れ立って乗車する方法。もう一つは自己申請して任期より早めに切り上げる方法だ。貴重な宝物を見つけた段階で報奨が確定するため、幸運な強運の持ち主はダラダラと一ヶ月もここにいる必要はなく、さっさとここを出ていくのが一般的であった。

 ヘイデンが基地に来て二週間が経ったその日の朝、彼は数名の志願者たちが送迎車の臨時便に向かって歩いていくところに偶然遭遇した。


(あ、あれは……)


 あのモジャ眉の荒くれ者を呼んでいたリーダーが見送りの列に立っているのを発見して、ヘイデンは思わず帰路の途につこうとしている一団を目を凝らして確認した。


(モジャ眉はいないな。まあそう簡単に宝物なんて見つかるものじゃないか)


「おっ! 国宝級の天然記念物君じゃないか!」


 じーっと自分たちの方を凝視している金髪のイケメンに気が付いて、モジャ眉を管轄していたリーダーがヘイデンの所へ大股に歩いて来た。


「元気に毎晩搾り取られてるか?」

「……モジャ眉さんは元気ですか?」

「え、何の話?」

「あなたの班に所属してる、眉毛のモジャッと濃い悪そうな男ですよ」

「ああ、ガイのことかな……」


 そのリーダーは一瞬視線を空に向けた後、まるで今晩のおかずの話でもするかのように何気ない口調で淡々と彼の現状について述べた。


「死んだよ」

「へぇ~、そうですか……死っ!?」


 驚いたヘイデンがガイのリーダーだった男を二度見すると、彼はいつものことだと言わんばかりの表情で小さく肩をすくめて見せた。


「死んだって……一体どうして?」

「生き残った連中の話によると、レベル三のダンジョンで食人植物にやられたんだとさ。まぁあの程度の魔物にやられるようじゃ、先は知れてたがな」

「そんな……あなたでも対処できなかったんですか?」


 鮮やかに魔物を討伐したイーサンの手際の良さを思い出し、ヘイデンは不審に思って眉をひそめた。


「あ? 俺は行ってないから知らねえよ」

「……え?」

「俺たちの仕事はダンジョンに潜る連中の管理だからな。何人潜って何人帰って来たか、任期はいつまでか把握して上に報告するだけでいいんだ。国も世間がうるさいからダンジョン開発機構なんて組織を作っただけで、めぼしい宝はあらかた掘り尽くされたこの場所から宝が出てくるなんてはなから期待なんかしていないのさ。一攫千金を夢見る犯罪者どもが時折奇跡的に見つけるおこぼれに預かりながら、俺たち公務員の生活は無難に回っているんだ」


(そんな……先頭に立ってダンジョンに潜るのがリーダーの仕事ってわけじゃなかったのか)


「今回の連中は骨が無かったなぁ。今日だけで半分以上が諦めて帰っちまった。前回来た奴らは全滅するまで宝を探し続けてたってのに」


 まるで家畜の群れを見るかのような目つきで、送迎車に乗り込むかつての配下たちを眺めている目の前の男を見ていたヘイデンは、突如として腹の底からムカムカと吐き気のような感情が湧き上がってくるのを感じた。


(あいつは、イーサンは確かに男を惑わす魔性の男かも知れないけど……)


 ダンジョンから地上に出て来た魔物だと、周りの連中から蔑まれているけれど。


(でも、こいつとあいつだったら、一体どっちが魔物だと言える?)



 その日の夜は珍しく来客が無くて、ヘイデンたちの部屋は本来あるべき静けさに満ちていたのだが、習慣とは恐ろしいもので、木造のベッドが軋む音も下腹にゾクリとくるイーサンの艶めかしい声もしていないにも関わらず、ヘイデンはいつも通りに夜中にぱっと覚醒してしまった。


(……静かだ)


 何の気なしに首を回してベッドの方を見やると、彼と同じく目が覚めていたのか、ぼんやりと窓の外を見やるイーサンのゾッとするほど美しい横顔を月明かりが神秘的に照らし出していた。


(あ……)


 しかし彼の美しさは外見だけでは無い。ヘラヘラとやる気なさそうに笑う姿も、ベッドの上で見せる妖艶な笑みも、魔物を倒した時に見せた殺気立った表情も、全て彼が庇護下に置いた人々を守るために作り出した鎧そのものであった。しかしぼんやりとした表情の今の彼はどことなく頼りなさげで、鎧を着ていない本来の彼自身の姿なのではないかとヘイデンには思えてならなかった。


「……リーダー」


 思わず声をかけると、イーサンは一瞬ビクッと肩を震わせてから、しかしいつも通りのヘラッとした表情を整えてからヘイデンを振り返った。


「びっくりするじゃないか。まだ起きてたのか?」

「リーダーこそ、眠れないんですか?」

「俺はなんか癖で起きちゃって」


(俺と同じかよ)


 ぞわりと下半身に熱が溜まってくる。こんな機会……イーサンに夜伽の相手がいないチャンスなど、もう二度めぐって来ないかもしれない。

 すうっと一つ息を吸ってから心を決めると、ヘイデンはむくりと寝袋ごとその場で起き上がり、自分の寝具をその場に置き去りにしてベッドに近付くと、ギシッと音を立てながらイーサンの方へ身を乗り出すように寝台の上に膝をついた。


「今晩お相手が居ないんでしたら、俺がリーダーの夜伽の相手をいたしましょうか?」

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