「じゃ、じゃあ、せめて、この槍を……折れてますけど、イカよりかはマシかと思いますし」
「いや、イカでいい」
たぶんだけど……、よくないですよね!?
「それにわたしは、剣以外はそれほどうまく扱えないのだ」
イカですよ、それ!
なんでか剣のカテゴリーに入れちゃってますけども!
「イカソード」
「ヤリイカです! 冷凍の! どっちかっていうと槍寄りです!」
ボクのツッコミも聞かずに、彼女は軽く膝を曲げ、次の瞬間には遥か上空にいた。
すごいジャンプ力だ。高さもさることながら、凄まじく速い。跳ぶところが見えなかった。
ずっとずっと高い、空にも届きそうな上空で彼女は身を翻す。
まるで舞うようにゆっくりと下降してくる中で、彼女はイカを高く掲げる。
「試させてもらうぞ…………」
瞬間、辺り一面の空気がピンと張り詰めた。
体が呼吸を忘れ、心臓が鼓動を止め、全神経が研ぎ澄まされて――彼女の動きを黙って見つめる。
「――流星剣っ!」
目に見えない壁を突き破ったかのような爆音が轟き、彼女の周りから無数の光の筋が射出されていく。
……違う。目視出来ないだけで、あの無数の筋と同じ数だけ、彼女が剣(イカ)を振るっているのだ。
真っ白に輝く無数の光線は、まるで流星のように降り注ぎ、魔獣へと襲いかかる。
「ドモゥッ、ドムッ、ブモォォオオウッ!」
一筋一筋が恐ろしい破壊力をもって魔獣に襲いかかる。
逃げ場すらなく、魔獣は襲いくる光の筋になすすべなく立ち尽くすのみだった。
巨体が跳ね、弾き飛ばされ、地面へと転がってもなお降り注ぐ光の筋は止まない。
なんてすごい技なんだ……ただ、残念なのは、遠目で見れば美しいであろう光の筋が、全部イカの形をしている。
空から降り注ぐ、幾千の光り輝くイカ。……おぉう、台無しだ。
「とどめだ……」
地面へと降り立った彼女は、腕を伸ばしたまま体をゆっくりと回転させる。
「――纏い剣・焔」
大きく弧を描くように移動するイカが、突如として紅い炎に包まれた。
イカが燃えたっ!?
ちょうど一回転すると、またしても彼女の姿が消える。
目では追えないが、風の流れで彼女がとんでもない速度で移動したのが分かった。
吸い込まれるように、風の走り抜けた方へと体を向ける。
視線を向けた時、彼女はすでに魔獣の前にいて、上段に剣(燃えるイカ)を構えていた。
「はぁっ!」っと気合いを入れると、炎が勢いよく燃え上がり、巨大な剣(イカ)の形を浮かび上がらせる。
「イカぁー!?」
あれ、普通の剣だったら、すごくカッコいいんだろうな。
そして、振り下ろされた炎の剣(物凄くイカ)により魔獣は仕留められた。
戦闘の終わりを悟り、剣(どこから見てもイカ)を包み込んでいた炎がかき消える。
倒れた魔獣は、やがて光に飲み込まれるようにその姿を消す。
魔法により【歩くトラットリア】に吸収され、食材に姿を変えて【冷蔵庫】へと送られるのだ。
あとに残ったのは、静かな空間と、そこへ優しく吹いてくる心地のよいそよ風。そして、香ばしい焼けたイカの香りだけだった。
……あ~ぁ。さっきの熱でいい感じに焼けちゃってるよ、イカ。
「……ん?」
彼女が鼻をひくつかせ、いい香りの出所が自身の持つイカであることを悟ると、いい具合に焼き目のついたイカをじっと見つめる。食い入るように見つめ……あ、食いついた。
お腹がすいていたのか、香りに負けたのか、彼女は手にしていた焼きイカ(直前まで冷凍イカ)にぱくりと齧りついた。
もっしゃもっしゃと咀嚼して……あ、微妙な顔した。
そりゃあ、冷凍イカをただ焼いただけだしね。
醤油も何も、味付けをしていない。
「う~……イマイチ」みたいな切なげな表情を……しかけたところで、ふと動きが止まる。
目が軽く見開かれ、歯型の付いたイカに視線が注がれる。
あれは、「あれ? ずっと噛んでると……意外と、イケ、る?」みたいな顔だ。
あ。二口目いった。
……で、やっぱり微妙な顔。
美味しいって感じたのが勘違いだったことって、あるよね。
ずっと嫌いだった食べ物を久しぶりに口にして「あれ? 意外とイケる? いつの間にか克服してた?」って、二口目食べてみると、「ごふっ! やっぱ不味いじゃないか!」ってなることは、ままある。
そして、ひとしきり切ない顔をした後で「はっ!?」と息を飲む。
「す、すす、すまない! 君に借りた武器を、勝手に食べてしまった!」
「いえ、武器ではないです!」
「こんなことをするために存在していたわけではないだろうに!」
「いえ、そのために存在していたものですよ!?」
むしろ武器として使われる方が想定外だろう。イカ的にも。
「重ね重ね、申し訳ない」
「いえ。おかげで助かりましたから」
それに、彼女のおかげでお肉が手に入った。
早速厨房に戻って、美味しい肉料理を作ろう。
「わたし、その辺にイカが転がっていないか、見てくる!」
「いや、戻りましょう!? ご飯の途中でしたし、こんな平原にイカは転がってませんから!」
申し訳なさに飲み込まれそうな彼女をなんとか宥めて、二人で【ハンティングフィールド】を出る。
「これも、不思議な扉だな」
「まぁ、そうですね。空間と時間がねじ曲がってるんですよ、この中」
たまに、大昔に絶滅したはずの生き物に遭遇することがある。
この【ハンティングフィールド】は、そんな変わった部屋なのだ。
「ここは、楽しい場所……だな」
不意に言われたそんな言葉が、なんだかとてもくすぐったくて。
「……はい」
それだけ返事するのが精一杯だった。
素直に、嬉しかった。
「さぁ、お肉を食べましょう」
照れ隠しに言って、ボクは厨房へと戻った。