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3話 狩場にて -2-

「じゃ、じゃあ、せめて、この槍を……折れてますけど、イカよりかはマシかと思いますし」

「いや、イカでいい」


 たぶんだけど……、よくないですよね!?


「それにわたしは、剣以外はそれほどうまく扱えないのだ」


 イカですよ、それ!

 なんでか剣のカテゴリーに入れちゃってますけども!


「イカソード」

「ヤリイカです! 冷凍の! どっちかっていうと槍寄りです!」


 ボクのツッコミも聞かずに、彼女は軽く膝を曲げ、次の瞬間には遥か上空にいた。

 すごいジャンプ力だ。高さもさることながら、凄まじく速い。跳ぶところが見えなかった。


 ずっとずっと高い、空にも届きそうな上空で彼女は身を翻す。

 まるで舞うようにゆっくりと下降してくる中で、彼女はイカを高く掲げる。


「試させてもらうぞ…………」


 瞬間、辺り一面の空気がピンと張り詰めた。

 体が呼吸を忘れ、心臓が鼓動を止め、全神経が研ぎ澄まされて――彼女の動きを黙って見つめる。


「――流星剣っ!」


 目に見えない壁を突き破ったかのような爆音が轟き、彼女の周りから無数の光の筋が射出されていく。

 ……違う。目視出来ないだけで、あの無数の筋と同じ数だけ、彼女が剣(イカ)を振るっているのだ。


 真っ白に輝く無数の光線は、まるで流星のように降り注ぎ、魔獣へと襲いかかる。


「ドモゥッ、ドムッ、ブモォォオオウッ!」


 一筋一筋が恐ろしい破壊力をもって魔獣に襲いかかる。

 逃げ場すらなく、魔獣は襲いくる光の筋になすすべなく立ち尽くすのみだった。

 巨体が跳ね、弾き飛ばされ、地面へと転がってもなお降り注ぐ光の筋は止まない。


 なんてすごい技なんだ……ただ、残念なのは、遠目で見れば美しいであろう光の筋が、全部イカの形をしている。

 空から降り注ぐ、幾千の光り輝くイカ。……おぉう、台無しだ。


「とどめだ……」


 地面へと降り立った彼女は、腕を伸ばしたまま体をゆっくりと回転させる。


「――纏い剣・焔」


 大きく弧を描くように移動するイカが、突如として紅い炎に包まれた。

 イカが燃えたっ!?


 ちょうど一回転すると、またしても彼女の姿が消える。

 目では追えないが、風の流れで彼女がとんでもない速度で移動したのが分かった。

 吸い込まれるように、風の走り抜けた方へと体を向ける。


 視線を向けた時、彼女はすでに魔獣の前にいて、上段に剣(燃えるイカ)を構えていた。

「はぁっ!」っと気合いを入れると、炎が勢いよく燃え上がり、巨大な剣(イカ)の形を浮かび上がらせる。


「イカぁー!?」


 あれ、普通の剣だったら、すごくカッコいいんだろうな。


 そして、振り下ろされた炎の剣(物凄くイカ)により魔獣は仕留められた。

 戦闘の終わりを悟り、剣(どこから見てもイカ)を包み込んでいた炎がかき消える。


 倒れた魔獣は、やがて光に飲み込まれるようにその姿を消す。

 魔法により【歩くトラットリア】に吸収され、食材に姿を変えて【冷蔵庫】へと送られるのだ。


 あとに残ったのは、静かな空間と、そこへ優しく吹いてくる心地のよいそよ風。そして、香ばしい焼けたイカの香りだけだった。


 ……あ~ぁ。さっきの熱でいい感じに焼けちゃってるよ、イカ。


「……ん?」


 彼女が鼻をひくつかせ、いい香りの出所が自身の持つイカであることを悟ると、いい具合に焼き目のついたイカをじっと見つめる。食い入るように見つめ……あ、食いついた。

 お腹がすいていたのか、香りに負けたのか、彼女は手にしていた焼きイカ(直前まで冷凍イカ)にぱくりと齧りついた。


 もっしゃもっしゃと咀嚼して……あ、微妙な顔した。

 そりゃあ、冷凍イカをただ焼いただけだしね。

 醤油も何も、味付けをしていない。


「う~……イマイチ」みたいな切なげな表情を……しかけたところで、ふと動きが止まる。

 目が軽く見開かれ、歯型の付いたイカに視線が注がれる。

 あれは、「あれ? ずっと噛んでると……意外と、イケ、る?」みたいな顔だ。


 あ。二口目いった。

 ……で、やっぱり微妙な顔。


 美味しいって感じたのが勘違いだったことって、あるよね。

 ずっと嫌いだった食べ物を久しぶりに口にして「あれ? 意外とイケる? いつの間にか克服してた?」って、二口目食べてみると、「ごふっ! やっぱ不味いじゃないか!」ってなることは、ままある。


 そして、ひとしきり切ない顔をした後で「はっ!?」と息を飲む。


「す、すす、すまない! 君に借りた武器を、勝手に食べてしまった!」

「いえ、武器ではないです!」

「こんなことをするために存在していたわけではないだろうに!」

「いえ、そのために存在していたものですよ!?」


 むしろ武器として使われる方が想定外だろう。イカ的にも。


「重ね重ね、申し訳ない」

「いえ。おかげで助かりましたから」


 それに、彼女のおかげでお肉が手に入った。

 早速厨房に戻って、美味しい肉料理を作ろう。


「わたし、その辺にイカが転がっていないか、見てくる!」

「いや、戻りましょう!? ご飯の途中でしたし、こんな平原にイカは転がってませんから!」


 申し訳なさに飲み込まれそうな彼女をなんとか宥めて、二人で【ハンティングフィールド】を出る。


「これも、不思議な扉だな」

「まぁ、そうですね。空間と時間がねじ曲がってるんですよ、この中」


 たまに、大昔に絶滅したはずの生き物に遭遇することがある。

 この【ハンティングフィールド】は、そんな変わった部屋なのだ。


「ここは、楽しい場所……だな」


 不意に言われたそんな言葉が、なんだかとてもくすぐったくて。


「……はい」


 それだけ返事するのが精一杯だった。

 素直に、嬉しかった。


「さぁ、お肉を食べましょう」



 照れ隠しに言って、ボクは厨房へと戻った。






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