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7話 心地のよい朝の目覚め -2-

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「ぃやあぁぁああああっ!?」


 うら若い女性の悲鳴が聞こえ、ボクは一瞬にして眠りの世界から引き戻される。

 ガバッと体を起こして見た先には……アイナさんが、掛け布団を体に引き寄せてベッドの隅っこで震えている姿があった。


 …………ジーザス。

 神よ、これは一体どんな嫌がらせだい?


 明らかに。

 明~ら~か~にっ!

 ボクを拒絶し、変質者を見るような目だ、あれは。


 事実として、ボクをベッドに押し倒し、抱きつき、一晩中拘束したのはアイナさんの方だ。

 だが、世の理として、男女が同じベッドに存在し、女子の方が恐怖に顔を引きつらせていた場合――悪いのは100%男と決まっているのだ。それが、世間だ。


「ごめんなさい!」


 そう。

 これは、逃れられなかったボクが悪い。

 目が覚めて、いきなり昨日会ったばかりの男が同じベッドにいた時のアイナさんの驚きと恐怖を思えば、ボクの頭くらいいくらでも下げられる。

 誤解を解くのは、それからでも十分間に合う。


「驚きましたよね? お気持ちはよぉく分かります! でも、誓ってやましいことはしていません!」


 ただ、なんだかいい夢を見たような気はしますが……もう、記憶からは消え去ってしまったけれど、確かにいい夢を見ていたという確信がある。

 アイナさんを近くに感じていたからだろう。


 ……決して、「硬くてもおっぱい!」という感情から見た夢ではない、と、思いたい。


「い、いや、あのっ……も、申し訳ないっ!」


 土下座するボクの向かいで、アイナさんがボク以上に深い土下座をする。

 大きなベッドの対角線上にうずくまって土下座をし合う。……カエルの格闘技みたいな感じになってないかな、今?


「わたっ、わ、わたしは、ぬぃ、ぬいぐるみを抱きしめて眠る癖があって……その、ど、どうやらエッく…………シェフのことを『ぴーさん』だと誤認してしまったようだ! 本当に申し訳ない!」

「ぴーさん?」

「ぁう…………えっと、イノシシのぬいぐるみだったので…………『ぴーさん』と……」


 なんで!?

 どっかから一文字とった!?

 イ・ノ・シ・シ……取ってないじゃん!?


「な、名前の由来だが、お店のお婆さんが酷い蓄膿だったようで……『ぴのひひ』と言っていて……そこから一文字頂戴した次第だ」


 なぜそこから頂戴しちゃったんですか!?


「あ、あのっ、……ふ、不快ではなかっただろうか?」

「い、いえ! とんでもないです!」

「しかし、こんな汚れた鎧に押しつけて…………鎧だっ!?」


 今気が付いたようだ。鎧を着て寝ていたことに。


「も、申し訳ない! 痛かっただろう? あ、あの、な、撫でようか? いや、撫でさせてほしい! 撫でると『痛いの痛いの』が飛んでいくと小耳に挟んだのだ!」

「だ、大丈夫ですから!」

「『ふぅ~』って息を吹きかけるのも効果的らしい!」

「落ち着きましょう、一回!」


 そんなことをされたら、今度はボクが押し倒しちゃいそうです。

 ……か、致死量の鼻血を吹いて本格的に倒れそうです。

 ベッドの上、危険です。


「食事をもらい、寝床を借り、恩ばかりもらっているというのに、それを仇で返すような真似を…………」

「そんなことないですよ」

「わたしなんかと一緒に寝るなど、不本意極まりないだろうに」

「そんなことないですって」

「……へ?」

「え……?」

「…………」

「…………」


「一緒に寝るのは不本意」に対し「そんなことないです」ということは、「一緒に寝たいです」になる……のか?


「……た、他意は、ないです」

「そ、そうか……」


 どうして、そういうところばかり深読みをするのでしょうか、この方は。


「ま、まぁ。わたしとシェフでは年齢差もあるから、同じベッドで眠るくらいは、さして問題もないだろうが」

「え?」

「ん?」


 アイナさんって、いくつなんだろう?

 ボクはてっきり十八歳か十九歳。いっても二十歳くらいかと思っていたんだけど。


「わたしは今年で十七になる」


 あぁ、ってことは……ボク、すっごい幼く見られてるんだな……はは。大丈夫大丈夫。いつものことだから。


「あの、ボクも十七歳、です」

「えっ!?」


 めっちゃ驚かれてるぅ。


「わ、わたしはてっきり、十二歳くらいかと……」

「史上最年少記録です、五歳下に見られたのは」


 いくらなんでも十二歳と言われたのは初めてだ。

 だいたいひとつかふたつ下と言われるんだけど……


「す、すまない! 生の十二歳を見る機会があまりなくて、適当にそれくらいかと思い込んでいたんだ」

「生じゃない十二歳というものがどういう状況か、物凄く気になるところですが……十七歳です」

「そうか。なら、わたしと同じ歳だな」

「そうですね。奇遇です」

「ははは」

「あはは」

「ぅぇえええええっ!?」


 物凄い瞬発力で、アイナさんがベッドから吹っ飛んでいった。

 転げ落ちたなんて表現では生ぬるい。まさに吹っ飛んでいったのだ。


「お、おな、おなっ、同じ歳の男性と、お、おおお、おな、同じベッドで…………っ!?」


 なんだか、床の上でもんどりうっていらっしゃる。


「申し訳ない! ふしだらな娘で申し訳ない!」


 表現!

 表現に気を付けましょうか!?


 ちょいちょい感じていたけれど、アイナさんは言葉のチョイスが結構危うい。

 もしかしたら、ほんのちょっと残念な人なのかもしれない。


「あ、ぁあ、あの、あれなのだな! シェ、シェフは見た目が幼いというか、小柄で可愛らしいというか……」


 悪意はない、悪意はないはず。

 ……ただ、ブッスブス突き刺さってますけどね! 心に言葉の刃が!


「確か、シェフのような人のことをこう言うのだろ? 童て……」

「『童顔』ですね! はい、よく言われます! でも、ちょっと気にしてますので控えてもらえるとありがたいです!」

「なっ!? そ、それはすまない! そうか、女性は喜んでいたので嬉しい言葉なのかと思ったのだが、男性は嬉しくないのだな童て……」

「『童顔』!」


 ……この人は、何を口走ろうとしているのだろうか。『てい』の方は、そりゃあ嬉しくないさ! 言われたくもないですよ! 仮にその通りだとしても!


「そうか、同じ歳か…………同じ歳の男性に『可愛……』…………ごふっ!」

「アイナさん!?」


 なんか、アイナさんが口から謎の液体を飛散させて倒れ込んだ。


 知れば知るほど、この人のことが分からなくなっていく。

 だが同時に……



 意識されてる。



 そんな些細なことが、たまらなくくすぐったく感じてしまったのだった。








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