「それじゃあ、お仕事を始めましょうか」
「うむ! 不慣れな点は多々あるだろうが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしく頼む」
「ちなみに、得意なこととかありますか?」
「ぬいぐるみに名前を付けるのは得意な方だと自負している!」
うん。そういうんじゃなくて。
で、あなたのぬいぐるみは『ぴのしし』の『ぴーさん』ですよね? いえ、その名前がどうとか言うつもりはありませんけれど。
「料理の経験は?」
「キャベツを
料……理?
むしろ、どのタイミングでキャベツを千切ることがあったのかが知りたい。
「接客のご経験は?」
「接客はないが、接近戦は得意としている」
オーケィ、分かった。
アイナさんには一から全部を教えてあげる必要がありそうだ。
「ちなみに、接客業で一番大切なのはなんだと思いますか?」
「売り上げだと思う」
うん、正論。ごもっともです。
が、そうではなくて。
「接客業は、お客様に満足を与えるものですので、お客様が楽しいひと時を過ごせるように気配りをしましょう」
「気配り……き、『気走り』なら出来るのだが……」
「きばしり? って、なんですか?」
「剣に込めた『気合い』を斬撃にして飛ばす剣技だ」
あぁ……あの、イカからビュンビュン飛ばしてた真空波みたいなヤツ、『気走り』っていう名前なんですね。
「剣士には様々な『スキル』というのがあってだな、わたしは、僭越ながらそれらすべてのスキルをマスターしているのだ」
「すごいですね」
「いや、ただそれだけしか出来ることがなかっただけだ」
「それはボクも一緒ですよ」
料理しか出来ないボクは、ひたすら料理に打ち込んで技術を磨いてきた。
それは誇ってもいいことだと思う。
料理は、ボクが自信を持って語れる唯一のことだから。
「しかし、シェフの技術は人を幸せにすることが出来るだろう」
「アイナさんの技術もすごかったですよ。あの、イカが降り注ぐ剣技とか、炎のイカが燃え上がる剣技とか!」
「いや、イカは、たまたまなのだが……」
苦笑を浮かべた後で、アイナさんの顔を色のない寒々しい表情が覆い尽くす。
「……わたしの剣技は人々に恐れられていたのだ……『けんき』、などと呼ばれてな」
また、アイナさんが自分を卑下するような顔をしている。
そんな顔は似合わないのに……
『けんき』というものがなんなのか、ボクにはその知識がない。
おそらく『けん』は『剣』なのだろう。
では、『き』は?
き……
き………………あっ。
「なるほど。よく似合っているかもしれませんね」
「えっ……」
アイナさんが絶望の色に塗れる。
背後に「ガーン!」という文字が見えそうな表情だ。
「『剣』の『姫』で、『剣姫』ですね」
「…………え?」
アイナさんの表情を見て、ボクの解答が間違いなのは察しがついた。
けれど、間違いでもいいと思った。
正しくはなくても、相応しい答えがある。そう思うから。
「剣術が得意で、お姫様みたいに可愛いアイナさんにピッタリです」
「かっ……!? だ、だからっ、そういうことを…………あまり、言わないでほしいと……」
ほんの少しだけ、アイナさんを包む負の雰囲気が薄らいだ。
なら、もう少し。
「お姫様♪」
「やっ、やめてくれないかっ? が、……柄では、ないから」
そうそう。
そういう顔がいいです。
「接客業に大切なのは、なにはなくとも笑顔です。ここにいる時はいつも、今のような明るい顔をしていてくださいね」
もう二度と、自分を卑下するような、悲しい顔はしないでください。どうか。
「う…………うむ。笑顔は得意ではないが、心がける」
「はい。お願いします」
アイナさんは『剣姫』だ。
おそらく、アイナさんが耳にした『けんき』とは異なるのだろう。
けれど、その『けんき』だって、誰かが勝手に付けた呼び名のはずで、ならボクが勝手に『剣姫』と付けたって問題ないはずなのだ。
事実、剣を振るうアイナさんはとても綺麗だったし。
……まぁ、もっとも、七割くらいイカに意識を持っていかれていたけれど。