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8話 新人ウェイトレスとシェフとオーナー -2-

「それじゃあ、お仕事を始めましょうか」

「うむ! 不慣れな点は多々あるだろうが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしく頼む」

「ちなみに、得意なこととかありますか?」

「ぬいぐるみに名前を付けるのは得意な方だと自負している!」


 うん。そういうんじゃなくて。

 で、あなたのぬいぐるみは『ぴのしし』の『ぴーさん』ですよね? いえ、その名前がどうとか言うつもりはありませんけれど。


「料理の経験は?」

「キャベツを千切ちぎったことなら」


 料……理?

 むしろ、どのタイミングでキャベツを千切ることがあったのかが知りたい。


「接客のご経験は?」

「接客はないが、接近戦は得意としている」


 オーケィ、分かった。

 アイナさんには一から全部を教えてあげる必要がありそうだ。


「ちなみに、接客業で一番大切なのはなんだと思いますか?」

「売り上げだと思う」


 うん、正論。ごもっともです。

 が、そうではなくて。


「接客業は、お客様に満足を与えるものですので、お客様が楽しいひと時を過ごせるように気配りをしましょう」

「気配り……き、『気走り』なら出来るのだが……」

「きばしり? って、なんですか?」

「剣に込めた『気合い』を斬撃にして飛ばす剣技だ」


 あぁ……あの、イカからビュンビュン飛ばしてた真空波みたいなヤツ、『気走り』っていう名前なんですね。


「剣士には様々な『スキル』というのがあってだな、わたしは、僭越ながらそれらすべてのスキルをマスターしているのだ」

「すごいですね」

「いや、ただそれだけしか出来ることがなかっただけだ」

「それはボクも一緒ですよ」


 料理しか出来ないボクは、ひたすら料理に打ち込んで技術を磨いてきた。

 それは誇ってもいいことだと思う。

 料理は、ボクが自信を持って語れる唯一のことだから。


「しかし、シェフの技術は人を幸せにすることが出来るだろう」

「アイナさんの技術もすごかったですよ。あの、イカが降り注ぐ剣技とか、炎のイカが燃え上がる剣技とか!」

「いや、イカは、たまたまなのだが……」


 苦笑を浮かべた後で、アイナさんの顔を色のない寒々しい表情が覆い尽くす。


「……わたしの剣技は人々に恐れられていたのだ……『けんき』、などと呼ばれてな」


 また、アイナさんが自分を卑下するような顔をしている。

 そんな顔は似合わないのに……


『けんき』というものがなんなのか、ボクにはその知識がない。

 おそらく『けん』は『剣』なのだろう。

 では、『き』は?


 き……

 き………………あっ。


「なるほど。よく似合っているかもしれませんね」

「えっ……」


 アイナさんが絶望の色に塗れる。

 背後に「ガーン!」という文字が見えそうな表情だ。


「『剣』の『姫』で、『剣姫』ですね」

「…………え?」


 アイナさんの表情を見て、ボクの解答が間違いなのは察しがついた。

 けれど、間違いでもいいと思った。

 正しくはなくても、相応しい答えがある。そう思うから。


「剣術が得意で、お姫様みたいに可愛いアイナさんにピッタリです」

「かっ……!? だ、だからっ、そういうことを…………あまり、言わないでほしいと……」


 ほんの少しだけ、アイナさんを包む負の雰囲気が薄らいだ。

 なら、もう少し。


「お姫様♪」

「やっ、やめてくれないかっ? が、……柄では、ないから」


 そうそう。

 そういう顔がいいです。


「接客業に大切なのは、なにはなくとも笑顔です。ここにいる時はいつも、今のような明るい顔をしていてくださいね」


 もう二度と、自分を卑下するような、悲しい顔はしないでください。どうか。


「う…………うむ。笑顔は得意ではないが、心がける」

「はい。お願いします」


 アイナさんは『剣姫』だ。

 おそらく、アイナさんが耳にした『けんき』とは異なるのだろう。

 けれど、その『けんき』だって、誰かが勝手に付けた呼び名のはずで、ならボクが勝手に『剣姫』と付けたって問題ないはずなのだ。


 事実、剣を振るうアイナさんはとても綺麗だったし。



 ……まぁ、もっとも、七割くらいイカに意識を持っていかれていたけれど。



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