「では、簡単に接客の練習をしましょうか」
「う、うむ……緊張するな」
「自然体でいいですよ」
「…………こうか?」
うわぁ、すっごい鋭い目線。肉食獣が裸足で逃げ出しそう……
「え、笑顔でお願いします」
「笑顔は、自然体では、ないのだ……」
「では、笑顔は心がけるレベルで構いませんので、……睨まないようにしてください」
「善処する」
徹底してほしい。
「ではまず、エプロンを着けてください」
「エプロン……を?」
「はい。飲食店ですので」
エプロンは、飲食店従業員の標準装備だ。
これがなくては始まらない。
さっき、倉庫から女性用のエプロンを引っ張り出してきた。
先代が女性だったこともあり、この店には女性用のエプロンも常備されている。これまで使う機会はなかったのだが、あってよかった。
肩と裾にフリルの付いた、可愛らしい純白のエプロン。
胸までを覆う清潔感のある作りをしている。
これをアイナさんが着れば、似合うだろうなぁ……えへへ。
「というわけで、着てみてください」
「う、うむ……」
フリルに抵抗でもあるのか、難色を示すアイナさん。
きっと似合うと思うけれどなぁ。
「こ、これは、やはり…………ふ、服を脱がなければいけないのか?」
「どこから得た情報ですか!?」
「お師さんの部屋に、そのような絵画があった」
「お師さぁーん!」
ドアを開けて、この世界のどこかにいるであろうアホのお師さんに怒鳴りつけておく。
……なんてものを所有しているんですか。
あ、そういえば、お師さんの趣味の一つが美少女の絵を描くことだったっけ。
「他にも、『スク水』『ナース』『ミニスカポリス』というものがあった」
「ホントごめんなさい、そんな部屋で寝かせてしまって!」
「いや、着替える時に見かけたのだ」
「ホントごめんなさい、そんな部屋で着替えさせてしまって!」
「他には……」
「もういいです、詳しく言わなくても!」
一体どれだけ所蔵しているのか……考えたくもない。
「あれらは皆、女性専用の防具なのだろうか? どれも見たことがない物だったが……」
「まぁ、防具といえば防具……ですかね?」
悔しいかな、ボクはそれらに関する知識を少なからず有している。
もちろん、お師さんに叩き込まれた知識だ。「男子たるもの、女子に関心を持つのも嗜みの一つだ」とかなんとか。
……まぁ、ボクも、特に嫌悪感を持っているとかそういうことは全然まったく、微塵もないというか、むしろ興味は津々で……
「……特に、スク水の破壊力と言ったら……」
「破壊力?」
しまった!?
思わず口に出してしまった!
「防具なのに、攻撃力も上がるのか?」
「え、えぇ、まぁ……そうですというか、そういうことではないですというか、そういう『破壊力』ではなく……」
「機会があれば、わたしも着てみたいものだな、スク水」
「ごふっ!」
「シェフっ!?」
吐血、したよね。
するよね、吐血。
……ふふ、噂にたがわぬ破壊力だ、スク水。
想像しただけでこれだけの破壊力を見せつけられるとは……実物を目にしたらきっと、心臓が止まる。
「すみません。ボクにはまだレベルが足りないようなので、もうしばらくは勘弁してください」
「そ、そうなのか? 装備するのにレベルが必要なのか……すごい防具なのだな……」
でもいつか、出来れば二人きりの時に、スク水を……
「とりあえず今は、このエプロンを装備するとしよう」
装備って……
「あの、これはどうやって装備すればいいのだろうか?」
肩口から伸びる長い紐を持て余し、アイナさんが助けを乞うようにボクを見る。
最初は分からないか。
「じゃあエプロンを胸に当てて後ろを向いてくださっ……」
言い終わる前に、ボクの胸にエプロンが投擲された。……結構な衝撃がボクを襲う。
「……ボクの胸に当てるんじゃ、ないです……」
「そ、そうなのか!? すまない」
話は最後まで聞きましょう。
いや、最後まで聞かなくても、普通そうは勘違いしないと思いますけど。
「そうやって、自分の胸にエプロンを当てて持っていてください」
「う、うむ……なんだかひらひらしているな」
やや照れるアイナさんの背後に回り、アイナさんに教えながらエプロンの紐を結ぶ。
おぉっ、なんだかこれ新婚さんっぽい!
ちょっと、楽しい。
そして、エプロンを身に着けたアイナさんを見るのは、もっと楽しい!
「へ、変じゃない、かな? わたしが、こんなひらひらしたものを……」
「とってもよく似合ってますよ」
「そ、そうか」
「はい! すごく可愛……」
「ストップ! ……忘れているかもしれないが……可愛……その言葉は、控えてほしい」
くっ……可愛いって言いたい。すごく言いたい。
だが、嫌がりそうなので別の言葉で称賛しておく。
「ボク史上、最高のエプロン姿です」
「お、……大袈裟だと思う」
本心ですよ。
「…………ん?」
落ち着きなく、前髪や体をぺたぺたさわさわまさぐっていたアイナさんの動きがふいに止まる。
エプロンのポケットを外からつんつんと突いている。
……ポケットが、なんだか膨らんで、いる?
次の瞬間。
ポケットの膨らみが「もぞもぞぞっ!」と蠢いた。
そして――
「おなごの匂いじゃー!」
エプロンのポケットからぴょーんと、カエルが飛び出してきた。
「ひぃっ!?」
「おなごー!」
青ざめるアイナさんに飛びかかろうとするしゃべるカエル――を、がっしり掴み、地面へと叩きつける。
「ぐぇっ!」
「さ、アイナさん。お仕事をしましょう」
「え? いや。あの、カエルは?」
「大丈夫です。些末なことです」
何も見なければ、何もなかったのと同じです。
「うぅ……酷いじゃないかボーヤ」
はぁ……と、ため息が漏れる。
【ドア】から落ちたのかと三日ほど必死に捜し回っていたというのに……
「なんでエプロンのポケットの中になんかいたんですか……『お師さん』?」
この、全長20センチ強のしゃべる二足歩行カエルこそ、現【歩くトラットリア】オーナーであり、ボクのお師さんだ。
「いやぁなに、おなごの肌が恋しくて、せめて女物の衣服にでも包まれようかと潜り込んだところ、ついうっかり冬眠に入ってしまったのじゃよ、ほっほっほっ」
ご覧の通り。お師さんは非常に、残念な仕上がりの生き物だったりします。