「え?」
アイナさんが驚きの表情を見せる。
お師さんは得意げだ。
「もう一部屋増やせば、お嬢ちゃんの部屋も出来るじゃろう?」
「そんなこと、出来る……のか?」
「うむ。ポイントがあればの」
この【歩くトラットリア】は、先代オーナーが授かった女神様からのギフトだ。
女神様は、この世界の平和と調和を何よりも望んでおられる。
だから、この【歩くトラットリア】において、お客様を喜ばせるということは、そのまま女神様に貢献していることになるのだ。
貢献の見返りとして、【歩くトラットリア】は女神様からの『ポイント』を得ることが出来る。
そのポイントは、お金に換金したり、新しい魔法――つまり、新しい【ドア】を生み出したりすることが出来るのだ。
もっとも、それを行使出来るのは『現オーナー』であるお師さんだけで、ボクにその権限はない。
だからそんな「なら、昨日のうちに言っておいてくれればいいのに」みたいな目で見ないでください。お師さんは気分屋なので、「頼めば部屋を増やしてくれるだろう」なんて期待は出来なかったんですよ。
「じゃあ、ポイントが溜まったら、アイナさんの部屋を増やしてくださるんですね?」
「うむ」
「約束しましたからね?」
「うむ。カエルに二言はないのじゃ」
そもそも、カエルには二言以前に言語がないはずなんですけどね。
「それじゃあ、お客様が満足してくださるような料理を作らなければいけませんね」
「何か、わたしに手伝えることはないか?」
「そうですね……」
「なんだってする」
「ならミニスカポリスのコスチュームを着てじゃな……」
「黙ってくださいお師さん」
お師さんは、経営には口を出さないでください。
ボクがここに来るまで、まともに経営出来ていなかったという前科があるのですから。
この店も酷い有り様だった。
すごく頑張ったんだよ、ボク。
「お嬢ちゃんは可愛らしく接客をしておればえぇのじゃ。男客はそれだけで大喜びじゃろうて」
「接客…………わ、分かった!」
グッと拳を握り、勢いよく突き出す。
……今、お客様殴りました? 頭の中で。
「お客さんを、倒す!」
「倒さないでください。笑顔で迎え入れてあげてくださいね」
「笑顔で…………シェフがわたしにしてくれたように……か?」
「あぁ、そうですそうです。あんな感じで」
アゴを上げて、自身が来店した時のことを思い出そうとしているアイナさん。
……あ、俯いて前髪弄り始めた。何かに照れているらしい。
目の前でそう照れられると、さすがにボクも恥ずかしい。
「むむ……その照れ様…………さてはボーヤ。お嬢ちゃんが来店した時、全裸じゃったな?」
「そんなわけあるか」
ボクだって、たまには敬語を封印するんですよ。
次は手が出るかもしれません。
「う、うまく出来るか分からないが、シェフを見習って……やってみる!」
微かに顔を背けて、一回だけチラッとボクを見て、アイナさんがドアに体を向ける。……というか、ボクに背を向けたという方がしっくりくる。
そして、あの日ボクがしたように両腕を軽く広げる。
大きく息を吸って、大きな声で出迎えの言葉を口にする。
「よ、ようこそ! 『歩くとっとりランド』へ!」
「どこの国ですか、それ!?」
とんと聞き覚えのない地名が出てきた。
おそらく、実在したとしても、その地方が歩くことはないだろう。
「あぅ……間違えた」
うすうす感じていたのだが……アイナさんは名前を覚えるのが苦手なのか?
【ハンティングフィールド】もそうだったし。
「よ、ようこそ! 『歩くとめぃとぅまつり』へ!」
「どこのお祭りですか!?」
『とめぃとぅ祭り』って!?
投げるの?
食べるの?
収穫するの!?
「接客業…………む、難しい……」
いえ、アイナさん。
残念ながら、あなたが躓いているのは接客業の壁ではありません。言葉の壁です。
「今度こそっ!」
気合いで立ち上がり、両腕を頭上に掲げるように広げる。
……わぁ、威嚇してるみたい。
「ようきょしょ!」
出始めで盛大に噛み、ずどーんと落ち込んで、店の隅っこの方で膝を抱えてうずくまってしまった。
あぁ……あれに持ち手がついていたら持って帰るのに。
うにうにして、可愛いなぁ、もう。