「ほっほっほっ。最初は誰でもそんなもんじゃよ。ボーヤも最初はガチガチに緊張しておったわ」
「そ、そうですよ、アイナさん。ボクも一年くらいはずっと失敗ばっかりで」
「ワシは千年間失敗しかしとらんがのぅ」
「あなたは反省してください、お師さん」
お師さんは接客業に向かない。
それだけは確かだ。
「練習したら、出来るようになりますから」
「……ぅう。頑張る」
わはぁ、涙目のアイナさん。いい。
「お嬢ちゃんよ。緊張するならな、手のひらに三回『おっぱい』と書いて舐めるとくすぐったくて緊張がほぐれるぞぃ」
「アホなことを教え込まないでください、変態カエル」
「えっと……『おっぱ……』」
「実践しないでいいですから! 手のひら舐めないでください!」
アイナさん、無邪気ですか、あなたは!?
もう少し、男から向けられる邪な感情に危機感を持ってください! あなたをそーゆー目で見つめるけしからん男はたくさんいるんですからね!
「けしからんのはボクだっ!」
どれだけ邪な目で見続けてきたのか……今さらながらに心が痛む。お師さんに再会して、客観的に自分を見ているようで、一層ヘコむ…………似たくなかった、そんなところ。
「まぁ、接客はおいおいで構わんじゃろう。それよりまずやるべきことがあるじゃろ?」
先の丸くなった長い指を立てて、お師さんがボクにウィンクを飛ばしてくる。
「食材を集めてくるのじゃ。次に来るお客の胃袋を満足させるためにの」
食材の確保。
確かに、現在厨房にある食材で作れるものには限度がある。というか、ほとんど何も作れない。
また行かなければいけないのだ……【ハンティングフィールド】に。
「アイナさん、あの……」
「任せてくれ。あそこでなら、わたしも多少は役立てると思う」
むしろ、ボクが一切役に立たないので丸投げになるかもしれないのですが……と、謝りたかったんですけど。
「しかし困ったな……」
アイナさんの眉がくにゅんと歪む。
「わたしの剣もシェフの槍も折れてしまって、イカも食べてしまったから、武器がない」
「なぜ常にイカが武器カテゴリーに入ってるんですか?」
アイナさんの中で、完全に武器になっちゃってますか?
武器屋には売ってないですよ、イカ。探さないでくださいね。
「それでは、ちょっと二人で街へ行って買ってくるのじゃ」
「二人で、ですか?」
ちらりとアイナさんを窺うと、バッチリ視線がぶつかった。
アイナさんもボクを見ていた。
すぐさま逸らす。
心臓が痛む。
落ち着け落ち着け落ち着けお乳突け。
つんつん。
ははっ、自分のじゃ楽しくもなんともないや。
じゃなくて!
アイナさんと二人で、買い物に……それって、デ、デートというものなのでは!?
「ポイントは減ってしまうがの、いくらか現金に交換して持たせてやる。それでいろいろと買ってくるのじゃ」
「いろいろ?」
「必要になるじゃろう? おパンツ……とか」
「「なっ!?」」
口元に手を添え、囁くように吐き出された名称にボクとアイナさんは揃って頬を染める。
こ、これは、職場内セクハラだと思います!
が…………うむ。必要になる。
さすがお師さんだ。エロいだけじゃなくてちゃんと考えている。
ボクは考えもつかなかった。
「最低五枚は買っておきなさい」
「そ、そんなには……こまめに洗うので……」
「いいや、お嬢ちゃん。五枚は必要じゃ」
「そう……なの、か?」
「うむ。穿く用、飾る用、保管用、譲渡用、そしてイザという時用じゃ」
「穿く用を五枚ほど買っておきましょう。あと、保管場所に付けるカギをふたつほど」
飾る用ってなんだ!?
譲渡用って、そんなの認められるわけがない!
「う……うむ…………で、では、お言葉に甘えて……」
完全に俯いてしまったアイナさん。
う~む。一緒に買い物に行きにくい。武器を買いに行くのだけれど、下着もとなると……
「武器屋を見たら、少し別行動しましょうね」
「そ、そうだな。……そうしてくれると、助かる」
ぎくしゃくとした会話を交わし、ボクたちは【歩くトラットリア】を出た。
いつの間にか、【ドア】はダンジョンを出て町まで歩いていたようだ。
ドアの外には、石畳の大きな道が伸び、大勢の人が賑やかに往来している。
ここなら買い物もはかどりそうだ。
「ほい。お小遣いじゃ」
お師さんは、結構ビックリするような大金を渡してくれた。
え……こんなに?
「ついでにの、新作の春画を四十枚ほど見繕ってきてほしいのじゃ」
「一枚たりとも買ってくるものか」
笑顔で言って、無表情で【ドア】を閉めた。
……まったく。見つけたら見つけたで、途端に騒がしいんだもんなぁ、お師さんは。
「じゃあ、行きましょうか?」
「う、うむ」
カチコチに緊張している様子のアイナさん。
…………しまった。
ボクも緊張していたのだろう、気付くのが遅くなってしまった。
アイナさん、ボクの服を着てふりふりのエプロンを身に着けていた。……外出用の格好じゃないな、これ。
「あの、アイナさん。服も、買いましょうね」
「え? …………あぅっ!?」
それからしばらく、通り過ぎる人の視線を気にしつつ、肩や裾のふりふりを押さえて隠そうとしているアイナさんを横目で見つつ街を歩いた。でもアイナさん、ごめんなさい。
その仕草、たまらなく可愛いです。