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10話 街での遭遇 -2-

 ショートカットの彼女は、鋭い視線で僕を見つめて、一切の感情を感じさせないような平坦で、少し冷たさを感じる声で言い放つ。


「あいつはね、いつだって魔獣の返り血で全身を真っ赤に染めている『鬼』……アイナ・サラスは『剣鬼』よ」


 彼女の言葉に、ボクの全身に電撃が走る。

 アイナさん……


「『サラス』ってファミリーネームなんだ……」

「なに『新情報ゲットした』みたいな顔でほっこりしてんのよ!? そこじゃないでしょう、気にするポイント!」


「うがぁ!」と牙を剥き、絶対領域さんがボクの胸倉を掴む。


「あんたは、あの剣鬼とどういう関係なの? 答えによっちゃ……」


 絶対領域さんがどこからかダガーを取り出す。

 動きが速くて視認出来なかった。

 研ぎ澄まされたダガーがボクの頬に当てられる。


 これは、誤魔化せる雰囲気ではない。

 仕方ない。ここは正直に……


「清い関係です」

「ふざけてるの!?」

「わぁ、ごめんなさい! 本当は一晩だけ同じ部屋で過ごしました!」

「そんなこと聞いてないのよ!」


 絶対領域さんの細い腕からは想像も出来ないようなすごい力で胸倉を締め上げられ、ボクは強制的に起立させられる。

 ぐっ……なんだ、この人のこのパワーは?


「舐めてると痛い目を見るわよ? あたしもね、剣鬼と同じように『スキルマ』なんだからね」

「ス……スキル、マ?」

「スキルマスターよ。剣鬼は剣士の、あたしはシーフのスキルをすべてマスターしているの」


 スキルマ…………って、すごいのかな?

 なら、とりあえず褒めておこう。


「わ、わぁ。頑張ったんですねぇ。えらいえらい」

「バカにしてんのか!?」


 小柄な体を大きく揺るがしてぷんぷん怒る。

 なんだかこの人、子供みたいだなぁ。


 ……あ、というか、苦しい。そろそろ死ぬ…………


「常に一人で行動し、誰にも心を開かなったあの剣鬼が選んだ相手だ。あんたも、相当の腕前なんでしょう? ジョブは何? 筋肉はなさそうだし、魔法使い?」

「…………」

「黙秘したって無駄よ。言いたくなくたって、無理矢理その体から聞き出してやるから」

「…………」

「強情な男ね。いつまで平然な顔をしていられるかし……ら……って!? 顔が土気色になってるじゃない!? なに気管締まっちゃってんのよ!? こういう時は微妙に体の重心ずらして命の危機を避けるのが普通でしょう!?」


 なんでか怒られているけれど、そんな高度なこと出来ませんし、知りません。

 何より、ボク、今綺麗なお花畑にいるのでそれどころでは……


「…………うふふ~」

「ヤバイヤバイヤバイ! 確実にアッチの世界に行きかけちゃってるじゃないの!?」

「わぁ……見たこともないお年寄りがいっぱ~い」

「身内は!? そういう時、身内が出てくるものなんじゃないの!? とにかく、目を覚ましなさい!」


 ドゴキッ! ――みたいな物凄い音がして、ボクの背骨に衝撃が走る。


「……はっ!?」

「気が付いた?」


 なんだろう。頭に靄がかかったような……さっきまで自分が何をしていたのか、はっきりと思い出せない。


「あなたが助けてくれたんですか?」

「え? あぁ、……まぁ、そうなる、わね?」

「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」

「ちょっと、やめてやめて! 原因あたしだから!」


 妙に狼狽する絶対領域さん。

 困ったような怒ったような顔で両腕をぶんぶん振っている。……のに、揺れやしない。


「……今、どこ見てた?」

「申し訳ございません」


 とりあえず謝っておかなければ命が危ないことは、細胞が理解した。


「それで、絶対領域さん」

「誰が絶対領域さんだ!?」


 怒鳴った後、自身の剥き出しになった太ももを腕で隠すようにしてボクを睨み、二歩遠ざかって牙を剥く。


「あたしはキッカ・マリアーニ! その緩そうな脳みそにしっかり刻み込んでおきなさい!」

「キッカ……さん」

「それで、あんたの名前は?」

「その前に、『緩そうな脳みそ』ってなんですか? どういう状態なんでしょう?」

「う、うるさいな! 思いつきで言っただけよ! いいから名前を教えなさいよ!」


「むきゃー!」と髪を逆立てて威嚇してくるキッカさん。

 この人なんとなくネコっぽいな。髪の色とか跳ねてる感じとか。


「エ、エックハルト……です」

「え? エッグ?」

「いや、エックハルトです」

「タマゴじゃん」

「ですから、エッグじゃなくて、エックハルトで……」

「じゃあ、タマちゃんね」

「エックハルトですってば!」


 そして、人の話を一切聞かないこの感じも……ネコっぽい。

 あぁ、あの目もネコ目に見えてきた。


「それでタマちゃん。あんたはどんな悪者なの?」

「『タマちゃん』と『悪者』が等号記号で結ばれないって、なんとなく感じませんか?」

「やっぱり魔法使いでしょ、あんた? 難しい言葉で話したがるのよねぇ、あのインテリどもって」

「いえ、魔法とか使えませんけど」

「ぷぷぷー。じゃあなに? 三流魔法使いなわけ?」

「魔法使いじゃないんです。エッグでもないですし」

「じゃあ、あんたは何者だ!?」

「すみませんが、これまでの騒動を全部ひっくるめて、そっくりそのままお返ししたいです」


 なぜボクはこの人に絡まれているのだろう。

 この人は、アイナさんを知っているような口ぶりだった。


「あなた、アイナさんとどういう関係なんですか?」

「それ、あたしが先に聞いてた質問! え、なに? あんたバカなの?」


 なんだか、今日はよく罵倒される日だ。


「関係と言われましても、昨日出会ったばかりで、まだ関係という関係は……」

「昨日出会った? どこで?」

「お店です。あ、ボク、飲食店で住み込みのシェフをしてまして」

「はぁ!? あんた料理人なの!? スキルは!?」

「スキル……というのがよく分かりませんが、千切りとかなら一応は」

「そうじゃなくて、戦闘で使えるスキルよ!」

「いや、料理人にそういうものは……そもそも、料理人は戦場へは赴きませんし」


【ハンティングフィールド】を除けば。


「じゃあ、なんで剣鬼と仲良く買い物なんかしてたのよ!?」

「えっ!? な…………仲良さそうに、見えました?」

「もじもじするなぁ、うっとうしい!」


 そうか、そうかそうか。

 傍から見るとそう見えちゃうのかぁ……まいったなぁ……


「ありがとう、キッカさん」

「物っ凄くいい笑顔をあたしに向けるなぁ!」


 キッカさんが「むきー!」と吠えながら地面を踏みつける。

 おそらく、あの地面に恨みでもあるのだろう。

 そんなことよりも、仲良く見えていたらしい。その事実に浸りたい……


「とにかくっ! あんたには協力してもらうから!」


 そう言って、キッカさんはにやりと不敵な笑みを浮かべた。







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