僕は、いまだに足に力が入らないがために地べたにへたり込んだ姿勢のまま、キッカさんの顔を見上げる。
「協力、ですか?」
「そうよ! 精々期待していてあげるわ」
期待……ボクが他人から期待されることといえば料理くらいしか……
「お腹すいてるんですか?」
「子供扱いしてんのかぁ!?」
料理ではないらしい。
となると、あとは………………昨日出会ったばかりの女の子と『仲が良さそうに』お買い物出来ちゃうテクニックとか?
「恋の相談ですね! でも、ボクに教えられるかなぁ~……にやにや」
「にやにやすんなぁ!」
いや、でも。『仲良さそうに』見えちゃう系男子ですから。
にやけちゃって、なんかすんませんっす。
「あたしは、剣鬼を倒してナンバーワンになるの! そのために何度も何度も再戦を挑んでいるというのに…………あの女は、そのことごとくを無視しやがってぇぇええ!」
何やら、私怨があるらしい。
なんとなく、難癖っぽいんだけど。
「『再戦』っていうことは、一回負けたんですね?」
「あの時はたまたまよ! あの頃はまだ、スキルマでもなかったし。お、お腹も、ちょっと痛かったし!」
清々しいまでに見苦しい言い訳だ。いっそ尊敬する。
「けど! あれからレベルアップにレベルアップを重ね、あたしはついにスキルマになった! これで互角……いいえ、あたしの方が強くなったはずよ!」
憶測だなぁ。
「そもそも、そのスキルっていうヤツ、新しく出来たりしないんですか?」
「……ん?」
「いえ。『スキルを全部マスターした』って言ってましたけど、誰かが新しいスキルを生み出したら『全部マスター』にならないんじゃないかなぁ~って」
「スキルは女神様の恩恵なの! スキルを生み出せるなんて、一握りの天才だけよ! いいえ、ひとつまみね! 天才ひとつまみよ!」
そんな「塩少々」みたいな言い方……
「キッカさんって、天才には届かない秀才タイプなんですね」
「ドやかましいわぁー!」
ダガーが飛んできた!?
これって、投擲用じゃないよね!? 感情が爆発して破壊衝動に身を任せるのは、ボクは感心しないなぁ!
「だからっ、あたしが、剣鬼を倒して、天才だってことを、証明してやるって、言ってんのよ!」
「や、やめましょうよ、そういうの……」
「いいから剣鬼との試合をセッティングしなさい!」
「なんでボクが……?」
「あたしが言っても無視されるからよ!」
「じゃあもう諦めた方が……相手にされてないんですし」
「うっさい! いざとなったらあんたを人質にしてでも再戦を飲ませてやるのよ!」
「ボクに人質としての価値なんてないんじゃないかなぁ……」
「はぁ? あんたたちデキてんじゃないの?」
「えぇ~っ!? そう見えましたぁ~!?」
「あぁ、もういい! そうじゃないってことを、たった今理解したわ!」
そ、そうか。
傍から見ると、そんな風に見えなくもないかもしれなくもないのか…………わぁ。
「キッカさん、いい人!」
「つい今しがたあんたを拉致して人質にするって言った相手に『いい人』とか言うなぁ!」
「むきゃー!」と両腕を振り上げるキッカさん。――の、向こうにアイナさんが見えた。
「……あ」
と、声を発しようとする前に、アイナさんの姿を見失った。
……え。消えた?
「大丈夫?」
「えっ!?」
突然、背後からアイナさんの声がした。
いつの間に後ろに……
「トラブル?」
「あ、いえ……」
「申し訳ない。シェフを一人にしてしまって……」
「あ、いや、アイナさん。ボクは平気なんですけど……」
言い終わる前に、ゆらりとアイナさんが立ち上がった。
…………あぅ。声をかけられる雰囲気じゃ、ない気がする…………なんだろうか、アイナさんを包む、この謎のオーラは…………空間が歪んで見える。
「…………あなたは、誰?」
聞き慣れたアイナさんの声――なのに、癒しの成分は一切含まれず、ボクと、その場にいた生き物すべての鳥肌を一斉に起立させるほどの迫力があった。一斉に立ったなぁ、鳥肌。
「あ、あぅ……」
キッカさんが、完全に気圧されている。
「もし……シェフに何かしたのであれば………………許さない」
ドン――と、空気が波打った。