「ほへぇ~……なんだぁ、この店ぇ」
なんでか、キッカさんがついてきちゃった。
ずかずかと店に上がり込んで、カウンターの席にどっかと腰を下ろす。
「お腹すいてるんですか?」
「別に」
お腹がすいていないお客様が来るのは、本当に異例だ。
たま~に、お客様が別の方をご招待、ということはあったりするけれど……勝手についてきちゃったのはキッカさんが初めてだ。
「あたし、さっきのは負けたと思ってないから」
と、誰が見ても明らかに惨敗したはずのキッカさんが胸を張って言う。
……どの口が?
「おぉ、帰ったかボーヤにお嬢ちゃん。ちゃんと買い物は出来たんかぃのぅ?」
「うっはぁ!? カエルだぁ! なにこれ!? ちょー可愛い!」
むむ。感性が合わないな、キッカさんとは。
「おぉ、そうじゃろそうじゃろ。なんならおっぱいに挟んでくれても構わんぞぉ~、あ、無理かのぅ。ほっほっほっ」
「……なにこいつ、マジ可愛くない」
あれ? 意見が合うかも?
とりあえず、店内で禍々しい刃物をチラつかせるのはやめてもらおうかな。
注意をしようとしたボクの隣を、すっと音もなくアイナさんが通り過ぎていく。
気が付くと、先ほど買ってきた服の上にエプロンを装着していた。……紐の結び方はメチャクチャだけれど。
「な、なによっ? や、やるっていうの!? 上等じゃない、あぁぁあああぁぁあたしはいつでも受けて立つわよっ!?」
物凄く及び腰になってますよ、キッカさん。
さっきの今で、よくその威勢が続きますね。
「ちょっと来て」
「えっ、な、ななな、なによなによ!? そ、外でやろうっての!? べ、別にいいけど、念のためにタマちゃんとか連れてきても別にいいっていうか……」
アイナさんに腕を掴まれて強制的に出口へ連行されていくキッカさん。
その瞳が助けを求めるように、縋るようにボクを見つめている。じぃ~っと見ている。雨の日に捨てられている子犬のように見つめている。
「あの、アイナさん」
「大丈夫。うまくやるから」
そんな短い言葉を発して、アイナさんはボクに頷きをくれた。
……アイナさんの頷き……えへへ。
「ダメだぁー! あいつ、イザという時全然使えない!」
そんな叫びと同時に、キッカさんはドアの向こうへと放り出された。
「くぅ……わぁかったわよ! サシでやってやるぅ! さっさとあんたも出て来なさ――」
そこまで言ったところで、バタンとドアが閉められた。
アイナさんは、店内にいる。
……え? 廃棄?
無言でカウンターの前まで戻ってきたアイナさんは、ドアの方を向いて、静かに立っていた。
……ん?
「ってぇ! なんであんたは出てこないのよ!?」
勢いよくドアを開けて、勢いよく店内に入ってくるキッカさん。
それを見た瞬間、アイナさんが動いた。
両手を広げて、まだぎこちない笑顔を浮かべて。
「ようこそ、『歩くトラダ・トリヤマ』へ!」
「誰ですか!?」
「え? 店名……えっ、……違う?」
「いや、明らかに人名でしたよ、今のは! それも二人分の!」
「…………か、噛んだ!」
ウソだ。
絶対的な自信を持って発言していたはずだ。
いつになったら覚えてくれるのだろうか、【歩くトラットリア】を。
「仕方ない……もう一回」
そう言ってキッカさんの腕をガシッと掴むアイナさん。
あれは、出来るまでエンドレスなのだろうか。
「な~にやらせてんのよ!?」
「……練習」
「なんであたしがあんたの練習に付き合わなけりゃいけないわけ!?」
「…………………………なんとなく?」
「なんとなくでエンドレスは過酷過ぎるわ!」
なぜだろう。
この二人、仲良しに見える。顔はお互い一切笑っていないけれど。