やっとアイナさんが笑ってくれたと安堵していると、お師さんがまた突拍子もないことを言い出した。
「では、そっちのぺったんちゃんも一緒に働いてみてはどうじゃな?」
「「「え!?」」」
お師さんの言葉に、ボクたち三人の声が重なり、キッカさんからだけ殺気が放出される。
「で、……誰がぺったんちゃんだって?」
「お師さん、急に言ったって無理ですよ。ぺったんちゃんにもいろいろ事情はあるでしょうし」
「ぺったんちゃんを定着させようとしてんじゃないよ!」
「それに、わたしもそうだが、ぺったんちゃんには部屋がない……」
「ほっほ~ぅ、『ぺったんちゃん』だけは一発で覚えやがってくれたわね剣鬼!?」
「なんじゃ、気に入らんのか? ぺったんちゃんが」
「気に入るか!」
「じゃあ、太ももちゃんじゃ」
「セクハラジジイか!」
「いかにもじゃ!」
「威張るなカエル!」
お師さんはたまに、さっきみたいに思いつきでとんでもないことを口走ることがある。
しかし、そういう時は得てして、そのとんでもない思いつきとしか思えないようなことが実現したりしてしまうのだ。
「大体、なんであたしがこんなところで働かなきゃなんないのよ!?」
「ここで寝泊まりすれば、お前さんの目標も達成しやすいんじゃないかのぅ?」
「あたしの、目標……」
キッカさんの視線がアイナさんに向けられる。
アイナさんを倒すという、キッカさんの目標。
そんな人を置いておくなんて、危険なんじゃないだろうか?
「アイナさんはいいんですか?」
「え?」
「キッカさんを迎えることです」
「わたしは……意見を言える立場では、ないから……」
それは、意見が言えるのなら反対したいということだろうか?
「言ってください。アイナさんだって、もう立派に【歩くトラットリア】の一員なんですから」
「そ……そう、なのか?」
「もちろんです」
「あは……嬉しい」
そう言ってもらえて、ボクも嬉しい。
「へ、へへへ……」
「あはは……」
「早く意見言いなさいよ! 待ってんのよこっちは!」
「ペッカ、『しぃ~』!」
「なんであんたに諭されなきゃなんないのよ!? そして、『キッカ』よ!」
キッカさんに促され、アイナさんが口を開く。
「わたしは、接客業をマスターしたい。だから、キ……ッカ? にもいてもらって、いろいろ教えてもらえるなら、それが一番嬉しい」
疑問形にはなっていたが、なんとか名前を覚えたらしい。
あ、キッカさんがガッツポーズしてる。……ハードル低いな、あの人。疑問形でもいいんだ。
「でも……寝首をかかれる可能性もありますよ?」
念のために、そんな忠告を小声でしておく。
が、アイナさんはキョトンとした表情をした。
「寝首? なぜキッカがわたしを?」
この人、キッカさんからの挑戦、完全に記憶に残ってない!?
というか、挑まれたとすら思ってない可能性が高い!
まぁ、さっき街であったようなやり取りなら、勝負を挑まれたって記憶は残らないかもしれないなぁ……
「キッカ。力を貸して」
「はぁ!? なんであたしが!」
「わたしが一人前になれたら、その時は……あなたの言うことをなんでも一つ聞くと約束しよう」
「……ホント?」
キッカさんの瞳に光が宿る。そしてにやりと口元を歪める。
「うむ。本当だ。このフリルのエプロンに誓って」
また随分と可愛いものに誓いましたね……
「よぉし、分かったわ! いいわよ。あたしがみっちりしごいてあげる!」
「そうか! 恩に着る」
「その代わり――あんたが一人前になったら、今度こそちゃんと勝負しなさいよ」
「うむ、受けて立とう」
今、決闘の誓いが交わされた。
止めなくて、いいのだろうか……?
「わたしが一人前になった暁には……どちらが真のいらっしゃいマスターか、勝負をしようではないか!」
「その勝負じゃないわぁ!」
……あ、なんか、大丈夫そうだ。
うん。きっと大丈夫だろう。
そんなわけで、ぺったんちゃん改め太ももちゃんことキッカさんが、【歩くトラットリア】の一員に加わった……って、ことなの、かな。これは。